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浦井健治

楽しさと物足りなさと『ブロードウェイと銃弾』

 日比谷はなんだか綺麗になりつつある。2月17日(土)マチネ、日生劇場。

『ブロードウェイと銃弾』
脚本/ウディ・アレン オリジナル振付/スーザン・ストローマン
演出/福田雄一
出演 浦井健治 城田優 平野綾 保坂知寿 愛加あゆ
   ブラザートム 鈴木壮麻 前田美波里 ほか


 浦井健治と城田優が二人主役の、華やかなミュージカル。
 浦井健治演じるデビッドは翻弄される新米脚本家で、オロオロしまくりのところがなんだか本人を感じさせて可愛かったし、歌声は甘くて伸びやかだったし、城田優演じるチーチはマフィアの子分なんだけどダンディで、ダンスシーン(タップが素敵)もカッコいいし、楽しいミュージカルだった。アンサンブルもレベルが高かったし。とりあえず、なあんにも考えず、二人のイケメンをたっぷり堪能。
 
 で、見終わった後は、何にも残らなかった!
 楽しかったんだからそれでいい、とも言える、のかもしれないけど。
 でもよく考えると、いろいろわかんない。デビッドが作ろうとしてた芝居がどんな芝居なのか全然わからなかったので、チーチが思いついたアイデアがどれほど良いものなのか、ピンとこない。そこがわかんないと、二人の関係性もちゃんと伝わってこないし。マフィアのボスも、どこかゾッとする怖さが欲しかったし、チーチがオリーブを殺しちゃうのも、殺しは殺しなので、チーチの冷酷さがちゃんとあったほうがいいしね。
 デビッドが、エレンとヘレンを行ったり来たりするところも、男の情けなさを存分に描いて欲しかったな〜。主役だからって、抑えめにしてるのかしら?
 デビッドは、いったいどんな男だったんだろ?
  
 で、ここからは作品からちょっと離れてしまうかもしれないんだけれどさ。
 
 昨年末の総括の記事を書いた後むむむと思ったのは、ここのところ何年にも渡ってマダムが肩入れしてきた浦井健治の名前が、記事の中に一度も出てこなかったことでね。
 もちろん彼が出演している作品は全部観ているし、毎回感じるところ、楽しいところはあるんだけれども、マダムが期待する(というより期待とか想像とかをはるかに上回ってびっくりする)演技はしばらく観られていないの。今回の『ブロードウェイと銃弾』もしかり。コメディだから、っていう単純な話じゃない。
 『ブロードウェイと銃弾』に関して言えば、彼だけの問題じゃなくて、1本の芝居として深みがないの。
 禁酒法時代のギャングの話とか、ギャングが芸能界の後ろ盾だったりする話は、たくさんあって(例えばジャージー・ボーイズにもしっかり出てくるでしょ?)、ウディ・アレンはその伝統にのっとって、その伝統を知り尽くしたうえで、パロディのようなそうじゃないようなものを作ったんだと思うのね。で、向こうではウディ・アレンだけじゃなくて、役者も観客も肌でわかるのでしょう。でも日本の若手の役者さんたちは、そういうバックボーンが無いのよ。そこを演出家が放置すると、楽しくても深みや苦味がない話が出来上がっちゃう。 
 でも演出家が放置した部分を、自分でちゃんと埋めて作り上げるのも、主役の役割とも言えるわけで。全部は埋められなくても少しは、できないとね。
 まあ、本人が読んでないのに、こんなこと書いたってしょうがないわけだけど。
 浦井く〜ん、期待してるよ〜。

日韓合同公演『ペール・ギュント』

 今年は三軒茶屋にたくさん通ったな〜。12月10日(日)マチネ、世田谷パブリックシアター。

『ペール・ギュント』
原作/ヘンリック・イプセン 翻訳/クァク ボクロク
上演台本・演出/ヤン・ジョンウン 上演台本翻訳/石川樹里
出演 浦井健治 趣里 マルシア ユンダギョン ソドンオ キムボムジン
   チョウヨンホ 浅野雅博 石橋徹郎 古河耕史 ほか

