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芝居あれこれ

トークイベント「『従軍中のウィトゲンシュタイン…』語りえぬことを語る夜、を聞いて

 トークイベントに行ってきた。11月9日(土)19時、田原町 Readin' Writin' BOOK STORE にて。
 
トークイベント『従軍中のウィトゲンシュタイン』語りえぬことを語る夜
   谷賢一 × 北村紗衣
   司会/李栄恵(編集者)

 
 『従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行「ーおよそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない」という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか?という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語』という長ったらしい名前の芝居があって。
 
 谷賢一作・演出のこの芝居を観たのはたった一度だけれども、絶対に忘れられない体験だった(その時のレビューは→ここ)。書かれたばかりなのに既に古典的な価値をもった芝居だと感じたし、奇跡のような作品、とも思った。
 このたび戯曲が出版されることになり、その記念にトークイベントがあると聞いて、行ってみた。作家と相対するのは、シェイクスピア研究者の北村紗衣。彼女もまた、尖った批評を書く大好きな評論家なので、絶好の組み合わせ。
 一問一答のメモを残したわけではないので、あくまでマダムが受け取れた内容をつれづれに書いてみるね。今日は、特別に敬称つき。

 

 
 さえぼう先生(北村さん)の「ウィトゲンシュタイン」の印象は、「面白い」「哲学を知らない人(さえぼう先生もウィトゲンシュタインについてあまり知らないのだ、と)でも面白く見られるし、良き入門編ともなる」「第一次大戦の軍人の様子が大変リアルに描かれている」といったもの。
 それに対し、谷さんがひとつひとつ、芝居を作っていた当時のことを語っていった。
 谷さんは初演の時(2013年3月)、稽古初日に、台本が1枚も書けてなかったのだそう。そのようなことは、後にも先にもなかったのだって。当時、私生活的にも悩み事を抱えていたので、苦しかったのだとか。
 ウィトゲンシュタインを主人公にして戯曲が書きたいと思い立ってから、谷さんは物凄い量の関係書を読んで、勉強を重ねてきていた。準備は万端のはず。だけど、1枚も書けていない。そんなのでよく稽古場に行ったものだ(と本人の弁)。だけど、そこには谷さんが信頼してる役者たちがいて、彼らに助けられてインスピレーションが湧いてきた。特に、山崎彬くん(ピンセントとミヒャエルの二役)には公私ともに助けられた。まるで悩み苦しむウィトゲンシュタインと、彼を支えるピンセントのようだった、と。ピンセント(ウィトゲンシュタインの恋人)と、顔がそっくりなのにとんでもなく下品な一等兵ミヒャエルの二役を、一人の役者がやる、という素晴らしいアイデアは、山崎くんの存在があって生まれた。
 
 さえぼう先生の言う第一次大戦の戦場のリアルさというのは主に、塹壕のリアル。精神的に煮詰まっている軍人のリアル。谷さんはそれについてもよーく調べた。細長く掘られた穴の中で、兵士たちは唯々、敵がやってくるのを待っている。塹壕から出ればやられてしまうので、とにかく銃を抱えてじっと待つのだ。塹壕で食事し、塹壕で用を足し(だから塹壕の中は不衛生で酷い臭いだった)、時間が過ぎていく。いつ来るかわからない敵を待って、みんな疲弊していく…。負傷してその不潔な場所に倒れれば、みじめな死が待っている…。
 というような環境で兵士たちがどんな精神状態なのかを、この芝居はリアルに表現している。1時間後には死んでるかもしれない、という精神状態を役者たちはどう、体現できるのか。稽古のときに役者たちに、戦場の様子を事細かにレクチャーし、本当は見たくないような残虐な映像をyoutubeで見たりもしたそうだ。だからこそ滲み出たあの、殺伐としたリアリティ。芝居を観た時、「まるでヨーロッパの翻訳物みたい」とさえ感じたのは、そんな裏付けがあったからなんだね。
 
 この芝居のクライマックスは、ウィトゲンシュタインが手近にあるパンやソーセージやシケモクを使って、あたりの地図を再現しているうちに、遠くロシアから宇宙の果てまで見透してしまうところ。そのシーンについても北村さんは「主人公の哲学的に重大なひらめきが、演劇の手法(物を違う物に見立てて芝居する)と重なってるところが良い」と指摘していて、谷さんも稽古場でいつも「この椅子が⚪︎⚪︎ってことにしよう」と見立てているし、そもそも演劇っていうものは全てが見立てである、と。そのこととウィトゲンシュタインが発見することとが芝居の中で重なり、強烈な印象を生んでいく。
 つまり、見立てて、名前をつけることができれば(言葉を与えることができれば)、人間は、どんな小さな部屋にいてさえ、遠い宇宙や時の彼方のことを、語ることができ、把握することができるのだ。
 ということをウィトゲンシュタインが発見して歓喜するシーンを(たった一度しか観ていないのに)、トークを聞いていたらありありと思い出して、ザワザワした気持ちになった。また観たいよ〜。
 
 こうして出版されたからには、他の演出家、他の座組によって上演されていくことを、谷さん自身も願っているって。マダムは谷さんの演出も再演してほしいし、他での上演も観てみたい。さえぼう先生が「オールフィーメール」で上演してみても面白いかもしれない、と言ったのには膝を打った。役者が5人いて小さなスペースがあればできる戯曲だ。この本が広く知られて、上演されていくといいなあ。
 この芝居は若き日のウィトゲンシュタインを描いたものだけれど、谷さんは、後期のウィトゲンシュタインについても芝居にしたいと鋭意格闘中だそうだ。それも楽しみにしていよう。

