最近の読書

日記・コラム・つぶやき

復帰前の挨拶

 ご無沙汰しました。
 いろいろ片付いてきたので、観劇生活を再開したいと思ってる。
 その前に、この1ヶ月くらい読んだ本を紹介するね。本について話すことはなかなか機会がないので。

「文藝別冊 総特集 くらもちふさこ」2017年4月発行
 くらもちふさこの凄さを改めて、噛みしめるための特集。マンガの技法を極め続けた人の、今も止まらない歩みに、ため息。

「向田邦子シナリオ集Ⅲ 幸福」
 持っていたシナリオ本を人に貸して返ってこなくて、この最高傑作が本棚になくて。文庫で出てるのを発見して買ったら、また読んでしまい、全て知っているのにまた感激してしまったわ。皆さん、これが彼女の最高傑作です。

「日本会議の研究」菅野完著
 長年新聞を読んでいても、知らないことがたくさんある。そのことを痛感するし、黙ってはいられない気持ちになるわ。

「ブラッカムの爆撃機」ウェストール著
 宮崎駿による解説(?)と飛行機の解説図が、ウェストールへの偏愛を語っていて、プラスアルファの楽しみ。

「海街diary8 恋と巡礼」吉田秋生
 1冊出ると、繰り返し読み、さらに1巻からまた読み返してしまう。楽しい。

「悟浄出立」万城目学
 今読みかけ。

「グレート・ギャツビー」フィッツジェラルド 村上春樹訳
 今、再読中(予習)。

 ラインナップの脈絡のなさに、クラクラする。忘れてるものもあるかも。
 今後は芝居のことだけじゃなく、本のことももう少し書けたらいいんだけどね。
 それと、さっき気がついたんだけど、今年の12月で、このブログが10周年を迎えるかも?! えーっ!もう10年経っちゃうのお? やだなあ、もう。年取るわけだわ。まさかの10年・・・。
 というわけで、観劇生活、再開です。

ジキルとハイドとマダムと私

 かれこれ8年も前のこと、ブログなるものを始めてみようとしたとき、タイトルはキャッチーに、と考えた。内容からすれば「主婦の観劇日記」でよかったのだけれど、そこは少し特色が出るように、とね。思えば、よくぞ『マダム ヴァイオラ』なるものを思いついたと、我ながら感心する。
 そこからマダム文体みたいなものが生まれたせいで、このブログは続いてきたのよね。普段なら上手く言えないことも、この文体を使えばズバリと言うことができ、照れくさいようなことだって、ノリで表現できてしまう。
 マダムという世を忍ぶ仮の姿を手に入れたのよ。

 そこからはジキルとハイドさながら、二人の人間が自分の中にいるのだった。日々の生活、仕事、家庭、両親を見送ったこと・・・実人生の方は、けっこう待ったなしで次々課題を突きつけてくるものね。それを陰ながら支える仮の姿。実人生で疲れ果てても、マダムヴァイオラの方はけっこう余裕で芝居を堪能してたりするんだった。疲れてるからこそ、芝居に対して鋭敏で、受け取るものが大きかったりするんだった。二人の間を行き来することで、なんだかバランスをとっていられたの。
 ところが。

 最近、気がついたのだけれどね。
 どうも、実人生の方が、世を忍ぶ仮の姿化してきてるのよ!ジキルがハイドに乗っ取られたみたいに。
 それはたぶん、実人生の方の課題が少しずつ片付いていき、仕事はお金のために淡々とこなし、家では断捨離する、というような波風のない日々がやってきて、その中に何があるかというと、とりたてて何もない。実人生の影が薄いこと!
 一方、マダムヴァイオラには、8年もブログをやってきただけのことはあり、心を開いて芝居を語れる友が沢山現れていて。実人生と、豊かさがまるっきり逆転しちゃってる感じ。
 ジキルはハイドに乗っ取られる前に、ハイド諸共消えてみせたわけだけど。そんな物騒な話ではなくてね。なんか、このままマダムヴァイオラに乗っ取られても、それはそれでいいのかな、なんて思ってさ。

ズッキーニはお好き?

