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加藤健一

『ハリウッドでシェイクスピアを』を観る

 下北沢駅は、いつになったら工事が終わるんだろうか。9月10日(土)マチネ、本多劇場。

『SHAKESPEARE IN HOLLYWOOD〜ハリウッドでシェイクスピアを〜』
作/ケン・ラドウィッグ 訳/小田島恒志 小田島則子
演出/鵜山仁
出演 加藤健一 植本潤 小宮孝泰 粟野史浩 
   加藤忍 瀬戸早妃 新谷真弓  ほか

 観劇中は、笑ってばかりいたんだけれど、観終わって少し考えたら、これはなかなか難敵だぞ、と思ったの。
 シェイクスピアの「夏の夜の夢」に出てくる妖精の王オーベロン本人と妖精パック本人が、自分たちの魔法の森に帰るつもりだったのに、間違えて、「真夏の夜の夢」の映画撮影中のハリウッドに来てしまう。そこから起きる奇想天外な出来事を描く喜劇なの。そう言っちゃえば、簡単のようだけれども。
 喜劇ってもともと高度なものだと思うけれど、上質なものほど、それを支えている知識の量がハンパじゃない。この作品で言えば、

 ①当然のことながら「夏の夜の夢」のストーリーと、台詞。
 ②その他のシェイクスピア作品(特に「ヴェニスの商人」)の台詞。
 ③映画撮影中の1934年当時のハリウッドの状況。ナチスから逃れたユダヤ人の監督が多くハリウッドに流れ着き、仕事をしていたことや、厳しい検閲があったことなど。

 というような背景を共有していてこそ、面白さを堪能し尽くせるように出来ている。
 もちろん、何も知らなくても、ドタバタ喜劇として面白いので、楽しめちゃうんだけど、知っていれば尚、楽しいし、実はとても深いお芝居なのだろうと思う。
 マダムは③について勉強不足であったので、予習しておけばよかったとちょっぴり後悔したわ。
 
 それは別として、とにかく笑ったー。
 最初にオーベロンが出てきたところで、場内大爆笑だったの。
 だって加藤健一、オーベロンの衣装が恐ろしく似合ってないんだもん(わざとだろうけど)。
 なんだか光り物がいっぱいくっついた深緑色の衣装で、蜘蛛の巣が連想されるようなヘンテコな王冠をかぶってて、威厳ありげに出てくるんだけど、もう全然威厳のかけらもないの。それでいて、メチャクチャ良い声でオーベロンの台詞をとうとうと語る。
 ちょっと長くなるけど、「夏の夜の夢」の中のオーベロンの台詞で、今回の芝居でもまんま使われてた長台詞を引用すると。
そのときおれは見たのだ、お前は知るまいが、
冷たい月と地球のあいだに、弓を手にした
キューピッドの姿を。その必中の矢が狙うのは、
西方の玉座につかれている美しい処女王であった。
いきおいよく弓弦より放たれたその恋の矢は、
千万の心も一気につらぬき通すかと見えたが、
さすがのキューピッドの火と燃える矢も、
水を呼ぶ月の清らかな光にうち消され、そのまま
独身を誓った女王は立ち去ったのだ、つつましい
乙女の思いに包まれて、痛ましい恋する心も抱かずに。
            (小田島雄志訳より)
 これね。何度も読めば理解できるけれど、耳から聴いて美しさをすんなり理解できることは滅多にないよ。それが、柔らかく滑らかに耳に入ってきた!加藤健一の上手さを40年前から知っているマダムでも、また驚かされた〜。こんなに心地良いオーベロンの台詞を、これまでマダムは聞いたことがない。うっとり。眼福ならぬ耳福。だけど、見かけはへんてこりん。流行りのギャップ萌えだー。
 そもそも加藤健一の力量からしたら、四大悲劇のタイトルロールを全部やっててもおかしくない人なのだけれど、どれにも挑戦していない。マダムが思うに、王だの王子だのをそのまんま演ることに対して、加藤健一は照れというか、抵抗があるのではないかしらん。(確かに、スタイルは王侯貴族っぽくはないかもしれない。確かに。)
 だから、今回のシェイクスピアのパロディ(というと少し違うような)のようなものだったら、OKなのね。
 