 
 イプセンの有名な戯曲だけれど、あんまり上演されることがなくて、マダムは初見。ここのところ忙しくて、予習もままならなかったんだけど、見終わって思ったのは、予習しててもしてなくても変わらなかったかなあ、と。
 お話自体が好みじゃなかった。自分探しって言葉は好きじゃないな。演出もマダムが最近苦手としている串田和美に通じる匂いがあって、正直、あまりピンとこなかった。ビジュアルは綺麗で楽しかったのだけれど。
 なので、以下、二、三、感じたことを書いて、短く終わりにするね。

 
 日韓合同公演で、半分が韓国の役者さんだったのだけれど、存在感で日本の役者を圧倒していた。彼らの動きには目を見張ったの。一人一人の身体能力、台詞の強さ、いずれも日本の役者は負けてしまってるなあ、と。
 もちろん演出家が韓国の人だから、感覚的に通じるかどうかで、日本の役者はハンデがある。
 それとね、彼らの台詞は韓国語。舞台の上に字幕が出る。そうすると、耳から聞こえる台詞の音の強さと、目から入ってくる字幕の漢字の強さで、インパクトが2倍になるのよね。日本人の役者は、聴覚だけに訴えているので圧倒的に不利。主演の浦井健治はずっと出ずっぱりで凄くがんばっているのだけれど、早口になると意味が聞き取れない箇所があり、こちらの集中力が切れてしまう。
 演出家は、日本語の台詞の良し悪しまで指摘してはくれないのよね、きっと。外国人演出家には日本人の演出補が必要なんじゃないかと感じたわ(プルカレーテの時の谷賢一のような存在が)。

 ペールって美しいけど、中身はろくでなしなのだろうと思う。浦井ペールにはろくでなし感が足りないと思った。彼本人が持っている人の良さや優しさがにじみ出てしまっていて(それはそれでいいのかもしれないが)、どうしてもろくでなしになってしまう人間の業の深さが表現できていないよ。
 でも演出されれば、彼は表現できるんじゃない? 細かく要求されずに任されると、本人の普段の性格からはみ出たものは表現できないんだよね、きっと。(やっぱり日本人演出補が必要だったんじゃない?)
 一緒に見た友人たちは意外とあれでよかった意見だったんだけど、マダムは腑に落ちなかったの。そこんとこは、好みの問題になってしまうんだろうか?

進化した『デス・ノート』

 今月の、好きな役者の芝居、最後を飾る。9月16日(土)マチネ、新国立中劇場。

『デス・ノート THE MUSICAL』
原作「DEATH NOTE」
音楽/フランク・ワイルドホーン 演出/栗山民也
歌詞/ジャック・マーフィー 脚本/アイヴァン・メンチェル
出演 浦井健治 小池徹平 唯月ふうか 髙橋果鈴 濱田めぐみ
   石井一孝 別所哲也 ほか