 ズッキーニが大好きなの。
 あの、ぴかぴかした深い緑色を見ると、つい買ってしまう。それでラタトウーユをたくさん作り過ぎて、子供にうんざりされてしまうのね。で、自分でせっせと食べる。子供はどうもズッキーニが苦手のよう。
 「お母さんは子供のとき、ズッキーニ、好きだったの?」と訊かれた時には、ビックリしたわ。
 「お母さんが子供のとき、ズッキーニは無かったの」と答えたら、子供の方もビックリしたみたいだった。
 そう。マダムが子供のとき、日本にズッキーニは無かった。

 ズッキーニを初めて食べたのは、いつ頃かしら? 実ははっきり憶えてる。今から四半世紀くらい前、イタリアで食べたんだった。当時、友達がフィレンツェに住んでいて、何週間か彼女のアパートに転がり込んで、イタリアを満喫したことがあったの。友達は料理好きで、毎晩彼女のイタ飯を御馳走になったんだけど、ある日、輪切りにしたズッキーニをオリーヴオイルで炒めたのが出てきて、「これ、なあに?」と訊いたんだったわ。「ズッキーニだよ」「おおおー、これが噂のズッキーニかー」というような会話がなされたと記憶している。マダムはそのとき名前だけは知っていたのね。料理本とかに輸入野菜として出てたから。食べたこともあったのかもしれない。でも実物をちゃんとズッキーニと認識して食べたのは、その時が初めてよ。
 それから四半世紀が経ち、ズッキーニは、田舎のスーパーにも普通に並ぶ野菜となった。数年前まではまだ高級感があったけれど、いまではもう、初夏には1本100円を切ることもあって、完全に普通の野菜として定着したわ。
 マダムが子供の頃には無かった・・・と思う野菜、けっこうあるよ。
 ズッキーニやパプリカはもちろんだけど、ブロッコリーなんてものもなかったし。自分の来し方なので思い出せるけど、子供の方はそんなこと知らない。今スーパーに沢山並んでるものが、たかだか30年前にはなかったものだとは、教えなければわからないことなのよね。
 そんなこんなで、ラタトウーユを食べながら、突然思い出したことがある。時代考証的な疑問について。昔々、友人と話した断片的な会話を。

 やはり四半世紀前くらいのことになるかしらね。もっと、前かしら?
 
 当時、小さな映像制作会社で働いていたマダムは、本という本はネタを探すために読んでいた。マダムだけじゃなく、マダムの周りも。もし、映像にするとしたらっていうシミュレーションをいつもしててね。とある大ベストセラーについて時代考証的な疑問を発見した。それはかの有名な村上春樹の、かの有名な「ノルウェイの森」。
 「ノルウェイの森」を知らない人は少ないと思うけれど、ごく簡単に説明すると。70年安保闘争の頃、学生時代まっただ中の主人公ワタナベトオルが、緑と直子という、二人の女の子の間でうろうろする物語。緑には病気のお父さんがいて、トオルはひょんなことから見舞うことになる。トオルは、ほとんど何も食べなくなった病人に、キュウリを食べさせることに成功し、緑を感動させるのだけれど。
 問題はこのキュウリのところ。
 病室になんでキュウリなんかがあったのか、緑とトオルが推測する。トオルが「キウィの間違いなんじゃないの?」みたいなことを言うのね。
 マダムと友人は、この「キウィ」にひっかかってしまったのよ。
 1970年頃、キウィは日本にあったかしら? 
 あったとしても、一般的ではなかったんじゃない?
 作者自身が70年代に大学生だったのに、筆が滑ったのかしら。
 
 ちなみに、今更「ノルウェイの森」にケチを付けようという訳ではないの。もう、あまりにも時効すぎる内容だし、小説の本質には関係ないことだし。
 だけど。小説で読んでいる時は通り過ぎてしまうような小さな疑問でも、もし映像や芝居になって、台詞に「キウィ」が出てきたら、それは全体に影響するようなインパクトを持ってしまうかもしれない。その台詞のせいで、作り上げようとした70年代の雰囲気が、台無しになってしまうかもしれないのよ。
 原作から台本を作る時、何を選び何を選ばないか。小さいことの積み重ねだけど、凄く大きなことなのよね。
 四半世紀を過ぎて「ノルウェイの森」は映画になった。マダムは観てないのだけど。

 あのとき見つけた小さな疑問は、疑問のまま四半世紀を過ぎて、まだ脳裏に残ってた。マダムの脳の中には、こんなふうにどうでもいいことが埋まってる。そして、ふとした折に(たとえばズッキーニについて子供と話した時に)、記憶の底から急に現われるんだわ。
 そして、こんなふうにブログに書いちゃえば、その記憶を成仏(?)させることができるの。日記じゃだめなのよね。そこがブログの凄いところだわ。

