最近の読書

三谷幸喜

期待通りの『子供の事情』

 三谷幸喜の芝居は久しぶりかも。7月16日(日)マチネ、新国立劇場中劇場。

シス・カンバニー公演『子供の事情』
作・演出/三谷幸喜
出演 天海祐希 大泉洋 吉田羊 小池栄子 林遣都 春海四方
   小手伸也 青木さやか 浅野和之 伊藤蘭

 最近、三谷幸喜離れしていたマダム。
 必ず一定水準の芝居を見せてくれて、それはすごいことなんだけど、マダムはびっくりしたり、塞がっていた脳の小窓が開いたり、胸の底を揺るがされたりしたいの。そういう深いことはやりたくない、心に残らない芝居が作りたい、っていうのが三谷幸喜がよく言ってることだから、向かう方向が違うんだなぁと思って、離れてた。
 でもさ、本当にひとっかけらも心に残らない芝居を作りたいと思ってるのかしら、三谷幸喜?
 そんなことないよね。だって、面白いものを作ろうとすると、人間を描いちゃうことになるし、テーマらしきものがまるっきり深刻じゃなくても、だからって、心に残らないわけじゃないもんね。
 
 それにしても今回、反射的にチケット買っちゃったのは、シス・カンバニーの罠にまんまとはまったの。だって、こんなメンバーを一つの芝居に投入してくるなんて、もう異常事態だもん。それぞれ主役が張れるような人ばかり。当日券に並ぶ徹夜組が出るなんて、なんかもう吃驚だわ。
 それでもって、半ズボンのお坊っちゃまスタイルの林遣都の第一声が「こんにちは。三谷幸喜です。」だったからさー、まったくもう。やりたい放題ね。
 
 小学四年生の放課後の日々を描くのに、このメンバーを集めた、その発想だけでもう勝ったも同然で、なんだかちょっと悔しい気もする(昔々、ギャングを描いた映画で、ギャングの親玉から情婦まで全員子供が演じるという、面白い映画があったんだけど(←「ダウンタウン物語」)、その逆の発想というか。三谷幸喜は同世代なので、案外そのあたりからの発想だったりして)。わざとらしい子供っぽい演技はなくて、それぞれいつもの役者さんの演技だったのがよかった。
 学校の教室を後ろから眺めるようなセットで、毎回毎回、放課後に残ってダラダラしている、同じ顔ぶれの子供たち。アニキというあだ名の女の子(天海祐希)を筆頭に、ゆるくもどこか緊張感のある人間関係が作られている。そこへ転校生ジョー(大泉洋)が現れて、人間関係は微妙に変化していく。アニキは、みんなのアニキだった地位を追われ、ソウリ(青木さやか)は学級委員から転落し、リピート(浅野和之)が学級委員となりジョーの傀儡政権となる。子役として芸能活動しているヒメ(伊藤蘭)、クラス一のワルのゴータマ(小池栄子)、ゴータマの番頭みたいなジゾウ(春海四方)、恐竜博士のドテ(小手伸也)のそれぞれに少しずつジョーの魔の手が伸び、みんなジョーの影響下に入るかというとき。
 クラスの中でも地味なホリさん(吉田羊)の番がやってくる。ホリさんは、家族の中で事件があった過去があって、クラスの仲間は、子供なりに彼女のことを気遣ってやってきてる。が、校門のところにマスコミがやってきて、ホリさんのことを捕まえようとして、ジョーはこの機をとらえていかにもホリさんの味方のように振る舞い、一気にクラスを掌握しようとするのだが・・・。
 他の話が他愛のない悪戯なのに比べ、ホリさんがマスコミにさらされそうになる件は、大人顔負けの悪魔的な仕業なの。だからそこにはちゃんとアニキの機転でストップがかかり、ジョーの化けの皮が剥がれ、クラスはまたもとの平和を取り戻す。
 そこは期待通り。「蠅の王」みたいな怖い話には絶対にならない。そこは三谷幸喜だから。
 途中、ミュージカルみたいな瞬間があって、みんな歌がうまいし、めちゃくちゃ楽しい。これだけのメンバーがほぼずっと舞台の上に出ずっぱりでいてくれるのも、眼福だったなあ。
 最後の畳み掛けるあたりで、なにもかもアニキ一人が謎を解明するムリヤリ感と、ジョーの暴かれた転校前の性格が不自然だったのが、気になったわ。なんか、いつも三谷幸喜、こういう匙を投げた感じがあるんだよね。彼ほどの人がこの不自然さを気づかぬはずはなく、わざとだと思うんだけど、どうなのかな。
 
