最近の読書

無料ブログはココログ

芝居あれこれ

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための『天保十二年のシェイクスピア』予習講座 その4

 さてここまで大雑把なあらすじを書いてきたけど、これ以上細かく書くと観劇の楽しみが減るので、この辺にしておきます。
 予習しとくと、より楽しいポイントを、も一度まとめてみると、
 
1.「リア王」の設定(王様と娘が三人)と、最初の場面。
2.「ハムレット」の設定と、人物の関係図と、
   幾つかの有名場面(父親の幽霊と会うところ、
   オフィーリアに「尼寺へ行け」というところ、「生か死か」と悩むところ)

3.「ロミオとジュリエット」の設定と、バルコニーの場面。
4.「オセロー」がどんな風に、イヤーゴに陥れられたか、について。
5.「ジュリアス・シーザー」のアントニーの演説シーン。
6.「マクベス」の魔女の予言。マクベス夫人がマクベスをけしかける場面。
 
 こんな感じかなぁ。初日までまだ3週間くらいあるし、あせらず行きましょう。
 ま、予習しなくたって、芝居は楽しいと思うけど!
 
 
 
 最後に、浦井ファンの方に、マダムがいちばん楽しみにしているポイントをお話しして終わりにしよう。
 ハムレットのセリフで「生か死か、それが問題だ」という有名なセリフがあるけど、これは明治以来、たくさんの違う翻訳があるの。芝居の途中、王次がそれを全部(明治の坪内逍遥訳から、最近の松岡和子訳まで)紹介してくれるシーンがある。それが、メッチャ楽しみ。
 
 ではこれで、勝手な予習講座、終了。
 芝居を観たら、レビューを書くので、また読みに来てね。そして、ここで触れなかったパロディを発見したら、教えて下さい!

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための『天保十二年のシェイクスピア』予習講座 その3

 すごい反響なので、俄然書く気が湧いてきてる!
 
 続き。

 シェイクスピア好きなら知っているんだけど、シェイクスピアにはよく双子が出てくる。当時のシェイクスピアの劇団には、双子の役者もしくは凄くよく似た二人組がいたのかもしれない。だから、そっくりな兄弟が別れ別れになっていて、知らずに同じ町に滞在し、周りの人間が間違えて大混乱に陥る…という楽しい設定が、よく使われているの。
 なので、井上ひさしももちろん、この設定をそのまま取り入れている。

 物語の始まりで、父親に勘当された三女のお光
 お光は実は、拾われた子で、十兵衛の本当の子ではない。末っ子が継子(ままこ)で、一番気立てがいいというのは、シンデレラとかでも出てくる設定だけど、そこにさらに、お光には双子の姉妹がいた、という設定が加わるの。これを一人の役者(今回は唯月ふうか)がやるので、当然早替わりなんかがあって、楽しいのよ。
 勘当されたお光は遠い町に行っていたけど、父親が死んだと聞いて、姉たちに復讐しようと帰ってくる。姉の息子である王次は、お光にとっては仇の一員なんだけど、互いに一目惚れで、恋に落ちる。つまりここでは、王次とお光は、ロミジュリになる。お光は窓辺で「王次、どうしてあんたは王次なの?(ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?)」とつぶやく。それに対し王次がなんと答えるかは、劇場でのお楽しみ! みんな、その瞬間を待とう。
 
 三世次の悪巧みは、両家の抗争を激化させ、話が進めば進むほど、登場人物はどんどん死んでいくの。作家が決めたことなのでしょうがない。最後は三世次も、語り手の隊長も、み〜んな死んで、全員で楽しく歌う。その歌詞が絶品。「もしも、シェイクスピアがいなかったら」という歌。もしもシェイクスピアがいなかったら、劇場主も役者も英文学者も商売上がったりだよ〜っていう歌、めっちゃ楽しいよ!
 