永久保存版の寿命

 先日、友人から送ってもらった、とあるお宝映像を見ようとして、DVDをうちのテレビにセットしたところ、読み込めなかったの。
 え、なんでよ、どうしてよ?!と、機械に弱いマダムはテレビの周りを走り回ったが、読み込めないことに変わりはなかった・・・。

 うちのテレビは、ブルーレイレコーダー内蔵のテレビなのね。それで、レンタルのDVDは見られるんだけど、どうも録画したDVDは読み込めないらしい。でも、最近までその事実に気がつかなかったの。というのもこの間まで、うちのテレビにはプレイステーション3がつながっていてね。テレビの方には録画用のディスクが入ってることが多いもんだから、マダムはDVDを見る時には、プレイステーションを使って見てたのよー。それで全然、不自由してなかった。
 ところが子供が下宿するにあたって、プレイステーションを外して持って行ってしまった。マダムとしては、テレビがあれば全然OKと思ってたから、寝耳に水の事態よ。そのお宝映像のみならず、マダムが永久保存版として録画しておいた芝居の中継など、見られなくなってしまった! 困った。
 やむなく、DVDプレーヤーを買うしかない、と考え、熱帯雨林で検索してみたら、なんと・・・中古しか売ってない。DVDプレーヤーは製造中止のようなのだった。
 え? つまり、マダムが永久保存版だと思ってせっせと録画してきたものの「永久」ってのは、10年くらいのことだったの?
 その前に、ビデオテープにせっせと録画した時代もあった。ていうか、実はマダムの手元にはまだ、ビデオテープも沢山残ってる。デッキは20年くらい(たぶん)前に買ったもので、かろうじてまだ現役なの。で、いろんな人から、早くそれをディスクに移せと言われたりしたんだけど、やってない。
 マダムはそういうめんどくさいこと、嫌いなのよっ!
 だから、デッキが壊れたらもうおしまいよっ!マダムが録画して持ってる堤真一の『タンゴ冬の終わりに』も、歌のフレーズが消されてない『天保十二年のシェイクスピア』も、風間杜夫のひとり芝居三部作も、全部おしまいおしまいおしまいっ!

 惜しいと思う人は、マダムを助けなさい。
 マダムはもう、嫌になっちゃったんだよ。

 永久保存版の永久なんてさ、たかだか10年だとしたら、馬鹿馬鹿しいじゃないさ。子供の頃から大事にしてる本は、黄ばんでかび臭いけど、まだちゃんと読めるよ。孫に譲り渡せるわ。永久、まで行かないにしても、永久保存版という言葉に少しは真実味があるでしょ。それに比べて映像ときたらさ?
 ま、いいのよ。どうせ、放映した会社には保存されてんでしょ。マダムががんばって永久とか思う必要なんかないもんね。

 ああ。いきがってみたけど、DVDが見られないのはホントに困る。
 中古のプレステ3を買う、という究極のプランも浮上して、マダムは混乱のただなかにあるわ・・・。

ブルボン王朝の復活

 いろんなものがじわじわと値上がりして、生活を圧迫してる。これから暮らしが楽になるなんてこと、なさそう。1年半経って、ムチャクチャ景気がわるくっても、あのとき国民は値上げを承認してくれた、って言って、容赦なく消費税も上がるんだね、きっと。
 もともとマダム家のエンゲル係数は低い方なの。問題はエンゲキ係数の方。観たい芝居がどんどん増え、今年は例年の予算を遥かにオーバーしてしまって。心を鬼にして取捨選択を断行しているんだけど、面白いものが多過ぎる。それに、チケットに付随する手数料とか発券料とかナントカ料とか、そこに全部消費税が載るのよ? 来年も観たいものが目白押しなので、何かを削って赤字を防がねば。マダム家は国債発行できないからさ。
 というわけで、もともと低いエンゲル係数を更に下げなくてはならないことになった。
 子どもが大きくなって、ひと頃よりおやつを食べなくなったので、ここのところ、少し高くて量も少ないけど美味しいお菓子を、買うようにしてたの。ちょっと食べて幸せになるのがいいなあと思って。
 でもそんなこと、言っていられないわ。これからは、ブ○ボンの袋菓子をちょっとずつ食べていただくことにする。しばらく買わないでいたけど、まとめ買いしよーっと。ブ○ボン王朝の復活だー。
 許してね、子ども。母のエンゲキ係数を支えるためだよ・・・。

