イキウメ リーディング『太陽』を聴く
チケットゲットできてよかった。5月15日(金)ソワレ、OAGホール。
イキウメ
Re:Creationリーディング『太陽』
出演 奥寺鉄彦 大窪人衞
森繁富士太 浜田信也
生田結 平井珠生
生田草一 森下創
奥寺純子 澤田育子(翌日は池谷のぶえ)
曽我征治 盛隆二
曽我玲子 豊田エリー
金田洋次 安井順平
奥寺克哉 薬丸翔
ト書き 前川知大
チケ代節約モードの私なので、普段は「リーディング」なるものには行かないことにしてる。でもこの告知があった時にはチケットゲットするぞ、と決めていた。年に1度のイキウメ公演にすっかり慣れてしまってるので、無いと禁断症状が出るのよ。この辺でイキウメ成分を補給しておかないと。
しかし、演目が『太陽』とは? だいぶ前の作品だよね…。
とか思った私はバカだった。なんかちょっと、雷に打たれたみたいになって、終演後は魂抜けた人のようにヨロヨロしながら駅まで歩いたよ。
『太陽』は粒揃いのイキウメ作品の中でもトップクラスの代表作だ。イキウメで2度上演し、亡き蜷川御大もシアターコクーンで演出したし、韓国や台湾の劇団でも上演されてる。映画にもなった。私は再演(2016年5月)で観て、観終わった瞬間「もう何もいらない」と思った、と感想に書いている。(その時のレビューはこちら。そしてトラムは世界になる イキウメの『太陽』その1 とその2 とその3)
どんなお話かは、2016年のレビューに書いてるので、知りたい方はそちらをお読みくださいね。
OAGホールは、青山のドイツ文化会館の中にある、小規模の講演会などができるスペースだった。客席はゆったりめに間をとって簡易な椅子が並んでいた。全部で200席くらいだろうか。
舞台は舞台というより、ただ一段高いだけの演壇。狭く、奥行きはない。そこに9個(役者人数分)の椅子が横一列にこちらを向いて並んでいて、上手端っこに演出の前川知大の席がある。その席だけはメモなど取れるように机付き。役者たちは椅子に座っていて、場面ごとに、出番のある人だけ立ち上がって一歩前に出て、台詞を読み合う。場面が終わると、静かに座る。ト書きを読む前川知大だけがマイクを通している。休憩なし。
最初に演出家から「5年以内(と聞こえた)の再演を目指して、練り直しのためのリーディングです。なので、感想をアンケートでお寄せくださいね」と挨拶あり、壇上の役者から「この本は、何か手直し入れてるんですか?」と質問あり、前川氏「何もしてません」との答え。
そして、すぐ全ての明かりが消え、ゆっくり壇上だけ明るくなると、リーディングが始まった。
イキウメンの人たちはほぼ元やっていた役を読んだ。一人だけ森下創は、ノクス殺人事件の犯人役ではなく、結(ゆい)の父親草一役に変更されていて、これがきっちりハマっていた。年齢的にふさわしくなった、ということかも。
なので空いた犯人奥寺克哉役は薬丸翔が読んだ。彼が立つとすごく背が高いので、それだけで威圧感が出て傍若無人さが倍増され、合ってる、と思った。年齢的にももう森下創じゃないのよね。
年齢的にというと、じゃあ大窪人衞の鉄彦少年はどうなるんだ、と案じたけれど、そっちは何も心配する必要なく、鉄彦少年がそこにいて「俺、18歳。」と言ってたし、浜田信也の森繁も「俺、23歳。」と応じてて、なんの違和感もないのだった。杉村春子並みにヤバい人たちだ。
2016年時点でイキウメ所属だった女優が皆、劇団を辞めているので、女性役は新しい顔ぶれなのだけど、それも違和感なくハマっている。脚本があまりにもキッチリ計算されて出来上がっているから、台詞が求める通りに読めば、役が立ち上がってくるのだ。
ホントに、なんの演出もない(効果音とか照明とか小道具とか、ない。鉄彦少年が最後に破る封筒があるだけ)ただのリーディングだったけど、台詞の意味を知り尽くした役者たちのやり取りに、ドキドキし、心奪われ、緊迫し、胸の痛くなる2時間だったよ。途中、客席から押さえがちのすすり泣きも聞こえた。ラストが解放だった。