 オーベロンとパックが1934年のハリウッドをうろうろしても、「夏の夜」の映画撮影中だから、全然怪しまれない。オーベロンはハーミア役の女優オリヴィアに一目惚れしてしまい、彼女の目に惚れ薬をかけて自分と恋に堕ちさせようと画策し、「夏の夜」の話そのままに、パックのいたずらで、みんな次々ととんでもない相手に惚れてしまい、撮影現場はメチャクチャになってしまう・・・・。
 
 男優陣はベテランの上手い役者が揃っているんだけど、それ以上に女優たちが抜群に良かったの。加藤健一事務所の芝居に必ず出演している加藤忍のパックは、彼女のこれまでのイメージを大きく変える面白さだったし、ハーミア役をやっている映画女優オリヴィアの瀬戸早妃が、可愛くて美しくて、大胆。動きがチャーミング。オーベロンを始めとしてみんなに惚れられることが納得できる可愛さだった。そういう直球ど真ん中の可愛さを体現するのって、実はとても難しいことだと思うのよ。
 そしてマダムがすっかり気に入ってしまったのは、リディア役の新谷真弓!ナイロン100℃って観たことがなかったから、たぶん初見だと思うんだけど、彼女は上手い!
 おバカで、台詞の意味がさっぱり理解できてない女優リディア。ハリウッドのプロデューサーに色仕掛けで取り入って、「夏の夜」のヘレナの役をゲットする。可愛くエロく甘えるところと、ドスの効いた啖呵と、底抜けに明るくて憎めないところを、素早く切り替えて次々繰り出すの。こういう役を日本の女優さんがやると、どこか湿っぽくなりがちなんだけど、エロさがカラッとしてて、いいなあ、新谷真弓。(ナイロン100℃、観に行ってみようかな。)
 
 全部予習しなおして(「夏の夜」と「ヴェニスの商人」ほかを読み直し、1934年のハリウッドの映画「夏の夜」についても勉強して)から、もう一度観たいくらい。この芝居に限っていえば、バックグラウンドを知れば知るほど味わえそうだからね。
 

観客にしかなれなかった、つかチルドレンのために

 ここのところ体調優れず、気になっていたライブ上映も見に行かず、ブログも書けず、ダラダラしてたんだけど。でも、転んでもただでは起きないマダム。寝転がりながら、本読んでたの。出来たてホヤホヤの、つかこうへいの伝記(!?)。あまりにも面白く、最近、こんなに寸暇を惜しんで読んだ本など、他に見当たらないわ。
 


『つかこうへい正伝 1968-1982』

 長谷川康夫 著  新潮社刊(2015.11月)

 

 これはね、もう、マダムのようなつかチルドレンにとっては、待ちに待った本。分厚くて高いけど、つかチルドレンは絶対買うべし!マダムのブログからポチッと押して買うべし〜。よくぞ、書いてくれた、長谷川康夫。大変だったろうけど、この役目はやっぱり彼しか背負えなかったと思うわ。

 2010年7月、肺がんを公表していたつかこうへいが亡くなったあと、新聞やネットやテレビで、追悼の言葉や特集が乱れ飛んだわけだけど、どれもみな、マダムの心を代弁してくれることはなかったの。演劇はとてもマイノリティであるし、世間から見るとどうも、つかこうへいはまず「直木賞作家」らしい。マダムにとってはつかこうへいはつかこうへいなのに。そしてまた、演劇界に残された彼の功績を、私達は知っているけれど、形として残っているのはNHK所蔵の、最近の中継録画1本きりで。死後、すぐにそれが放映されて、「あ・・・、これを代表作と皆が思ってしまうのは、困るぞ・・・」とマダムは思ったのよ。思って、記事も書いた。
 また、若い役者たちは、異口同音につかこうへいへの感謝と、歯の浮くような絶賛の言葉を述べるだけで。褒め殺しっていう言葉をみんな知らないのかしら、と歯がゆかった。もう死んじゃった人を褒め殺しするなんて、この逆説、つかこうへいならどんな風にこき下ろしたかしらね。それとも、もう死んじゃったあとは、まんざらでもないのかしら。

