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岡本健一

『クライムズ オブ ザ ハート 心の罪』を考える

 好きな役者さんの舞台が次々。9月9日(土)マチネ、シアタートラム。

『クライムズ オブ ザ ハート 心の罪』
作/ベス・ヘンリー 翻訳/浦辺千鶴 
演出/小川絵梨子 
出演 安田成美 那須佐代子 伊勢佳世 渚あき
   斉藤直樹 岡本健一

 
 観に行って1週間以上経つけれど、レビューをなかなか書き出せなかった。
 というのも、興味深く観たんだけれど、腑に落ちない気持ちがマダムを覆っていたから。
 一方で、この顔ぶれでウェルメイドなのに、土曜のマチネでも空席が目立つ状態だったの。そこへもってきて、さらに内容に対して疑問を呈すれば、公演の邪魔をしてしまう気がして。もちろん、マダムの個人的な感想なんか、さしたる影響ないよ、と言われればその通りなんだけれど。
 
 アメリカ南部の田舎町の、三人姉妹のお話。
 女が、銃を構えて、誰かに発砲する。が、それが誰なのかは、少しの間伏せられて、舞台上の家のセットに、疲れ果てた顔の長女レニー(那須佐代子)がヨロヨロと帰ってくるところから本当のお話が始まる。レニーは、入院中の祖父の見舞いに行って、帰ってきたところで、更に三女ベイブ(伊勢佳世)が引き起こした事件を解決するため、家を離れている次女メグ(安田成美)の帰りを待っている。

 最初の方の会話の中ですぐに、ベイブが夫をピストルで撃ってしまったことがわかって、ああ、さっきの出だしのシーンはそういうことか、と思うんだけど、謎を引っ張ることなく解明しちゃったので、ちょっと肩透かしだったの。謎でもなんでもなかったんだな、って。
 出だしのシーンは、台本に最初からあるのかしら? あるよね。
 
 それから美しい次女が帰ってきて、更に保釈されたベイブも帰ってきて、三人姉妹が揃い、そこへ隣に住む従姉妹のチック(渚あき)やベイブの弁護士バーネット(岡本健一)やメグの元彼ドク(斉藤直樹)が次々やってくる。会話の中から、三人姉妹の境遇や、今抱えている問題がだんだん浮かび上がってくるの。
 父親は、姉妹が小さい頃に失踪し、母親は自殺。姉妹は祖父母の住む今の家に引き取られたこと。今は、年老いた祖父と長女のレニーだけがこの家に住み、レニーは恋人もなく、仕事と祖父の介護で疲れ果てていること。美人のメグは歌手をしているという話だったが、とっくにやめていて、事務員として働いていること。ベイブの夫は上院議員だけれど、DV男であること。が、ベイブが夫を撃ったのは、それ以外に重大な理由があること。
 
 彼女たちの抱える問題はそれぞれ深刻なんだけれど、行き交う会話の中では思わず笑ってしまうことも多くて、コメディタッチな芝居。レニーが誰にも祝ってもらえない誕生日を自分で祝おうとしたり、ベイブが自殺を図ろうとしても首を吊るための縄をかけた梁が折れたり、深刻と滑稽が同居している物語なの。丁寧に演出されている、とも感じたわ。
 そうなんだけど、いろいろよくわからないことがあって、わからないまま芝居が終わってしまったの。たとえば、家の(セットの)構造がどうしても理解できなかったのよ。玄関らしい場所があって、レニーが鍵を開けるシーンがあるにもかかわらず、全然違う場所から他人が出入りしたり、窓があるのかないのか、外を歩いてる人とアイコンタクトがあったりするの。その法則が最後まで腑に落ちず、気になるのが煩わしかった。
 いつの時代のお話なのかも、なかなかわからなくて。セットや衣装などからは判断できず、唯一のヒントはダイヤル式の電話。そこから、1970〜80年代かなあ、と推測した。それと、アメリカ南部の田舎町らしいことはセリフでわかるのだけれど、セリフでわかる以上の空気感、圧迫感、差別感などは流れてこない。ベイブが黒人の男の子とセックスしてしまったことが、致命的な醜聞になるんだろうとは思うんだけれども。思うけれども、それがどれくらいの重大さなのか、よくわからないんだよね。ベイブの感じている深刻さはともかく、写真を見せられた弁護士や、姉のメグの反応はなんだか鈍いし。
 もともとこっちには1980年頃のアメリカ南部について予備知識がなさすぎるから。
 日本の観客はみんなこんなもんだと思うけど。
 