 マダムは、大好きな浅野和之の軽快な動きが見られたので満足。これなら、ワンピースやっても、似合うでしょうね。11月、どうしようかなぁ。迷うところだわ。
 
 そうだ、とてもよかったラストのことを書こうと思ったんだけど、これは公演が終わってからにしようっと。

三谷版『ショーガール』を観る

 四半世紀以上も前の「ショーガール」を一緒に観た友達を、わざと誘って観に行った。9月5日(土)22時開演、パルコ劇場。

『KOKI MITANI'S ショーガール』
作・演出 三谷幸喜
出演 川平慈英 シルビア・グラブ
ピアノ/荻野清子 ベース/一本茂雄 パーカッション/萱谷亮一

 21時半開場という話だったけど、直前までやってた「君となら」からの転換が押してたのか、45分まで待たされたの。席に着くと、セットは、日本風の家屋のセットがそのまま建っているんだった。これ、どうすんだろ、と思ったんだけど、日本家屋のセットの中に既に、ネオンとかピアノとか鏡とか必要なものは仕込まれていて、そのままで『ショーガール』は始まった。

 最初、登場人物が男と女二人きりの寸劇があって、その後ショータイムになる二部構成。
 寸劇はいかにも三谷幸喜らしい設定で、三鷹市下連雀の一軒家が舞台。これをどうやっておしゃれにするんだ?という設定だったんだけど、三谷幸喜の照れと、セットとの整合性のふたつが理由だったのかしらね。探偵が尾行している女にだんだん惹かれていくという「フォローミー」的な展開を、コンパクトに見せてくれて、なかなか面白かった。「地味な女は地味じゃない。派手な女は派手じゃない」っていう歌がインパクト充分。川平慈英が芸達者なのはもちろんのこと、シルビア・グラブは意外にも、ママチャリをヨタヨタと漕いでパートに出かけていく中年女が、似合ってた。お約束のハッピーエンド?なのかは、よくわからないけど、楽しく笑って30分が過ぎ、ショータイムへ。
 光沢のあるスーツとドレスに着替えた二人が歌うのは、音楽に疎いマダムでも聴いたことのあるスタンダードナンバーばかり。パルコ劇場というコンパクトな空間で、観客全員をらくらく巻き込む声量と上手さで、テンション上がったー。こんな空間でショーが観られるなんて、なんて贅沢。
 
 注文を付けるとすれば、ふたつ。
 ひとつは、踊りが足りなかったこと。もう少し二人で踊ってほしかったなあ。そしてもうひとつは、シルビア・グラブの衣装よ。
 彼女、思ってたよりずっとがっちりした骨太な人なんだよね。残念だけど、ショーガールのトレードマークの衣装、網タイツとタキシードが似合わないの。綺麗な人なので、彼女のスタイルを考えてドレスを選んであげればもっと素敵だと思う。無理してショーガール風の衣装を着せなくていいんじゃないかしらね。そうすると、「ショーガール」じゃなくなっちゃうと言う声もあるでしょうけれど、それなら「ショーガール」ってタイトルはやめちゃってもいいんじゃないかな。
 
 
 あの伝説の『ショーガール』とは比べちゃならない。ってことで、ここまで封印して書いてきたけど、何も言わないと、マダムが書く意味がないわよね。なので、ひと言いうと。
 木の実ナナと細川俊之と比べたら、シルビア・グラブと川平慈英の方がずっと声が出ていたし、歌が巧かった。洗練されてた。それはホントにそう思うの。
 でも、やっぱり木の実ナナって、誰よりも目を釘付けにする人だったの。自分の強み、自分の魅力をよーくわかってて、身体中で「私を見てー!」ってアピールしてて。細川俊之は、彼女の魅力がさらに輝くように、寄り添っていたんだね。
 二人の強烈な個性が伝説を作ったんだなあ・・・とマダムは今回のショーを観たおかげで、再認識したのよ。
 とても、よかったわ。