 トークの後半は、シェイクスピアについても語ってくれた。さえぼう先生が言った「戯曲は芝居の設計図面。図面を見ただけで建物を思い浮かべられる人が少ないのと同じで、戯曲を読んで芝居の様子が思い浮かべられるようになるには、訓練がいる。それはつまり、芝居を観ること」という言葉は、わが師(マダムが学生の頃に、芝居道に導いてくれた先生)が言っていたことと全く同じで、ちょっと感動した。今も学生に、同じように語りかけている先生がいるんだね。


 「一行目を書き出すことは自分の人生とどう切り結ぶか、ということに関係している。書き始めたら、天から言葉が降りてくるように書けた。そんな風に書ける作品は、一生の間に一つか二つ、あるかないかだと思う」と谷さんは言った。芝居を観たときマダムは「奇跡のよう」と思ったんだけど、ある意味本当に奇跡だったんだね。
 でも一方で、書き始める前に、膨大な下調べと塾考があって、その努力がなかったらきっと、言葉は降りてこなかっただろう。
 だから半分は奇跡で、半分は必然だ。それがトークを聞いたマダムの結論。

推し全年代制覇

 先日、岡本健一が50歳の誕生日を迎えたと聞き、おー、遂にこの日がやってきた、と嬉しくなり、みんなにご報告。
 マダムの推し、全年代制覇である。つまりね。
 
 70代 風間杜夫
 60代 吉田鋼太郎
 50代 岡本健一
 40代 横田栄司
 30代 浦井健治

 だからどうだ、と言われると別にどうってことはない。
 何年か経つとすぐ変動するしね。
 20代の候補の注目株は、今のところ、伊藤健太郎なのだけれど、彼はまだ舞台俳優とは呼べないしね。岡田将生は美しすぎて、評価できない感じだし(それにすぐ20代じゃなくなっちゃうし)。三浦春馬も来年には30だし。
 各年代ひとりに絞ろうとかいうんじゃないの。ないけど、増えすぎるとこちらが保たない(エネルギーも、時間も、金銭も)ので、ひとりずつくらいがバランスいいのよ。
 
 ま、こんなこと言ってても、何かが起こって、信じられないような相手と恋に落ちて半狂乱、ってこともあるかも。人生、わかんないから。

祝!岡本健一 読売演劇大賞最優秀男優賞

 我が岡本健一が、今年の読売演劇大賞の最優秀男優賞に選ばれた!めでたい〜!
 おめでとう、岡本くん。
 
 申し訳ないけれど、アイドルだったとき、バンドとしては殆ど興味はなかったの。でも、彼がまだ男闘呼組にいた頃、ドラマの演技を見て、マダムは「何、この子、すごい。魅力的だぞ〜」って思ったんだった。今から30年くらい前のこと。
 それからしばらくして、彼が舞台に惹かれ、活動を舞台に絞ったのを目の当たりにして、マダムはずっと、心の中で応援してきた。このブログでもずうっと、彼のことを推してきたの(皆さま、是非是非、「岡本健一」カテゴリーの記事の数々、この際お読みくださいね)。
 彼はもっと楽な道を選ぼうと思えば選べた。楽に稼ごうと思えば稼げた。
 でも、舞台に立つことに魅了されて、自ら演劇人となることを選んだの。
 そのことがしみじみ、嬉しい。そして、ありがとうって彼に言いたい。
 彼の演技には、役を表現したいというこころざししかない。なのに、色っぽい。
 正直言って、今回の受賞作品が最優秀だったかどうか、マダムはちょっと首をかしげる。彼の出演作で、もっと凄いのがあったぞ、とは思う。でもね、つまりは、彼のこれまでの歩みの全てが受賞作、ってことだよね。

 
 でね、この際なので、業界の方たちに言いたいけど、彼が出演してきたシェイクスピア作品の映像を、みんなが見られるようにしてくださいよ!
 岡本健一の『タイタス・アンドロニカス』のエアロン。『ヘンリー六世』と『リチャード三世』のリチャード。これは彼の代表作でしょ!しかも、公共の劇場で作っている。我々の税金が投入されている。見せなさい!みんなの財産なのよ。
 いったい誰が邪魔しているの?
 
 文句はさておき。
 岡本くん。これからも、自分がいいと思う作品に出て、いいと思う役にチャレンジしてね。その選択に何も文句は言わない。ただ、観に行くだけよ。ずっとね。