 
 初演から2年。
 もとのお話にそれほど深みはないわけなので、めっちゃ感動、とはならないのだけれど、それでも色々と進化して、洗練されていたので、感心したの。
 
 浦井健治の夜神月も、小池徹平のLも、すごく上手くなっていた。初演の時は、もっと一本調子だったのが、浦井ライトは、だんだん邪悪になっていく変化が表情や声に細かく現れていたし。小池Lは、以前は猫背のまま歌うのが苦しそうだったんだけど、いまやあの猫背があたりまえになったのかしら。歌の安定度、抜群。
 キャストも、死神リュークは吉田鋼太郎から石井一孝に、ライトの父が鹿賀丈史から別所哲也に代わって、全体のバランスが良くなったね。吉田リュークはどうしたって舞台全体をさらっていてしまう感があった。石井リュークも基本的に同じ演技だったんだけど、芝居全体の中に溶け込んでいた。演出が全体を修正できたのだと思う。
 更に、アンサンブルも上手くなって、歌に厚みが出ていた。マダムはプログラムを買わないので、細かい配役の変化はよくわからないけど、メンバーも変わり、人数も増えたのかしら。ライトの父を囲む刑事たちも、グレードアップしてたの。
 なので、このお話が持ちうる限りの厚みが加わって、なかなか良作に育ってた。惜しいのは、唯一つ、衣装ね。死神の衣装のデザインは素敵なのだけれど、夜神月を含む若者の服が、ダサいの。妹も相変わらず、変な組み合わせの衣装で、かわいそうだし。今時、その辺を歩いている若者の方がよっぽどおしゃれ。渋谷のスクランブル交差点でライトとミサミサが出会うところなんか、もっとスタイリッシュになってもいい場面なのに、若者たちが垢抜けないので、渋谷らしくない。それからミサミサのコンサートシーンだって、衣装次第でもっともっとカッコよくできて、見せ場の一つになるのに。
 衣装問題さえクリアできたら、このミュージカルは、傑作まではいかないまでも佳作として残っていくことができるよ!主役クラスの顔ぶれが変わったとしても。
 
 そう。マダムは今回2列目という良席だったので、かぶりつきで浦井ライトの演技を堪能した。どんどん変わっていく表情や、いい声や、歌の演技力をたっぷり味わって、すごく幸せだったの。そして「でも、もうこれが最後だな」と思ったのよ。高校生を演じるのは。
 童顔だし、声が若いし、演技力でやれてしまうんだけれども、もう少年の体型じゃないんだもん。
 これは文句ではなくてね、そろそろ高校生の役を卒業し、大人の男の役をやってもいいんじゃないか、と思ったわけなの。わかるでしょう?
 『デスノート』というミュージカルが、マダムの予想に反して佳作に育ってきているので、再再演とかがあるかもしれない、と感じたの。でもそれは、次の人に手渡して、もっと違う、大人の役に進んでいってほしい。どんな役だって、できるもの。
 
小柄な小池徹平のほうは、あと5年くらいLが出来そうな感じだったけどね。

様式美な『王家の紋章』再演

 春うららな平日。仕事を休んじゃったよ。4月13日(木)マチネ、帝国劇場。

ミュージカル『王家の紋章』
原作/細川智栄子 あんど芙〜みん
脚本・作詞・演出/荻田浩一 作曲・編曲/シルヴェスター・リーヴァイ
出演 メンフィス:浦井健治 キャロル:新妻聖子 
   イズミル:平方元基 ライアン:伊礼彼方 アイシス:濱田めぐみ
   イムホテップ:山口祐一郎 ほか

 初演を観て、結構お腹いっぱいだったので、再演に行くかどうか、迷ったの。
 殆ど浦井メンフィスの定点観測みたいな意味で、行ってみることにしたのだけれど、初演の時は日程の都合を優先して失敗したので、今回はキャストの組み合わせを吟味して、新妻キャロルの日に行ってみた。
 それはやはり正解だったね。初演に比べて、キャロルの細やかな感情の揺れが出ていたし、たとえば同じ遺跡のお棺の上の花を素手で取り上げるにしても、恐る恐るな感じがあって、「え?素手で?」みたいな反感は起きなかったしね。ラブシーンもちゃんとしてたしね。
 
 再演にあたって、演出家は色々と手を加えていたの。装置はだいぶ派手になって、初演のスカスカ感はかなり解消されていたし、衣装もメンフィスは多分、増えてたように思う。でも、一番手を加えたのは、台本ね。
 一幕については、余分な枝葉を取り除いて整理して、だいぶわかりやすくなったなあと思った。でも二幕になったら、話がスッキリしすぎて内容の深みのなさが露呈したような。アイシスの姉の横恋慕も後ろに引っ込み気味だったし。やっぱり二幕はイケメン三人(メンフィスとイズミルとライアン)を観ててくださーい、みたいになってて、それが初演より強化されて様式美になってるんだった。マダムは(あまり詳しくはないんだけど)宝塚みたい、とちょっと思った。
 結局、どこをどう直そうが、もともとテーマに深さが無い以上、味わいを増すことは難しいのね。あとは様式美をどんどん極めるしか手がないのかもしれない。
 