 歌について話すのを忘れていた!
 出てくる歌出てくる歌、歌詞が韻を踏んでたり、キツいジョーク飛ばしてたり、ちょっと下品だったりするので、普段の自分の品の良さを忘れて楽しみましょう。
 もともとシェイクスピアは、韻を踏んでたり、同音異義語を使って冗談言ったり風刺を込めたり、隠語で下品な笑いがあったりするのね。でも、そういうところを翻訳するのはすごく難しいことなので、日本でシェイクスピアを上演すると、なんかお堅い高尚なものになりがち。
 井上ひさしはその辺りのことをよくわかってて、歌詞の中に言葉遊びをたっぷり入れてる。「賭場の場のボサノバ」とかね、上手すぎる。全部は聞き取れないので、見終わってから、興味のある方は、本を読んで更に笑うのがいいと思う。
 
 さて、その4でまとめ、します。

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための『天保十二年のシェイクスピア』予習講座 その2

 『天保十二年のシェイクスピア』には、芝居の案内人みたいな人がいて、隊長という役名がついている。今回この役をやるのが木場勝己なの。2005年の蜷川演出版でも、同じ役をやった大ベテラン。良い声で、セリフがまろやかでなめらか。とっても聴きやすい。この人が案内人なので、みんな、安心していいと思う。
 なので、予習しなくてもいいや、と思ったら、ここからは読まなくてもいいんだけど。
 


 ここから解説付きあらすじです(いちばん大事なところのネタバレは避けます)。
 
 清滝村、という田舎町を牛耳っているヤクザの親分、鰤(ぶり)の十兵衛には3人の娘がいる。十兵衛は、娘の誰かに跡目を譲って隠居したいと考えて、娘たちを集め、誰が一番親孝行をしてくれるか?と尋ねる。長女のお文も、次女のお里も、歯の浮くようなお世辞を言うんだけど、三女のお光はまっすぐな気性が邪魔をして、お世辞が言えず、父親の怒りを買って、追い出される。
 これは完全に「リア王」の出だし。全く同じと言っていいので、時間のある方は、「リア王」の最初の5分の1くらい、読んでみてね。時間のない方は、ざっとあらすじを知っておこう。
 そのあと、十兵衛は長女からも次女からも冷たくあしらわれ、町はお文の一家とお里の一家に支配され、二分され、対立抗争が始まる。
 
 抗争が始まった清滝村に、一人の流れ者がやってくる。佐渡の三世次。せむしで足を引きずって歩く醜い男だけど、出世欲が強くて、悪賢い。この設定は「リチャード三世」そのもの。この三世次、醜くて悪いやつなんだけど、口の上手さだけで人の心を操ってのし上がっていくのが、なんとも痛快で魅力的。悪の魅力。
 マダムはもちろん高橋一生、大好きなんですけど、彼が演じてきた中でも最大の面白い役。期待しちゃう。
 三世次は、対立するヤクザの家の両方にうまく取り入って、両方が互いを殺し合い、両方の力が弱まるように、立ち回る。そのあたり、シェイクスピアというよりも、黒澤明監督の「用心棒」みたい。
 だけど、そのうまく立ち回るノウハウが、いちいちシェイクスピアなのよ。
 
 
 たとえば①。三世次は、王次が「父親を殺したのは叔父だ」と気づくきっかけを仕込む。父親の幽霊を仕込むんだけど、それは言わずと知れた「ハムレット」のパロディ。
 
 たとえば②。三世次は、幕兵衛に「愛人が自分を裏切っている」と思い込ませるんだけど、そのやり方はイヤーゴがオセローを罠にかけたやり口(オセローが妻デズデモーナにプレゼントした特別なハンカチを盗んで、別の男の部屋にこっそり置いておく。それでデズデモーナが浮気したかのように見せかけ、オセローの嫉妬をあおる)。
 
 たとえば③。自分の兄貴分を追い落とすため、三世次は「ほめ殺し演説」をする。この演説が「ジュリアス・シーザー」の中のアントニーの演説そっくりなの。(ブルータスのことを褒めてるような口ぶりで、実際は反感をあおり、聴衆はみんなブルータスを信用しなくなる。とても有名な演説。)
 
