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テレビドラマ

マダムはトラウマを克服するか?

 夏バテだ。
 毎年「暑くて脳が融ける」って言ってたんだけど、今年は少し様子が違う。
 今年はね、脳が干涸びる(ひからびる、と読む。漢字のほうが身に迫るでしょ?)感じ。
 7月から、毎週末芝居を観にいってたんだけど、遂にダウン。9月の猿之助シャイロックまで、少しお休みしますわ。

 週末、家にいるからと言って、テレビを見てるか、っていうとそれは違うの。それどころか、もう全然テレビ事情に疎くって。
 もちろん、蚊取り線香業界がこぞって舞台役者をCMに起用しているのは知ってる。偶然の一致にしては、なんだかハマりすぎてる。不思議。
 でも気づいているのはそのくらい。あの舞台役者がこのドラマに出るよ、なんていうことはいつも、友達のメールで初めて知るのよ。

 そもそも今年の始めの3ヶ月、劇場に行けないマダムを支えたのは土曜深夜の『カラマーゾフの兄弟』だったんだけど、それだって、始まる前日まで知らなかったの。マダムKからの貴重なお知らせメールは、打ち間違いで「カマラーゾフの兄弟」ってなってたので、マダムは「またまたフジテレビったら、ふざけたパロディ作っちゃって!」と思っててね。始まってから「あれ? パロディじゃなくて本物じゃん?」と気を取り直してガン見。だって舞台と変わらぬ迫力の吉田鋼太郎がいたんだもん。凄く面白く観たし、なにより、トラウマが全然復活してこなかったから、よかったー!!
 どんなトラウマか、っていうとね。大好きな舞台役者がテレビに出てると、見てむずむずしてくるの。そのうち耐えきれなくなって、テレビを消しちゃったりする。このトラウマを「スチュワーデス物語症候群」と呼びます。(詳しくは→この記事 をご覧ください。)
 『カラマーゾフの兄弟』は久々に、最初から最後まで欠かさず見た連ドラ。最近のマダムにしては珍しかったよ。
 そして先日終わったけど、『七つの会議』でも吉田鋼太郎はドラマのキーマンだったし、舞台での演技を曲げること無く、演じてて。
 そしてそして、今週末、あの『半沢直樹』に吉田鋼太郎が登場するというではないですか!! いよいよ、マダムもトラウマ完全克服かしら? 期待高まる!
 
 
 ところがね。このせっかくの気運をぶちこわしにしてくれた番組があってね。そうだよ、某公共放送の「○で、あいましょう」とかいう、歌番組なのかバラエティなのか、どっちつかずの番組だよ! あんな苦笑しか呼ばないような無惨なギャグのために、StarSの唄を台無しにして・・・・思いっきりトラウマ復活だよ。まったくどうしてくれるのよー!!!
 
 とにかく、気を取り直して、『半沢直樹』、見ますかね。
 みなさん、テレビ事情に疎いマダムに、情報をお寄せくださいませ。ちなみに、この記事内の番組はすべて、誰かに教えてもらったから見られたのよ。ホントに疎いんだから。
 

再び、舞台役者を映像で観ることについて

 劇団AUNのホームページに近頃、座長日記というコーナーができた。座長とは、云わずと知れた吉田鋼太郎よ。この文章が好いの。短めではあるけど人柄の滲み出た、味のある文章。これを読んだらね、書き始めるとやたら長くなっちゃうマダムの記事ってナンなんだろ、って思って少し反省したわ。
 日記には『下谷万年町』を観たことや、自分が出ていない舞台への羨望のような嫉妬のような感情について書かれていたのだけれど。長いキャリアを持ち、確固たる演技力を持った彼であっても、そんな風に感じる時があるのね。自己分析してさりげなく文章にしちゃう理知的なところが、彼の演技の核であるとマダムは思う。実は、アングラ演劇からは遠い精神なのではないかしら。アングラって、ナルシシズムに限りなく近い、ギリギリのところで演じる世界でしょう?凄く湿ってる。吉田鋼太郎の演技はどこか乾いているものね。
 遠いからこそ、羨望は消えないのかしらん。

