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映画のまわり

マンガ「海街diary」実写映画化とそのまわりについて

 吉田秋生の海街diary、第6巻『4月になれば彼女は』が出たのは昨年夏。
 1年に1冊くらいのペースなので、待ってる身には辛いものがあるわ。しかも、読み始めたら、ゆっくり読んでも30分で終わっちゃうし。
 ストーリー、説明しないよ〜。皆、買って、読みなさいね〜。
 
 海街Diaryは、既に実写映画化が発表されてる。監督は「そして父になる」の是枝裕和。
 なるほどね。
 確かに今、この手の話をリアリティをもって映像にできるといえば、この人と言えるかも。期待しよう。
 と思ってたんだけど、第6巻買ったら、4人姉妹のキャスティングが載っててね。
   幸姉・・・・綾瀬はるか
   佳乃・・・・長澤まさみ
   千佳・・・・夏帆
   すず・・・・広瀬すず

なのだそう。これって、どうなの。美人過ぎでしょ、みんな。すず役の子はマダムは知らないが、セブンティーンなんかでモデルをしてる美形の子らしい(子供情報)。是枝監督、リアリティを無視して、美形を集め過ぎです!
 それに、綾瀬はるかのようにほんわかした人に、シャチ姉(ねえ)を演らせるのはかなりキツいよ。前途多難だ・・・。

 是枝監督といったらドキュメントなのかドラマなのか、すれすれな演出が特徴なんだけど、その切れ味は最近少し鈍っている。「そして父になる」の出来はそれを物語っていたわ。
 「そして父になる」は、海外の映画祭でリメイク権が早々とハリウッドに売れたほどの、魅力的な設定のストーリー。産婦人科病院で子供を取り違えられ、6年育てた後にそのことが発覚する。どんくさい息子に不満だった父親(福山雅治)は、育ててきた息子を手放して、血のつながってる子供を引き取るのだけれど、そこから彼の本当の苦悩が始まる。子供には子供の6年間の歴史があり、その時間がいかに強固なものかを彼は思い知る。それとともに、どんくさいとだけ思っていた息子との時間がどれほど大切な時間だったかを、彼はかみしめる・・・だけど、取り替えた子供達につけてしまった傷はもう、元に戻らない。
 これはね、ちょっと古いけど例えばダスティン・ホフマンみたいな人が主役をやったらアカデミー賞総なめよ?! そのくらい凄いストーリーなのよ。ハリウッドがどんな風に作ってくるか、楽しみであると同時に、リメイクにあっさり超えられてしまうのかと思うと、実に残念だわ。
 是枝演出の「そして父になる」の何がいけなかったかと言えば、主役の演技がダメだったからに尽きる。でもそれは、福山雅治ひとりのせいにはできないわ。演技派でないことは承知の上で福山雅治を使ったのだから、監督はもっとがんばらなくてはいけなかったのよ。例えば彼が仕事の出来るエリートと言う設定なのは、画面から読み取れたけれど、読み取れることと感じられることは、別でしょ? 仕立ての良いスーツを着せ、メガネをかけさせたら、それでエリートなの? 工夫が足りな過ぎなのよ。
 福山雅治を起用したことで映画は一定の顧客を確保できたかもしれないけど、それだけで終わっちゃうには余りにももったいない、いいホンだったのに。今度の「海街diary」も同じ落とし穴に落ちないか・・・役者の顔ぶれを見て、いらぬ心配をしてしまうマダムなのでした。