 というように、三世次の一挙手一投足に、シェイクスピアが練り込まれてるの。マダムも到底全部は気づけないほど、たくさん練り込まれてて、ひとつひとつ発見していくのが楽しい。
 ただそればかりにとらわれると、頭が忙しくなっちゃって疲れることもあるので、ほどほどに。とりあえず上の三つくらいフォローしとけばいいと思うので、なんとなく頭に入れといてください。深掘りしたい方は各自で。
 

 それから占いの老婆が、三世次や幕兵衛にいろんな予言をする。
 浦井ファンの方は、メタマク見てるから、もう当然気づくでしょう。この占いの老婆は、マクベスの魔女です。相手の心の中の本音をくすぐって、泥沼に引き込む悪魔ね。
 悪の塊のような三世次でも、魔女の予言には逆らえない。
 
 あらすじは、その3で、まだまだ続きます。

速報 10月に『リチャード二世』上演

 予習講座中に、すごいニュースが飛び込んできた!
 10月に新国立劇場で鵜山演出『リチャード二世』を上演するって!
 
 2018年5月に、一連のヘンリーシリーズの最後とも言える『ヘンリー五世』上演があったときマダムは既に、同じ座組で『リチャード二世』を上演してくれ、と訴えていたの(レビューは、これで終わりとは思いたくない 鵜山演出『ヘンリー五世』 )。なんと、アンケートに書くように、みんなに呼びかけている…。
 みんなの協力が功を奏したのか、今回『リチャード二世』上演の運びとなったわ〜‼︎‼︎
 めでたい〜!

 出演は、岡本健一、浦井健治、中嶋朋子をはじめ、シェイクスピア歴史劇シリーズに出演してきたチーム、集合ね。文学座からも、文学座を代表する顔ぶれ(横田栄司、浅野雅博、石橋徹郎、亀田佳明など)が続々集合。
 配役は発表になってないけれど、岡本健一がリチャード二世、浦井健治がリチャードを倒すボーリンブルック(のちのヘンリー四世)を演じるのに間違いないでしょう。
 
 それと、今回の上演にあたって、過去の歴史劇シリーズの映像を公開する、とのこと。選りすぐりの、って話なので全部じゃないみたいだけど、ケチってないで全部公開しなさーい。国立劇場で製作したものは、みんなの財産なんだからねー。
 
 というわけで、夏にはまた当ブログで『リチャード二世』予習講座、開催決定!
 みんな、楽しみにしててね。
 さて、『天保』予習講座執筆に戻りまする。

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための『天保十二年のシェイクスピア』予習講座 その1

 2月に日生劇場で上演される『天保十二年のシェイクスピア』。
 浦井ファンの中には、ふだんのミュージカルのラインナップと違う雰囲気のチラシを見て、驚いてる方もいると思うので、その方たちのため、ごく簡単な予習講座します。
 井上ひさし作の舞台を多々ご覧になってる方は、あたりまえすぎて面白くないと思うので、読み飛ばしてね。
 
 『天保十二年のシェイクスピア』は、劇作家井上ひさしの傑作の1本で、初演が1974年。題名からも推察できる通り、シェイクスピアのパロディ作品。あらゆるシェイクスピア作品から、人物やら設定やら台詞やらを引っ張ってきて、日本の天保時代(江戸時代ね)の田舎町の抗争を描いてる。
 井上ひさしは、書き始める前にふたつのことを決めてたみたいなの。ひとつは、シェイクスピアの全37作品から、台詞を取り入れること。もうひとつは、シェイクスピア作品の悲劇を真似て、登場人物全員が死ぬこと。このふたつをお約束として、書いたわけ。だけど作品は全然、悲劇じゃない。悪いやつが悪いことをしてどんどん死んでいくので、全く悲しくない。むしろ痛快。
 
 このパロディ、井上ひさしの膨大な量の博識が詰め込まれた、楽しくも深い、深くも広い作品になっているので、ただ見るのも面白いんだけど、少しでも元になってるシェイクスピア作品の知識があれば、もっともっと楽しめるの。
 なので、まず登場人物が、シェイクスピア作品の中の誰をモデルにしてるのかを、ざっと挙げてみますね。たいてい、複数の人物をモデルにして、混ぜこぜにしてる。