大人の余裕『抜け目のない未亡人』

 実に1ヶ月ぶりの劇場。でも、禁断症状は出てなかったわ。6月29日(日)マチネ、新国立劇場、中劇場。

『抜け目のない未亡人』
原作 カルロ・ゴルドーニ  上演台本・演出 三谷幸喜
出演 大竹しのぶ 岡本健一 木村佳乃 中川晃教
   高橋克実 八嶋智人 浅野和之 段田安則 ほか

 いやあ、楽しかった〜。深い意味は(っていうか、浅い意味も)ない話だけど、これだけ芸達者な役者が揃うと、くだらないお喋りもなんて豊かな芝居になることか。
 セットがね、またまた松井るみなんだけど、またまた素敵。ヴェニスのホテルの、海に面したテラスという設定で、新国立のひろーい床いちめん、温かな色合いの石畳になっていて。そこに明るい日差し(照明だけど)が射して、空気がちゃんと乾いた地中海なのよ。セットはただそれだけなんだけれども、その地中海の空気だけで十分。
 出だしに、客席の側から駆けてきたホテルマンの八嶋智人が、言った言葉に、グッと引き寄せられたわ。
「昨日、初日だったのですが、初日にセットの、ちょっとした段差で足をくじいたドジなキャストがおりまして〜(客席、ざわざわ)。それが誰か、というのも、観てのお楽しみで。はい、はじまり〜」
 というわけで、掴みはばっちりで、客席は、え、どうするんだろ、誰かキャスト、交代なのかしら?どうするの!?と、身を乗り出して、待ったの。そしたら、その役者があまりにもわかりやすく杖をついて出てきたから、客席、大爆笑。
 しかも凄いのは、昨日の今日で、演技プランを大きく変更したに違いないのに、そういうところが全く感じられないの。最初のうち、初日で足をくじいたのはこの人かー、と思いながら観てたけど、10分もしたら、全部、忘れた。もうその人物が始めから杖をついてる設定だったかのように、芝居は自然に進んでいったの。それは、その役者が上手い、というよりは、周りの役者たちが余裕綽々なのよ。恐れ入る、とはこのことね。
 
 ストーリーは、チラシに紹介されている通り。ロザーウラ(大竹しのぶ)は大女優だけど、もう10年も映画に出ていない。映画監督だった夫が(90近くで)亡くなり、やっと自由を得て、仕事に復帰したいと思っている。それで、ベネチア映画祭の最中に、呼ばれてもいないヴェニスに来ているところ。そこに次々、いろんな国の怪しげな映画監督たちが現れて、ロザーウラと下心満載の会話を繰り広げるという、すごーくたわいもないお話なの。
 大竹しのぶをはじめ、キャストが実力派ぞろいで、しかも肩の力が抜けきってて、動きも会話もひたすら楽しい。観てる方はもちろん、演じる側もメチャクチャ楽しそう。歯医者通いで疲れたマダムを、タイミング良く癒してくれる芝居だったわ。
 どの役者もよかったけど、マダムが特に気に入った3人についてだけ、話すと。
 まず、狂言回しのホテルマンを演じた八嶋智人が良かったー。彼のノリのよさのおかげで、まるで、ヴェニスのホテルの自室バルコニーから有名人の駆け引きを盗み見るような気持ちで、観られたの。
 次に浅野和之。今回は、80代のおじいさんの役だった。「ベッジ・パードン」の時の10役(11役?12役?)を観た時から、彼が三谷作品に出るというと、何の役かホントに楽しみなんだけど、今回の時速3m(公称)のおじいさんも素晴らしー! なんかもう、ずーっと観ていたくなるのよ、意味もなく。
 そして、もちろん、岡本健一。わかりやすくトリコロールカラーの衣装を着たフランス人映画監督の役だったのだけど、うわあー、イケメンだーって思って。おしゃれでキザで女好きのフランス人。って典型的すぎるので笑っちゃうんだけど、凄く楽しそうに生き生きと演じてた。ここのところ、難しい深刻な役ばかり観てきたので、彼がイケメンなのをちょっと忘れてたのよね。眼福だったわ〜。
 