 いちばんわからないのは、題名かも。全然違う邦題をつけられたら、よかったのに。

 わからなすぎたので、新聞の批評を読んでみたら、ベイブの相手の黒人の男の子の年齢設定、もとの本では15歳となっているところを20歳に変更したのはどうしてか、と書かれていて。それで、ますますわからないことが増えてしまったのだった。
 さらに、気になったのは、亡くなった中嶋しゅうが、メグの元彼の役をやるつもりだったのか?ということで、もはや芝居の出来とは何の関係もないよね。すみません。
 
 期待していた岡本健一の演技の稲妻は不発だった。本筋を背負う役ではなかったからね。でも彼は役の大きさに関係なく、なりきってしまう。今回の、切れ味の悪そうな人の良い新米弁護士も、上手いなあと思ったし。
 イキウメを退団して全力活躍中の伊勢佳世が、役の幅をどんどん広げていくのには感心しちゃった。それがいちばんの収穫だったわ。

速報!浦井ヘンリー五世、再び

 きゃっほー!
 みんな、もう聞いてる?
 新年早々、来年の話なんだけど、2018年5月、新国立劇場で『ヘンリー五世』の上演が決まったよ!!
 主演は勿論、浦井健治その人。やった〜!これまでの鵜山組、続行よ。
 喜びのあまり今、うちで「We will Rock You」かけながらひと踊りして、マダムは、ツイッターのアイコンをヘンリー五世仕様にしたので、ツイッターの方もよろしくね。(ていうか、受験生の母の顔はどこにいったのかしら〜〜〜?)

 ヘンリー四世、観なかった人はもう、後悔してるでしょ?
 そうだよ、シリーズなんだから、見続けると喜び倍増なのよ。
 来年まで、頑張って生きるぞー。

深夜の岡本健一

 スマスマが終了してしまって、マダムはいよいよテレビで見るものがなくなったわ。家族がいなくて一人の時、テレビはほとんど点いていない。CDか、iPadで音楽をかけてる。
 年越しの時も、子供が見ているカウントダウンコンサートの様子を片目でチラ見してたぐらいだったんだけど、そこに岡本健一の姿を発見した時には、眼を普段の2倍くらいの大きさに見開いてしまったよー。
 なんという格好良さ・・・・色っぽーい!
 マダムは岡本健一のアイドル時代、殆ど憶えていない。役者岡本健一となってからのファンだからね。それだって勿論、かっこいいのも色っぽいのも承知してたわ。承知していたのですけれども!
 いや〜、ホントにアイドルだったんだな〜。ギターをしゃくりあげる(?)ような仕草がたまらん。中年になって更に磨きがかかっているね〜、オーラ全開。
 
 その岡本健一の舞台『炎 アンサンディ』が3月に再演される。初演で観なかった方!マダム絶賛のおすすめです。絶対、観るべき。彼だけじゃなくって、出演者全てが素晴らしい。
 実はマダムは見に行かないかもしれないの。私生活的に一番忙しい3月だから。それに初演の印象が脳に焼き付いているので、それを大切にしておこうかな、って・・・(土壇場で気持ち翻るかもしれないけど)。
 でも、観てない方には強制的おすすめします。
 初演のままの演出なら、岡本健一のエアギター姿が見られるかもよ。

『ヘンリー四世』第二部再見と、シリーズ再考

 無理を押し通して、もう一度行ってきた。12月14日(水)マチネ、新国立劇場中劇場。『ヘンリー四世』第二部 ー戴冠ー。
 本当はもう一度、通しで見たいところだったけれど、そういうわけにもいかず、二部だけとなったの。どうして二部かというと、今井法院長さまとハル(というかヘンリー五世)の丁々発止のシーン、一度目はマダムの席からは二人が完全に被ってしまってて、表情がほとんど見えなかったんだもん。