 
佐渡の三世次(高橋一生)・・・・リチャード(「リチャード三世」)、
                
イヤーゴ(「オセロー」)、
                アントニー(「ジュリアス・シーザー」)など
きじるしの王次(浦井健治)・・・ハムレット、ロミオ
お光&おさち(唯月ふうか)・・・コーディリア(リア王の三女)、ジュリエット
                アンティフォラス双子兄弟(「間違いの喜劇」)
お冬(熊谷彩春)・・・・・・・・オフィーリア(「ハムレット」)

鰤の十兵衛(辻萬長)・・・・・・リア王
お文(樹里咲穂)・・・・・・・・ゴネリル(リア王の長女)、
                ガートルード(ハムレットの母)

蝮の九郎治(阿部裕)・・・・・・クローディアス(ハムレットの叔父)
お里(土井ケイト)・・・・・・・リーガン(リア王の次女)、マクベス夫人
尾瀬の幕兵衛(章平)・・・・・・マクベス、オセロー
清滝の老婆(梅沢昌代)・・・・・マクベスの魔女



 浦井ファンとしては、ハムレットもロミオもやってほしかった役なので、きじるしの王次は、なんと一粒で二度美味しい(みんな知ってるだろうか、この表現)役。この役を味わって見るためには、ハムレットのあらすじだけは是非とも頭に入れておきたい。(ロミジュリはみんな、知ってるでしょ?)
 王次は、やくざの親分の跡取り息子で、違う町に修行に行ってるんだけど、父親が死んだと知らされ、帰ってくる。すると、父親の弟(つまり叔父)が母親と再婚してて、親分に収まっている。王次はなんとなく、納得できなくてフラフラしてる。すると父親の幽霊が現れて「俺は殺された。仇をとってくれ」って言うの。
 ほら、完全にハムレットでしょう?
 でも、抗争相手の娘と恋に落ちるところは、ロミジュリ。そこは話がいろいろと組み合わさり、絡み合ってる。両方の話を知ってると、絡ませ方の妙が感じられて、そこもまた面白い。
 
 「ハムレット」の脚本を読むまではしなくてもいいので、あらすじと、登場人物の関係図くらいは、見ておこう!
 その2では、『天保十二年のシェイクスピア』の大雑把なあらすじをシェイクスピア作品と絡めて、説明します。

新年のご挨拶と今後の予定

 皆様、あけましておめでとうございます。本年も、マダム ヴァイオラと当ブログをよろしくお願いいたします。

 早々と、ご挨拶をアップしてるんだけど、実は観劇の予定が当分ないの。
 昨年は1月5日には初観劇していたのに、今年の初観劇予定は月末までない。そしてその分、2月のスケジュールが凄い。2月、凄すぎて、怖い。一番寒い季節なのに、一番頑張らなければならない。
 というわけで、1月はヒマなので、『天保十二年のシェイクスピア』の予習講座を予定しております。
 それと『ヘンリー八世』の予習講座もしたいところなんですけど、なんとマダムは『ヘンリー八世』を一度も観たことがなく、映画その他で観たこともなく、人に話すような知識が全くございません(マダムだけじゃなく、日本人のほとんどが観たことないと思う)。
 いちおうさい芸のヘンリー八世講座に通いますが、そちらの報告はきっとどなたかがしてくださるでしょう。それに、吉田鋼太郎演出がわかりにくいはずがないので、予習、いらないでしょ。大丈夫!
 
 ですので、1月中は、『天保』の予習をちょこっと。それと、本とか映画とかの話をちょこちょこっと、したいと思います。そして2月は怒涛。
 ではでは。今年もよろしく!