 三谷作品は楽しいけど脳の窓は開かない、ってこのあいだ言ったばかりだけれど。今回は、小さな窓が開いて、そこから地中海の乾いた風がすうっと、抜けていった。

『酒と涙とジキルとハイド』とマダム

 連日の観劇はちょっとハードで、レビュー遅れました。4月13日(日)マチネ、東京芸術劇場プレイハウス。

『酒と涙とジキルとハイド』
作・演出 三谷幸喜
出演 片岡愛之助 優香 藤井隆 迫田孝也
演奏 高良久美子 青木タイセイ

 
 セットが素敵。メインはジキル博士の研究室。壁が一面に棚になってて、ガラスの瓶やフラスコがおかれ、色鮮やかな怪しい液体が入っているのが、綺麗なの。奥に斜めに作られた階段があって、それを昇ると玄関の扉があり、外に出られる。外を歩く人影も観客から見えるように出来ていて、誰かがやってくるのが全部見える。こんな高いところに道があるセットって、普通の発想じゃない。美術は松井るり。なるほど、いつもの男前な仕事だわ。
 その更に奥(つまり、舞台の高いところの奥まった場所)に、ミュージシャンが二人座ってて、生演奏で芝居に参加する。2時間弱の一幕ものとしては、かなり贅沢なつくり。
 
 ジキル博士(片岡愛之助)は、名の知れた科学者なんだけど、真面目でかたぶつ。恩師の娘イヴ(優香)と婚約しているけれど、イヴは、かたぶつ過ぎるジキル博士をあまり好きになれずにいる。
 ジキル博士が今、作っているのが、「人間を善と悪との二つに分ける薬」。明日はその薬について学会で発表することになってる。のだけれど、その薬、どうも上手くできてない。博士は学会を切り抜ける策を思いつき、研究室で試しているちょうどその時、イヴがやってきてしまい・・・
 これ以上話すと、これから観る人の妨げになるので、ストーリーはここまでにしておくけれど、話そのものは全くこみいってない。いつもの三谷幸喜らしく、難しいところはないし、理解できないようなところはひとつもない。ただただ笑って、過ぎていく2時間なの。
 片岡愛之助の演技は歌舞伎臭いんだけど、三谷幸喜はそれもわかっていて役を設定しているので、あまり気にならなかったわ。優香も、始めわざとらしいなあと思ったけど、途中から芝居全体が凄くエスカレートしていくと、それくらいじゃないと務まらないはまり役だったし。藤井隆は、キーマン。ハイド役なんだけど、本名はハイドじゃない。主役と言っても良いかも。そしてドタバタする芝居に一本スジを通してるのが、博士の助手プール役、迫田孝也。彼の演技が一番普通で、ほっとする。
 途中、イヴの「好きなタイプの人の前では素の自分を出せず、好きでもない人の前では素の自分でいられる。不幸だ」っていう、なんだか深いテーマになりそうな台詞もあるんだけれど、芝居はそれを深追いすることはないのよね。
 三谷幸喜自身が「楽しく笑って、後になにも残らないコメディを作りたかった」と言ってる通りの芝居だった。さすがだわ。

 芝居を二つに分けるなら、いろんな分け方がある。もちろん、面白い芝居とつまらない芝居っていう分け方がまず、ある。
 最近マダムが思うのは面白い芝居の中にも、マダムの脳の中の、まだあいたことのない窓を開けてくれる芝居と、開けてはくれない芝居という2種類がある、ってこと。
 『酒と涙とジキルとハイド』は面白い芝居だったわ。だけど、脳の窓を開けはしない芝居でもあった。
 マダムはやっぱり脳の窓、開けてほしいかも。凄くちっちゃな窓でもいいから。