 

 日記にはさらに最近、映画やテレビドラマの撮影で忙しい様子が書かれていたの。ということは出演作がやがて放映されることになるわけで、見るかどうかがまた、悩ましいのよ。
 というのもマダムは、舞台で慣れ親しんだ役者の映像を見るのがどうも苦手でね。これをスチュワーデス物語症候群と呼びます。
 その昔、マダムが舞台でだけ見つめていた風間杜夫は、どんどん映像でも活躍し、映画「蒲田行進曲」でスターになった。そして完全に全国区になったのが、ドラマ「スチュワーデス物語」だったの。役者に売れるな、とは言いたくない。言いたくないけれど、舞台だけでこれほど愛しているのに、どうしてどうでもいいお茶の間なんかに(この辺で既に、理性が飛んでます)ウケなくちゃいけないの? マダムの愛だけじゃ足りないの?!って、もう完全に頭おかしくなってる訳だけど、じゃあいいわよ、さよなら・・・って思ったんだった。若いって、短気なのね。
 今はもう、それほど短気じゃない。凄く寛大になったはず・・・なんだけどね。舞台でいつも観てる人が、家の中のテレビ画面に大写しになると、マダムの方が照れちゃうのよ。
 

 その風間杜夫と吉田鋼太郎が今年、舞台で共演するのよ!
 そういう日が遂にやってきたか・・・と感慨もひとしおのマダムです。
 しかし、どうしてこうマダムのツボにいちいちハマるかなあ、蜷川演出企画。小さい劇場めぐりの予定が一向に立たなくて、困るわ。

初恋の人 逝く

 

竹脇無我が亡くなった。

 彼はマダムの初恋の人だった。そのことは以前、かなり詳しく書いた(記事は→ここ )ので、もう繰り返さない。でも、現実ではなくてドラマの中の人にマダムが憧れた、初めての役者が竹脇無我だったの。つまりマダムにとって、彼が全ての始まりだったと言ってもいいのだと思う。
 あれほど姿が美しく、低い静かな声が魅力的な俳優であったのに、彼自身は自分の仕事が好きではなかったのね。私たちに喜びを与えてくれながら、本人は喜びを得ることが少なかったようなの。
 だからしばらく姿を見なかった時には、もう引退してしまったのかなと思った。そして久しぶりのインタビューを読んだ時、鬱病を克服して出てきたのだと知って。最後に彼の演技を見たのは昨年の映画『大奥』よ。主役のニノの父親の役で、ほんの2シーンだけ。台詞もひと言だけ。とても痩せて小さくなっていた。マダムはちょっと泣きそうだった。だって、かつては彼こそ『大奥』のような映画の主役を張っていた人だったのだもの。

 悲しいけれど、神様が決めて召されたことがせめてもの慰め。鬱病から脱し、柔らかに前を向いている時に彼は逝ったのだから、受け入れなくちゃ。・・・でも凄く凄く悲しいよ・・・。

 今頃あちらで向田邦子に会い、あの甘い声で文句を言っているのかも。「貴女が早く逝っちゃったから、僕はやりたい役が無くて困ったじゃないか」ってね。

テレビドラマ『最後の晩餐』を見て

 最近始まった連ドラの幾つかを子供が見ているんだけど、マダムは時々近くにいるのが苦痛なの。だって、クサ〜イ台詞がしょっちゅう聞こえてくるんだもの。
 ベタなシーンで、ベタな台詞をベタなまま言われると、こっちが恥ずかしい。あれを真に受けるなんて、コミュニケーション力の著しい低下なんじゃないのかしら。マダムは背中がむずむずしてきて、音声が聞こえない場所まで撤退するはめになるわ。おちおちリビングでくつろげないのよ。ベタな台詞は「サラリーマンNEO」みたいなお遊びのときだけにしてもらいたいわー。
 そんな台詞を言わなきゃならない役者も大変。演技の上手い、よくわかっている人ほど、悩むと思う。阿部サダヲなんか、苦心してベタにならないように工夫しているんだろうなあ。