思い出のケーキ

 怒濤の5月をひかえて、少しばかり充電中のマダム。
 とはいえ、私生活的には忙しくて、空き家となった実家の片付けに追われてた。

 実家の近くには今はすっかり寂れてしまった商店街があり、かつては八百屋、肉屋、魚屋、豆腐屋などがずらりと並んでて、マダム家の食卓を支えてくれてた。なかでもちょっとしたハレの日を演出してくれた小さな洋菓子店のことが忘れられないの。
 洋菓子店は、名をエーデルワイスといった。寡黙な旦那さんが菓子職人(今でいうパティシエね)として奥のほうでケーキを作り、美人の奥さんが1坪くらいの小さな店のガラスケースの前で客を出迎えてた。個人商店なので、ケースに並ぶケーキの数はいつも決まっていて、日曜日の午後などに出遅れると、もうほとんど売り切れという日もあった。小さいながらも、人気の高いお店だったの。
 学生時代、実家なのになぜか一人暮らしを余儀なくされたマダムは、ときどき、エーデルワイスに出向き、1個か2個、ケーキを買った。そんな買い方も全然許される、地元のお店だった。だけど、その後、どんなに有名な、値段の高いケーキを食べても、あの時のケーキには敵わないと思うのよ。それほど上品で、甘さや滑らかさのバランスが絶妙なケーキだったの。
 しばらく実家を離れていたマダムが、再びそのケーキに戻ったのは、子供が生まれてからだったわ。小さな子供を連れて実家を訪れると、父や母は孫が来たからと、ケーキを買いにいった。孫をダシにしてたけど、エーデルワイスのケーキが大好きだったので、食べたくてしかたなかったみたい。母は、何に対しても保守的な人であったので、選ぶのはいつ何時もイチゴのショートケーキと決まっていた。父は好奇心旺盛で新しい物好きだったので、新商品が出ると試してたけど、一番好きなケーキはマダムと一致していた。そのケーキは、キリッシュトルテという名がついていた。
 エーデルワイスのキリッシュトルテは、マダムのそこそこ長いケーキ人生の中で金字塔のようなケーキ。ココア生地のスポンジと生クリームを何層かに重ね、途中のクリーム層に洋酒漬けのチェリーが入っている。生クリームで飾られた上にひとつチェリーが載っている。ただそれだけ。ただそれだけ、なんだけれども、ココア生地の肌理の細かさも、生クリームの控えめな甘さと滑らかさも、チェリーに沁みた洋酒の薫りを引き立たせるためにあって、全てがかけ算となって美味しいケーキを作り上げていたの。
 
 ところが、ある頃からケースの中にキリッシュトルテを見かけなくなった。いつ行ってもないので、訊いてみると、店の奥さんから意外な答えが返ってきた。「キリッシュトルテは最近、作らなくなったんです。アルコールを使ってないケーキをお求めのお客さんが増えたので」
 ショックを受けたけれど次の瞬間、マダムはたたみかけたわ。「では、ホールで買うから、作ってもらえますか?」この際、ホールの半分を自分で食べることになってもやむを得まい、とマダムは思ってた。ていうか、食べたかった、のかもしれない。でも、奥さんは首を振った。
 「洋酒漬けのチェリーが、輸入品の缶詰なんですけど、ひと缶がとても大きいんです。缶を開けたら、しばらくキリッシュトルテを作り続けないといけない。でも、それほどは売れないので、缶詰を仕入れることもやめてしまって。もう作れないんです」申し訳無さそうに、奥さんは言った。
 その後も、マダム家ではエーデルワイスのケーキを買い続けた。けれど、金字塔のキリッシュトルテを食べることはもう、かなわなかった。
 
 父が亡くなり、足を悪くした母が施設に入るのと時を同じくして、エーデルワイスは突然、店を閉めた。ケーキを作ってきた旦那さんが体調を崩されて、引退することにしたらしい。
 実家に誰もいなくなり、集う人も無くなったとき、その象徴だったケーキも姿を消してしまったの。
 実家の最後の住人だった母が昨年亡くなって、一周忌を過ぎたこの冬、マダムと兄は、実家を畳むことを決めて、片づけに励んだ。これでもう終わり、という日、車であの洋菓子店の前を通り過ぎた。シャッターが下りた、素っ気ない建物の様子をかいま見て、いろんなことが終わったなあとしみじみ感じるところがあった。
 