 その後、「本当のつかこうへいの功績」をちゃんと語ってくれる人が現れるのを、マダムは待ってた。本当のつかこうへいの功績は、1982年のつかこうへい劇団解散までになされていると、マダムは思ってきたけれど、当時ほとんど子供として、ミーハー的ファンとしてしか存在してなかったマダムは、ブログで語る以上のことは語れない。だから、当時つか劇団にいた誰かが語ってくれるのを、待ってたの。

 だから、これは待ちに待った本。やっと、つかこうへいが演劇界に何を残したかが、正当に語られたの。
 ベタ褒めしてない。失敗は失敗と書き、迷惑は迷惑と書き、愚かは愚かと書いてるの。遠慮はしてない。だってそんな必要がどこにあるの? どれほどつかこうへい本人がはた迷惑な人であっても尚、凄かったことに何も傷はつかないんだもの。ただ、もちろん、ずっと迷惑かけられても凄い人のそばを離れられなかった長谷川康夫だから、許されることなの。そしてまた、彼にだからこそ、当時一緒に行動した誰もが心を開き、本音を語り、当時何が起こっていたのかが明らかになっていったのね。
 そして、この本のタイトルが端的に示している通り、つかこうへいの功績は、つかこうへい劇団が解散するまでにその殆どが積み上げられたと、著者もまた考えているの。だから、この本は、つかこうへい劇団が解散するところまででハッキリ、キッパリ終わっている。潔い! それでよい、とマダムも思ったわ。
 
 マダムが聞きたかった、加藤健一や風間杜夫や平田満や根岸季衣の、その時々の本音がちゃんと書かれている。それは単なる褒め言葉とかではなくて、疑問や戸惑いも含んだ真摯な言葉なので、つかこうへいとの物作りがどんなものだったかが、ちゃんと見えてくるのよ。
 
 つかこうへい劇団時代の舞台を記録した映像は、VAN99ホール時代の『ストリッパー物語』と、紀伊國屋ホールで客席から撮られた『いつも心に太陽を』の2本しかないとマダムは思ってたんだけど、この本によれば、稽古を撮った映像とか『弟よ』のテレビ放映映像とか、まだいくつかはあるらしい。ここまで色々と明らかになった以上は、全部一箇所に集めてアーカイブを作って欲しい。だって、あのときを知っている人たちも随分年取っちゃったんだもの。記録を残さなきゃ。(ちなみに、マダムはつかこうへいがらみの記事には全て「アーカイブつかこうへい」のカテゴリーをつけてる。マダム程度の記憶でも、記録として残したいという気持ちの表れよ。この際、アーカイブつかこうへいの記事もよかったらどうぞ。)
 
 この本が出たことで、やっとつかこうへいを追悼できた。そして、つかこうへい劇団が作り上げた一時代に出会ってしまったがために、こんなふうに生きてきてしまったマダムの、落とし前をつけてもらったような、今はそんな気持ち。
 みんなも、是非読んで、一緒に頷いてほしいわ。

再演した『バカのカベ』

 工事中の下北沢駅で、毎回迷っちゃう。4月29日(水)マチネ、本多劇場。

『バカのカベ〜フランス風』
作/フランシス・ヴェベール 訳・演出/鵜山仁
出演 風間杜夫 加藤健一 新井康弘 西川浩幸
   日下由美 加藤忍  声の出演/平田満

 再演である。初演(2012年11月)のとき、30年ぶりの風間杜夫と加藤健一の共演に、震えたの。(そのときのレビューは→「30年ぶりの加藤健一×風間杜夫」
 初演の時にストーリーなどは書いたので、今回は書かないね。
 初演のレビューを読み返して思うけど、マダムの中で30年ぶりの共演は、凄く凄く凄ーく重大な出来事だったのよね。だからもう、そのことで頭がいっぱいで、芝居を楽しむ余裕がなかったようなの。
 なので、再演してくれてよかった。今回は、そういう邪念(?)から自由になり、芝居そのものを味わうことが出来たの。そうしたら、実に楽しい、心の凝りをほぐすような芝居だった。
 細部に初演と違うところがあるのかしら? これと言って発見できなかったんだけど、でも、初演の時よりずっと、ふたりのノリがいいように思ったわ。初演の時には聞けなかったアドリブ(たぶん)も出てた。最大の山場(?)、腰痛で床に倒れてるピエール(風間杜夫)をフランソワ(なんて似合わない名前なの。加藤健一)が助けるつもりで余計に痛めつけちゃうシーン。ふたりの柔らかい動きに惚れ惚れしてたんだけど、ピエールが「そのでかい顔を近づけないで! なんてでかいんだ」と言った時には爆笑して涙が出たー。だって、確かに加藤健一、風間杜夫の1.5倍くらいの顔に見えたんだもの。
 