2019年の総括

 今年劇場で観た芝居は、以下の通り。( )内は演出家。
 
1月 1. ミュージカル『スリル・ミー』(栗山民也)
    2. パラドックス定数『トロンプ・ルイユ』(野木萌葱)
2月 3. 彩の国シェイクスピアシリーズ『ヘンリー五世』(吉田鋼太郎)
    4. こまつ座『イーハトーボの劇列車』(長塚圭史)
      5. 彩の国シェイクスピアシリーズ『ヘンリー五世』二回目
3月   6. 『世界は一人』(岩井秀人)
        7. 『空ばかり見ていた』(岩松了)
        8. パラドックス定数『Das Orchester』(野木萌葱)
        9. 『クラッシャー女中』(根本宗子)
4月  10. 『春のめざめ』(白井晃)
   11. ミュージカル『笑う男』(上田一豪)
   12. 『LIFE LIFE LIFE』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
       13. ミュージカル『キンキーブーツ』(ジェリー・ミッチェル)
       14. 『ピカソとアインシュタイン〜星降る夜の奇跡〜』
                    (ランダル・アーニー)

5月  15. 劇団AUN Age1『オセロー』(長谷川志)
       16. 『CITY』(藤田貴大)
       17. 加藤健一事務所『Taking Sides』(鵜山仁)
       18. 『ハムレット』(サイモン・ゴドウィン)
6月  19. イキウメ『獣の柱』(前川知大)
       20. 『オレスティア』(上村聡史)
       21. 新派『夜の蝶』(成瀬芳一)
       22. 『キネマと恋人』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
       23. serial number『機械と音楽』(詩森ろば)
       24. モダンスイマーズ『ビューティフルワールド』(蓬莱竜太)
7月  25. 劇団男魂『バカデカ桔梗』(杉本凌士)
       26. 『骨と十字架』(小川絵梨子)
       27. 劇団新感線『けむりの軍団』(いのうえひでのり)
       28. ミュージカル『王様と私』(バートレット・シャー)
       29. ネクストシアター『朝のライラック』(真鍋卓嗣)
8月  30. 子供のためのシェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』(山崎清介)
       31. 『福島三部作』第一部「1961年 夜に昇る太陽」(谷賢一)
       32. 『福島三部作』第二部「1986年 メビウスの輪」(谷賢一)
       33. 『福島三部作』第三部「2011年 語られたがる言葉たち」(谷賢一)
       34. 『最貧前線』(一色隆司)
9月 35~38. ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
                        
(福山桜子)4回観劇

      
39. 『アジアの女』(吉田鋼太郎)
       40. 『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』(三谷幸喜)
       41. ミュージカル『怪人と探偵』(白井晃)
10月  42. 『終夜』(上村聡史)
        43. 『蜷の綿』(井上尊晶)
        44. 『三億円事件』(和田憲明)
        45. serial number『コンドーム0.01』(詩森ろば)
11月  46. 『終わりのない』(前川知大)
        47. ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』
        48. 野田地図『Q』(野田秀樹)
        49. 劇団AUN『一尺四方の聖域』(市村直孝)
12月  50. 『タージマハルの衛兵』(小川絵梨子)
        51. 『正しいオトナたち』(上村聡史) 
        52. 『シェイクスピアの言葉を泳ぐ』(山崎清介)
        53. 『モジョ ミキボー』(鵜山仁)
        54. 新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』昼の部(G2)
        55. 新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』夜の部(G2)
 

 わかりやすいように、ストプレはピンク、ミュージカルは緑色をつけてみた。55本中、ミュージカルは10本。予算を考えミュージカルを減らそうという目標があったのだけど、果たされなかった。「ヘドウィグ」を4回も観てしまったのが仇となったわ。反省反省。来年はさらに、ミュージカルを減らしたいと思うのだけれど、推しの一人がミュージカル俳優なので、難しいところだ。
 なぜ、ミュージカルを減らしたいと思うのか。端的に言って、コストパフォーマンスが低いから。
 10本見たミュージカルのうち、高いチケット代が全く惜しくない、と言えたのは来日公演の『王様と私』だけ。『王様と私』は、美しさと上手さが隅々まで行き渡った、これぞ本物と言える素晴らしい公演だった。シアターオーヴの10列目ど真ん中、SS席19000円。全く惜しくない!よくぞ来日してくれた。今年のミュージカルの1本は、間違いなくこれだわ。(レビューは→ここ
 日本のミュージカルは高すぎる。値段に見合う質が、全然担保されてない。『キンキーブーツ』はよく出来てたけど、オーヴの2階の後ろから2列目がS席13500円なの、受け入れられない。
 