今も彼は真摯に

 久しぶりに彼のことを書こう。懐かしい元カレのような人のこと。

 11月、体調を崩していたマダムがぼんやりテレビをつけると、WOWOWで少し前の映画をやっていて、いきなりその人がアップになった。着物を着た所作が美しく、馬を乗りこなす姿に眼を奪われ、最後まで観てしまったのだけれど。映画は『47RONIN』(監督/カール・リンシュ 2013年公開)。
 忠臣蔵をモチーフにした、と云うふれこみで公開されたらしいけど、少しも評判になることなく、いつのまにか終わっていたわよね。今回テレビで観て、不発に終わったわけがよく理解できたわ。さもありなん。
 製作側は、忠臣蔵なんかどうでもよかったのね。それをうたえば日本企業がスポンサーにつくとか、日本でヒットが見込めるとか、そんな理由しか思い浮かばないような雑な使われ方なの。忠臣蔵の何が日本人に根付いてるのか理解してはいない。かといって、他にどうしても描きたいテーマやこだわりのシーンがあるわけでもなく、いろんな有名な映画のシーンを切り貼りしたみたいな、でも予算だけは潤沢にありました、っていう感じのハリウッド映画。あ、ここは「ハリー・ポッター」だな、とか、あーここは「ロード・オブ・ザ・リング」そっくりなCG、とか思っちゃう。詳しい人が見れば、ざくざく指摘できるでしょうね。
 マダムが呆れたのは、いくつかのアイデアが、あるファンタジーのまるパクリだと気がついたから。菊池凛子演じる妖女が毒々しい緑色の衣装を着ていて、浅野内匠頭に毒を盛って陥れる時、毒蛇の姿に変わるのね。それと、その妖女側の大きくて凄く強い戦士が全身鎧に包まれていて、中身の人間が全く見えないの。言葉も発しない。なので、鎧ひとそろいが戦ってるみたいで、凄く不気味で怖いの。
 毒々しい緑の衣の妖女と、鎧ひとそろいの不気味な戦士の組み合わせ。これはナルニア国物語の『銀のいす』からアイデアをそっくり頂戴したパクリでしょ?
 マダムはファンタジーに特別詳しいわけじゃない。そのマダムが気がついたくらいだから、推して知るべし。
 アイデアの盗用なんかどこにでもあると皆カンタンに言うけれど・・・パクリになるか、オマージュとなるかは志しの高さにかかっているのよ。
 
 そんな残念な映画の中で、我が真田広之は、ほとんど形骸化してる大石内蔵助という役に武士らしい命を吹き込むため、孤軍奮闘していた。
 着物のデザインもどこか中国はいってる感じの妙な雰囲気があるものの、真田広之の所作がちゃんとしてるので、安心して観れたし、馬にまたがってる姿はもう・・・! 日常的に馬に乗っている武士そのものよ。野を駆けていくシーンをため息ついて見つめた。
 それから殺陣。眼を奪う素晴らしさ。キアヌ・リーブスと1対1で戦うシーンは、西洋の刀(フェンシング)VS日本刀の殺陣にちゃんとなっていて、CGじゃ絶対作れない面白さよ。
 浅野忠信、田中岷、柴崎コウ、菊池凛子、赤西仁など、ずらりと揃った日本人俳優達が皆、テーマ無きストーリーとCGガバガバに薙ぎ倒されるなか、真田広之だけは大石内蔵助たらんとして、踏みとどまっていたの。その真摯な姿に心うたれるマダム。ああ、変わらないわ、彼(って、あんたは真田広之のなんなの?)。
 まともな時代劇で、彼の大暴れする姿が観たいなあ。
 とりあえず、年末にWOWOWで、『里見八犬伝』(監督/深作欣二 1983年)をやるらしいので、それを観て昔の恋を思い起こそうっと。

私を怖い映画に連れてって・・・?

 今日は、怖い映画の話。興味のない方は、スルーしてね。

 今から20年くらい前のことだったかしら。
 男友達のK氏から、「凄く面白いよ。どうしても読んでほしいんだ」と、無理矢理に貸し付けられた数冊のマンガがあったの。見るからにマダムの好みではない、デッサンの狂ったようなアンバランスな荒っぽい画だったんだけれど、K氏は「絶対に面白いから。騙されたと思って」と勧めたの。そこまで言うなら、と読み始めてみると。
 怖いマンガだった。ホントに騙された、と思ったわ。怖くて怖くて読むのをやめたいのに、面白くてやめられない。助かったのは、まだ全巻は出てなくて、途中でやめられたこと。ほとんど泣きながら抗議しつつ、素早くマンガをK氏に返した。だって、家にあると怖いから。
 「これ、映画になったら面白いと思わない?」とK氏が言ったので、「うん。日本じゃ無理(技術的に)だけど、ハリウッドなら出来るかもね。でも、出来ても見ない。怖いから」とマダムは答えたのよ。
 それからまもなくして、映画『ターミネータ−2』を見て、マダムはすぐにK氏に電話をかけたわ、「あのマンガ、パクられてるかも」って。K氏はとっくに『ターミネーター2』を見てたけど、すぐにはマダムの言うことがピンと来ないようだったの。それでマダムは少し詳しく説明した。「液体金属製のターミネーターの手先が変化してそのまま刃物になるところなんて、あのマンガそっくりじゃない?」「ちょっと待って。マンガを読み返してから、かけなおす」
 しばらくしてからかかってきた電話の向こうでK氏は言った。「本当だ。そっくりだね・・・」
 そのマンガの題名は『寄生獣』といったの。