2018年の総括

 今年劇場で観た芝居は、以下の通り。( )内は演出家。
 
1. 『PLUTO プルートウ』(シディ・ラルビ・シェルカウイ)
2. 『近松心中物語』(いのうえひでのり)
3. 『美しきものの伝説』(西本由香)
4. 『秘密の花園』(福原充則)
5. 『ヒッキー・ソトニデテミターノ』(岩井秀人)
6. 『ブロードウェイと銃弾』(福田雄一)
7. 『岸リトラル』(上村聡史)
8. 『見晴らす丘の紳士』(村田裕子)
9. 『ドレッサー』(鵜山仁)
10. 『毒おんな』(高橋正徳)
11. 『Take Me Out 2018』(藤田俊太郎)
12. 『髑髏城の七人 極 修羅天魔』(いのうえひでのり)
13. 『1984』(小川絵梨子)
14. 『ワレワレのモロモロ2018春』(岩井秀人)
15. 『ハングマン』(長塚圭史)
16. 『ヘンリー五世』(鵜山仁)
17. 『図書館的人生vol.4』(前川知大)
18. 『ヘンリー五世』(鵜山仁)2回目
19. 『バリーターク』(白井晃)
20. 『市ケ尾の坂』(岩松了)
21. 『から騒ぎ』(長谷川志)
22. 『アイヌ オセロ』(秋辺デボ 下館和巳)
23. 『黒蜥蜴』(齋藤雅文)
24. 『ジハード』(瀬戸山美咲)
25. 『フリー・コミディッド』(千葉哲也)
26. 『冬物語』(山崎清介)
27. 『レインマン』(松井周)
28. 『死ンデ、イル。』(蓬莱竜太)
29. 『メタルマクベス disc1』(いのうえひでのり)
30. 『て』(岩井秀人)
31. 『GHOST THE MUSICAL』(ダレン・ヤップ)
32. 『夫婦』(岩井秀人)
33. 『あかつきの湧昇流』(市村直孝)
34. 『ジャージー・ボーイス』チーム・ブルー(藤田俊太郎)
35. 『ジャージー・ボーイス』チーム・ホワイト(藤田俊太郎)
36. 『メタルマクベス disc2』(いのうえひでのり)
37. 『シンデレラ』(マシュー・ボーン)
38. 『ゲゲゲの先生へ』(前川知大)
39. 『第三世代』(中津留章仁)
40. 『贋作 桜の森の満開の下』(野田秀樹)
41. 『セールスマンの死』(長塚圭史)
42. 『The Silver Tassie 銀杯』(森新太郎)
43. 『No.9ー不滅の旋律ー』(白井晃)
44. 『犬神家の一族』(齋藤雅文)
45. 『メタルマクベス disc3』(いのうえひでのり)
46. 『女中たち』(鵜山仁)
47. 『サムシング・ロッテン』(福田雄一)
48. 『メタルマクベス disc3』(いのうえひでのり)2回目
49. 『メタルマクベス disc3』(いのうえひでのり)3回目 大晦日に観る予定
 
 『PLUTO』を観たのが今年だったことに驚いた。いっぱい観ちゃって、記憶の彼方になっちゃったのね。 

 やれやれよね。観すぎよ。いくら世の中がおかしくなってるからって、やけくそにも程があるわ。思いっきり予算オーバーよ。
 しかもこのラインナップの中に、見なければよかったような駄作はほぼ無いの。マダムの嗅覚と情報収集能力は、いまだかつて無いほどの高水準だ。そして、恐ろしいことに、チケットさえ手に入ったら観たかったものが、まだ他にあったという事実。本当に恐ろしい。
 ありがたいことに、時間的にも体力的にも、これ以上は絶対無理だし、来年はどう削るか、という課題に取り組みます。とにかくミュージカルを減らす。異常に高いから。それから外国人が演出するものには、用心してかかる。失敗が多いから。同じものを二度観ない。自戒を込めて。チケット争奪戦になるべく参戦しない。参戦すると高くて意味不明な手数料を取られるから。チケット取れなかったら、悪あがきせずに諦める。マダムに縁がなかった舞台の方が気の毒だったね、と。
 さあ、どれくらい達成できるかしらね?
 
 今年の総括。
 50本近く観て、駄作はないし、充実の観劇生活だった。面白いものがたくさんあって、幸せだった一方で、これこそ今年の1本、と言える突出したものがなかったとも言えるね。
 出来の良さで言えば藤田俊太郎演出『ジャージー・ボーイズ』になるし、個人的に持ってかれたのはいのうえひでのり演出『メタマク3』なんだけど、どちらも実は再演なのよね。まあ、良いものは何度でも観たいので、この2本は再再演があったら、またきっと行くでしょう。
 ご贔屓の、ハイバイやイキウメは順調に高水準だった。それから、ここのところ敬遠気味だった長塚圭史が『ハングマン』と『セールスマンの死』でいい演出を見せてくれて、ポイント上昇。作・演出、ではなく、古典の演出が好きだな。特筆すべきは、皆から勧められて観た蓬莱竜太の『死ンデ、イル。』。今年いちばんなぎ倒された作品だね。
 女性の演出家にも出会いたいと思っていたんだけど、さいたまネクストシアターの『ジハード』の演出が素晴らしかった瀬戸山美咲。また違う作品を観てみようと思ってる。
 どうしても好きな役者さんで作品を選ぶことになっちゃうんだけど、芝居はやはり演出次第なので、信頼できる演出家をコツコツ発掘していきたい。
 
 なあんて言ってるけど、もちろん好きな役者も追っかけます。当然でしょ。

 
 今年も1年間お付き合いくださって、ありがとうございました。
 来年も、マダム ヴァイオラをよろしくご贔屓くださいませ。
 

早稲田大学演劇博物館主催「岩松了×風間杜夫×坂井真紀トークショー」

 何ヶ月も前から、この予定だけは決まっていた。12月11日(火)18:30〜。早稲田大学大隈記念講堂大講堂。

早稲田大学演劇博物館 2018年度 秋期企画展
 現代日本演劇のダイナミズム記念イベント トークショー
「逃げる劇作家、岩松了を追いかけて。」
 岩松了 風間杜夫 坂井真紀
 司会 徳永京子

 18時半ぴったりに司会の徳永京子が現れ、壇上に岩松了、風間杜夫、坂井真紀の三人を招き寄せてトークショーが始まった。のだけれど。
 スライドを使った「作家岩松了の軌跡と、日本演劇界に占める位置」みたいな徳永京子のレクチャーが延々続き、肝心のトークショーが一向に始まらない。なんと1時間半のうち最初の40分近くをレクチャーに費やし、しびれを切らした観客から「いい加減にしろ!」とか「作家自身に話させろよ!」とか「(おまえの)話なんか云々かんぬん」とかって怒号が飛ぶ惨状になり、「おおー!大昔の早稲田大学みたい!」とマダムはワクワクした。
 