 ストレートプレイは充実していた。マダムにとっての今年は、パラドックス定数の作家野木萌葱に出会ったこと、これに尽きる2019年のマダム ヴァイオラ賞は野木萌葱に。
 
1月の『トロンプ・ルイユ』に始まり、3月の『Das Orchester』 、7月の『骨と十字架』 、10月の 『三億円事件』 、彼女の書いた作品は誰が演出していても全て傑作。ドキドキしながら夢中で観た。来年以降、もっと沢山の野木萌葱作品が観たい!(レビューは4作品を代表して『Das Orchester』 をどうぞ。でも、他のも読んでね。)
 野木作品以外で、感動と興奮のあまり倒れそうだったのは、6月の『キネマと恋人』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)、『ビューティフルワールド』(蓬莱竜太)、8月の『福島三部作』第二部「1986年 メビウスの輪」(谷賢一)、の3本ね。どれもみな、演劇でしかなし得ないことをマダムの前に見せてくれた。演劇って楽しくて切なくて深い。
 そして大御所たちが作る安定の面白さ。2月の『ヘンリー五世』(吉田鋼太郎) 、9月の 『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』(三谷幸喜)、11月の『Q』(野田秀樹) 、満足度が高かったね。
 そうそう。暮れの慌ただしさの中で観た『モジョ ミキボー』(鵜山仁) もベテラン演出家の好き勝手し放題が楽しかった。安定したら、さらなる挑戦が大事よね。大御所になっても、挑戦する人が好き。
 
 来年も推しの役者さん(風間杜夫、吉田鋼太郎、岡本健一、横田栄司、浦井健治)を推しつつ、あくまでストレートプレイ中心に、楽しく芝居を観続けます。
 皆様、今年一年、当ブログに来てくださいまして、ありがとうございました。良いお年を。

トークイベント「『従軍中のウィトゲンシュタイン…』語りえぬことを語る夜、を聞いて

 トークイベントに行ってきた。11月9日(土)19時、田原町 Readin' Writin' BOOK STORE にて。
 
トークイベント『従軍中のウィトゲンシュタイン』語りえぬことを語る夜
   谷賢一 × 北村紗衣
   司会/李栄恵(編集者)

 
 『従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行「ーおよそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない」という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか?という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語』という長ったらしい名前の芝居があって。
 
 谷賢一作・演出のこの芝居を観たのはたった一度だけれども、絶対に忘れられない体験だった(その時のレビューは→ここ)。書かれたばかりなのに既に古典的な価値をもった芝居だと感じたし、奇跡のような作品、とも思った。
 このたび戯曲が出版されることになり、その記念にトークイベントがあると聞いて、行ってみた。作家と相対するのは、シェイクスピア研究者の北村紗衣。彼女もまた、尖った批評を書く大好きな評論家なので、絶好の組み合わせ。
 一問一答のメモを残したわけではないので、あくまでマダムが受け取れた内容をつれづれに書いてみるね。今日は、特別に敬称つき。

 

 
 さえぼう先生(北村さん)の「ウィトゲンシュタイン」の印象は、「面白い」「哲学を知らない人(さえぼう先生もウィトゲンシュタインについてあまり知らないのだ、と)でも面白く見られるし、良き入門編ともなる」「第一次大戦の軍人の様子が大変リアルに描かれている」といったもの。
 それに対し、谷さんがひとつひとつ、芝居を作っていた当時のことを語っていった。
 谷さんは初演の時(2013年3月)、稽古初日に、台本が1枚も書けてなかったのだそう。そのようなことは、後にも先にもなかったのだって。当時、私生活的にも悩み事を抱えていたので、苦しかったのだとか。
 ウィトゲンシュタインを主人公にして戯曲が書きたいと思い立ってから、谷さんは物凄い量の関係書を読んで、勉強を重ねてきていた。準備は万端のはず。だけど、1枚も書けていない。そんなのでよく稽古場に行ったものだ(と本人の弁)。だけど、そこには谷さんが信頼してる役者たちがいて、彼らに助けられてインスピレーションが湧いてきた。特に、山崎彬くん(ピンセントとミヒャエルの二役)には公私ともに助けられた。まるで悩み苦しむウィトゲンシュタインと、彼を支えるピンセントのようだった、と。ピンセント(ウィトゲンシュタインの恋人)と、顔がそっくりなのにとんでもなく下品な一等兵ミヒャエルの二役を、一人の役者がやる、という素晴らしいアイデアは、山崎くんの存在があって生まれた。
 