鈴木京香の『声』を聞く

 今年最後の芝居が長塚『マクベス』じゃ、あんまりよ。というわけで、行ってきたわ、12月21日(土)マチネ、スパイラルホール。

『声』
ジャン・コクトー作 三谷幸喜演出
出演 鈴木京香

 一人芝居って、あまり魅力を感じない。芝居はさ、やっぱり役者同士の台詞のやり取りが相乗効果を生むところがいいんで、ね。
 常日頃そう考えてるマダムは、一人芝居自体をあまり観ていないので、どれが一番とか言う資格はないんだけれど、これまでに完全脱帽した一人芝居が2本だけ、あるの。加藤健一の『審判』と風間杜夫の『カラオケマン〜一人芝居五部作』。でもこれを基準にしたらあまりにもハードルが高すぎるわよね。だから、そこは忘れることにして、スパイラルホールの席に着いた。
 スパイラルホールはあんまり広くない。せいぜい200〜250席くらいかしら? 舞台を挟んで両側に階段状の客席。つまり、役者は全方向から視線を浴びる。なんだか、こういう舞台が最近多いね。
 真ん中に鮮やかな赤いカバーのかかったベッドが置かれ、その上に長いコードを引いた昔風の電話が1台。舞台の両端についたてとか小さな旅行カバンとかが少し置かれていて、装置はそれだけ。暗転から明るくなると、そこにベージュのネグリジェとガウンの鈴木京香が立っていて、芝居が始まった。
 女は自分のアパートで、特別な人からの電話を待ってる。のだけれど、間違い電話ばかりでイライラしてる。やっと待ち人からの電話がつながっても、始めのうちは混線しちゃう。交換手に激しく悪態をついたかと思うと、つながった相手には平静を装って明るく振る舞う。電話の混線とか交換手とかって、マダムにとっても経験のない昔のことで、でも時代劇というほどは昔じゃない。こういう微妙な距離感って実は難しいんだな、と思ったわ。
 長い長い電話での会話だけの、お芝居。女は、付き合っていた男(電話の相手)と別れたばかりで、彼の忘れ物をひとつひとつ集めては旅行カバンに入れる。あとから彼に送ってあげるらしい。もらった手紙も返す約束になってて、カバンに入れられる。でも、彼が探してるらしい革の手袋は、見つからないことにして返さない。電話しながら女は手袋にほおずりして、彼への未練たらたらなのね。
 始めは落ち着いてプライドを保ってた女も、時間が経つにつれて未練が隠せなくなる。思い出のホテルに他の人と行かないでと頼んだり、電話を切らないで、とせがんだり。最後は懇願するんだけど、とうとう電話は切られてしまい、女は泣き崩れて、芝居は終わる。
 
 恋愛至上主義的な、いかにもフランス原産らしい芝居。やれる女優は、日本には少なそう。ゴージャスな雰囲気を持った大人の女でないとね。そういう点では鈴木京香、いい線いってると思う。光沢のあるベージュのネグリジェとナイトガウンがよく似合い、日本の女優にありがちな平板な躯ではなくて、しっかりと立体的な肢体をもってて、髪振り乱しても色っぽくて。素質は合格点なの。
 でも肝心の「声」が、弱いんだった。全方位舞台なので、向こうを向いちゃったときの台詞が聞き取りにくい。舞台用の発声じゃないような気がしたわ。抑揚に乏しいし。それに、落ち着いてるときと激したときの振り幅が小さく、始めはよかったんだけど、後半の懇願してる口調は単調で、少し眠くなっちゃった。
 一人芝居と言いつつも、電話の相手と会話してるのだから、だんだん相手の男が何を言ってるのか、想像できてもいいはず。そうなってこそ、面白いはずなんだけど、相手が本当にいる感じがしてこなかったの。
 初めての一人芝居なわけだから、全方位舞台じゃなくて、普通の舞台の方がよかったかもしれないね。
 ともあれ、他にはいないタイプの女優なので、一人芝居じゃなくて、普通の芝居で観てみたい。マクベス夫人とか、ガートルード(ハムレットの母)とか、いいかもしれないわ。
 あ、マダムはやっぱり、この前の芝居の印象、引きずってるのかも。

役者 野田秀樹の魅力

 床にこぼれた水を拭き取りたくて、少しばかり洗濯機の位置をずらそうとしたのよ。
 そのとき、腰に電流のようなものが走った・・・・こ、これが、あの有名なギックリ腰という奴なの? しかしなぜ、よりによって今日? 1週間前でもなく、1週間あとでもなく、今日のこの日にくるとは・・・絶句。5月1日(水)ソワレ、東京芸術劇場プレイハウス。