 別に彼女が無駄話をしていたわけではない。内容は、岩松了の作品年表の説明や、岩松了の芝居が平田オリザや宮沢章夫と並んで「静かな演劇」と評されていること。でも、彼女に言わせれば、岩松了は平田オリザとは一線を画しているらしい。20年間くらい演劇論が書かれなかった日本の演劇界で、平田オリザの久しぶりの演劇論が実態以上に幅を利かせていて、岩松了がその仲間のように思われていることに、彼女は反論したいようだった。岩松了への思いが溢れてるのがすごーくわかる。
 だからマダムにとっては結構役に立つ話だったのだけれど、トークショーの運び方としては、いかにも不味いやり方。壇上でゲストを40分も黙って待たせておくのはダメでしょ。いっそのこと、最初から二部構成にして、一部でレクチャー、二部でトークショーとしておけば、客の怒りを買うこともなかったのではないかな。
 しかもスライドが、PCで書いたワード(?)の画面を写したもので、慌てて作った感満載。誤字はそのままだし、字が小さくて見えづらい。事前にみんなに紙で配ってくれた方が親切だったよね。
 この失敗は、彼女だけのせいじゃなくて、主催した演劇博物館側にも責任がある。もう少し学生が来ると思っていたのか、客層を読み間違えたのか、若い人向けのレクチャーのつもりだったかな、と。
 客席の年齢層はメチャクチャ高かった。マダムが若い方だったような気がしたのは、ただの勘違いかもしれないが。とにかく皆、暇な割には集中力が長続きしない年齢なのよ。目の前にゲストがいるんだから、早く声聞かせろ、って思うのは当然だよね。
 
 というわけで怒号の後、慌てて話を振られた風間杜夫は、いつものように穏やかに、でも茶目っ気たっぷりに話しだし、あっというまに場は和んだ。2008年の「恋する妊婦」で初めて岩松作品に参加したとき、台本はまだ半分くらいしかできてなくて、台本を手に持ちながら立ち稽古をしたこと。岩松演出は「千本ノック」と言われ、いいとも悪いとも言わずに「もう一回」「もう一回」と繰り返される稽古。若い役者はへろへろになっていく。実際、千本ノックを受けた坂井真紀は、意味がわからず、岩松了を睨んでたらしい。でも、風間杜夫はこの稽古にすぐ馴染んでしまったよう。
 人を褒めない岩松了も「つかさんのところでやっていた(テンションの高い)稽古と全然違う、台本を手に持ったままの稽古にも対応する風間さんって、なんて役者としての幅が広いんだ」と感心していて。すかさず「もっと褒めて」と風間杜夫。
 淡々と話しながらも、百戦錬磨の岩松了と風間杜夫の話は、ところどころ恐ろしく核心に触れる。(とてもじゃないが、割って入れない坂井真紀が気の毒だった。彼女には事前に話すことを用意してもらった方が良かったんじゃないかな。あの場で、ベテランの二人に並ぶような言葉を思いつけと言う方が無理よ。)

 どうして何回も同じシーンを繰り返すのか?と問われて岩松了は「役者が話す台詞には言葉の意味があるんだけど、なんども繰り返していけば、意味がだんだん無くなっていく」のが狙い、だというのね。人間は意味を伝えるために喋ってるわけじゃない、というのが岩松流の人間観なの。なるほど〜。
 風間杜夫も、「ひとりで台詞を全部おぼえていったところで、相手に向かって言ってみなきゃ、どんな意味になるのかはわからない」のだ、って言って演出家に同意してた。印象に残ってる台詞もいくつかあげて、言ってる内容とは裏腹の哀しさとかバカバカしさとかを役柄に感じながら喋った、と。

 昔々、劇団東京乾電池に岩松了が役者として参加し始めた頃、風間杜夫はつかこうへい劇団のスターで旋風を起こしまくってた。その二人が一緒に芝居を作る日が来ようとは、マダムも予想だにしなかったの。
 だけど、風間杜夫という役者の中には、芝居の中の人間関係をキャッチする嗅覚が昔からあって、つかこうへいとも岩松了とも芝居を作れる役者だったんだよね、きっと、はじめから。エキセントリックなエネルギーだけじゃ、70まで芝居を続けられやしない。
 岩松作品について、その稽古について、その台詞について語る風間杜夫を見ていたら、まあ、なんて芝居が好きな人なんだろ、って思った。40年近く前にこの人に惚れたマダムは正しかった。
 
 閑話休題。トークショーに話を戻すと。
 岩松了いわく「人は皆、事情があって、喋ってる」。これには笑った。
 つまり、その「事情」に興味があって、そこをめぐる人間を描きたいのね。「人は真実を語らない」とも言ってて。いちいち頷ける。
 あと一つマダムにとって印象的だったのは、彼が最初の作品「お茶と説教」を書いたときの話。
 東京乾電池という劇団は、それまで皆でエチュードをしながら芝居を作り上げていくスタイルだった。それに岩松了はうんざりしていて、「もうこの1作を作れたら、あとは芝居なんかやめてもいいや」と思って、思ったように書き、思ったように演出したのだそうだ。それがデビュー作「お茶と説教」。マダムは観ている。
 ああ、そんな風に思って作ったのか、と今更ながら感慨深い。だって、あの作品を境に、東京乾電池という劇団はすっかり違う劇団になっちゃった。すごくエポックメイキングだったの(そのときのことは、昨年の「薄い桃色のかたまり」の記事で書いた。興味のある方は読んでね→ここ )。
 あのときは、こっちの気持ちも準備が整わなかったし、岩松了も、誰にも理解されなくったっていいさ!って感じに意地悪だったから、いろいろとわからなかった。けど、最近はかなり面白いぞ、と思ってきてて。
 次の作品についてちょこっと説明してくれたら、メチャクチャ面白そうなの。嫌いなシアターコクーンだけど、行ってしまいそうだ。