 さえぼう先生の言う第一次大戦の戦場のリアルさというのは主に、塹壕のリアル。精神的に煮詰まっている軍人のリアル。谷さんはそれについてもよーく調べた。細長く掘られた穴の中で、兵士たちは唯々、敵がやってくるのを待っている。塹壕から出ればやられてしまうので、とにかく銃を抱えてじっと待つのだ。塹壕で食事し、塹壕で用を足し(だから塹壕の中は不衛生で酷い臭いだった)、時間が過ぎていく。いつ来るかわからない敵を待って、みんな疲弊していく…。負傷してその不潔な場所に倒れれば、みじめな死が待っている…。
 というような環境で兵士たちがどんな精神状態なのかを、この芝居はリアルに表現している。1時間後には死んでるかもしれない、という精神状態を役者たちはどう、体現できるのか。稽古のときに役者たちに、戦場の様子を事細かにレクチャーし、本当は見たくないような残虐な映像をyoutubeで見たりもしたそうだ。だからこそ滲み出たあの、殺伐としたリアリティ。芝居を観た時、「まるでヨーロッパの翻訳物みたい」とさえ感じたのは、そんな裏付けがあったからなんだね。
 
 この芝居のクライマックスは、ウィトゲンシュタインが手近にあるパンやソーセージやシケモクを使って、あたりの地図を再現しているうちに、遠くロシアから宇宙の果てまで見透してしまうところ。そのシーンについても北村さんは「主人公の哲学的に重大なひらめきが、演劇の手法(物を違う物に見立てて芝居する)と重なってるところが良い」と指摘していて、谷さんも稽古場でいつも「この椅子が⚪︎⚪︎ってことにしよう」と見立てているし、そもそも演劇っていうものは全てが見立てである、と。そのこととウィトゲンシュタインが発見することとが芝居の中で重なり、強烈な印象を生んでいく。
 つまり、見立てて、名前をつけることができれば(言葉を与えることができれば)、人間は、どんな小さな部屋にいてさえ、遠い宇宙や時の彼方のことを、語ることができ、把握することができるのだ。
 ということをウィトゲンシュタインが発見して歓喜するシーンを(たった一度しか観ていないのに)、トークを聞いていたらありありと思い出して、ザワザワした気持ちになった。また観たいよ〜。
 
 こうして出版されたからには、他の演出家、他の座組によって上演されていくことを、谷さん自身も願っているって。マダムは谷さんの演出も再演してほしいし、他での上演も観てみたい。さえぼう先生が「オールフィーメール」で上演してみても面白いかもしれない、と言ったのには膝を打った。役者が5人いて小さなスペースがあればできる戯曲だ。この本が広く知られて、上演されていくといいなあ。
 この芝居は若き日のウィトゲンシュタインを描いたものだけれど、谷さんは、後期のウィトゲンシュタインについても芝居にしたいと鋭意格闘中だそうだ。それも楽しみにしていよう。

 トークの後半は、シェイクスピアについても語ってくれた。さえぼう先生が言った「戯曲は芝居の設計図面。図面を見ただけで建物を思い浮かべられる人が少ないのと同じで、戯曲を読んで芝居の様子が思い浮かべられるようになるには、訓練がいる。それはつまり、芝居を観ること」という言葉は、わが師(マダムが学生の頃に、芝居道に導いてくれた先生)が言っていたことと全く同じで、ちょっと感動した。今も学生に、同じように語りかけている先生がいるんだね。