 二度目は後ろの方しか席はなかったんだけど、ほぼ真ん中を選べたので、二人のシーンだけじゃなく、すべてのシーンが見渡せて、満足だったわ。
 やっぱり、「ヘンリー四世とハルの最期の会話→王の死→ヘンリー五世と法院長との火花散る会話と、和解→戴冠そしてフォルスタッフ達との別れ→ラスト」という畳み掛けていく構成が凄いし、ハルからヘンリー五世への変化がダイナミックで素晴らしいよね〜。繰り返し観たいけど、それは叶わないので、目に焼き付けようと必死なマダム。
 この新国立劇場のシェイクスピアシリーズ、中継のテレビ放映もないし、DVDの売出しもないどころか、舞台写真すらほとんど残らないのよ。こんなに面白く、それぞれの役者さん達が輝いているのに、その痕跡が全く残らないの。見た人の記憶の中に残るのみ・・・。舞台は一期一会なのが運命とはいえ、ちょっと、あんまりなんじゃないかしら?


 多くの人が結集して面白いものを作っているのに、今回は結構空席もあった。マダムは新国立劇場の宣伝力の無さにがっかりしたよ。浦井ハルと岡本ホットスパーとB作フォルスタッフの写真入りのチラシくらい作ればよかったのに。それだけでも観客動員が違ったと思うわ。
 それとね。
 国立劇場で製作した芝居は、みんなのものだと思うので、劇場に来られない人にも観るチャンスがあるべきよ。イギリスのNational Theatre Live みたいなものは望むべくもないけど、せめて記録映像くらい、図書室で見られるようにしてほしい。他の作品は見られるのに、このシェイクスピア歴史劇シリーズが見られないのは、おかしい。(大々的に売りだせと言っているのではなく、せめてせめて図書室で閲覧可能にしようよ、と言っているのよ?)
 だってね、今マダムが大学生だったとして、「シェイクスピアの歴史劇の日本での上演」についてレポートを書きたいと思ったら、手掛かりは蜷川演出のDVDしか無いわけでしょ?同時期に、さい芸と新国立で、ヘンリー六世やヘンリー四世やリチャード三世が上演されているのに、片っぽしか資料が無いわけで。
 これがどこかの劇団が独占で製作したものなら、文句を言ってもしょうがないけれど、国立劇場で製作したものの記録が公開されてないのって、ぜっっったいおかしいです!
 
 そんな正論は別として、新国立劇場のシェイクスピアシリーズ舞台写真集を作ってもらいたいな。『ヘンリー六世三部作』『リチャード三世』『ヘンリー四世二部作』全部を網羅する解説付き舞台写真集、限定3000部。すぐ、売り切れると思うけど?
 マダムは役者の写真集って、あまり興味が無いの。スタイリストがついて、こっち向いて微笑んでる写真ばっかりのやつ。それよりも、舞台写真集が欲しい。だって、役者が一番かっこいいのは、演技している時だから!
 浦健や岡健ファンのマダムの下心は脇に置いておいても、舞台写真を眺めながら、面白かった芝居を思い起こして感慨に耽るのは、芝居好きの楽しみの一つ。舞台写真集を、パンフレット番外編として、作ってくれい〜!
 
 
 なんだか、シリーズ再考とは話がずれてしまった。戻そう。
 『ヘンリー六世』三部作が作られた時、かなり無謀な企画として、成功が危ぶまれていたらしいのだけれど、ワクワクするようなものが出来上がって、観客から自然と続編(『リチャード三世』)を望む声が出て、そして今に至ったわけ。役者さんたちも7年前から変わらぬ顔ぶれだったりして、完全に劇団化してる。だからこれを続けて欲しい。
 次は『リチャード二世』かしら、とマダムは想像する。岡本リチャードと浦井ボリングブルックかしらね・・・・(遠い目)。
 『ヘンリー四世』のラストの高揚感を忘れないうちに、次を企画してくれるよう、メッチャ期待してるからね!