 浦井メンフィスは、傲慢不遜な王様の部分は変わらず、でもキャロルに恋をし始めてからの歌声が、初演よりも、優しい声になっていて、「キャロルと出会って変化するメンフィス」を精一杯表現していたわ。マダムはその優しい歌声が好きなので、それが聴けて嬉しかった。けれど、彼の役者としての力量も幅も歌の力も、こんなものではないものではないと考えているので、もっと深い(深刻な役、という意味ではないの。やり甲斐のある役、と言う意味です。)役をやらせてあげたいとしみじみ思ったのだった。
 

浦井くん、芸術選奨新人賞受賞

 ビッグニュースが飛び込んできたよ!
 我らが浦井健治が、平成28年度芸術選奨<演劇部門>文部科学大臣新人賞を受賞した〜。
 やった〜!おめでとう!
 文科省もたまには良いことするよー。えらーい(この件に関しては)。
 文科省のHPで受賞の理由をしっかり読んできたんだけど、この1年間の「タイプの異なる4作品で、俳優としての進化を強く印象付けた。」ってことだ。4つの作品とは、『アルカディア』『あわれ彼女は娼婦』『王家の紋章』そして『ヘンリー4世』ね。全部、観てるっ!当然〜。

 今年の出演予定作は全てミュージカルだし、半分は再演。マダムとしては1作くらいは手強いストレートプレイをやってほしかったの。それが役者としての可能性をもっと押し広げてくれるだろうと期待しているから。いや、そんなことより、演技の稲妻に出会いたいから!
 でも、マダムの願いを聞き入れて(?)、映像に出演するのを最小限にして舞台に精進してくれてることを、ホントに感謝してる。来年の『ヘンリー五世』も決まってることだし、それまでは頑張って生きることにしてるから、まあいいかしらね。

 おめでとう。浦井くん自身と、浦井健治ファン(つまりマダムたち)、本当におめでとう!

『ビッグ・フィッシュ』を観る

 黄色と青の組み合わせは大好き。2月12日(日)マチネ、日生劇場。

『ビッグ・フィッシュ』
脚本/ジョン・オーガスト 音楽・詞/アンドリュー・リッパ
演出/白井晃
出演 川平慈英 浦井健治 霧矢大夢 赤根那奈 藤井隆
   JKim 深水元基 りょうた 鈴木蘭々 ROLLY ほか

 
 とても良いミュージカル。楽しくて、美しくて、ほろ苦くて、じーんとする。
 やっぱり、どんなにきらびやかに作ってあっても、物語の底を流れるテーマがなくては良いものはできないのだわ。

 大袈裟な語りが大好きな父エドワード(川平慈英)と、そんな父を斜めに冷ややかに見ている息子ウィル(浦井健治および子役のりょうた)の物語。
 結婚を控えてウィルは、しばらく離れていた実家に時々行くようになるの。実家は彼にとって少し苦い思い出のあるところ。父エドワードの何事も大袈裟に語るところが、ウィルは苦手なの。
 そこから回想になって、ウィルが幼い頃、エドワードが話してくれたあらゆる体験談が、夢のように次々舞台上で繰り広げられるのが楽しい。若い頃に夜の森で魔女に出会い、自分の一生(特にどんなふうに死を迎えるか)について予言をきいたこと。故郷の村に巨人がやってきて、みんなは恐れたけど自分だけは友達となって一緒に旅したこと。奥さんのサンドラとは、サーカスで働いている時に出会って、一目惚れしたこと・・・だけど、幼い頃は楽しかった父の話も、年を重ねるごとにウィルは、胡散臭さを感じるようになる。実際、大人になったウィルとは、親子の真面目な会話が成立しない。釣り上げた魚の大きさが何倍にも語られるように(ビッグ・フィッシュ!)、全てが嘘くさく、押し付けがましくて、ウィルは本当の父はどんな人なのか、さっぱり理解できない。
 その気持ちを歌った歌「Stranger」が素晴らしいの。自分の父親で、いろんな話をしてくれたけれど、でも「知らない人」なんだ、よくわからないんだ、遠いんだ、って歌ってる。この曲、浦井健治単独コンサートのとき歌ってくれたんだけど、そのときと印象が全然違ってた。コンサートのとき「まだ白井さんの演出を受けてないので譜面通りに歌います」ってヘンな前置きして歌ってくれたんだけど、そしてそのときも、なかなか良い曲だなとは思ったけれども、演出を受けウィルという役になって歌うと、こんなにも切々と胸にくる歌になる。役者歌、ますます健在だー。
 