 1ヶ月前に同じ風間御大の芝居を観た時(レビューは→これ )、台本と御大の相性はバッチリだったのに、劇場や観客がどこかアウェイだった。少なくとも客席にいたマダムはアウェイ感に苛まれてたわ。
 それに比べ、今回の本多劇場のホーム感といったら! やっぱり風間杜夫には本多劇場や紀伊國屋ホールが似合う。(しかし、客席の平均年齢たかーい。そして男性の比率も普段より高かった。男の人、他の芝居も見ようよー。)
 
 劇場で渡されたチラシの中に、いま話題沸騰の「熱海殺人事件」の仮チラシもあった。そして同じ頃、加藤健一も自分の事務所の公演があるし、さらにクリスマスコンサートなるもの(!)までやるのよ。残念だけど、加藤健一の大山金太郎は100%ありえないわ。
 でも、それはそれで、いいじゃない? 30年前に封印されたつか劇団の、あの時だけ開いた特別なエネルギーの扉を、風間杜夫はもう一度開けてみたいと願った。加藤健一はそれはもう、開けなくていい、ほかに開く扉がいっぱいあるから、と思った。そういうことなの。時は流れたのよ。
 
 30年ぶりとかいう邪念から自由になった、なんて言って、全然自由じゃないマダム。12月の「熱海」を観たら、出来の良し悪しに関係なく、泣いてしまうのかもしれないわ・・・。

スピーディな、お伽噺『ペリクリーズ』

 ハードな2月を締めくくるダブルヘッダー第1弾。2月28日(土)マチネ、本多劇場。

『ペリクリーズ』
作/シェイクスピア 訳/小田島雄志
演出/鵜山仁
出演 加藤健一 山崎清介 畠中洋 福井貴一 加藤義宗
   土屋良太 坂本岳大 田代隆秀 加藤忍 那須佐代子 矢代朝子

 2時間10分の『ペリクリーズ』って、どんな風だろう?って楽しみにしてたんだけど、ホントに楽しかったの。
 本をカットするだけなら誰でも出来るけど、布数枚を上げ下げするだけで瞬時に、陸地から船の上、さらには別の国になり、時もすぐ流れ、役者がマントを脱いだら違う登場人物になって、凄くスピーディに話が運ばれて行く。しかも、わかりやすい。演出は鵜山仁で、手法としては昨年観た文学座の『尺には尺を』と同じような感じなのだけれど、役者の輝きがかなり違った。魅せるっていうのは、こういうことなのかしら。

 ツロの領主ペリクリーズ(加藤健一)は、アンタイオケの王女に結婚を申し込むが、王女と王が近親相姦の関係にあることを見破って、逃亡。命を狙われ、自国を重臣に任せて、旅に出る。船が座礁したペンタポリスで王女セーザと恋に落ち、結婚(早!)。アンタイオケの王が死んで暗殺の危険が無くなると、ペリクリーズは身重の妻と船に乗って、帰国しようとする。が、海上で嵐に遭い、嵐の中、妻は出産し、産後すぐ亡くなる。妻のなきがらを箱に入れて海に流し、ペリクリーズは命からがらクリオンに着く。クリオンの王と妃に赤ん坊を託し、ペリクリーズはやっとの思いでひとり帰国する。そして時は流れて20年が経ち(早!)、20歳の美しい娘となったマリーナは美しさのせいで妬まれて殺されかけ、女郎屋に売られてしまう。一方、死んだはずのセーザは箱から発見されて息を吹き返し、修道院で20年、祈りを捧げていた。年老いたペリクリーズは果たして、妻や娘と再会できるのか? 
 というような物語。結婚の申し込み、謎掛け、近親相姦、旅、嵐、死と再生、親子の生き別れと巡り会い。歌あり踊りあり。いろんな要素てんこ盛り。これを2時間10分で、楽しく見せて伝えきるって、凄いこと。
 