『おのれナポレオン』
作・演出 三谷幸喜
出演  野田秀樹 天海祐希 山本耕史
    浅利陽介 今井朋彦 内野聖陽

 
 多くの人がチケットゲットに奔走したであろう『おのれナポレオン』。プラチナチケットとはこのことでしょう? 絶対ムダにしてはならじ。というわけで、歩くことは出来る程度の腰痛だったので、マダムはもの凄くゆっくり歩いて劇場へ。
 動きが不自由な身の上だと、野田秀樹の激しくかつ滑らかな動線が、ほとんど魔法のように見えたわ。遊眠社時代を思い出させる八面六臂な役者ぶり。演出から解放されると、こんなに楽しげな役者なんだ〜って、改めて感心。
 
 三谷幸喜が、役者野田秀樹のために書き、野田秀樹も作家&演出家の立場を封印して、一役者として臨んだーーこんなことは今までなかったし、今後も無いかもしれない。チケットを買えなかった大勢の人たちにも観てもらうため、なんとライブビューイングが行われることになったのね。5月9日19時〜だって。凄いのよ、全国の映画館20館と公共劇場6カ所で、生中継。こりゃあ、もう、祭り? プレイハウスだけなら立ち見を入れても観客はたかだか850人。それが9日の夜にはもしかしたら万単位に膨れ上がるかもしれないのよ?
 なので、その人たちをがっかりさせないためにも、マダムは一切のネタバレを封印することにしたわ。だって、つまんないでしょ、中身を知ってて観るのって。 祭りの成功を祈る!
 
 お話はいつもの三谷節なので、面白いし、上手いし、飽きさせない。役者も選りすぐりの6人で、テンポよくそれぞれの見せ場も得て、とにかく楽しそう。マダムは心が激しく突き動かされたり、新しい発見に目から鱗がとれたり、ってことは無かった。でもね、安心して身を任せることの出来る上質なお芝居だったよ〜。
 
 萌えポイントはやっぱり衣装かな。全員が、完璧なベルバラ衣装なの。野田秀樹のナポレオン、妙に似合ってて可愛かったわ。
 

新年は文楽から

 みなさま、あけましておめでとうございます。
 今年もよろしく、と言いたいけれど、春までは家庭の事情により劇場にあまり行けないので、ブログの更新もしばらく減ってしまうと思うわ。
 一応こういう時のため、貯めてある中継録画映像が沢山あるので、暇ができたときにはその辺りをネタに書きたいなと思ってはいるのだけど、どうなるかしらねー。

 年末年始もばたばたしていて落ち着かない年越しだった。でも、元旦にWOWOWでなかなか面白いものを見たので、ちょっとご報告。

三谷文楽『其礼成心中(それなりしんじゅう)』
2012年8月16日 パルコ劇場にて収録
作・演出 三谷幸喜
出演 竹本千歳太夫 豊竹呂勢太夫 鶴澤清介
   鶴澤清志郎 吉田幸助 吉田一輔 ほか

 文楽、つまり人形浄瑠璃。この超古典的な芸能で、三谷幸喜が台本を書き、演出もするというのは、かなり画期的なことよ。これまでにこういう試みって、あったのかしら。マダムは寡聞にして知らない。
 ストーリーは、近松門左衛門の『曾根崎心中』のスピンアウトもの。『曾根崎心中』があまりに流行ったせいで曾根崎の森で心中しようとする若者が増え、その森の近くの饅頭屋夫婦はすっかり迷惑している。この日も死のうとしている若い男女を捕まえ、饅頭屋は死なずに帰ってもらおうとするのだが、目を離すとすぐ死のうとする。困った饅頭屋は家に二人を連れて行く。怒ってばかりいる饅頭屋と違い、饅頭屋の女将は若い二人に、現実を見て生き残ることを諄々とさとして返してやる。これがうまくいって、饅頭屋は新しい商売を思いつく。心中したい人たちの身の上相談をしてやって饅頭を買って帰ってもらう新商売。これが当たって、夫婦は大金持ちになるのだが、そんなある日、近松門左衛門が新しい戯曲『心中天網島』をヒットさせているらしいという話が飛び込んできて・・・という三谷幸喜らしい現代的な人情もの。『曾根崎心中』や『心中天網島』の有名なくだりも織り込んであって、よくできていて楽しい。