 生きている者は、先に進まなくちゃいけないわ。
 というわけで、マダムは進む。

3.11とホラー映画

 今日は3月11日。日本人にとって特別な日なので、マダムもちょっと、芝居から離れて。
 知り合いが関わっているドキュメンタリー映画を観てきたので、そのお話をします。2月23日(土)、オーディトリウム渋谷にて。

『3.11後を生きる』
製作・監督 中田秀夫

 中田秀夫監督は、言わずと知れた『リング』などのホラー映画で有名な監督なのだけれど、一方で地味にこつこつとドキュメンタリー映画を撮ってきた。でもこれまでの作品はいずれも、崇拝する映画監督について語るものだったり、ハリウッドで映画を撮った時の体験を語るものだったりして、映画に関して限定だったのね。
 その人が撮った3.11後。どんなものなのか、見当もつかずに観に行ったの。

 映画は、生き残った人へのインタビューが連なって出来ていた。
 墓石に名を刻む石屋の親方は、ただひたすら「3月11日没」と刻み続ける、その辛さを語る。
 妻を津波で流された高校の先生は、妻が亡くなった時の様子を淡々と語った後、「私には過ぎた女性でした」と付け加えた。口調に変化はないけれど、頬をとめどもなく涙が流れ落ちる。
 妻も子供も、家族一切を失った漁師は、自分だけが船を沖に出してて助かった。船を出しにいく時に「お前たちも高台に逃げろ」となぜ言わなかったのかを悔やみ続けてる。
 略奪などは一切無かったことになってたけれど、実はスーパーの衣料品などは、どんどん盗られていったという証言もあった。だけど、全てを失って着替えも持たない人が、壁に大穴が空いたスーパーから服を盗ったからといって、警察は逮捕することはしなかった。暗黙の了解で、見て見ぬ振りをしたらしい。マダムはこの部分に凄く心動かされたよ。「略奪なんかしない行儀の良い日本人」というイメージを守ることより、やむにやまれず生きるために服を盗った人を見逃そうとするおまわりさんの行動の方が、ずっとずっと人間として素晴らしい。公では褒められないのかもしれないけれど、マダムはここでそっと賞賛しておくわ。
 
 実はこの映画は3.11の半年後には完成していた。でもすぐに公開には至らなかった。その辺の事情について、上映後のトークショーでも監督は明かさなかったけれど、この映画がきれいごとでは済まない部分に触れていたから、なかなか公開できなかった、ということなのかしら?
 だけど、そここそが、テレビで見慣れた「感動的な」ドキュメントとは一線を画すところだったの。
 きれいごとは巡り巡って、結局人を不幸にする、とマダムは思うわ。
 
 中田監督は、5月に公開するホラー映画『クロユリ団地』がヒットしたら、『3.11後』第二弾を撮りたい、と語っていた。ホラーが苦手なマダムはここで宣伝することで、協力したいの。ホラーが好きな方、前田敦子が好きな方、成宮寛貴が好きな方、勝村政信のファンの方、是非、『クロユリ団地』を観に行ってくださいね!

マダムが風邪をひいたわけ

 風邪をひいてしまった。
 11月初めにひいた風邪がなかなかちゃんと治らない。
 仕事しなくちゃいけないから早く治さなくちゃ、と思うと、あまり気持ちがこもらない。でも、劇場に行けなくなるから早く治さなくちゃ、と考えたらアドレナリンが出るような気がする。上演中に咳が止まらなかったり鼻をかんでたりしたら、とんでもない迷惑でしょ?そう思うと、治さなくちゃ、と本気になる。
 そもそも10月がハードだったから、疲れていたのかも。マダムは二つに引き裂かれていたの。『リチャード三世』を巡るオフ会があったし、その裏側で実はヤクルトスワローズがクライマックスシリーズに出てたから「気」を送らなきゃいけなかったし!
 世に芝居好きはそれなりにいるけど、なかでもシェイクスピア好きとなると限定的になるでしょ。そして、世に野球ファンは沢山いてもヤクルトファンはマジョリティではないでしょ。
 そしてそして、シェイクスピア好き、かつ、ヤクルトファンである、となったらもう絶滅危惧種。レッドデータガールとはマダムのことよ。こんな人はマダム以外には村上春樹くらいしかいないのではないかしら?(うそです。村上春樹はヤクルトファンだけど、シェイクスピア好きかどうかはわかりませーん。ま、演劇に関心は持ってると思うけど。)
 何の話してるんだっけ?
 そうだ、風邪を治して、劇場へ行こう、っていう話だった。
 なんとしても治って、週末は劇場へ行くのよ。