 いちばん素晴らしかったのは、物語の案内役ガワーを演じた福井貴一。穏やかでありながら、滑舌よくかつ、流れるように語るの。もう、あまりにも上手いので、うっとり聞き惚れた。すぐ物語に引き込まれたし、場所がくるくる変わり時がどんどん流れるのにもちゃんとついていけるし。マダムはこれまであまり気にかけたことがなかった役者だけど、要チェックよ!
 そして勿論、加藤健一を始めとして、ほぼ全員が手だれの役者で、台詞も、演技の意味も、理解できないところがなくて、安心して客席で没頭できたの。そうだな、あと1人名を挙げるとしたら、那須佐代子。新国立の『リチャード三世』以来、注目の女優だけど、今回の女郎屋の女将は出色の出来よ〜。ひどい女なのに、大ファンになっちゃったわー。
 
 加藤健一がシェイクスピアをやるのは、30年ぶり2度目なのだそう。確かにシェイクスピアはどの本も長いし、大人数が必要だから、加藤健一事務所のラインナップとしては選択しにくかったのかも。
 でも、それだけじゃないのかも。
 加藤健一は、マダムが知っている日本の役者のなかで、いちばん演技の上手い人。出来ない役などない、と思っていた。でも、今回彼のペリクリーズは、ほんの少し照れのようなものがあって、吃驚したの。もしかしたら、王様とか貴族とかを演じるのが苦手なのかも?! 確かにこれまでの役柄を思い浮かべてみると、王様の役ってあまりやってないかもね。こりゃ、発見だわ。
 だとしたら、これを機に、がんがん挑戦して、新境地切り開いてほしいわ。だって、途中で踊った騎士の踊り(?)がメチャクチャ魅力的だったの。だから加えて、恋の歌とかも歌ってほしかったー。歌がべらぼうに上手いのは「マイウェイ」聞いた昔から知ってるんだから。ミュージカルだって出来ちゃう実力なの、知ってるんだから!
 なので、またシェイクスピアをやってもらいたい。『テンペスト』あたりを希望します。
 

来春、加藤健一のシェイクスピア

 シェイクスピア好きの方に、耳寄りな情報をお伝えしとくわ。
 来年2〜3月にかけて、加藤健一事務所が『ペリクリーズ』を上演するよ。演出は鵜山仁。いつもの加藤健一事務所公演の常連俳優に加えて、山崎清介(こどものためのシェイクスピア)や、那須佐代子(新国立の『リチャード三世』や、最近では『パサデナ』の演技が良かった)や、田代隆秀(もとシェイクスピアシアターの、あの田代さんだよ〜)が出演するの。これはちょっと、楽しみだー。
 しかし、面白いものが同じ時期に重なるのって、どうしてかしらね。2月って、既に殺人的スケジュールなんですけど・・・スケジュールのどこかに押し込まなくちゃならないわ。困った。

マダムの観劇史 その7 劇団つかこうへい事務所

 マダムの観劇史も、今日で最終回。
 最終回にふさわしいのは、やっぱりこれでしょう!

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1976年11月13日(土)ソワレ、紀伊國屋ホール。
『熱海殺人事件』から、マダムの歴史は始まったのである。
しかし、つかこうへいは偉い。
だってね、いくら1976年とはいえ、チケットが一般700円。高校生なんか400円なのよ?
確かに美術費はかかってないだろうという舞台だけど、芝居としての質は担保されていたもん。
芝居はまず、そういうものでしょ?