 そんな訳でテレビドラマを滅多に見なくなったマダムなんだけれど、昨夜は見ちゃったのよ、テレ朝のスペシャルドラマ『最後の晩餐 遠野一行と七人の容疑者』(長いわね、題名。さすがは土曜ワイド枠)。佐藤浩市が出ているからと言う、ただそれだけの理由でチャンネルを合わせちゃったんだけど、これが当たりだったの。
 佐藤浩市をはじめ、成宮寛貴(好演!)、西田敏行、黒木瞳、ARATA、橋爪功などなど豪華な顔ぶれ。最後に一瞬三浦春馬が特別出演してて。映画でも今、これだけのメンバーはなかなか揃わないよ。
 成宮寛貴演じるオーナーシェフの小さなレストランが放火に遭い、三人の客が焼死する。佐藤浩市演じるやさぐれ刑事遠野は、生き残ったシェフと六人の客のなかに犯人がいるのでは、と疑い、しつこく捜査を続ける。その話を軸に、遠野とその妻の気持ちのすれ違いや、新米刑事の扱いに手を焼いたり上司との軋轢があったり。典型的な刑事としてではなく、一人の人間として肉付けされていて、佐藤浩市の魅力が一杯引き出されてて、見とれました。
 遠野が次第に事件の核心に迫っていく。犯人は実は恋人を殺された恨みを晴らすため、レストランに集まった全員を殺そうとしていたのね。でも実際に恋人に手をかけた奴はその中にはいない。全て、間接的に、恋人が死に至るきっかけを作った、あるいは恋人を殺した犯人を結果的に擁護した、そういう人たちばかり。だから誰もなぜ自分が狙われたのか、わからないでいる。生き残った人たちを再び殺そうとする犯人。それを身体を張って止めようとする遠野。クライマックスは佐藤浩市の独壇場だったわ。かっこいい!


 ということで、満足して見終わったあと、クレジットをボーッと眺めていて、初めて脚本が井上由美子だったことに気づき・・・・、頭の中の天井がパカッと割れて蒼空が見えたみたいに、昔の記憶が甦ったのよ。井上由美子は、同じ様な設定を使って、だいぶ前にもドラマを書いてる。10年くらい前だったかしら、真田広之主演、そして佐藤浩市共演『タブロイド』。面白かったんだよ、これが。だから憶えている訳なんだけど。
 もちろんマダムは真田広之と佐藤浩市を見るために見てたんだけど、そのうち話にどんどん引き込まれてね。真田広之が初めてと言っていい犯人役。小さい娘を事故で失って、その事故のきっかけを間接的に作った人間を全部襲っていく話だった。タブロイド紙の編集長の佐藤浩市は、その事件を追っていって、なぜ彼が一見関係ない人たちを襲っていくのか、最後に見抜くの。そして見抜いた瞬間、ぞっとするのよ。なぜかというと・・・次に真田広之が襲う相手は自分だ、と気づくからなの。そして気づいたとき、編集室のドアの前にはもう、彼がナイフを握って立っていた・・・。
 このシーンの真田広之VS佐藤浩市のドキドキする掛け合いを、今も忘れないよ。二人とも脂が乗り切ってて、上手いし色っぽいしシーンは怖いし。


 井上由美子は、マダムがテレビドラマの脚本家として比較的信頼している作家のひとり。脚本家はそれぞれ幾つか大事にしているテーマがあるのだろうけど(たとえば倉本聰であれば、大自然と、難病と、師匠と弟子の関係、という三つがテーマ。)、この「自分は手をかけなくても、誰かの死につながるような行動を知らないうちにしてしまうときがある」という人間の運命みたいなものが、彼女のテーマのひとつなのね、きっと。
 同じ設定を使っても、全然違うドラマを作っていく、そこが脚本家の腕の見せ所なのかもしれない、とひとり頷くマダムなのでした。