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、メタル「マクベス」予習講座 その2

 その2、遅くなってごめんなさい。

 新感線の「メタルマクベス」は、1980年代のメタルマクベスという名のバンドのお話と、それから300年後の2280年のお話が並行して進むようにできています。
 シェイクスピアの「マクベス」っぽいお話は2280年の方で描かれていきますが、なぜかそっちは、登場人物にエレキギターの名前がついているのです。それでちょっと、ややこしい感じになるんですが、登場人物対照表を作ってみましょう。
 

シェイクスピアの    新感線版の
「マクベス」      1980年 /  2280年    
マクベス        マクベス / ランダムスター    浦井健治
マクベス夫人      ローズ  / ランダムスター夫人  長澤まさみ
バンクォー       バンクォー/ エクスプローラー   橋本じゅん
マクダフ        マクダフ / グレコ        柳下大
ダンカン王       元社長  / レスポール王     ラサール石井
マルカム王子      元きよし / レスポールJr     高杉真宙

 
 名前を憶えておく、というよりも、「これが暗殺される王様」とか「これが逃げた王子を説得に行く貴族」とかっていう「設定」がざっと頭に入っていれば、もう大丈夫。迷いなく芝居の世界に入っていけます。
 宮藤官九郎は自分でもバンドをやってるだけあって、かっこいいギターの名前がいろいろ出てきます。しょぼい役にヤマハとかつけてたり、グレコ(日本製のギター)の息子の役名がローマンで、急にギターと関係なくなったり(グレコ・ローマンってレスリングの言葉じゃなかったっけ?)、ふざけてて楽しいです。
 宮藤官九郎の台本は、原作「マクベス」のツボを心得た上で色々とアレンジして遊んでいるので、原作のあらすじを理解したら、こだわりを捨てて楽しんでくださいね。
 
 「回る劇場が初めてなのでちょっと心配」という声も聞きましたが、別に360度っていっても観客の後ろでは演技しないので、観客の私たちが努力しなきゃいけないところは何もないです。
 大変といえることがあるとすれば、行くまでが大変。辺鄙な場所だから。それと、ちょっとした飲み物とかお菓子とかは手前の大きな駅などで調達しておかなければなりません。劇場の周りには店などはないから。終演後、友だちとお喋りしたくても、劇場から離れてからでないと、店どころか雨風をしのぐ建物すらありません。
 なので、そのあたりは準備万端おこたらず、劇場に向かいましょう。
 
 マダムは11月中にいちど観て、あとは千秋楽に行くつもりです。楽しみ〜!
 千秋楽報告の記事は来年となるので、まずは11月の記事に皆さんおいでくださいね。まだ少し先ですが、楽しみに待ちましょう。 
 

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、メタル「マクベス」予習講座 その1

 お約束どおり、浦井ファンでメタルマクベスのdisc3しか観ない方のため、予習講座いたします〜。
 disc1をすでにご覧になった方や、シェイクスピアに慣れてる方、劇団新感線に慣れてる方は、読み飛ばしてください。

 
 新感線の「メタルマクベス」は、シェイクスピアの「マクベス」の翻案物ですが、これが実に「マクベス」らしいお話になっています。脚本の宮藤官九郎すごい。「マクベス」に対する理解が深い。
 原作を全然知らなくても楽しめますけれど、原作を知ってると尚いっそう楽しめるので、少し予備知識を仕入れましょう。
 「マクベス」はシェイクスピア作品の中ではいちばんわかりやすい、シンプルな本ですので、まずは読んでみることをお勧めします。マダムは小田島訳に馴染んでいますが、初めて読む方は、注が多い松岡和子訳もいいかと思います。
 でも・・・読んだけどわかんないとか、読む暇がない、という人のために、特別にあらすじを解説しちゃいます。
 ちょっと長いですけど、マダムのあらすじ、かなりわかりやすいと思いますよ〜。

 
✴︎✴︎✴︎✴︎シェイクスピアの「マクベス」あらすじ✴︎✴︎✴︎✴︎

 
 昔々、スコットランドを治めているダンカン王の配下に、マクベスとバンクォーという将軍がいました。二人は戦いに長けた勇敢な軍人で、王からの信頼も厚く、そしてまた親友同士でもあります。
 あるとき、激しい戦で勝ち、二人は戦場から王のもとへ戻ろうとしていて、森の中で、三人の魔女に出会ったことから、運命が変わってしまいます。
 魔女は、マクベスに「今はグラームズの領主だけど、これからコーダーの領主になるし、そのあと王様にもなるよ」と予言します。マクベスは笑って、取り合いません。
 バンクォーが「俺にも何か予言しろよ」と催促すると、魔女は「あんたは王様にはなれないけど、王様の先祖になれる」と予言します。二人はとりあえず機嫌が良くなって森を去ります。
 が、このすぐあとダンカン王から伝令が来て「軍功の褒美として、マクベスにコーダー領を授ける」と言ったことから、マクベスとバンクォーの顔色が変わります。魔女の一つ目の予言が、実現したのです。
 こうなるとマクベスは、次の「王様になれる」という予言が気になって仕方ありません。一方バンクォーも、マクベスの野心が急激に膨らんできたのを察します。
 