昨今の芝居は、高すぎるわ。
これじゃ、敷居が高くなるのも当然よ。
 さてこの『熱海』は三浦洋一、加藤健一、平田満、井上加奈子だった。それから5、6年経って、再度観た『熱海』で風間杜夫に出逢ったの。で、むちゃくちゃ盛り上がったマダムの気持ちを裏切るかのように、つかこうへいは1982(?)年、劇団を解散しちゃう。

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その後、つかこうへいの弟子だった長谷川康夫が演出して、風間杜夫と平田満が主演した『少年日記をカバンにつめて』が上演されたの。1988年、1月16日マチネ、これもまた紀伊國屋ホール。

なんかね、夢をもう一度、っていう願いのような芝居だったの。
演ってる人たちも、観客も、過去の幻を求めている感じで、つかこうへいの芝居には遠く及ばなかったのね。

風間杜夫の演技の稲妻に再会する(一人芝居5部作)までに、四半世紀の時を必要とすることになろうとは、あの頃、思いもよらなかったわ。
 でも、四半世紀の時を過ぎてなお再会できたっていうのが、凄くありません?

 

 さて、マダムは3月末に引っ越しを控えております。それでしばらく更新できないかもしれません。またコメントにお返事するのも遅れそうですが、ご了承くださいませ。
 本格復帰は、4月の上旬、『今ひとたびの修羅』のレビューからを予定しております。これがまたマダムの復帰を待ち望んでいるかのような顔ぶれなんですよね。堤真一、宮沢りえ、岡本健一、そして御大風間杜夫。・・・・春が楽しみです。

30年ぶりの加藤健一×風間杜夫

 記事を書くのに四苦八苦。こんなに時間がかかったのは、なぜかしら? 11月23日(金)マチネ、本多劇場。

『バカのカベ フランス風』
作 フランシス・ヴェベール 訳・演出 鵜山仁
出演 風間杜夫 加藤健一 
   新井康弘 西川浩幸 加藤忍 ほか

 加藤健一と風間杜夫。共演はつかこうへい劇団解散以来、30年ぶりだぞ〜って、思い入れたっぷりに観に行ったのだけれど。思いっきり、肩すかしにあったよ〜。
 いや、面白くなかったというわけではないのよ。それどころか、沢山笑って、楽しかったのよ。肩すかしにあったのは、マダムの一方的な激しい思い入れ。30年以上前にマダムの観劇の基礎を作ってくれちゃった人たちへの、回帰願望。そういうものが観客にあるのを知っていて敢えて(?)、肩に力を入れずに、なにひとつ挑戦的なことをせずにコメディをやってみせた。それがお二人のマダムへの答え? そうなのね。時が流れたことを受け入れなさい、ということなのね。ウィ、ムッシュ。
 
 ぎっくり腰になってパーティに行けなくなったピエール(風間杜夫)と、パーティのゲストになるはずだった超オタクなフランソワ(加藤健一)との、ほぼふたりきりのコメディ。ほかに、整形外科医とか、ピエールを見捨てて出て行く妻とか、愛人とか、友人とか、とっかえひっかえ出てくるんだけど、あまり存在感がない。大物ふたりに飲まれているのか、遠慮があるのか、そこはいまいちわからないけれど、演技が典型の枠から出ていない。あまりにも脇役に徹しすぎているというか・・・。なので、笑いに次ぐ笑い、爆笑に次ぐ爆笑、という風にどんどん膨らんでいくはずのところが、あまり膨らんでいかないの。コメディって、ほんのちょっとのタイミングで決まっていくところがあるでしょ? どこか完全じゃなかった。
 だけどね。風間杜夫と加藤健一は別格だったわ。ふたりだけのシーンはやっぱり面白い!台詞のタイミングが絶妙だし。ピエールがぎっくり腰という設定のせいで、動きが少ないのが残念だったんだけど、唯一ふたりが激しくからむシーンがあったの。床を這うように進んでるピエールの上に間違ってフランソワが転んでしまい、ピエールの腰に致命的なダメージを与える場面。風間杜夫と加藤健一の、組んずほぐれずの柔らかな動きと言ったら!余計な力をぬいて躯(と声)を完璧にコントロール下においているのよ。
 ふたりが60を越えているということが信じられない。もっともっとふたりの動きを沢山観たかった。そういう意味で、台本にも演出にも不満が残ったなあ。
 