 結婚したウィルにもうすぐ子供が生まれるという頃、エドワードの病気が見つかり、死期が近いことがわかる。それと同時に、ウィルは父の机の中から、知らない家の権利書を発見して、父には秘密がある、と思うのね。権利書にはエドワードの名前の他に、見知らぬ女性の名もあって、ウィルは、この家があるエドワードの故郷の町に行ってみることにするの。お父さんには、お母さんの他に女がいたんだ、とウィルは考える。お父さんは、それを隠すために、あんなホラ話ばかりしてきたに違いない!
 果たして、権利書の示す住所には小さな家があり、テラスで編み物をしている老女がひとり。ウィルが近づいていくと、彼女ジェニーはひと目でエドワードの息子だとわかり、話してくれるの。エドワードが家族にも話さなかった、故郷の町に起こったこと。エドワードがジェニーにしてくれた全てのことを。
 大袈裟な父が隠していた本当のことは、ウィルのわだかまりを解かすのだけれど、それと同時にエドワードには死が訪れるの。
 父親の隠された秘密がわかってやっと「Stranger」じゃなくなったときには、もうこの世にはいない。それって、人生の真実かもしれないね。
 
 役者さんたちがみんな、なかなか良かった。歌も踊りも演技も上手い人たちが揃ってる。これ、日本のミュージカルだと、まだなかなか無いことなのよ。
 サンドラ役の霧矢大夢、初めて見たけど、老夫婦のときと回想シーンの若いときが交互にやってきても、どちらも自然で、上手いなあって思ったわ。若いときの踊りがとても可愛かった。
 川平慈英は言わずもがなの上手さだったわ。そして、マダムは30年くらい前に初めて彼の名前を憶えた日のことを思い出した。あれは坂東玉三郎初演出の「ロミオとジュリエット」。主演の真田広之を見に行ったんだけれど、劇場を出たときには「誰、このティボルトやってる人。なんなの、このインパクト。かびらじえいっていうのか・・・」ってことで頭がいっぱいだったあの日のことを。
 さらに演出の白井晃。回想シーンが楽しくて美しかったんだけど、ふと、遊機械全自動シアターの円形劇場がよぎった。これももう30年前になるのね・・・。
 遠くまで来ちゃったよ。と思っちゃったマダムでした。
  

速報!浦井ヘンリー五世、再び

 きゃっほー!
 みんな、もう聞いてる?
 新年早々、来年の話なんだけど、2018年5月、新国立劇場で『ヘンリー五世』の上演が決まったよ!!
 主演は勿論、浦井健治その人。やった〜!これまでの鵜山組、続行よ。
 喜びのあまり今、うちで「We will Rock You」かけながらひと踊りして、マダムは、ツイッターのアイコンをヘンリー五世仕様にしたので、ツイッターの方もよろしくね。(ていうか、受験生の母の顔はどこにいったのかしら〜〜〜?)