 20年もの歳月を経て、『寄生獣』(作・岩明均)がとうとう実写で映画になると聞き、マダムはずっと忘れていたK氏との会話を思い出した。あのときに日米の映画の間にあった技術の差はほとんどなくなり、差と言えば予算の差くらいのものよ。もしかしたら、あのときにも、資金力の差以外には大した差などなかったのかもしれない。
 仮にマダムの直感が当たっていて、一部『ターミネーター』にパクられていたとしても、よ。今更誰も思い出しもしないくらい年月が経って、原作をちゃんと映画に出来れば、それは原作の力、原作の勝利なのだわ。
 そして、さきほど『寄生獣』予告編を、You Tubeで観たの。
 マンガの画の怖さを、ちゃんと表現できてる! これは期待できるよ。マダムの好きな深津絵里や、北村一樹が出てるし。
 問題は、マダムは怖い映画が苦手、ということよ。(って、じゃあ、なんで見たいんだ?)
 好きな芝居なら、どんなところへも一人でどんどん出かけちゃうマダムなのだけど。あんな怖そうな映画は、とても一人では見られない。「うぉー、こわいよぉー
 」とわめくマダムの横にいて、「大丈夫だから」と落ち着いた声をかけてくれる男前な友達を探さなければ。冬までに。

吉田鋼太郎が映画版『相棒』に!

 さっきテレビで映画版『相棒』のCMをやってたの。ぼんやり眺めてたんだけど、0.5秒くらい映った彼の影を見逃さなかったわ! 吉田鋼太郎が『相棒』出演だー!

 まさか皆、そんなこと、とっくに知ってたよ、って、言う?
 だってさ、誰も教えてくれないんだもん、映像関係の情報に疎いマダムが、自力で発見したのよー。ちょっとは自慢してもいいでしょう?
 しかし、映画版『相棒』も見なくちゃいけないのね。4〜5月って忙しいんだけどな・・・。

3.11とホラー映画

 今日は3月11日。日本人にとって特別な日なので、マダムもちょっと、芝居から離れて。
 知り合いが関わっているドキュメンタリー映画を観てきたので、そのお話をします。2月23日(土)、オーディトリウム渋谷にて。

『3.11後を生きる』
製作・監督 中田秀夫

 中田秀夫監督は、言わずと知れた『リング』などのホラー映画で有名な監督なのだけれど、一方で地味にこつこつとドキュメンタリー映画を撮ってきた。でもこれまでの作品はいずれも、崇拝する映画監督について語るものだったり、ハリウッドで映画を撮った時の体験を語るものだったりして、映画に関して限定だったのね。
 その人が撮った3.11後。どんなものなのか、見当もつかずに観に行ったの。

 映画は、生き残った人へのインタビューが連なって出来ていた。
 墓石に名を刻む石屋の親方は、ただひたすら「3月11日没」と刻み続ける、その辛さを語る。
 妻を津波で流された高校の先生は、妻が亡くなった時の様子を淡々と語った後、「私には過ぎた女性でした」と付け加えた。口調に変化はないけれど、頬をとめどもなく涙が流れ落ちる。
 妻も子供も、家族一切を失った漁師は、自分だけが船を沖に出してて助かった。船を出しにいく時に「お前たちも高台に逃げろ」となぜ言わなかったのかを悔やみ続けてる。
 略奪などは一切無かったことになってたけれど、実はスーパーの衣料品などは、どんどん盗られていったという証言もあった。だけど、全てを失って着替えも持たない人が、壁に大穴が空いたスーパーから服を盗ったからといって、警察は逮捕することはしなかった。暗黙の了解で、見て見ぬ振りをしたらしい。マダムはこの部分に凄く心動かされたよ。「略奪なんかしない行儀の良い日本人」というイメージを守ることより、やむにやまれず生きるために服を盗った人を見逃そうとするおまわりさんの行動の方が、ずっとずっと人間として素晴らしい。公では褒められないのかもしれないけれど、マダムはここでそっと賞賛しておくわ。
 