ロック少年が選択する王という孤独〜『ヘンリー四世 二部作』を観る その3

 シェイクスピアの場合、題名(タイトルロール)が必ずしも主役ってわけじゃないのよね。『ジュリアス・シーザー』とか『シンベリン』とか、『ヘンリー六世』とかも。
 だから『ヘンリー四世』もそうだよね、と理解していたし、主役はやっぱりハル王子なのでしょう。けれど、見ていて思ったの、ほんとにそうだろうか?これはあきらかに「ヘンリー四世」をめぐる物語、なんじゃないかしら?と。
 いや、ヘンリー四世とハル王子の親子をめぐる物語、ということかな。それが鵜山演出の、この芝居についての答えね。

 
 第二部もやはり二つの対比でできていたわ。フォルスタッフたちがまったりと遊んでいる世界と、ハルが父王と和解し王となる決意をしていく宮廷内の世界。ハルは、フォルスタッフたちのところに現れはするんだけど、心は既に病に倒れた父王のことでいっぱいなの。
 第二部、王(中嶋しゅう)と浦井ハルの演技がホントに素晴らしかった。
 王が死を目前にして、王位簒奪の罪の意識と必死に戦っている心がよく伝わってきたし、ハルもまた、宮廷人たちがフォルスタッフを探している=自分を探している=父王の身に何かあった、とすぐに察知して駆けつけるの。そして、王冠のシーン。
 王が息を引き取ったと思い込んでハルが王冠を持ち去るところから、二人の長い台詞のやり取りで、和解していくこのシーン。もう、息を止めて聴き入ったの。何も言うことはない。凄く沁みた。
 こんなことをこんな時言うのはなんだけれど、マダムはずっと中嶋しゅうの演技が苦手だった(ただの好みの問題とは思うのだけれど)。でも、このヘンリー四世は憂のたちこめた枯れた様子がぴったりだったし、浦井ハルとの相性が良かったんだと思う(そこにも、『ヘンリー六世』以来の役者同士の信頼関係がたぶんに影響してるよ。劇団のベテランと若手のような)。中嶋しゅうによって浦井ハルの演技が引き上げられたことはもちろん、浦井ハルとのやり取りが中嶋しゅうを更に王らしくした、とも言えると思うの。
 
 遂にヘンリー四世が亡くなり、放蕩の衣装を脱ぎ捨て、ハルは美しい白い衣装をなびかせて現れた。このとき、あのヘンリー六世の父だな、とマダムが感じたことはもう話したわね。そして、フォルスタッフたちとの別れのシーン。既にハルには孤高ともいえる雰囲気が漂い、小物のフォルスタッフが通じる馴れ合いは無くなっていた。ハルの前にはまったく別の道が伸びていたのよ。
 木で組まれたセットの道を、王冠をかぶったハル、いえ、ヘンリー五世が登っていく。すべての人々が(前王も)それを見上げている。誰も登っていない高みで、彼はゆっくりと遠くを見渡す。そしてそっと目を閉じる。ロック少年が、王という孤独を引き受けた清々しさに、劇場中が満たされた。
 ラストシーンにはもう台詞はなかったけれど、今年マダムが一度も経験していなかった浦井健治の演技の稲妻を、浴びることができたんだった。
 やっぱりさ、シェイクスピアってすごいと思う。こんな演出が可能なのだものね。
 

ロック少年が選択する王という孤独〜『ヘンリー四世 二部作』を観る その2

 フォルスタッフと言ったらマダムは、3年前の蜷川演出での吉田鋼太郎を思い出さずにはいられない。(そして松坂桃李のハルも、ね。)そのインパクトが強かったから今回、佐藤B作の配役を聞いても、どんな風になるのか、全然見当もつかなかったの。見当がつかないので、逆に楽しみだったとも言える。
 そうしたら、これもまた良い味のフォルスタッフで、目からウロコ、だったわ。しわがれた声は、台詞の多さで少し潰れたのかとも思えたけれど、それでも全ての台詞がちゃんとこちらに届いただけじゃなく、しわがれた声自体も味わい深かったの。
  思ったのは、演出の大きな違い。蜷川版では本を大きくカットし、ハルとフォルスタッフ二人の関係性に重きが置かれていたのに対し、鵜山版ではハルは、フォルスタッフだけじゃなく、みんなと仲が良いし、一番仲良くしてるのはフォルスタッフじゃなくてポインズなのね。本当の気持ちをフォルスタッフには話さないけど、ポインズには話すじゃない?「父上が病気だからといって塞ぎ込むのはいかんとは思うんだが(中略)、俺はやはり悲しいのだ。悲しくてたまらないのだ」って。
 そして佐藤B作のフォルスタッフは、すごく小物。みみっちいじーさんなの。これが肝心なの。第二部に入ると、小物感が満載。兵を集める時には兵役逃れを賄賂で見逃してやるし(ていうか、それがフォルスタッフの収入源)、戦地にはことが終わってから到達するし、帰る時は寄り道するし、ハルが王になったことを聞いて真っ先に自分が成り上がることしか思い浮かばないし。愛すべき人ではあるけど小物、ってところが重要で、だからこそ最後に王となったハルにさよならされても、見ているマダムは悲しくなかった。しかたない、というか、そうあるべきだよね、と思えたの。(3年前の蜷川版の時は悲しかったよ、だってハルとフォルスタッフがめっちゃ仲良かったからさ。) 
 