 ヘンリー四世、観なかった人はもう、後悔してるでしょ?
 そうだよ、シリーズなんだから、見続けると喜び倍増なのよ。
 来年まで、頑張って生きるぞー。

『ヘンリー四世』第二部再見と、シリーズ再考

 無理を押し通して、もう一度行ってきた。12月14日(水)マチネ、新国立劇場中劇場。『ヘンリー四世』第二部 ー戴冠ー。
 本当はもう一度、通しで見たいところだったけれど、そういうわけにもいかず、二部だけとなったの。どうして二部かというと、今井法院長さまとハル(というかヘンリー五世)の丁々発止のシーン、一度目はマダムの席からは二人が完全に被ってしまってて、表情がほとんど見えなかったんだもん。

 二度目は後ろの方しか席はなかったんだけど、ほぼ真ん中を選べたので、二人のシーンだけじゃなく、すべてのシーンが見渡せて、満足だったわ。
 やっぱり、「ヘンリー四世とハルの最期の会話→王の死→ヘンリー五世と法院長との火花散る会話と、和解→戴冠そしてフォルスタッフ達との別れ→ラスト」という畳み掛けていく構成が凄いし、ハルからヘンリー五世への変化がダイナミックで素晴らしいよね〜。繰り返し観たいけど、それは叶わないので、目に焼き付けようと必死なマダム。
 この新国立劇場のシェイクスピアシリーズ、中継のテレビ放映もないし、DVDの売出しもないどころか、舞台写真すらほとんど残らないのよ。こんなに面白く、それぞれの役者さん達が輝いているのに、その痕跡が全く残らないの。見た人の記憶の中に残るのみ・・・。舞台は一期一会なのが運命とはいえ、ちょっと、あんまりなんじゃないかしら?


 多くの人が結集して面白いものを作っているのに、今回は結構空席もあった。マダムは新国立劇場の宣伝力の無さにがっかりしたよ。浦井ハルと岡本ホットスパーとB作フォルスタッフの写真入りのチラシくらい作ればよかったのに。それだけでも観客動員が違ったと思うわ。
 それとね。
 国立劇場で製作した芝居は、みんなのものだと思うので、劇場に来られない人にも観るチャンスがあるべきよ。イギリスのNational Theatre Live みたいなものは望むべくもないけど、せめて記録映像くらい、図書室で見られるようにしてほしい。他の作品は見られるのに、このシェイクスピア歴史劇シリーズが見られないのは、おかしい。(大々的に売りだせと言っているのではなく、せめてせめて図書室で閲覧可能にしようよ、と言っているのよ?)
 だってね、今マダムが大学生だったとして、「シェイクスピアの歴史劇の日本での上演」についてレポートを書きたいと思ったら、手掛かりは蜷川演出のDVDしか無いわけでしょ?同時期に、さい芸と新国立で、ヘンリー六世やヘンリー四世やリチャード三世が上演されているのに、片っぽしか資料が無いわけで。
 これがどこかの劇団が独占で製作したものなら、文句を言ってもしょうがないけれど、国立劇場で製作したものの記録が公開されてないのって、ぜっっったいおかしいです!
 
 そんな正論は別として、新国立劇場のシェイクスピアシリーズ舞台写真集を作ってもらいたいな。『ヘンリー六世三部作』『リチャード三世』『ヘンリー四世二部作』全部を網羅する解説付き舞台写真集、限定3000部。すぐ、売り切れると思うけど?
 マダムは役者の写真集って、あまり興味が無いの。スタイリストがついて、こっち向いて微笑んでる写真ばっかりのやつ。それよりも、舞台写真集が欲しい。だって、役者が一番かっこいいのは、演技している時だから!
 浦健や岡健ファンのマダムの下心は脇に置いておいても、舞台写真を眺めながら、面白かった芝居を思い起こして感慨に耽るのは、芝居好きの楽しみの一つ。舞台写真集を、パンフレット番外編として、作ってくれい〜!
 