 実はこの映画は3.11の半年後には完成していた。でもすぐに公開には至らなかった。その辺の事情について、上映後のトークショーでも監督は明かさなかったけれど、この映画がきれいごとでは済まない部分に触れていたから、なかなか公開できなかった、ということなのかしら?
 だけど、そここそが、テレビで見慣れた「感動的な」ドキュメントとは一線を画すところだったの。
 きれいごとは巡り巡って、結局人を不幸にする、とマダムは思うわ。
 
 中田監督は、5月に公開するホラー映画『クロユリ団地』がヒットしたら、『3.11後』第二弾を撮りたい、と語っていた。ホラーが苦手なマダムはここで宣伝することで、協力したいの。ホラーが好きな方、前田敦子が好きな方、成宮寛貴が好きな方、勝村政信のファンの方、是非、『クロユリ団地』を観に行ってくださいね!

夏バテ日記その3 高倉健を囲む人々

 先日何気なくテレビのチャンネルを回したら、高倉健が出ていた。マダムはとりたててファンではないけれど、テレビでしゃべってる高倉健が珍しくて、思わず番組を最後まで、見てしまった。NHKのドキュメンタリー「プロフェッショナル仕事の流儀」ってやつ。
 高倉健は本当に最後の映画スターよね。日本映画界が衰退しても、テレビドラマにも出ず、舞台にも出ず、数年に一本だけ主演した映画が封切られる。こんな人はもう他には誰もいない。(でも降旗康男という監督が好きじゃないので、マダムはほとんど観てないけどさ。)撮影と撮影の間、数年あっても、高倉健の目撃情報はほとんどない。たぶん、外国に行っちゃってるんでしょうね。彼自身、「役者は私生活を見せちゃいけないと思う」って言ってたし、実践してるのよね。
 だからこのドキュメンタリーも、今回の映画の撮影現場だけに密着していて、インタビューも映画についてだけ。でも、それで十分。マダムも役者の私生活は、どうでもいいわ。

 いいなあと思ったシーンはふたつあった。
 ひとつはロケ現場で、スタッフが準備しているのをじいっと待っている時の彼の言葉。「いい映画はね、彼ら(スタッフ)が一生懸命作ってるの。俺は出てるだけ。本当に作ってるのは彼らなんだよ。それなのにその人たちが一番金もらってないんだからね・・・」
 もうひとつは東宝のスタジオで撮影している時。スタジオの外で高倉健がやはり準備待ちをしていると、堤真一が通りかかったの。堤真一はまったく別の仕事で別のスタジオに向かってるところだったのだけど、高倉健が立っている前を素通りできない。というか、高倉健を見つけて話しかけずにはいられなかったのでしょう。背筋をピンと伸ばして「堤真一と申します」と言って深々とお辞儀。
 それに対して堤真一を知らない高倉健は「ああ、どうも」とありきたりな反応しかしなかったのよ。
 堤真一が去って行ったあと、高倉健と共演している佐藤浩市がフォローしたの。「彼は真田広之の付き人から始めた役者なんですよ。今の映画界じゃ珍しい、長い下積みからのぼってきた苦労人です」ってね。それを聞いた高倉健はどうしたか。
 堤真一を追いかけたのよ。走って追いかけて、別のスタジオの控え室まで追いかけて行って、ドアをノックして、ビックリしている堤真一に「さっきは失礼したね。いつか是非、共演しましょう」って手を握ったの。もう、堤真一はすっかり舞い上がって声が裏返っちゃって「こ、こ、こちらこそ、是非、よろしくお願いしますっ」って、何度もお辞儀。演技じゃみたことがないくらいの興奮状態。まるでイチローに握手してもらったリトルリーグの小学生みたいに顔が輝いてたの。
 佐藤浩市も堤真一も、アラフィフの、押しも押されぬスター俳優でしょう?そんな彼らが唯一、あこがれを隠さないスター、それが高倉健という存在なのね。ホントに最後のただひとりのスター。孤独だな、と思った。