 
 7年前の『ヘンリー六世三部作』のときから、ほぼ同じ顔ぶれでやっているこのカンパニーは、もうシェイクスピア劇団といってもいい。その固定ファンたるマダムは、いろいろと楽しかった。劇団員の誰が、どの役をやるかが、とても楽しみでしょ?
 だってね。浦井健治はヘンリー六世とヘンリー七世(リッチモンド)をやってきて、今回ヘンリー五世でしょう?かたや岡本健一はリチャード三世やってて、ホットスパーは納得だけど、そのあとピストルでしょう?(もう本当に楽しませてくれたわ、まさか新国立で「We Will Rock You」を歌ってくれるとは思わなかった。ホットスパーよりエネルギー要ったのでは?)
 柄が悪くて女癖の悪い王子をやってた今井朋彦が、義の人、法院長だったり。悲嘆にくれてる王妃だった那須佐代子が、クイックリー夫人だったり。勝部演之がもう何度見たかしらと思う大司教だったり。鍛治直人が、あらゆる役でずーっと舞台上にいたり。ほんと楽しかったのよ。

 そしてね。『ヘンリー六世』から観てるマダムに、今回は、そのご褒美がやってきたの。
 ハルが遂に王となり、長い裾を引く衣装で現れたとき、生地の風合いは違えど同じシルエットの衣装を着ていたヘンリー六世の姿がまざまざと思い出され・・・そっくりなのに(あたりまえよ、同じ浦井健治なのだから)、ヘンリー六世のはかなげな佇まいとはまったく違う、自信と決意に満ちたヘンリー五世だったからね・・・ああ、あの人のお父さんはこういう人だったんだ、と感じ入って。
 大河ドラマってこういう感慨をもたらすんだな、としばし幸福感に浸ったのよ。

 さらに、その3に続くね。どこまでもダラダラと書いてしまうのだ・・・楽しくて。

ロック少年が選択する王という孤独〜『ヘンリー四世 二部作』を観る その1

 たった1ヶ月ちょっとなのに、芝居ロスで体調までおかしくなってしまったわ。待ちに待ったこの日。12月10日(土)マチネ&ソワレ、新国立劇場。

『ヘンリー四世 第一部 混沌』
『ヘンリー四世 第二部 戴冠』

作/ウィリアム・シェイクスピア
翻訳/小田島雄志
演出/鵜山仁

出演 浦井健治 岡本健一 勝部演之 今井朋彦 那須佐代子 
綾田俊樹
   ラサール石井 田代隆秀 鍛治直人 中嶋しゅう 佐藤B作 ほか

 二本の芝居なのだけれど、これはやはり二つで一つの芝居。シェイクスピアは商売人ね。一部を観たら、二部を観ないわけにいかないもの。スターウォーズみたい。なので、記事もひとつのものとして書くわね。
 推敲する時間がないんで、思いついたまま書き並べるんで、読みにくいでしょうけど、許されよ。
 まるっきりネタバレするよ。
 
 すごく面白かったー! 
 浦井ハルはメッチャ可愛いし、岡本ホットスパーはメッチャかっこいいし、B作フォルスタッフは「あー、これぞ等身大の(等身大がすごく大きいんだけど)フォルスタッフ」と思ったし、そのほかの役者たちそれぞれの見せ場が楽しくて、笑ったり、息を呑んで聞き入ったりできて、幸せだったの〜。
 鵜山演出は、いつも思うけれど、誠実。だから、納得いく時いかない時はあっても、彼がどのようにこの本を解釈し、イメージしたかが、こちらにちゃんと手渡される。それで、マダムは信頼を寄せてるんだー。
 今回、事前に本を読み返して臨んだけれども、マダムの思いもしない解釈で手渡された!『ヘンリー六世』以来の、「やってくれるじゃないの」感満載なのだった。
 