 
 なんだか、シリーズ再考とは話がずれてしまった。戻そう。
 『ヘンリー六世』三部作が作られた時、かなり無謀な企画として、成功が危ぶまれていたらしいのだけれど、ワクワクするようなものが出来上がって、観客から自然と続編(『リチャード三世』)を望む声が出て、そして今に至ったわけ。役者さんたちも7年前から変わらぬ顔ぶれだったりして、完全に劇団化してる。だからこれを続けて欲しい。
 次は『リチャード二世』かしら、とマダムは想像する。岡本リチャードと浦井ボリングブルックかしらね・・・・(遠い目)。
 『ヘンリー四世』のラストの高揚感を忘れないうちに、次を企画してくれるよう、メッチャ期待してるからね!

ロック少年が選択する王という孤独〜『ヘンリー四世 二部作』を観る その3

 シェイクスピアの場合、題名(タイトルロール)が必ずしも主役ってわけじゃないのよね。『ジュリアス・シーザー』とか『シンベリン』とか、『ヘンリー六世』とかも。
 だから『ヘンリー四世』もそうだよね、と理解していたし、主役はやっぱりハル王子なのでしょう。けれど、見ていて思ったの、ほんとにそうだろうか?これはあきらかに「ヘンリー四世」をめぐる物語、なんじゃないかしら?と。
 いや、ヘンリー四世とハル王子の親子をめぐる物語、ということかな。それが鵜山演出の、この芝居についての答えね。

 
 第二部もやはり二つの対比でできていたわ。フォルスタッフたちがまったりと遊んでいる世界と、ハルが父王と和解し王となる決意をしていく宮廷内の世界。ハルは、フォルスタッフたちのところに現れはするんだけど、心は既に病に倒れた父王のことでいっぱいなの。
 第二部、王(中嶋しゅう)と浦井ハルの演技がホントに素晴らしかった。
 王が死を目前にして、王位簒奪の罪の意識と必死に戦っている心がよく伝わってきたし、ハルもまた、宮廷人たちがフォルスタッフを探している=自分を探している=父王の身に何かあった、とすぐに察知して駆けつけるの。そして、王冠のシーン。
 王が息を引き取ったと思い込んでハルが王冠を持ち去るところから、二人の長い台詞のやり取りで、和解していくこのシーン。もう、息を止めて聴き入ったの。何も言うことはない。凄く沁みた。
 こんなことをこんな時言うのはなんだけれど、マダムはずっと中嶋しゅうの演技が苦手だった(ただの好みの問題とは思うのだけれど)。でも、このヘンリー四世は憂のたちこめた枯れた様子がぴったりだったし、浦井ハルとの相性が良かったんだと思う(そこにも、『ヘンリー六世』以来の役者同士の信頼関係がたぶんに影響してるよ。劇団のベテランと若手のような)。中嶋しゅうによって浦井ハルの演技が引き上げられたことはもちろん、浦井ハルとのやり取りが中嶋しゅうを更に王らしくした、とも言えると思うの。
 
 遂にヘンリー四世が亡くなり、放蕩の衣装を脱ぎ捨て、ハルは美しい白い衣装をなびかせて現れた。このとき、あのヘンリー六世の父だな、とマダムが感じたことはもう話したわね。そして、フォルスタッフたちとの別れのシーン。既にハルには孤高ともいえる雰囲気が漂い、小物のフォルスタッフが通じる馴れ合いは無くなっていた。ハルの前にはまったく別の道が伸びていたのよ。
 木で組まれたセットの道を、王冠をかぶったハル、いえ、ヘンリー五世が登っていく。すべての人々が(前王も)それを見上げている。誰も登っていない高みで、彼はゆっくりと遠くを見渡す。そしてそっと目を閉じる。ロック少年が、王という孤独を引き受けた清々しさに、劇場中が満たされた。
 ラストシーンにはもう台詞はなかったけれど、今年マダムが一度も経験していなかった浦井健治の演技の稲妻を、浴びることができたんだった。
 やっぱりさ、シェイクスピアってすごいと思う。こんな演出が可能なのだものね。
 