さよなら香川照之

 香川照之が、市川中車になった。
 歌舞伎はごくたまにしか観ないマダムなので、それについて何も言うことはないの。歌舞伎好きのマダムMによれば、襲名公演の役をまずまずの演技で乗り切っているらしいので、凄いなあ、と素直に感心する。
 思えば、東大を出てもなお役者の道を選んだ意志の人で、文章も書く才人である彼だから、あらゆることを熟考して決めたに違いないわ。そして選んだ以上は、残る生涯を歌舞伎に捧げることでしょう。
 だけどね。ちょっと、寂しい。

 香川照之の舞台歴は浅い。完全に映像の人よね。出演作を全て観てきたわけではないけれど、マダムが一本だけ挙げるとしたら、『ゆれる』(2006年 西川美和監督作品)だわ。マダムの選ぶ個人的助演男優最優秀賞。いや、本気で。
 『ゆれる』で彼が演じた、田舎のガソリンスタンドで働く長男の役は、これほど惨めで醜くて哀れな男はいない、と言えるような役だったのよ。頭の良い彼が、この役の哀しさを理解せずに引き受けたとは思えない。いいえ、それどころか、インタビューでは「西川美和という才能を、どうしても世に出すんだ、そのために、この役をやるんだと思っていた」と言ってたの。自分をすっかり捨てて役に献身する、徹底した役者魂。それが結実した画面は、本当に辛く哀しくマダムの心を揺さぶって放さなかったのよ。
 
 最近は、寝る暇があるのかしらと思う程、映像に出まくっていたわね。映像を大して観てないマダムがちょっと思いつくだけで、『二十世紀少年』『カイジ1・2』『坂の上の雲』『龍馬伝』・・・なんだか似たような役で出過ぎだよ、と感じていたんだけど。歌舞伎への道を決めたから必死に稼いでいたのかしら。
 それよりもマダムが勝手に想像するのは、「もう映像では、やりたい役が無い」と彼が感じていたのではないのか、ということなの。彼の演技欲に十分に応えるような面白い役が来ない。注文が来るのは、いつも似たような、どこかで演ったような役ばかり。やってもやっても、もう満足は得られない。いっそのこと、ホンを書いてしまおうか、監督をやってしまおうか、それとも・・・・歌舞伎の世界に身を捧げようか。
 もう一度言うけれど、こりゃマダムの勝手な想像にすぎないのよ。すぎないけれど、マダムの中ではけっこう確信があるの。今回の決断は、かれの旺盛すぎる程の演技欲のなせるわざではないか、と。
 
 さよなら、香川照之。その名を捨てるからには、捨てただけのことがあったと言われるような歌舞伎役者になってね。この文章が、市川中車となった彼への、マダムのはなむけの言葉です。

『大奥』映像化 第二弾!

 年明けから怒濤の観劇生活を送っていたので、気がつくのに遅れてしまったんだけど、よしながふみの『大奥』は、二宮一也と柴咲コウの映画第一弾に引き続き、第二弾が予定されてるのね。
 しかも今度は、テレビドラマと映画のダブル実写化だそうな。凄い。

 凄いのはいいんだけど、いろいろと心配だわ、マダムは。
 まずテレビドラマでは、家光編をやるという。で、家光役は多部未華子。演技力はよくわからないけれど、意外と合いそう。問題は原作の、家光が活躍するあたりの描写は著しくテレビ向きでないことよ。当然、大幅な割愛やら変更やらがあるでしょうね。そのせいで、よしながふみの原作が全然生かされなくなる恐れがあって。ただの男女逆転だけにならないことを祈るよ〜。

 

映画は綱吉編で、綱吉役が菅野美穂。うわあ、ぴったりよー。色っぽくて愚かで切ない綱吉になりそう。なるべく原作通りにやってくれることを望むけれど、原作通りにやるとRなんとか指定になっちゃうわね。ということで、これも原作からはかなり離れてしまいそう。

 いちばんの驚きは、どちらも、将軍の愛人役を堺雅人がやるのだそうで。演技力はあるでしょうけれど、イケメン度が足りません! マダムはちょっと不満。

 