 セットは木で組んだ巨大なおもちゃみたい。
 最初のシーンで、ヘンリー四世(中嶋しゅう)が貴族たちに嘆いてみせている様子を、木のセットの上から、あるいは、舞台の周りから全ての登場人物が見つめている。ヘンリー四世が戴く王冠も細かい木で組んであって、はかない、もろい感じが象徴的なの。
 第一部は、二つの対比で、出来ていた。一つは王を囲む貴族たちの諍いの世界。もう一つはハル王子(浦井健治)が遊ぶ庶民の世界。
 ハルの造形にまず、軽く驚き。金色の髪がパンクっぽく逆立ち、鋲を打った派手なジャンパーを着て、ヘッドホンでクイーンを聞いている少年。ガム噛んでても不思議じゃない。まあ、芝居だから、それはさすがにないんだけど。
  その姿だから、フォルスタッフたちと悪ふざけしているときも違和感なく溶け込んでてヤンキーなのだけれど(笑顔がやんちゃで可愛い)、でも、本当に心から仲間となっているかというと、そういうわけじゃないのが、佇まいからわかるの。
 どんなに和気藹々とののしりあってても、小物なフォルスタッフたちが立ち入ることのできない部屋が心の中にあって、ハルはひとりでその部屋をぐるぐる歩き回っているような・・・・そんなふうに感じられた、表情や言葉の端々から。
 それでいて、最初に父王に呼び出されて話をするとき、ポケットに手を突っ込んだままだったりして、反抗期のロック少年そのままなの。
 
 一方のホットスパー(岡本健一)は、よく言えば血気盛ん、悪く言えば争うのが大好きな瞬間湯沸かし器的な男。戦争で手にした捕虜を、上司である王に引き渡さなかったことから叱責され、猛烈に反発するの。怒り出すと、冷静さはなくなってしまい、周りが手をつけられなくなる。勇ましいんだけど、この我を失うところが、指導者としては致命的な欠点なのよね。周りの大人たちも、彼の無謀に引きずられてしまうの。
 このホットスパー側の描き方は、オーソドックスで、貴族らしい衣装だった。(ホットスパーは長い髪を編み込んで後ろに束ねていて、メッチャ素敵!)ただ、少しハル王子に比べて大人っぽすぎるかな、と思った。無鉄砲な若者感が、衣装から匂ってこないのがちょっと残念だったかも。ハルの派手なロック少年に対抗して、黒光りするライダースーツかなにかだったら、危ない若造な感じが出てよかったんじゃない?(今、ちょっとそんな岡本健一を想像してしまって、ドキドキするマダム。似合うよ、きっと)
 衣装はともかくとして、ホットスパーは文字通りホットで、ハルの方はどこかクール。そして、戦場で二人は一騎打ちになるわけだけど(そしてホットスパーの方が百戦錬磨なんだけど)、この殺陣、二人の役者が文字通り全身全霊でやってて、こちらも固唾を飲んで見守ったの。それでね、思ったのは、やっぱり、頭の芯がクールな人の方が勝つんだな、ってこと。戦争だけ百戦錬磨でも、王様にはなれないんだよね、ってこと。
 
 たいしたこと言えてないうちに、長くなってるので、続きはその2で。
 
 

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、「ヘンリー四世」講座 その3

 その3、遅れてしまい、ごめんなさい。
「ヘンリー四世」だけを読んだのでは、イマイチ理解できないところが出てきてしまいます。そこで知っておきたいのは、この作品の大前提になっている歴史的事実。一番のポイントはここです。

5. 王様(ヘンリー四世)は何をそんなに悩んでいるのか?