 あー、しかしカッコいいよ、佐藤浩市は。
 でも舞台はやらなくてよい。彼は絶対映像の人だと、マダムは確信してるから。

前田司郎作『お買い物』を観る

 深刻な現実とばかり向き合っていると、追いつめられたような気持ちになってしまう。精神的なバランスを保つには、マダムには芝居が欠かせない。
 『うそつき弥次郎』に引き続き、今度は録画してあったドラマを観てみたわ。

NHKドラマ『お買い物』(2009年2月放映)
 作・前田司郎
 演出・中島由貴
 出演 久米明 渡辺美佐子 市川実日子 ほか

 これは五反田団の前田司郎が初めてテレビのために脚本を書いたもの。当時は見逃したけれど、最近再放送があって、観ることができた。
 面白い。
 説明台詞に覆われたような昨今のテレビドラマの中で、抜きん出て面白かったの。
 田舎でのんびりと暮らす老夫婦の物語。久米明演ずる爺さんは、日がな一日テレビの前に座っているような活気のない生活をしている。しかしそこに東京から古カメラ見本市のダイレクトメールが届いたことから、爺さんに変化が現われる。しばらく行っていない東京、しかも賑やか過ぎて怖いほどの渋谷。だけど、昔好きだったカメラをどうしても見に行きたい。東京へ行く脚力を取り戻すため、爺さんはまず散歩を始める。杖をつき、よろよろと歩き出す夫を心配して、渡辺美佐子演ずる老妻は、痛い膝をかばいながらも夫の後ろに付いていく。やがて、神社の長い石段を登り詰めるまでの脚力を回復して、ついにカメラ見本市のその日が到来する。老夫婦の、ワクワクするような旅が始まる・・・。
 話はなにもドラマチックではない。大きな事件は起こらない。カフェに入って飲み物を選ぶのに難渋したり、見本市で見つけた古カメラに大枚はたいてしまい、ホテルに泊まれなくなって孫娘のアパートに転がり込んだり。
 何がマダムを惹きつけたかといえば、久米明と渡辺美佐子というこの大大大ベテラン舞台俳優ふたりの演技に他ならない。年寄りだから、あれとか、あの人とか、なんだっけ、あれだよ、とか思い出せない固有名詞だらけの会話なのだけれど、それがもう絶妙に面白く、そういう会話の中から二人の性格や、夫婦の関係や、ともに過ごしてきた時間の長さがちゃんと滲み出るのよ。もう、流石としか言いようがない上手さなの。
 画面がまた、美しい。二人が散歩する田園風景。5月頃の田んぼの緑が眼に痛いほど輝いている。たかが東京に行くのに、電車の中でお重を広げるのも可笑しいけど、並んだ煮物や漬け物の色鮮やかなこと。東京の孫娘(市川実日子がまたいいんだな、これが)のアパートで食べるラザニアの美味しそうなこと。
 演出はNHKの女性ディレクターらしいが、なかなかの腕前だった。

 正直に言って、だいぶ前に劇場中継で観た五反田団の芝居より何倍も面白かった。(その時のレビューは→ここ 。)と、言ったら前田司郎は落ち込むだろうか。
 たぶん、本を書く能力はどちらでも同じなのだろうけれど。志向しているものが凄く何気ない仕草や会話の可笑しみを拾い上げることであるならば、役者のアップが撮れる映像に負けちゃうのかな。それと、今回はベテラン俳優二人が魅力的過ぎて、だあれもかなわない。そこは仕方ないよね。

 老夫婦が住んでいるあの美しい田舎は福島という設定で、最後にそのことがずしりと重い後味となってマダムに残った。
 でもそれは作品にもともとあったことではない。マダムが住んでる世界のほうが変わってしまったんだよね。