 マダムは学生時代(たぶん)に国立劇場で文楽を見て以来、ン十年ぶり。
 でも、若い時の経験は身になっているとみえて、すぐにいろいろ思い出し、楽しめた。なにより、三谷幸喜が文楽の面白さをよくわかっていて、今の人でも楽しめるように工夫に工夫を重ねたあとが見えたの。
 伝統的な文楽の場合、人形の舞台が真ん中にあって、三味線と義太夫のパートの人たちは上手の特別席で演じる。人形はつまり役者な訳だから、それを見ながら、音は別のほうから聞こえてくればOK、ということね。
 でも三谷文楽では、音担当の人の為に、人形の舞台の後ろ側に高い段が作られていたの。観客は、人形と義太夫の人を同時に見られる仕組み。これは、三谷幸喜が義太夫と三味線を文楽の中心だ、と考えたからよね。人形だけじゃなくて、義太夫という声優およびナレーションや、三味線という音楽および効果音があって、初めて文楽が成り立つんだ、ってことを現代の、文楽になじみの無くなった人たち(つまり私たち)に見せたかったのよね。それは凄く効果があったと思う。
 それと、義太夫の語る言葉をなるべく平易に工夫して書いたのも、よかった。
 だって、マダムがかつて文楽を見たとき(それは近松の『曾根崎心中』だった!)、人形の動きの見事さに圧倒される一方で、義太夫の意味の聞き取りにくいことと言ったら!途中、ワンシーンまるまるわかんなかったこともあるくらい。だから文楽を観に行く時には、凄く早めに劇場に行ってパンフを買い、開演前にあらすじを舐めるように読んでおかなければならなかったのよ。
 でも今回は台本が三谷幸喜の書いた現代語だし、耳で聞いてすぐ理解できる言葉を選んで書いたという彼の発言通り、理解できないところはまったく無かったのよ。ストレスがなかった。これは、大事なことよ〜。
 それと、これまでになかった動きを人形にチャレンジさせているの。最後に饅頭屋夫婦が川に飛び込んで死のうとして、死ねない場面。水の中のシーンが凄い。文楽の人形(つまりは人形遣の人たち)がどれほどハイレベルの演技ができるか、思い知った感じ。伝統芸能として守っているだけじゃ、もったいないんじゃない?!
 コクーン歌舞伎ならぬパルコ文楽として定着したらいいなー。そしたら次は劇場で観てみたいわ。

 

これもまた三谷幸喜らしい『90ミニッツ』

 見逃した、三谷幸喜生誕50周年祭りの最後の作品。WOWOWの中継録画で。

『90ミニッツ』
2012年2月 パルコ劇場
作・演出 三谷幸喜
出演  近藤芳正 西村雅彦

 ふたりの役者は長らく『笑の大学』を再演したがっていたと聞くわ。当然よね。名作の誉れ高い『笑の大学』。映画にもなり、イギリスでも上演されたけれど、ふたりとも、やっぱり自分たちのが一番面白いと自負していたみたいだし、その通りだとも思うし。
 で、これはもう、三谷幸喜の意地。再演を認めれば、それだけで観客が集まることを知っていながら、新作を自分に課したわけだから。

 と思い、内容を暗示しない題名を見て、どうしても喜劇だと思い込んで観始めてしまい、始まったらビックリだった。なんていうか、問題作(?)だったんだもの。
 9歳の男の子が事故に遭い、運び込まれた病院での物語。かけつけた父親(近藤芳正)は手術の承諾書にサインすることを拒む。医師(西村雅彦)は必死に説得を試みるけれど、父親は自分たちの信条に反するからと、首を縦に振らない。手術をすれば助かるのに、いたずらに時が過ぎ、男の子の命にかかわるタイムリミットの90分がやってくる。ふたり以外舞台には出てこないけれど、命を表す水が、舞台の真ん中の天井から床の砂の上に、滴り落ち続けている。それが時に細くなり、ほとんど落ちなくなっていく。
 というような緊張感みなぎる90分のふたり芝居だった。父親と医師の会話に笑いが入り込む隙間はない。ないはず、なのだけれど、観客はやっぱり所々でちょっとずつ笑うのよ。マダムもテレビの前でやっぱり笑った。
 稽古場では観客が笑うことを想定していなかったらしく、演出家も役者も驚いたみたい。そこで笑うか、ってね。でも、それは笑うよ〜。もちろん内容は命のかかった深刻な話なのだけれど、父親の設定がどこか笑いを連れてくる部分があるの。頑な信条を支えているのが、実は恐い奥さんの存在だったり、信条にもいろんな矛盾があったりして。そういう設定にしちゃう目配りが、やっぱり三谷幸喜らしい。深刻一本やりになれないのよ(でもこれは、褒め言葉なの。一本やりが良いとも思えないし)。
 それで、あのままいくと子供は死んじゃうしかないのよね。でも三谷幸喜にはその終わり方ができなかった。「それが自分の甘さ」だとインタビューで言っているけど、現実じゃないものを見せてくれるのが芝居だと思えば、これもありよ。それに子供が死ぬ設定だと、舞台には最後まで出てこないのにその子が主役で終わることになるでしょう? そうじゃなく、ふたり(特に医師)の心情を見せるラストになって、そこがいいなあ、と思ったわ。

