極めて刺激的な。『ナルキッソスの怒り』を観る
芸劇はプレイハウスが野田地図で、階下では岸辺のアルバムとナルキッソス。凄いホットスポットだ。4月23日(木)マチネ、シアターウェスト。
『ナルキッソスの怒り』
作/セルヒオ・ブランコ 翻訳/仮屋浩子
上演台本/仮屋浩子、成河、藤田俊太郎
演出/藤田俊太郎
出演 成河
この芝居に限っては、何を語ってもネタバレ必至なので、これから観る予定の人は、絶対に読まないでください。読んじゃうと観劇の楽しさが半減するよ。観た後に、読みにきてください。このあと全部、ネタバレなので。
いい? これから観る人は、とりあえず帰った?
予備知識全く無しで、チケットを買った。成河と藤田俊太郎で一人芝居を企ててると聞いたら、無条件でチケットをポチってたの。
この、予備知識無しだったことがとても良かった。
開演5分くらい前になると、まだ客電のついてる通路に成河が現れ、「場内は飲食禁止です。蓋のついた飲み物だけは飲むことが可能です」とか「光や音の出る機器は電源を切っていただくか、機内モードにしてください」とか一般的な注意事項を本人が説明してくれる。あら、親切、とか思ってると、ここからがもう芝居の始まりなので、気が抜けない。注意事項を喋りながら成河はゆっくり移動し、気がつくと舞台の真ん中にいて、作家のセルヒオとは友人で、ある日「君のために芝居を書きたい」って電話してきたんですよ、などと成河のままで説明する。そして「僕は成河で、セルヒオではありません。でも頑張って、セルヒオになってみます」と言ってジャケットを脱ぐと、表情が一変し、パキッと役に入る。
セットは、基本的にホテルの部屋の設定で、ベッドとミニテーブルと内線電話と冷蔵庫などが置いてある。舞台の前後を分けるような位置に、すりガラス状の大きなパネルがぶらさがっていて、これは必要に応じて上がり下がりする。照明の当て方によって、パネルの向こう側が見えたり見えなかったりするし、パネルに映像を映し出すこともでき、舞台は瞬時にホテルの部屋以外の場所(ジョギングする公園とか、カフェとか、学会の会場とか)に変化する。
舞台上にはいくつか形の違う椅子があり、ほとんど皆、倒れている。主人公が違う場所に行ったり、誰かと会ったりするときに成河が椅子を起こし、その椅子に座ったり向かい合って話したりし、その場面が終われば成河が自分で椅子をもとどおり倒していく。簡易な場面転換。
また、奥の方にハンガーラックがあって、ジャケットが何枚もかかっている。これも成河が場面ごとに自分で着替えていく。
つまり、一人芝居の舞台上には、場面転換のためであっても成河のほかは誰も現れない。スタッフの姿も隠されている。
物語の主人公、私セルヒオ(成河)は劇作家で、大学で教えてもいる。学会に出席するためスロベニアの首都リュブリャナにやってきた。ホテルの部屋に着いた時、セルヒオは何か違和感を持つんだけど、最初はそれが何かわからない。セルヒオは旅慣れた様子で、スマホとPCを部屋のWi-Fiに繋ぎ、マッチングアプリで相手を選び、ホテルに招き入れる。やってきた美しい青年イゴールとセルヒオはセックスし、別れるのだが、イゴールはセルヒオのジョギング中につけてきたり、何度もしつこく電話をかけてきたりするようになる。一方、ホテルの部屋の違和感が強まるばかりだったセルヒオはとうとう、部屋のあちこちに血痕があることに気づく。部屋を変えてもらえずにそのまま逗留するうちセルヒオは、ホテルの従業員や刑事から、その部屋で起きた事件について話を聞き、戦慄する。
部屋で起きたのは、バラバラ殺人事件で、生きたまま、ある若者が殺されたという。刑事から聞いたその様子をセルヒオは(つまり成河は)赤いジャケットを破りながら、観客に微に入り細に入り説明する。
そして、セルヒオはその夜、ホテルに押しかけてきたイゴールに襲われ、刑事から聞いたと同じように、バラバラに切断され、殺される。彼は生きながら、自分の腕が切り落とされるのを見る。
舞台上で、成河は成河に戻り、亡くなったセルヒオの葬儀のため、リュブリャナまで出かけた話をし、彼の死と自分の娘が誕生した話を涙ながらに語る。
という、なかなかセンセーショナルな話だった。とても出来のいいホラー。セックス描写(一人芝居だからジャケット相手だけど)も過激ではあるし、バラバラ殺人のシーンの解説もショッキングで、ジャケットが破れていく時には客席で悲鳴があがってた。一人で全ての演技と観客の感情をコントロールしていく成河の、役者としての力量をまざまざと見せつけた、という感じ。圧巻。
舞台美術も、照明も、効果も、全てが計算され尽くしていて、隙がない。刺激的で面白い舞台だったよ。
で、この話は全部フィクションで、嘘っぱち(これは褒め言葉)なわけだけど、いつ観客が気づくか(あるいは騙されたままでいるか)は観客の手に委ねられている。私は、最初に「私は成河ですが、セルヒオになってみます」と強調された時から変な気がして、セルヒオが襲われるシーンがきた時「だって、作家は来日してアフトクに出てるやん」と思い、成河が葬儀のためリュブリャナに行ったとか言い始めた時には「いい加減なこと言いやがって」とちょっと苦笑いしてしまった。それも面白かったけど。