藤原竜也の映像作品

 最近時間が無くて、とんとテレビを見なくなった。録画した劇場中継もたまっていくばかりでなかなか観られない。
 でも見ちゃったのよね、遺恨あり 明治十三年最後の仇討』(2月26日、テレビ朝日)。
 面白くなかったらいつでもやめようと思ってたんだけれど、惹き込まれて最後まで見てしまった。

 これまで藤原竜也の映像作品ってあまり惹かれたことがなく、『カイジ』や『インシテミル』に至っては予告を見ただけ。だって、結局『バトル・ロワイヤル』の設定を変えただけじゃないのかなあ、って思ってね。もともとスプラッタやホラーは苦手な上に『バトル・ロワイヤル』も途中で飽きてしまったマダムなので、もうそういうサバイバルものは見なくていいわ、と思ったのよ。
 『おじいちゃんは25歳』は見ました。笑って見られたけど、楽しく笑ってすぐ忘れるようなタイプの軽いドラマだったしね。
 彼はたとえば、月9のドラマで普通の青年の役をやるのも難しそうだな、と思うの。惚れたのはれたの振られたの、みたいな話、ホントに似合わなそう。だから、『おじいちゃんは25歳』の設定はよくひねり出したなあと感心したわ。そこに感心はしたんだけど、まあそこまでだったのよ。

 『遺恨あり』は江戸末期に父を殺された少年が、大人になり時代が明治と変わっても仇を追い続け、仇討ちを果たす物語。でも、ただの仇討ち話じゃない。彼が仇を討った時、既に法律で仇討ちは禁止され、ただの殺人になっていたの。だから彼は逮捕され、裁判にかけられ裁かれる。それがこの物語の要なの。つまり明治到来という激変に武士だった人たちはなかなかついていけなかった。そこに光をあてた、新しい視点を持った仇討ち話だったの。
 これは藤原竜也にとって実にタイムリーな企画だったと思うのよ。『ムサシ』以来彼は殺陣はもちろんのこと、着物着てる芝居が続いて、洋服より着物が似合っちゃってる。黙阿弥と啄木をやって幕末から明治にかけての日本に馴染んでる。そういうときにこのドラマの話が来たのって、ドンピシャリだったね。
 だから袴姿が決まってて明治の青年らしかったし、師匠役の北大路欣也との稽古の場面は見ごたえ充分だったし、仇討ちのシーンも迫真の演技だった。
 藤原竜也の演技だけじゃなくてね、脚本がよかったの。敵討ちはやっぱり殺人なんだっていう、当たり前だけど時代劇を見てる時はつい忘れがちなことをちゃんと真ん中に据えて、逃げないでホンが作られてた。
 父の仇を討って長い牢獄での生活を終えて外に出てきた主人公が次にすることは、母を斬った男を追うこと。が、その男の居場所をつかんだ時には仇のほうが恐怖の余り自殺してしまう。生きる目的を失った主人公は、刀を川に投げ捨て、生まれ故郷の、今は人手に渡ってしまった生家に向かう。彼はもう生きている意味を失って、自らも死を選ぶのかしら、と思わせる。けれども、そうではない。彼は生き続けるだろう。そう感じさせるラストがとても好ましかったわ。

 役者って大変な仕事だね。良いホンと良い演出に巡り会わなければ、演技力も宝の持ち腐れだもん。そういう意味では、やりがい充分な役に会えてよかったねえ、藤原竜也。
 もしかして、映像作品としては、彼の代表作(マダム選)となったのでは?と思ったのでした。