 王様は、しょっぱなからイライラしているのですが、それは息子のハル王子が放蕩息子だからというだけではありません。
 実はこのヘンリー四世、正統な皇太子から王になった人ではないのです。
 王家の血筋なのは間違いないのですが、従兄弟である前王(リチャード二世)がダメな王様だったので、戦って、彼を無理やり退位させ、自分が王様になった。リチャードを幽閉し、結局は死に追いやった。それがヘンリー四世です。
 リチャード二世から王位を簒奪したときには若く血気盛んで自信満々だったけれど、年を取ってくるにつれて、自分が正統な王でないことが気になっていきます。部下である貴族たちも、王に対して少しでも不満があると「あいつは本当は王になるべき奴じゃなかったんだ」とか「我らが王にしてやったのに、今の偉そうな態度はなんだ」とか裏で言うのです。王と呼ばずに、王となる前のボーリンブルックという名前で呼ばれるときは、たいてい悪口なわけなのです。
 ですから王様は、自分が死んだ後、王位を巡って争いが起きるのではないかと、気が気ではない。死ぬ前に、悪い芽は摘んでおこうと必死なのです。それなのに息子は親の気も知らないで遊んでいる。だから、ますますイライラしてしまうのです。

 一方のハル王子が、なぜ父王に逆らって遊んでいるのか。
 そこは何も書かれていないのですが、マダム的解釈では、父王の「後ろ指さされない、王様らしい王様でありたい」みたいな変なプライドに対して、素直になれないところがあるのでは?と思えますね。

 この王位の正当性問題は、「ヘンリー四世」のお話全体を覆っている空気の色を決めていると言ってもいいでしょう。そういう意味では、題名が「ヘンリー四世」であるのも、うなずけます。

 そして結局のちのちには、王位を巡って貴族たちは真っ二つに分かれて戦う内戦に突入してしまう。それを描いたのが「ヘンリー六世」三部作なわけです。
(ちなみにヘンリー四世が若いとき王位を奪ったのを描いたのが「リチャード二世」という芝居です。いずれ、新国立劇場でやってくれないかなあ、とマダムは期待しています。もちろんリチャードが岡本健一、ヘンリー・ボーリンブルックを浦井健治で。

 以上がマダムの「ヘンリー四世」講座です。
 台本を読むヒマがなくても、とりあえずこのくらいの大前提さえ頭に入っていれば、芝居を楽しめるんじゃないかなあと思った次第です。
 サクッと説明、なんて言って、やっぱりちょっと長くなってしまいました。お許しを。

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、「ヘンリー四世」講座 その2

 配役がわかると、顔を思い浮かべながら読めるので、わかりやすいという意見があったので、主な登場人物表を作ってみました。大雑把なグループ分けしてあります。現時点で配役が発表になっているものは太字にしました。それ以外は、マダムが勝手に想像した配役なので、蓋を開けて見るまでは当たっているかはわかりません。
 
「王一家グループ」
王ヘンリー四世             中嶋しゅう
(王になる前、ボーリンブルックという名だったので、敵からはいまだにそう呼ばれることがある)                               
皇太子ヘンリー(ハリーまたはハル)   浦井健治

ランカスター公ジョン(ハルの弟)     ?                クラレンス公トマス(ハルの弟)      ?
グロスター公ハンフリー(ハルの弟)    ?       
 

「王の敵、パーシー一族とその仲間」
トマス・パーシー(ウスター伯)      勝部演之
ヘンリー・パーシー(ノーサンバランド伯) 立川三貴
 ウスター伯の弟
ヘンリー・パーシー(その息子。)     岡本健一
 
お父さんと同じ名前。ハリーとも呼ばれる。ホットスパーというあだ名がついている。
ホットスパーの夫人            松岡 依都美
モーティマー(ホットスパーの義弟)    鍛治直人


「王の味方の家臣」

ウェスモランド伯             今井朋彦
ウォリック伯                 ?              高等法院長(ハル王子を牢屋に入れたことがある)?            

 
「ハルの悪い遊び仲間とその周辺」
騎士ジョン・フォルスタッフ        佐藤B作
ポインズ                 ラサール石井
バードルフ                綾田俊樹
クイックリー(居酒屋の女将)        那須佐代子

 

4.いったい何人のヘンリーが出てくるの?