ロック少年が選択する王という孤独〜『ヘンリー四世 二部作』を観る その2

 フォルスタッフと言ったらマダムは、3年前の蜷川演出での吉田鋼太郎を思い出さずにはいられない。(そして松坂桃李のハルも、ね。)そのインパクトが強かったから今回、佐藤B作の配役を聞いても、どんな風になるのか、全然見当もつかなかったの。見当がつかないので、逆に楽しみだったとも言える。
 そうしたら、これもまた良い味のフォルスタッフで、目からウロコ、だったわ。しわがれた声は、台詞の多さで少し潰れたのかとも思えたけれど、それでも全ての台詞がちゃんとこちらに届いただけじゃなく、しわがれた声自体も味わい深かったの。
  思ったのは、演出の大きな違い。蜷川版では本を大きくカットし、ハルとフォルスタッフ二人の関係性に重きが置かれていたのに対し、鵜山版ではハルは、フォルスタッフだけじゃなく、みんなと仲が良いし、一番仲良くしてるのはフォルスタッフじゃなくてポインズなのね。本当の気持ちをフォルスタッフには話さないけど、ポインズには話すじゃない?「父上が病気だからといって塞ぎ込むのはいかんとは思うんだが(中略)、俺はやはり悲しいのだ。悲しくてたまらないのだ」って。
 そして佐藤B作のフォルスタッフは、すごく小物。みみっちいじーさんなの。これが肝心なの。第二部に入ると、小物感が満載。兵を集める時には兵役逃れを賄賂で見逃してやるし(ていうか、それがフォルスタッフの収入源)、戦地にはことが終わってから到達するし、帰る時は寄り道するし、ハルが王になったことを聞いて真っ先に自分が成り上がることしか思い浮かばないし。愛すべき人ではあるけど小物、ってところが重要で、だからこそ最後に王となったハルにさよならされても、見ているマダムは悲しくなかった。しかたない、というか、そうあるべきだよね、と思えたの。(3年前の蜷川版の時は悲しかったよ、だってハルとフォルスタッフがめっちゃ仲良かったからさ。) 
 
 
 7年前の『ヘンリー六世三部作』のときから、ほぼ同じ顔ぶれでやっているこのカンパニーは、もうシェイクスピア劇団といってもいい。その固定ファンたるマダムは、いろいろと楽しかった。劇団員の誰が、どの役をやるかが、とても楽しみでしょ?
 だってね。浦井健治はヘンリー六世とヘンリー七世(リッチモンド)をやってきて、今回ヘンリー五世でしょう?かたや岡本健一はリチャード三世やってて、ホットスパーは納得だけど、そのあとピストルでしょう?(もう本当に楽しませてくれたわ、まさか新国立で「We Will Rock You」を歌ってくれるとは思わなかった。ホットスパーよりエネルギー要ったのでは?)
 柄が悪くて女癖の悪い王子をやってた今井朋彦が、義の人、法院長だったり。悲嘆にくれてる王妃だった那須佐代子が、クイックリー夫人だったり。勝部演之がもう何度見たかしらと思う大司教だったり。鍛治直人が、あらゆる役でずーっと舞台上にいたり。ほんと楽しかったのよ。

 そしてね。『ヘンリー六世』から観てるマダムに、今回は、そのご褒美がやってきたの。
 ハルが遂に王となり、長い裾を引く衣装で現れたとき、生地の風合いは違えど同じシルエットの衣装を着ていたヘンリー六世の姿がまざまざと思い出され・・・そっくりなのに(あたりまえよ、同じ浦井健治なのだから)、ヘンリー六世のはかなげな佇まいとはまったく違う、自信と決意に満ちたヘンリー五世だったからね・・・ああ、あの人のお父さんはこういう人だったんだ、と感じ入って。
 大河ドラマってこういう感慨をもたらすんだな、としばし幸福感に浸ったのよ。

 さらに、その3に続くね。どこまでもダラダラと書いてしまうのだ・・・楽しくて。

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