ゲゲゲの風間杜夫

 朝ドラなど見る習慣のなかったマダムが、偶然『ゲゲゲの女房』の放映に目を留めたのは、6月くらいのことだったかしら? 水木しげるの若い時代のあまりの貧乏ぶりが気になり、見続けてるうちに、水木しげるの父親村井修平を風間杜夫が演じていることを知った次第。あー、最初から見てればよかったのにー、と思ったわ。だって、修平さんは、水木しげるの故郷境港に住んでいるので、滅多に登場しなかったんだもの。
 でも、8月くらいから、ドラマに新展開があり、水木しげるの両親は境港から東京に出てきて、同居するようになった。そこから風間杜夫の出番はどんどん増えて、先週なんかほとんど主役。
 しかも、この修平がとっても魅力的な役だったのよ。芝居や映画が大好きな道楽男で、仕事はできなかったかもしれないけど、話の面白い、そして美人にめっぽう弱いお洒落なお爺さん。風間杜夫にぴったり! ときどき歌舞伎の台詞を唸ってみせるのも堂に入っていて、新派の芝居や落語を経験してる彼ならではのシーンがてんこ盛り。
 村井修平という人が芝居や映画が好きで、年がら年中劇場通いしてたのはホントのことらしい。そんな役を風間杜夫にキャスティングしたのは、ドンピシャリだったねー。で、このキャスティングは相乗効果を生み、風間杜夫の演技にインスパイアされて脚本家の筆も楽しく進んだに違いない。それを証拠に、修平さんに死が訪れるまでの先週の展開は、一人のお爺さんの死を、悲しいだけではない、寂しいだけでもない、幸せな一生として描くのに成功してた。
 修平さんが死を間近にしてみる夢。自らの一生を無声映画として客席で見ているの。弁士は若き日の自分自身。弁士がそろそろお開きですと挨拶すると、夢の中で修平さんは「なんだ、もう終わりか・・」とつぶやいたあと、満足そうに「楽しかったなあ」とひと言。これが最後の言葉なのよ。
 近年、風間杜夫がテレビドラマで演じてきたどの役よりも、村井修平役は風間杜夫の魅力を引き出していたわ。御本人もきっと、楽しかったんじゃないかなあ。マダムはすっごく満足です。

 『シダの群れ』を観るのはもう少し先。きっと彼の全然違う面が見せてもらえると期待してるの。それまでは、村井修平役の余韻に浸っていようっと。(あ、でも、風間杜夫が出なくなっても『ゲゲゲ』は最後まで見てみるつもりよ。)

シェイクスピア イン コロンボ

 『刑事コロンボ』というドラマを若い方はもう、ご存じないかしら?

 マダムが中学生くらいの頃からNHKで放映されるようになって、観てすぐとりこになったの。それまで馴染んでいた、ラストになって犯人が明かされる刑事ドラマのスタイル。それを根底から覆した、刑事物の金字塔のような作品なの。以後、ドラマの冒頭で犯人を提示してしまう作り方もすっかり定着してしまった。三谷幸喜脚本の『古畑仁三郎』シリーズがその白眉ね。
 主役のコロンボを演じるピーター・フォークがまた素晴らしくてね。よれよれのコートを着て、オンボロ車に乗って彼が登場し人の良さそうな失敗を繰り返すと、犯人は皆、彼の風貌に騙されてつい、余計なことをしゃべってしまい、みるみる追いつめられ、尻尾を攫まれてしまうの。
 マダムは長いこと、ピーター・フォークをテレビの役者だと思っていた。それもほとんどコロンボ専門の。もちろんそれだけでも充分素晴らしい役者なの。でも後年、カサヴェテス監督の『こわれゆく女』を観て、この人の底知れぬ演技力と存在感に脱帽した。
 ひとつの役が圧倒的に売れることは役者にとって、諸刃の刃だ。当たり役を持てば、一生食べていける。事実、ピーター・フォークは晩年にもぽつぽつと『刑事コロンボ』シリーズを自身のプロデュースで作っていて、ひと財産築いたと思うわ。その一方で、イメージがかたまってしまって他の役がこない、できない、という悲劇もあるのよね。