 大雑把な配役表を作ってみて、これは、大変!と思いました。だって、ヘンリーって名前の人が次々出てくるんですから。
 ここで、大事なのは、ライバル同士の二人のヘンリー(ハリーとも呼ばれる)、つまりハル王子(浦井健治)とヘンリー・パーシーまたの名ホットスパー(岡本健一)です。ここを、押さえれば、あとのごちゃごちゃはなんとかなります。
 王は、自分の息子が放蕩息子なのに比べ、パーシー家の跡取り息子が戦いに強くて頼もしいので、「あっちのハリーの方が良かったなあ」なんて、つぶやきます。確かに前半、ハル王子はフォルスタッフとつるんで遊んでばっかりなのに、ホットスパーは血気盛んで、戦う気満々です。同じ名前なので、しょっちゅう比べられてしまうハリー二人(くしくも、役者さんたちが二人とも「健ちゃん」なんですよね、これが)。
 ホットスパーは「熱い拍車」という意味だそうで、熱くなってどんどん拍車がかかっていく感じの男なわけです。マダム的には「瞬間湯沸かし器」という超訳が思い浮かびましたが、それはちょっと威厳がなさすぎな訳かもしれません。
 新国立劇場では「ヘンリー六世」→「リチャード三世」と上演してきて、今回は「ヘンリー四世」。イギリス版時代劇大河ドラマみたいになってるわけですが、そのどれもで、浦井健治VS岡本健一という対決の配役になっています。ここがマダムのメッチャ楽しみにしているポイントです。残念なのは、ホットスパーは第一部で死んじゃうこと。こればっかりは史実なので、助命嘆願してもかないませんもんね。
 
 その3では、知っておくと理解が深まる歴史的な背景を、さくっと説明します。

岡本健一VS奈良岡朋子

 2月はあまり観たい芝居がなくて、スケジュールが空いている。一方、3〜4月はなんだかスケジュールがぎちぎちになりそうな気配なの。こういうの、なんとかならないものかしら。

 その4月。見逃しちゃならない、と思う1本を、みんなにお薦めしておくね。
 民藝の大ベテラン奈良岡朋子と、我が岡本健一が二人芝居をやるの。ワォー、なんて凄い組み合わせなんだ。そして題材はテネシー・ウィリアムズ。 これだけでもう、ワクワク。公演の詳細はここ  を見てみてくださいね。二人が並ぶチラシの写真がまた、カッコいいのよー!
 今から4、5年前、この二人は共演してる。パルコ劇場で定期的に上演されている『ラブ・レターズ』のシリーズで。マダムはすごく観たかったんだけど、みんなも知っての通りラブレターズの公演は1回限りだし、平日のマチネだったので、仕事を休めず、泣く泣く諦めたんだった。
 その時が初共演だったのかはマダムは知らないんだけど、この組み合わせを考えたプロデューサーって素晴らしいな、と思ったの。それとも岡本健一自身が望んだのかしら?
  ラブレターズが終わったあと、きっと彼はこう言ったに違いないわ、「是非、またご一緒させてください。」奈良岡朋子は彼の顔をまっすぐ見て、「本気で言ってくれてるなら、考えましょうね」と・・・いう会話があったんじゃないかとマダムは想像を膨らます。それから5年経って、遂に二人にピッタリな戯曲が見つかって、とうとう二人芝居をやることになったの。わー、なんて素敵なんだ。(全部、推測にすぎません。)
 
 岡本健一の出演作はいつもチェックしてるけれど、毎回、挑戦してるな、って思う。観る前にすでに驚きがあって、上演を待ってる間が楽しいの。
 出演作のホームページには、彼のプロフィール写真以外が載ることは滅多にない。それはほら、みんなも知っての通りの事務所の事情があるからね。でも今回、民藝のホームページにはカッコいいチラシの写真が載ってて、マダムはメチャクチャ嬉しかった。
 ついでに宣伝しておくと、新国立劇場のホームページ、2016〜2017シーズンの演劇のところにも、岡本健一のリチャードと浦井健治のリッチモンドの写真がでかでかと出てて、嬉し〜! 眼福だー。
 
 どんなに好きな役者であっても、写真集が欲しいと思うことは滅多にないんだけど、もし岡本健一の舞台写真集を出してくれるなら、買うかも。
 だって、役に入り込んじゃってる時が一番、素敵だもんね。役者なら、そうでなくちゃ。
 
 

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