確かに、「セルヒオになります」って言ったけど「セルヒオ・ブランコになります」とは言ってないもんね。でも成河の魔法にかかって客は、これが作家自身の話だという思い込みに引き込まれてしまうの。そこが観客を騙す、最初の関門。
現実と芝居を行ったり来たりしてるように見せて、実は「現実」の方も全くのフィクションなのだ。成河は、自分自身と、設定された「この芝居上での成河」と「この芝居上でのセルヒオ」を行ったり来たりしてるの、自由自在に。何重にもなってる入れ子構造っていうか。でもこれ、相当な力量がないとできない技だ。楽しそうだったよ、成河。
物語の方にはこれといったテーマがあるわけではない(ありそうに感じるのはただの目くらましだと思う)ので、なにか人間について深く考えたりとかはない。話はただのホラーだ。そこは別に凄くなくて、それよりも手法が断然面白い芝居。役者の力に惚れ惚れする芝居。役者ってなんだろう、とか、演技ってなんだろうとか、芝居ってなんだろうとか、そういうことを考えて楽しくなっちゃう、という芝居なんだと思う。
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はい、私も舞台は見応えあったけど、作品としては、そんなにすごくもないんじゃないかな〜と思いました。
マダム、乱行パーティの夜の話は、わざと書かなかった?
投稿: ぷらむ | 2026年4月27日 (月) 22時09分
ぷらむさま。
あー、乱行パーティの夜の話ね。わざとじゃないです。お母さんとの電話の話とかも。
全部書き切れないなあと思って。
色々刺激的なことが盛り込まれているけど、深い意味はないんじゃないかと思いました。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2026年4月27日 (月) 23時50分
昨年暮のサイモン・スティーブンス『スリー・キングダムス』に道具立てが丸被りなんですよね。主人公捜査官がエストニア首都へ行くポルノ俳優が居る乱行パーティ生きながらバラバラ殺人
この芝居は鏡面構造虚構を愉しむ。
投稿: 叡 | 2026年4月28日 (火) 08時19分
叡さま。
そうなんですね、『スリー・キングダムス』観てなくて、気づかなかった。
脚本はどっちが先に描かれたものなんだろう?
生きながらバラバラ殺人は、サウジの記者殺害からインスパイアされたのかしら?とか
考えながら観てました。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2026年4月28日 (火) 11時15分
スリー・キングダムス2011年映画にもなってるそうだし
ナルキッソス2015年ですね。
一人称が加害者or被害者
投稿: 叡 | 2026年4月28日 (火) 19時37分
叡さま。
じゃあ、サウジの事件は関係ないですね。
一人称が加害者or被害者って、手法として何度も使えないですよね、よほど違う設定を考えないとね。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2026年4月28日 (火) 21時36分
またまたお邪魔します。昼に「メアリースチュアート」を見て夜「ナルキッソス」を見るという、感情の振れ幅が凄い1日を過ごしてしまいました。若干放心状態で池袋に到着し、入口で藤田俊太郎さんを発見(何度目?)。そしてロビーには「休憩がありませんので、トイレは先にお済ませください」とイイ声で話す人が。成河さん御本人でした。前説ではバッチリ目が合って「携帯切りましたか?」って言われるし…。その状態でフッと役に入るんだから凄いですよね。
一人芝居のクオリティの高さには驚かされました。みんなちゃんと違う人だもの。さすがという他ないですね。
え、当て書きなの? 子供生まれるの? などと頭がぐるぐる回りつつ、帰りにポスターを見たら「初演じゃないじゃん…」と気づきました。エグい場面が多かったけど、不思議と心に残るお芝居でした。
そして終わってからロビーで前川知大さんを発見。似てる人じゃないと思うんだけど…。色々とお腹いっぱいになりました。
投稿: たまレオス | 2026年5月 1日 (金) 18時18分
たまレオスさま。
そのマチソワは凄いですね。頭がパンパンに膨らみそう。
芝居はその日の成河によって細部が違っていたそうで、それもあって、リピートする人が増えたみたいです。
でもまあ、毎日違うのは芝居だったら当たり前と私は思ってるので、あえてリピートはしませんでした。
でも、一人芝居への苦手意識が少し、減ったかもしれません。成河、ほんとに凄かったですわ。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2026年5月 2日 (土) 12時10分