 さてここからが本題よ。
 最近また『刑事コロンボ』を再放送していて、昨日(8月30日)放映されたのがシリーズの中でも特別バージョンだったの。海外ロケもあって、いつもより30分くらい長い『刑事コロンボ ロンドンの傘』。観ているうちに、あ、これ、昔も観たわ、このあとはこうなって、ああなるわ、と思い出したので、ストーリーに驚きはなかったのだけれど、当時気づかなかった脚本の上手さに惚れ惚れしたの。
 ロンドンの老舗の劇場で、「マクベス」の幕が開こうとしている。マクベス夫妻を演じるのは、少しばかり人気の落ちかけた中年の役者夫婦。二人は相談して、妻の色仕掛けで老プロデューサーを籠絡し、この主役を手に入れたのだ。が、幕が開く前日になってプロデューサーは自分が騙されていることに気づき、彼らの楽屋をそっと訪れて公演を中止すると言い渡す。焦った二人はもみ合いの末にプロデューサーを殺してしまう。
 そこからはお決まりの展開よ(そこが面白いんだけど)。二人はプロデューサーが自宅の階段から転落したように見せかけ、事件はいったん事故として処理されようとする。そこへ、たまたまロサンジェルスからロンドン警察に視察に来ていたコロンボ警部が登場し、持ち前のねちっこさで二人を追い込んでいくの。
 かつて観た時には気づかなかった脚本の素晴らしさ。それはなにより犯人が役者夫婦で、しかもこれからマクベス夫妻を演じようとしている、というところにある。二人は協力して、自分たちの邪魔になる男を殺害し、その罪を他人になすりつけようとする。マクベスの筋立てとそっくりなの。そして、最後までこれをやり抜こうという意志の強さは夫より妻の方がずっと強い。これもマクベス夫人そっくり。そしてラスト、コロンボ警部に決定的な証拠を突きつけられ、万事休すとなった時、夫の方はすぐ罪を認めて、マクベスのあの有名な科白をつぶやく。「明日、また明日・・・・人生は影法師、あわれな役者だ・・・」
 マクベスを知っていればなおさら楽しめる展開になっていたのよ。
 珍しくロンドンロケを敢行するスペシャルバージョンを任された脚本家は考えたに違いないわ。ロンドンといえば、芝居だ。芝居と言えばシェイクスピアだ。じゃあ、犯人は舞台役者にしよう。マクベスを演じる役者が、マクベスそっくりに殺人を犯し、マクベスそっくりに追いつめられるのはどうだ? いやそれなら、いっそのことマクベス夫妻そっくりな役者夫婦を犯人にしよう!よし!面白くなりそうだぞ・・・。
 『刑事コロンボ』はただのテレビドラマではなかったの。役者もスタッフも超一流の人たちが集まって作った、芸の結晶みたいなものだったのねー。はー、なんて贅沢!

舞台役者に映像で会う

 どんなに惚れた役者でも、舞台を観るだけならば、会えるのは1年に3、4回よね。
 マダムの場合、この人の舞台は必ず観ると決めているのは、藤原竜也と野田秀樹だけ。風間杜夫の場合、新派の舞台はまだ行ったことがないし、堤真一の場合でも新感線の舞台は行ってないし。吉田鋼太郎に至っては、出演舞台が多過ぎて、ついていくのが金銭的にも物理的にも無理だし。
 しかもマダムが惚れてる人に限って、映像にはあんまり出ないのよね。
 でも最近、思わぬ番組で再会した人がいる。

 夕方のニュースを見るともなしに流しておいたら、お決まりの新番組の番宣が組み込まれてて。普段ならなんの関心も湧かない刑事ドラマだったんだけど、テロップで流れた出演者の名前に釘付けになった。ちょうどワールドカップの試合中継もないことだし、その刑事ドラマを見てみたの。
 出てました、岡本健一。刑事物の第一回目の犯人って、ストーリーの屋台骨を背負うゲスト主役なのね。犯人に凄く同情できるようなドラマが用意されてて、岡本健一の面目躍如。刑事役のレギュラー陣を食っちゃっていた。(しかし刑事役の佐々木蔵之介と塚地武雅の組み合わせって、映画『間宮兄弟』のコンビだわ。『間宮兄弟』の方が彼らの良さを30倍くらい引き出してるね。)
 岡本健一に会うのは、昨秋の『ヘンリー六世』のリチャード以来。リチャードの色悪さに比べて、今回の犯人役は、娘への愛ゆえに現金輸送車を襲う男だから、とりたてて色っぽくない。周りの役者もガップリ四つに組んでこないので、せっかくの彼の熱演が生きないの。芝居の上手さが違うんだよね。
 ま、しょうがないか、テレビだし。秋にシアタートラムで彼主演の現代能楽集が上演されるから、それまで我慢我慢。