 演出は鵜山仁。『リチャード三世』から切れ間無く『バカのカベ』に突入するって、凄いスケジュールね。今回は主演のふたりが大物なので、ふたりに任せた部分が多かったのだろうとは思うけれど、物足りなかった。もっと、面白くなる余地があったんじゃないかしら。
 加藤健一事務所の芝居は、主演は必ず加藤健一で、だからチラシもポスターも一番最初に加藤健一の名前があるのが当たり前だった。でも、マダムが知る限り、初めて、一番最初を他の役者に譲った。それが風間杜夫だった。それだけで、充分、この共演の重みが伝わってきたの。
 ふたりはずっと舞台に携わってきたのだから、共演するチャンスはこれまでにも沢山あったと思うわ。だけど、避けてきた。それは、つかこうへいに対する遠慮、というと言葉が違うな。遠慮じゃなくて、もっと礼儀に近いような配慮があって、暗黙に避けてきたのじゃないかしら。
 つかこうへいが亡くなって、もう配慮も要らなくなって、躯が動くうちに共演しようって素直に思えたのね、きっと。ふたりを同じ舞台で観ることができて、嬉しかった。あの時をもう一度、というのは過ぎた願いであって、ふたりの台詞のやり取りを観られただけでも幸せなことよ。
 
 カーテンコールが終わって、引っ込む寸前、立ち止まって、風間杜夫は手を差し伸べ、加藤健一はそれに応えて握手をしたの。客席から、この日一番の拍手が沸き起こった。マダムもふたりの握手に、心の手を添えて、握手してきたわ。
 できたら、また、共演してほしい。これで終わるのは寂しい。

加藤健一の『ザ・シェルター』『寿歌』を観る その2

 加藤健一は若い時から上手い役者だった。どんな役をやっても、いっぱいいっぱいになるということがないの。もう、憎たらしくなるくらい上手い。
 しかも今回は、よく知っている台本だから、ますます余裕がある。その余裕はほかの役者をも包み込み、肩の力を取り除き、持てる力を最大限に引き出していたの。
 役者の肩の力が抜けていると、観客の肩の力も抜ける。緊張を解き、我を忘れさせる。この芝居を今やるということにどんな意味が籠められているのか・・・などという邪念をおいてきぼりにする。
 余裕がある、と言っても、芝居をなめているわけじゃないのよ。そこを誤解されちゃ困るんだけど。

 『ザ・シェルター』にしても『寿歌』にしても、もともと大掛かりな装置やら舞台効果やらを必要としない、言葉のやり取りを楽しむ芝居だから、結局役者次第なんだよね。
 今回、マダムの薄らいだ記憶に間違いがなければ、二つの芝居とも、ちょっとずつ装置が増えた。でも、基本的には、ホリゾントが丸見えで、最後には色づいたホリゾントを背景に役者たちのシルエットが浮かび上がって終わる。その、小劇場では一種お決まりの終わり方が、気持ちいい芝居なのよ。
 だから1月の千葉演出バージョンは、装置に凝り過ぎだった気がする。全体に暗いトーンで閉塞感のある装置は、千葉演出の狙いだったんだろうけれど、この戯曲には必要のない凝り方だったのじゃないかしら。
 
 
 でも、短い間に違う演出で同じ芝居を観られたことに、マダムは深く満足してる。
 そして、芝居一本に世界を変えるような力はないこともまた、よくわかったの。
 芝居に出来ることは、人を励ますこと。
 世界を変えるには、芝居じゃなくて、一人一人の小さな意思が集まる以外にないのだわ。

加藤健一の『ザ・シェルター』『寿歌』を観る その1

 一ヶ月半ぶりの劇場。本多劇場は広さといい古さといい、実に落ち着く劇場だわ。3月3日(土)マチネ。

 

『ザ・シェルター』『寿歌』二本立て公演
作・北村想 演出・大杉祐
出演  加藤健一 小松和重
    日下由美 占部房子

 面白かった。
 中身をあれこれ言う前に、芝居が面白く出来上がった大きな要因のひとつは・・・観客だと思う!
 客席は、年齢層が高め。最近では珍しい男性率40パーセントくらいの男女比。通路に補助席が出るほどの満員だったのだけれど、皆、芝居が始まるのを穏やかに、でもワクワクしながら待っていてね。四半世紀前に同じ加藤健一による『シェルター』や『寿歌』を観た経験を、大切に胸に抱え、今から起こることを待ちわびている。そして、なんていうか、長年加藤一座を観てきたことからくる絶大な信頼感で、客席が満たされていたの。始まる前から、この幸せな空気はどうよ。マダムはすっかりリラックスして、芝居が始まるのを待ったわ。