 原作マンガに描き込まれた、人間の愚かさや弱さ、愛おしさを、出来得る限りすくいあげた映像化となることを、強く強く期待しているわ。

ヴィスコンティみたいに

 昔々、私がほんの小娘だった頃、小さな映像制作会社で働いたことがある。
 オフィスは八畳くらいのワンルームマンションで、事務員は私一人。部屋の隅に置いた小さなデスクで、ひとり電話番をし、帳簿をつけ、本を読み、企画書を書き、お茶汲みをし、コピーをとった。
 会社には何人かのプロデューサーのほかに脚本家や監督も籍を置いて、連絡事務所として使っていた。その中に、誰よりも特別に尊敬され愛されている映画監督がいた。
 私が初めて会った時にはもう、その人は何本もの名作を撮っていて、あまりにも有名だったのだけれど、御本人は過去の自作になんの興味もない様子だった。いつも次のことを考えていたし、穏やかに煙草の煙を吐き出している姿からは想像できないほどせっかちでもあった。
 事務所にやってくるのはたいてい、麻雀の面子が四人揃うことを期待している時だったのだけれど、ふいに、何の用も無くぶらりと立ち寄ることもあって、そんな時は私がコーヒーをいれて話のお相手をした。監督は矢継ぎ早に問いかけてくる。口調は優しいけれど、詰問されているようでいつも私は緊張した。今、読んでいる本は何か、その作家は人気があるのか、ストーリーはどんなか、どこが面白いか、色っぽいか。映画になりそうか。最近どんな映画を観た? その監督は何処の国の奴だ、流行っているのか。どんな女優が出ていたか、日本で言えばタイプは誰か。とりとめないようでいて話の目的は、今後の企画のヒントを探ることだった。
 あるとき私は李香蘭の伝記を読んでいて、カバーの掛かった分厚い本がデスクに置いてあったのだが、その本はなんだ、映画になるか、と訊かれた。私が映画にしたいけれど難しい、お金が掛かり過ぎて、と本の中身を見せると、頷きながら少し残念そうな顔をされたのをよく憶えている。
 肺に持病があって、時々体調を崩された。事務所で息苦しくなって、タクシーを呼んでくれと言われ、痩せて軽い躯を支えて車に乗せたこともあった。そのまま入院されたのを心配して見舞いに行ってみれば、酸素吸入を受けながら読みたい本のリストを私の手に押し付けるのだ。本を買ってまた次の見舞いに行く頃には、看護婦に隠れて煙草を吸おうと画策している。それでもギリギリのところで病気のことは気になっていると見え、枕元に隠した煙草は一番軽いテンダーだった。

 監督の60歳の誕生日が近づくと、事務所のプロデューサーや脚本家たちは「お祝いに赤いチャンチャンコを贈ろう」と盛り上がって、監督をからかった。嫌がる監督に「ではせめて真っ赤なセーターを贈ろう、カシミアの」とかなり本気で盛り上がるのに、監督も本気で「頼むからやめてくれ」と必死だ。派手な色を身につけるのが苦手なのだ。断る必死さが妙に可笑しくて、折に触れ、皆その話題で攻めた。
 ある日、監督がひとりでぶらりと現れた時、事務所には私ひとりだった。いつものように監督にコーヒーを出す。話題は間近に迫った誕生日のことになり、また赤いセーターの話になるかと思われたのに、その日は勝手が違った。監督は静かな口調で、時折コーヒーを啜りながら、私に話した。
 「初めて映画を撮った40くらいの頃には、60になったらきっと、好きな企画で好きなように金をかけて映画を撮れるようになってるだろう、って思っていたんだよ。ヴィスコンティみたいに、好きなように」そう言って、監督は私から目を逸らさずに続けた。「でも結局そうはならなかったし、これからもそういう日がくることは無いって、もうわかってしまったんだ。60を前にね」
 私は黙っていた。泣きたくなった。そんなことはない、必ずそんな日が来ます!ヴィスコンティみたいに贅沢な映画を撮れる日が来ます!と言ってあげたかったのに、言ってあげられなかった。なぜならそれは嘘だから。そんな日が来るとは私も思えなかったから。私は嘘が言えなかった。大好きで敬愛するその人に、見え透いた嘘を明るく言うことができなかった。
 カシミアの赤いセーターを贈る話は、いつしか立ち消えになった。