 そして風間杜夫。
 何故だかわからないが見続けていた「ゲゲゲの女房」に、風間杜夫が遂に登場。やった。このあたりのマダムの勘は凄い。別に知っててみてたわけじゃないのに、まるで待ってたみたいに登場してくれるんだもの。
 われらが風間杜夫は水木しげるの父親役。水木しげるをやってる向井理が、リアリティに疑問を感じるくらいイケメンなんだけれど、父親の風間杜夫と並んで親子の会話をすると、急にお話のリアリティが増す。この妙に色っぽい、可愛げのあるおじさん(おじいさん?)の息子がこういうイケメンなら、納得!みたいな。
 肩の力を抜いて楽しそうに演技してる風間杜夫。こういうのもたまにはいいねえ。
 再び岩松了と組む9月の『シダの群れ』が楽しみ。あと、独り舞台の一挙5時間上演という話はどうなったのかなあ? もしホントなら、マダムもちょっと体力つけなくちゃ。


 今一番迷っているのは『シュアリー・サムデイ』を観るかどうか、だ。
 面白いかどうかを疑問視しているのではないの。
 映像で観たことのない吉田鋼太郎を、こんな作品で初めて観ちゃっていいものかどうか・・・思案のしどころだね。


 

藤原竜也=手塚治虫?!

 4月初めに三谷幸喜脚本の特別ドラマを、3夜連続で放映するらしい。戦前から戦後にいたる昭和の時代をバックにしたホームドラマなんだそうで、その時代を駆け抜けた有名人がいっぱい出てくるのね。たとえば古川ロッパの役を伊東四朗が特別出演するし、エノケンの役を木梨憲武がやるし、山下清を塚地武雅がやり・・・というふうに特別出演のオンパレード。
 その中でも注目は! 藤原竜也の手塚治虫よ! まあ、この写真 を見てみて!
 いやあ、ちょっと驚いたな。ここまで化けられるとは。
 もちろん、丸眼鏡の効果が大きいのはわかってるけれど。でも、他の役の紹介写真なんかと比べると、ずいぶん力が抜けて、本人じゃなくなってる。良くも悪くもまだまだテリトリーの狭い人のように思っていたから、けっこう期待しちゃうよー。ま、特別出演だからちょこっとしか登場しないんだろうけれど。とにかく、イメージと違う役を振ってくれた三谷幸喜に感謝、だわ。
 そのほかにも、小栗旬が高倉健の役で出るみたいだけど、こちらは小栗旬そのままの写真だった。
 ずらりと並ぶ特別出演の面々を見ると、しみじみ三谷幸喜の力って凄いと思うわ。
 御本人が、舞台より映画よりテレビドラマが好きだ、と言っていて、それはなぜかと言うと、連続性があるからなんだって。つまり連続ドラマの形態が一番好き、ってことなのね。それはもしかしたら、マダムの好みにとても近いのかも。
 でも最近、次週を楽しみに待てるような連ドラに出会えてないのよ。ちょっと、寂しい。


 さて、マダムはこの春引っ越しするの。今、段ボールに囲まれて死ぬほど忙しい。で、今日から4月半ばくらいまで更新できないかもしれない。コメントにもお返事できないかもしれないんだけど、皆様、その間も、過去ログなど読み返したりして、マダムを忘れないようにしててね。ブログはこのままなので。
 ではでは暖かくなった頃にまたお会いしましょう。

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