いえね、練り直しなんて要らんわ、このまますぐ上演できるわ!という出来だったよ。どこ直すっていうのよ。素晴らしすぎる。てか、5年は待てない。禁断症状で死んでしまう。
確かに台本は、私が憶えている2016年の再演時のものと何も変えてなかった。それでもじっと台詞に耳傾けていると、この10年間に私たちに起きたこと(パンデミック、あちこちで起きている戦争、地震や災害やその被害の手当のされなさ、政治の腐敗、差別主義者の台頭、治安の低下などなど)が、次々連想されて胸がえぐられる。とても15年前の作品とは思えない、今の私たちに切迫した、生々しい展開だ。10年前にはSFだったのに、もう現実のよう。私たちは今、酷い政治状況のなかで無理やりノクスとキュリオに仕分けされているようだし、どちらに分けられていても、とても幸せな未来を想像できない。リーディングだけど、2016年の観劇の時以上に、いろいろな感情が湧いてくる私がいた。
これは、当面、直しなど要らない、完璧な脚本なのでは? と言うと「せっかくリーディングをやったのに」と作家は嘆くかもしれないけど。
* * * *
私が聴いた回の途中、地震があった。揺れ自体は小さめだったけど、少し長くゆらゆらした。役者さんたちのリーディングは止まることはなかったし、客席も芝居を途切れさせてはならないと、揺れを感知しながらもそこに気を取られないように懸命に耐えて集中していて、舞台上と観客とのコラボが成立していた。それほど、会場にいるみんなが没頭してたし、そのことに少なからず感動した。
観客参加型という演劇があって、やれプラカード掲げてくれとか、やれ声出してくれとか、観客に要求することがあるけど、私はそういうのは苦手。だって、こうやって観客席に座りただ没頭してることだって、芝居に参加してるし貢献してるでしょ、と思うから。私の集中は役者に伝わって、演技に影響を与えているでしょ。思わずため息が漏れる。涙が出てしまい静かに鼻をすする。笑う。猛烈に集中して見つめる。興奮する。全部、空気を通じて役者に伝わるでしょ。そしてもちろん、退屈したりすれば、それもしっかり伝わるでしょ。
ライブは初めから観客参加型ってことなんだよ。役者と観客との、自然に起こる協力関係が好きだし、そのために配信ではなく、劇場に通っている。通いたいと思ってる。
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マダムの熱い熱い思い、しかと受け止めました。
私、この作品、2011年版から観てるんですね。で、その時は私たちの生活の「脅威」は大震災と核爆発みたいなことだったと思います。だから作品の通奏低音には、そういうことが想起されるものがあった。おそらく2016年版も、それを踏襲していたはず。まだコロナ禍も経験してなかったしね。それが、あれから10年で、こんなに世界が変わるとは。私たちが生きている世界に、本当にノクスが現れ始めているかも知れません・・・。
早く、イキウメンが集結して本舞台に戻って来ると良いですね。
投稿: ぷらむ | 2026年5月19日 (火) 22時11分
ぷらむさま。
イキウメ味を少しでも味わえればと思って、リーディングに行ったんですけれども、イキウメ味どころではなく、ほぼそのものでした。読んでるだけなのに。
客席の緊張感も凄くて、役者さんたち皆、終了後のSNSで「お客さんたちの圧に圧倒された」「拍手がすごかった」と言ってましたが、みんなのイキウメ渇望感が念となって渦巻いてた気がします。
ただその原動力が、今の世の中の酷さに起因してるところがなんともね…。ただのSFとして楽しめていたら幸せだったのに。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2026年5月19日 (火) 22時57分