 芝居は『ザ・シェルター』がまず先で、休憩を挟んで『寿歌』という構成で、ごく自然に一つの芝居の一幕と二幕のように並んでいた。二本立てを思いついた時点で、かなり勝算があったのじゃないかな。
 かつてはそれぞれ独立した芝居だったのに、昨年の原発事故を経た今となっては、二つで一つなのが当然のようだったわ。加藤健一も、まさかこの二本を再演する日が来るとは思っていなかったのではないかしら。もう一度脚光を浴びるきっかけが事故だなんて、皮肉なことよね。
 
 それでも芝居は芝居。楽しかった。
 凄ーく感動したか、って言うと、そうではない。でも、凄く楽しかったの。
 昔、何をどう感じて感動したのか、もうよく思い出せないのだけれど、どちらも実はワンアイディアで出来ていて、あまり考え込まなくていい芝居だったんだ、と気がついた。『ザ・シェルター』の方は、核シェルターに試しに入ってみた家族が閉じ込められて、ろうそくの灯りのもと、昔話をして打ち解けていくお話。『寿歌』の方は、核戦争後の荒野を、今までと変わりなく放浪していく旅芸人の話。どちらも核がお話の要にあるから、観る側は構えてしまうけれども、結局どんな時も人は普通に、泣いたり笑ったり思い出したり愛おしんだりしながら生きていくしかないんだということを言っている芝居なのよ。(だから1月に観た千葉演出バージョンは、演じる側も観る側も構え過ぎ、考え過ぎだったのかも。深刻さが空回りしちゃったのかも。)
 加藤健一一座は皆、肩の力が抜けた全力投球だったわ。なにそれ?力投なの?力投じゃないの?どっちなのさ、と言われそうだけど、マダムにとっては一番の褒め言葉のつもりよ。
 言葉の中身についてはその2で、もう少し、ね。

耳よりな話

 今日11月7日は何を隠そう、マダムの誕生日よ。いくつかなんて無粋な質問をする方はよもや、いないわよねっ。
 この数年、誕生日がくるのは憂鬱で、不愉快なことだったけれど、今年はちょっと違う。震災で亡くなった方のことを思うとき、この年齢まで無事に生きてこれたのは、天のめぐみで、有り難いことなんだと思えたの。だから誕生日はめでたい。自分になにかちょっとしたプレゼントをし、ケーキも買おう。家族にもすこーし分けてあげよう。

 誕生日の話は全然耳よりとは関係がない。耳よりなのはここから。
 来年1月、新国立で『寿歌』やるのは、周知の通り。皆さん、チケット取りに奔走しておられることと思うわ。マダムは駄目そう。(早くあきらめすぎ?)ま、ダブって取れちゃったなんていう超ラッキーな方がいたら、マダムに分けて。
 その『寿歌』だけど、3月になんと加藤健一事務所が公演を予定している! しかも『シェルター』と二本立て。こんな美味しい話ってある?! だから、来年は新旧『寿歌』対決よー。演出の千葉哲也、緊張するかな。だって、元祖が出てきちゃったんだもんね。
 そうなるとやっぱり両方観て、比べたいわよね。あー、プリーズ、チケット。

 さらに耳よりなのは、ね。加藤健一事務所の『寿歌』公演について調べるためにホームページに行ったら、なんとまあ、こんなお知らせが・・・→2012年公演予定 )!!!!
 見た? 皆、よおーく見た? 来年、こんな凄いことが待っているなんて。ああ。
 マダムはこの二人がまた共演してくれることをずっと願っていたよ。でも、過去の思い出が大切過ぎて、二人とも躊躇してきたんだと思うの。それがわかるから、もう、あり得ないのかな、それもしょうがないのかな、と自分に言い聞かせてきたのよ。だけど遂に、叶う日が来る・・・(大泣)。加藤健一×風間杜夫。演劇の稲妻でまくりで、感電死しそう。
 今から少しずつお金貯めて、5回くらい観ちゃおうかな。
 来年まで、頑張って、生きていこうっと。

2017年9月
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