 マクベスは自分の城に帰り、夫人に魔女の予言の話をします。すると夫人はすっかり予言に取り憑かれてしまい、自分たちの城に泊まりに来るというダンカン王を「暗殺しましょう」と言い出します。マクベスはそこまで考えていなかったのでびっくりしますが、夫人に焚きつけられ、結局その気になってしまいます。
 そしてダンカン王は王子のマルカムや大勢の部下を引き連れて、マクベスの城に泊まりにやってきます。マクベスは王の寝室に忍び込み、王を殺害し、眠らせておいた従者たちに、血のついた刀を握らせ、罪をなすりつけます。マクベス夫人も一緒に加担します。
 翌朝、ダンカン王が死んでいるのが発見されると、マルカム王子は身の危険を感じて、いち早く脱出します。マクベスはこれ幸いと、王の暗殺を企てたのは王子だったということにし、まんまと自分が王座に座ってしまうのです。
 
 王となったマクベスは、魔女の自分への予言が当たったので、「バンクォーが王様の先祖になる」という予言が目障りとなってきます。マクベスには子供がいません。こんな思いをしてせっかく王になったのに、バンクォーの子孫に王座をくれてやるのか、と考えると腹がたつのです。そして、かつての親友バンクォーとその息子の暗殺を命じます。暗殺者たちはバンクォーを殺害しますが、息子のフリーアンスには逃げられてしまいます。
 マクベスはバンクォー殺害の報告を受けたあと、なに食わぬ顔で宴会を開き、「バンクォーがいなくて残念だねえ」などとうそぶきますが、空いている席に血みどろのバンクォーの幻が見えて、半狂乱になります。マクベス夫人は必死にその場を取り繕いますが、貴族たちはマクベスが怪しいことに薄々気づき、マクベスへの信頼は崩れていきます。
 
 マクベスはいつ誰が裏切るかも、という疑心暗鬼からどんどん残虐な独裁者になっていきます。マクベスに対して批判的な貴族マクダフは、打倒マクベスの旗を上げるため、イングランドに逃げているマルカム王子のもとへ、説得工作に出かけます。王子は、罠ではないかと警戒し、マクダフをいろいろと試した結果、彼の言葉が真実だと受け入れて、打倒マクベスの旗を上げます。
 しかし、その頃、マクダフの留守宅には、マクベスの刺客が乱入し、マクダフの妻と息子は殺されてしまいます。それを知ったマクダフは、復讐の鬼と化し、マルカム王子を立ててスコットランドに攻め入ります。
 
 マクベスが吹っ切れた独裁者になっていくのに対して、あれほど強い野心があったマクベス夫人のほうは、心が壊れてしまいます。夢遊病になって、夜な夜なベッドから起きだしては、「血の跡が消えない」とつぶやきながら、必死に手を洗うような仕草を繰り返します。夫人を看病していた医師と召使いは、その様子から事の真相(ダンカン王の暗殺)を知ってしまい、震え上がります。やがて、完全に気がふれたマクベス夫人は城の窓から身を投げて死んでしまうのでした。
 
 一方マクベスは、ひとり森へ行き、魔女たちにもう一度予言をもらおうとします。魔女はマクベスに二つの予言を授けます。一つは「バーナムの森が動いてやってくるまで、マクベスは負けない」。もう一つは「女の股の間から生まれた者には、マクベスは負けない」。これを聞いてマクベスは自分は安泰だと思い込みます。「バーナムの森が動く」なんて事はありえないし「女の股の間から生まれてない奴」なんかいない。だから自分は負ける事はない。そう確信して、マクベスは、家臣もほとんどいなくなった城で、悠々と攻撃を待ち受けます。
 が、見張りの者が真っ青になって「バーナムの森が近づいてきます!」と報告したので、マクベスは半狂乱になります。マルカム王子軍は、木の枝を頭上に掲げて森に紛れながら進軍してきたのでそれが、「バーナムの森が攻めてくる」かのように見えたのです。マクベスの周りにわずかに残っていた家来も、恐怖のあまり逃げ出します。王子軍はついに、マクベスの城に攻め入ります。
 それでもマクベスは勇敢に戦い、敵を蹴散らしていきます。復讐に燃えるマクダフが遂にマクベスを見つけます。マクベスは「女の股から生まれた奴には俺は負けないんだ」と自信たっぷりでしたが、マクダフはそれをあざ笑って言い放ちます。「俺は帝王切開で生まれたんだ。女の股の間から生まれちゃいないんだよ!」
 マクベスは愕然となり、魔女の予言に弄ばれてきたことを悟ります。が、時はすでに遅く、マクダフの手によってマクベスは討ち取られます。
 

 はい、これが「マクベス」のあらすじです。
 何度か読んで、あらすじが頭に入ったら、その2で「メタルマクベス」の登場人物表と見比べてみましょう。では、少し時間をくださいね、その2を書きます。

1981年の『近松心中物語』 その2

 思えばこの時の『近松心中物語』(長いので以下『近松』と略す)は、蜷川御大が商業演劇に進出して数年が経ち、演出家として圧倒的スターダムにのし上がる、駄目押しのような作品だったの。
 そして私たちが馴染んだ(時には、またか、と思った)演出方法は、すべて『近松』に揃っている。御大の好きなものばかり。
 そびえる二階建ての長屋セット。群衆が一挙に動き出す、アッと言わせる幕開き。絢爛豪華な色使い。役者を消耗させるほどの何トンもの水。大音量の演歌。上から降ってくる大量の紙吹雪と風。そして・・・台詞を詠う役者。
 配役は

 忠兵衛=平幹二朗  梅川=太地喜和子  
 与兵衛=菅野忠彦  お亀=市原悦子  
 八右衛門=金田龍之介  忠兵衛の義母=嵐徳三郎  お亀の母=山岡久乃

 
といった具合で、新劇の人、歌舞伎の人、新派の人いろいろいて、異種格闘技戦の様相。これも御大が好きなやり方よね。
 でもね、言っておかなくちゃいけないのは、当時はどれもこれも皆、新しい挑戦だった、ってこと。ほかに誰もやらないようなことを、どんどん取り入れて実現させていったってことなの。帝劇で水。帝劇で大音量の森進一。誰もやろうとしなかったでしょう?考えてもみなかったでしょう?
 