 「一行目を書き出すことは自分の人生とどう切り結ぶか、ということに関係している。書き始めたら、天から言葉が降りてくるように書けた。そんな風に書ける作品は、一生の間に一つか二つ、あるかないかだと思う」と谷さんは言った。芝居を観たときマダムは「奇跡のよう」と思ったんだけど、ある意味本当に奇跡だったんだね。
 でも一方で、書き始める前に、膨大な下調べと塾考があって、その努力がなかったらきっと、言葉は降りてこなかっただろう。
 だから半分は奇跡で、半分は必然だ。それがトークを聞いたマダムの結論。

推し全年代制覇

 先日、岡本健一が50歳の誕生日を迎えたと聞き、おー、遂にこの日がやってきた、と嬉しくなり、みんなにご報告。
 マダムの推し、全年代制覇である。つまりね。
 
 70代 風間杜夫
 60代 吉田鋼太郎
 50代 岡本健一
 40代 横田栄司
 30代 浦井健治

 だからどうだ、と言われると別にどうってことはない。
 何年か経つとすぐ変動するしね。
 20代の候補の注目株は、今のところ、伊藤健太郎なのだけれど、彼はまだ舞台俳優とは呼べないしね。岡田将生は美しすぎて、評価できない感じだし(それにすぐ20代じゃなくなっちゃうし)。三浦春馬も来年には30だし。
 各年代ひとりに絞ろうとかいうんじゃないの。ないけど、増えすぎるとこちらが保たない(エネルギーも、時間も、金銭も)ので、ひとりずつくらいがバランスいいのよ。
 
 ま、こんなこと言ってても、何かが起こって、信じられないような相手と恋に落ちて半狂乱、ってこともあるかも。人生、わかんないから。

祝!岡本健一 読売演劇大賞最優秀男優賞

 我が岡本健一が、今年の読売演劇大賞の最優秀男優賞に選ばれた!めでたい〜!
 おめでとう、岡本くん。
 
 申し訳ないけれど、アイドルだったとき、バンドとしては殆ど興味はなかったの。でも、彼がまだ男闘呼組にいた頃、ドラマの演技を見て、マダムは「何、この子、すごい。魅力的だぞ〜」って思ったんだった。今から30年くらい前のこと。
 それからしばらくして、彼が舞台に惹かれ、活動を舞台に絞ったのを目の当たりにして、マダムはずっと、心の中で応援してきた。このブログでもずうっと、彼のことを推してきたの(皆さま、是非是非、「岡本健一」カテゴリーの記事の数々、この際お読みくださいね)。
 彼はもっと楽な道を選ぼうと思えば選べた。楽に稼ごうと思えば稼げた。
 でも、舞台に立つことに魅了されて、自ら演劇人となることを選んだの。
 そのことがしみじみ、嬉しい。そして、ありがとうって彼に言いたい。
 彼の演技には、役を表現したいというこころざししかない。なのに、色っぽい。
 正直言って、今回の受賞作品が最優秀だったかどうか、マダムはちょっと首をかしげる。彼の出演作で、もっと凄いのがあったぞ、とは思う。でもね、つまりは、彼のこれまでの歩みの全てが受賞作、ってことだよね。

 
 でね、この際なので、業界の方たちに言いたいけど、彼が出演してきたシェイクスピア作品の映像を、みんなが見られるようにしてくださいよ!
 岡本健一の『タイタス・アンドロニカス』のエアロン。『ヘンリー六世』と『リチャード三世』のリチャード。これは彼の代表作でしょ!しかも、公共の劇場で作っている。我々の税金が投入されている。見せなさい!みんなの財産なのよ。
 いったい誰が邪魔しているの?
 
 文句はさておき。
 岡本くん。これからも、自分がいいと思う作品に出て、いいと思う役にチャレンジしてね。その選択に何も文句は言わない。ただ、観に行くだけよ。ずっとね。

より以前の記事一覧

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

関係するCD・DVD