 役者ふたりとも熱演なんだけれど、特に西村雅彦が素晴らしいので、ここで思い切り褒めちゃおう。
 『笑の大学』でも同じように感じた覚えがあるのだけれど、真っ直ぐな立ち姿の美しい人。動きに無駄や癖がなく、それでいて固くない。喋り方も癖や変なタメを一切排した、直球で届く台詞。役に「自分らしさ」を出そうなどと微塵も考えていない。力量が充分ありながら演技が潔いのよ。こういう役者、ほかになかなか思いつかない。特別な人、だと思うわ。
 「古畑任三郎」に出演して名が売れて以来、西村雅彦には同じような情けない男の役しかこないのが、本人も三谷幸喜も忸怩たる思いがあるんじゃないかしら。だって、実は彼にはなんだってできるんだもの。『90ミニッツ』を観ると、心からそう思う。もっといろんな役で使ってあげてほしいし、マダムもいろんな西村雅彦が見たいなー。
 映画やドラマのプロデューサーや監督は、勉強不足だよね。舞台を観たら、彼にもっと違う役をやらせたいと思うはずだもん。
 ということで、ひさしぶりに西村雅彦を堪能した舞台だったね。満足。

理想の信長

 朝日新聞の夕刊に毎週、三谷幸喜のコラムが載ってて、マダムは長いこと読み続けてる。私生活の話(主にペットについて)にはさほど惹かれないけれど、芝居や映画を作り始める時のアイデアが話題になると、楽しくて。
 なにより、三谷幸喜はマダムと同年代の人なので、子供の頃からの経験が似ていて、ネタもとがマダムのよーく知ってるものだったりすると、人知れず頷いているのよ。
 先週は、次の彼の映画「清須会議」における信長役についての話。読んでいて、マダムはハッタと膝を打ったの。

織田信長といえばこれまで、高橋英樹さんや渡哲也さん、反町隆史さん、役所広司さんといった、男臭い役者さんが演じるケースが多かった。でも僕のイメージする信長は、ちょっと違う。むしろ中性的な、汗を感じさせない、ストイックな佇まい。というわけで大河ドラマ「太閤記」と「黄金の日々」で二回信長を演じた高橋幸治さんが、僕のベスト信長だ。

 おおーっ!なんて意見が合うの、マダムと三谷幸喜。嬉しいー!だって、高橋幸治の信長について思い出してくれる人なんて、最近いないもんねー。
 さすがに「太閤記」は知らないけど「黄金の日々」はよーく憶えてる。あのとき石川五右衛門を演じた根津甚八の人気がもの凄くって。マダムの周りの女の子たちも、「五右衛門を釜茹でにしちゃダメーっ」と叫んでおったわ。だけどマダムはその中にあってただ一人、高橋幸治の信長にメロメロになっていたの。無表情で眉ひとつ動かさず、恐ろしく残忍な命令を淡々と下すのよ。怒鳴ったりしないの。それが却って恐いの。いやあ、今も思い出すと、痺れますわ。やっぱ理想の信長は高橋幸治よね。「黄金の日々」、また見たーい!

 で、「清須会議」で誰が信長役をやるかというと。篠井英介だそうです。どうなるか全然想像できないけど、これはこれで面白そうね。

2017年7月
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