 再演にもかかわらず、パンフレットには舞台写真がほとんど載ってなくて、昔からこうだったんだと改めてがっかりする。そこで、偶然パンフレットにはさんであった切り抜きの舞台写真をお見せしましょ。

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これは、週刊朝日に当時、小田島雄志が連載してた「週刊朝日劇場」のページ。毎週一本の舞台が、小田島先生の解説付きで紹介されるコーナーで、マダムは必ずチェックしていた。

 

 たったいま手にかけた梅川の遺体を抱きかかえて、雪の中をよろよろと進む忠兵衛・・・平幹二朗が、美しい・・・。(初演ではこのシーンで腰を痛め、残り三分の一の公演を代役がすることになった、伝説のシーンね。)
 この美しさもさることながら、平幹二朗と太地喜和子の台詞は詠うようで、人間離れしてたの。辻村ジュサブローが操る人形のように。
 
 ここまで水っぽい演出方法を連発しても、ギリギリ首の皮一枚のところで1981年の『近松』は芸術として踏みとどまっていたんだけど、それは蜷川御大が、そもそもの近松の心中もののテーマを決して忘れなかったから。江戸時代の、庶民の受けていた強烈な圧迫感をなんとか表現するんだと強く思っていたからだと、マダムは今になって、わかるの。忠兵衛と梅川はもちろん、群衆も、そして笑いをとってるお亀と与兵衛の二人さえ、時代の不自由さにがんじがらめになって、喘いでいる。一挙手一投足が決められてしまっている時代。心中するってことは、自由になりたいってことなのよ。壁を打ち破りたいってことなの。それには死ぬしかないという、どうにもならない圧迫感。
 それが舞台全体をちゃんと覆っていたのよ。

 そしてそれが、いのうえひでのり版に欠けているものなの。
 いのうえひでのりは、根が前向きな人なんだよね、きっと。明るいの。
 だから、つかこうへいの『熱海殺人事件』のときもそうだし、今回の『近松』でも、役者の立ち位置、型、音楽の入れ方や、舞台装置の使い方など見事で、エンターテインメントの王道を行く芝居を作ってくれるんだけど、圧迫感とか、劣等感とか、負の要素を込めるねちっこさがないの。カラッとしてるのよね。
 つかこうへいが持っていた、劣等感をネチネチとこねて裏返す複雑な快感。蜷川御大が持っていた、圧迫感をはねのけようとして役者を圧迫する執念深さ。いのうえひでのりには、どちらもないの。もちろん、本人は重々わかってるんだよね。それがダメなことだとは思わない。思わないけれど、少なくとも『近松』には、庶民の受けていた重圧が表現されていなければ、いけないのではないかしら。
 
 マダムは、繰り返し上演された蜷川演出の『近松』を、たった一度しか観なかった。繰り返し、手を替え品を替えて上演された最近の『近松』に、どれほどの圧迫感が残っていただろうか。
 人気が出すぎて、求められるままに再演を重ねて、蜷川御大も気持ちの込めようがなくなっていったのじゃないか、とマダムは推察しているのだけれどね。
 

1981年の『近松心中物語』 その1

 1981年12月、とある日の午後、マダムは帝劇にいた。
 その2年前の初演が評判高く、再演の運びとなった蜷川幸雄演出の『近松心中物語 それは恋』を観に行ったの。席はなんと!最前列。イ列35番(当時の帝劇って、席番がイロハだったのね・・・)。

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 これがその時のパンフレット。





 ワクワクしながら最前列に座ってたら、ホール係の人がやってきて、前から3列目くらいまでの客に、ビニールの風呂敷を配った。「水を使うシーンがありますので、これを使って防いでください」ってね。風呂敷は白地に赤い文字で、芝居の題名が印刷されてて、ちゃんと、くれたのよ。しばらく家にあったと思う。
 テント芝居ではなく商業演劇の劇場で本物の水を使ったのは、蜷川御大が最初なのだろうか?とにかくマダムはますますワクワクしたわけなんだけど、なにせ最前列だからね、こっちの想像をはるかに上回る水が飛んできて、かなり凄いことになった。水はもちろん、お亀と与兵衛が入水自殺を図る場面。いのうえ版を今回ご覧になった方にはわかるでしょうけれど、川の中で与兵衛は溺れることができずにかなり暴れる。それを本当の水でやるのだから、推して知るべし。

 最前列はとにかく強烈だった。忠兵衛と梅川が心中する場面も至近距離。かぶりつきで見たの。そのとき降った雪(紙吹雪)の量がメチャクチャで。今回のいのうえ版の雪が物足りなかった。御大の使った雪の量は10倍じゃきかないかも。最前列のマダムはすっかり雪の中よ。風も凄いから、ホントの吹雪に巻き込まれた感あった。
 
 あんまり前過ぎて、全体を見渡せていなかったのかもしれない。久々に開いてみたパンフの中にあったセットの写真に、びっくり。全然憶えてない・・・。

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 写真が小さくて、わからないかしら?
 二階建ての長屋のセット。舞台をぐるっと囲んでる。