夏バテ日記その2 旋律の記憶

 皆、経験があると思うんだけど。
 何かで聞いたことのあるメロディなんだけど、何の曲かわからない。どこで聞いたのかも定かでない。でも、いったん思い出してしまうと、それが気になって気になってしょうがない・・・。
 この夏、マダムはある旋律に取り憑かれてしまったのよ。

 きっかけは仕事場でずっと流れている有線のクラシック音楽チャンネル。一日中うす〜く流れているんだけど、今まではほとんど耳には入っていなかった。ところがこの夏のある日、とある旋律が流れてくると、マダムの脳の中がざわめきだしたの。
 このメロディには聴き憶えがある・・・。
 マダムはクラシック狂の兄のせいで、子供時代に大量のクラシック音楽を聴かされたため、たいていの曲は耳になじんでいるの(ただし、曲名や作曲家は知らない)。だけど、そのメロディだけは、記憶の別の引き出しに入っていたらしい。全然種類の違う音楽に聞こえた。
 いろいろと記憶を辿ってはみたけど、わかったことはこれがマダムの一番古い音楽の記憶かもしれない、ということよ。うーんと小さい時に、たぶんテレビで毎週、流れていた。とすれば、母が見ていたテレビドラマのどれかのテーマ曲として使われていたのじゃないかしら。勿論マダム自身はどれひとつ憶えてはいないけど。
 ということまでは推測したんだけれど、肝心の曲名がわからないんじゃ、これ以上調べようもないじゃない? だけど仕事場では定期的にその曲が流れる。気になって仕方がなかったのよ。
 
 夏休みに兄の家に子連れで遊びに行ったとき、その話をすると、「じゃあ、ちょっと歌ってごらん」と兄が言うの。マダムは音楽の素養はないし、オーケストラの音を「タララリラ〜」みたいに歌ってみせることの恥ずかしさといったらなかったけれど、しょうがない。腹をくくったわ。そしておぼつかなく歌うこと約20秒。兄が口を開いた。「お答えします。それはチャイコフスキーの弦楽セレナーデ第2楽章!」
 おおーっ、とマダムと子供の口から同時に溜息が漏れた。兄、恐るべし。
 さっそくYouTubeで聞いてみて、この曲で間違いないことを確かめたわ!マダムがよく憶えているのは本当に出だしの部分なのだ、とわかったんだけど・・・。でもネット検索で調べられることは限界があるわね。40年かそこら前のドラマにどんなテーマ曲が使われてたかは、調べようがなかった。
 どなたか、知りません?40年かそこら前のホームドラマ(森繁とか山村聡とかが出ていそうな)で、テーマ曲がチャイコフスキーの弦楽セレナーデのワルツを使っていたドラマ。何だかわかる人はいませんか?

夏バテに効く? モリオ・イグレシャス

 夏は比較的得意なマダムであったのだけれど、今年はどうも勝手が違って、低空飛行な夏なのね・・・。週末はなるべく大人しく過ごしている・・・。

 劇場にも行く気力が湧かないので、その代わり久々にWOWOWを眺めていたら、半分融けかけた脳にも優しい番組に出会ったの。
 『勝・新(かつあら)』は、生瀬勝久と古田新太のふたり主演の芝居のようなコントのような番組。5回シリーズで毎回ゲストが出てきていろいろとからんでは去っていくのだけれど、その3回目のゲストはなんと、我らが風間杜夫だったのー!
 その中で語られた、風間杜夫の知られざる過去話が可笑しくてね。
 「蒲田行進曲」がヒットし、さらに「スチュワーデス物語」でお茶の間のアイドルと化した彼に、レコードデビューの話が舞い込み、もちろん(?)快諾。大阪でコンサートをやることになり、新幹線で新大阪駅に到着したものの、駅の改札付近は待ち受けるファンがぎっしりだった。混乱を避けて、風間杜夫はなんと貨物用のエレベーターで地下から脱出し、事なきを得たらしい。駅の警備の人曰く「こんなことはフリオ・イグレシャス来日以来のことです」。その日から、風間杜夫は自らをモリオ・イグレシャスと名乗るようになった。
 ・・・というようなホントのようなふざけた話が落語のように語られ、さすがの生瀬勝久と古田新太も煙に巻かれているうちに、風のように当人は去っていった。
 完全に風間杜夫の勝ち、だったね。

 さすがのマダムも今、劇場に行く気力がないので、しばらくは日常のごく軽い話題でいくつもり。興味のない方は、読み飛ばして下さいね。

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