 今日2月24日は、その人、神代辰巳監督の16回目の命日である。

西部劇と幕末の関係

 引っ越したので、新しい場所で新しい仕事を探しているんだけれど、これが今、なかなか見つからないのよ。まあ、時期が悪いよねえ、世の中に仕事が少ない時だから。しかしいつまでも仕事が見つからないと、『春琴』のチケットを手に入れるどころか、争奪戦に参戦する軍資金にも事欠くことになる。困った・・・。
 とはいえ、焦ってみてもしょうがない。で、ついついテレビなんかつけっぱなしでぼんやりしていたの。そうしたら、なんとクリント・イーストウッドの古い映画を次々やってるじゃないの。思わず食い入るように観てしまうマダム。
 マダムは現役映画監督で、クリント・イーストウッドほど惚れてる人はいない。のだけれど、彼の出演作で観ているのは『ダーティ・ハリー』以後のもので、彼が世に出るきっかけとなったマカロニ・ウェスタン、実は観ていなかったの。

 今回観たのは、『続・夕陽のガンマン』(セルジオ・レオーネ監督 1966年)と『アウトロー』(イーストウッド監督 1976年)の二本。どちらも素晴らしかった。ゾクゾクした。
 二本とも西部劇なんだけど、先住民をどんどんやっつけていくカウボーイものとは一線を画す。一線も二線も画す。南北戦争下の国内のでたらめさ加減と、それによって酷い目に遭う弱者の姿から目をそらさずに描く。むごい現実から絶対に目をそらさないのは、イーストウッドの若い時からの一貫した態度だ。主人公ももちろん虐げられた孤独な身。その、明日をも知れぬギリギリの立場にいながら、やたらに強くてニヒルでカッコいい主人公(もちろん、若き日のクリント・イーストウッド)。しびれる〜。
 草原や砂漠を行く馬上のイーストウッドの格好良さは、今の誰に例えればいいかしら?
 残念ながら、誰も思いつかないわ。


 そこで、ひとつ問題です。アメリカで南北戦争してた頃、日本はどんな時代だったでしょうか?

 福山雅治の顔が思い浮かんだ貴方、正解よ。日本は幕末だったの。龍馬が闊歩していたちょうどその時期、アメリカでは南北戦争やりつつ、先住民をどんどん追いやってたの。
 ペリーが浦賀に初めてやってきたのが1854年。南北戦争が勃発したのが1860年。龍馬が暗殺されたのが1867年。
 だからね、西部劇は、日本でいえば幕末時代劇なわけなの。そう考えると、古いんだか新しいんだかわからなくなるね。イーストウッドの『続・夕陽のガンマン』と『龍馬伝』が、同じ地球上の遙か離れた場所で、同時進行してたのかー(フィクションだけど)。日本も野蛮だったけれど、アメリカも野蛮だったのね。
 ただ、『龍馬伝』が歴史に名を残す人のお話なのに比べ、『続・夕陽のガンマン』を始めとしてイーストウッドの西部劇は、無名の人が主役なの。だから『龍馬伝』を並べるのは、例えがよろしくない。同時進行していた(って、フィクションなんだけどね)のは何かな〜とマダムが考えて、ひらめいたのが、あの真田広之の代表作『たそがれ清兵衛』(山田洋次監督)だった。あれこそ、イーストウッドの西部劇と並べて同時代を語るにふさわしい映画だ。アメリカはあの頃ああだったけど、日本はその頃こんなだった、と比べると、歴史の教科書で勉強しただけじゃわからないことが、実感として迫ってくるじゃないの。

 そしてマダムはまたびっくり。「夕陽」って「たそがれ」じゃん!!なんという偶然。
 とはいっても、『続・夕陽のガンマン』っていうのは日本の映画会社がつけた邦題で、映画の中に夕陽はほとんど出てこないし、イーストウッドも全然、黄昏れてないんだけれどね。

 ということで、80歳の誕生日おめでとう、ミスター・イーストウッド! うんと長生きして、マダムの心に切り込む映画をバシバシ撮ってってちょうだい。

2017年11月
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