  これ、そののちの下谷万年町とか2015年のハムレットとかのセットとおんなじじゃん? 御大、どんだけ好きだったんだろう、二階建ての長屋。
 ちなみにこの時の装置は朝倉摂。

 でね、音楽は猪俣公章で、歌は森進一で。道行のシーンなんかで、ガンガンかけるわけ、森進一の歌う主題歌「それは恋」。

 そして美術ではなく「アートディレクター」に辻村ジュサブロー。人形を作り人形を操り芝居を作る人だったんだけど、その世界観に惹かれる舞台人が多数いて、御大もその一人だった。『近松心中物語』では人形使いとして出演し、着物のデザインを手がけ、色彩を取り仕切った。この頃の蜷川御大の舞台の美しさ、妖しさは、辻村ジュサブローの力によるところが大きいのね。

 1981年の御大版と、いのうえひでのり版との違いについては、その2で。

2017年の総括

 今年、劇場で観た芝居は以下の通り。( )内は演出家。

1.  『お気に召すまま』(マイケル・メイヤー)
2.  ミュージカル『フランケンシュタイン』(板垣恭一)
3.  『スパイに口紅』(村田裕子)
4.  カクシンハン『マクベス』(木村龍之介)
5.  『足跡姫 時代錯誤冬幽霊』(野田秀樹)
6.  ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』(白井晃)
7.  『令嬢ジュリー』(小川絵梨子)
8.  ミュージカル『王家の紋章』(荻田浩一)
9.  『エレクトラ』(鵜山仁)
10.劇団チョコレートケーキ『60’エレジー』(日澤雄介)
11.ミュージカル『グレート・ギャツビー』(小池修一郎)
12.『クヒオ大佐の妻』(吉田大八)
13.イキウメ『天の敵』(前川知大)
14.新派公演『黒蜥蜴』(齋藤雅文)
15.『子午線の祀り』(野村萬斎)
16.子供のためのシェイクスピア『リア王』(山崎清介) 
17.『子供の事情』(三谷幸喜)
18.『怒りをこめてふり返れ』(千葉哲也)
19.『ハイバイ、もよおす』(岩井秀人) 
20.AUNワークショップ公演『間違いの喜劇』(長谷川志)
21.ミュージカル『ビリー・エリオット』(スティーブン・ダルドリー)
22.『野田版 桜の森の満開の下』(野田秀樹)
23.ミュージカル『ビューティフル』(マーク・ブルーニ)
24.『ワーニャ伯父さん』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
25.風間杜夫一人芝居『ピース』(水谷龍二)
26.『クライム オブ ザ ハート 心の罪』(小川絵梨子)
27.『デス・ノート THE MUSICAL』(栗山民也)
28.さいたまゴールド・シアター公演『薄い桃色のかたまり』(岩松了) 
29.『オーランドー』(白井晃)
30.『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』スペシャルショー(ヨリコ・ジョン)
31.『リチャード三世』(シルヴィヴ・プルカレーテ) 
32.『オセロー』(イヴォ・ヴァン・ホーヴェ)
33.イキウメ『散歩する侵略者』(前川知大)
34.『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(小川絵梨子)
35.『ペール・ギュント』(ヤン・ジョンウン)
36.花組芝居『浪漫歌舞伎劇 黒蜥蜴』(加納幸和
37.彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』(吉田鋼太郎)
38.『ミュージカル ヘッズ・アップ!』(ラサール石井)
39.彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』(吉田鋼太郎) 
 

 今年もたくさん観てしまったね〜。
 でも、時間と体力と金力があれば、もっと観たいものがあったの。年末の劇団チョコレートケーキや、風姿花伝の公演、行きたかったし、文学座のアトリエ公演も行ってみたかったし、注目していた森新太郎や上村聡史の作品を観に行けなかったのも残念だったし。年頭に『スパイに口紅』を観て、もっと小劇場を発掘したいと思ったけれど、その後あまり探索できなかったしね。
 それでも、充実の39本だった。今年はミュージカルでは飛び抜けたものがなかったけれど、その分、ストレートプレイがすごかったの。
 なんといってもダントツはイキウメの『天の敵』『散歩する侵略者』。劇団として今絶頂期にあり、他の追随を許さない出来栄え。本も、舞台効果の完成度も、役者の演技も全てが最高峰。イキウメの公演を観た後は、しばらく他の芝居を観ないでじっとしていたいと思うほど。
 そして、蜷川御大亡き後、その遺産が生んだ二つの収穫が、とても大きかった。岩松了演出の『薄い桃色のかたまり』と吉田鋼太郎演出の『アテネのタイモン』全く違うジャンルと言っていい二つの芝居だけれど、蜷川御大が残した「場」がなかったら生まれなかっただろう素晴らしい作品。シェイクスピア押しのマダムは吉田鋼太郎に肩入れしてたわけだけど、それを引いても、この収穫の大きさは変わらないと思うのよ。
 それとあと1本挙げておきたいのは『野田版桜の森の満開の下』。野田秀樹と歌舞伎をつないでいた勘三郎がいなくなって5年、歌舞伎の演出はもうしないのかと思っていたわ。だから再び歌舞伎を演出して、こんなに美しい舞台を見せてくれたことが素直に嬉しかった。
 年末には『アテネのタイモン』の稽古場見学もさせてもらい、レポートもできたので、マダムとしてはブログ10周年を記念する特別な活動ができて、とても満足。次に続いたらいいなあと思ってる。
 
 ということで、皆様、今年一年、ありがとうございました。
 来年も観劇にうつつをぬかせるような、平和で民主的な世の中でありますように。

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