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『終夜』 夫婦であること 親子であること と生きること

 秋の初日といってもいい冷んやりした午後。10月6日(日)マチネ、風姿花伝。
 
『終夜』
作/ラーシュ・ノレーン  翻訳/岩切正一郎
演出/上村聡史
出演 岡本健一 栗田桃子 斉藤直樹 那須佐代子
 
 同じラーシュ・ノレーン作の『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』を、同じ風姿花伝で観て唸ったのが記憶に新しいと思ったのだけど、もう5年経ってるんだって(そのレビューは http://madam-viola.tea-nifty.com/blog/2014/08/post-2bd7.html ) 。5年!? ちょっとショックだ。深く考えないようにしよう。
 『終夜』は、『ボビー・フィッシャー』と同じく、得られぬものを求めるが故に絶望する夫婦の、一夜の物語。
 
 なかなか面白かった。圧倒されたというわけじゃなく、「いるよねー、こういう奴」と心の中でうんざりしながら引き込まれてた感じ。登場人物4人全員がダメな奴なの。
 精神科医だけど、自分の妻や子供の精神状態にはなすすべのない中年男ヨン(岡本健一)。
 ヨンの(2度目の)妻で、アル中気味でエキセントリックなシャーロット(栗田桃子)。
 ヨンの弟で、妻に対するマザコン(という表現で、伝わるかしら?)の激しいアラン(斉藤直樹)。
 アランの妻で、ずっと家庭のために自分を抑えて生きてきたが、今、初めての恋愛に夢中なモニカ(那須佐代子)。
 
 ヨンの母親が死んで、葬儀を終え、ヨンは妻のシャーロットと、帰宅する。疲れはてているのに、シャーロットがヨンの弟夫婦を「ウチに泊まっていけば?」と誘ったことがわかり、ヨンは怒りを爆発させる。彼は、弟のアランと仲が悪く、ずっと疎遠だったのだ。果たしてアランとその妻モニカが泊りにやってきて、地獄のような一晩が始まるの。
 4人は一見、まともな社会生活を営む大人なのだけれど、その実、全員が問題山積で、心が破れそうな人間ばかり。ヨンは一度結婚に失敗していて、別れた妻との間にティーンエイジャーの娘がいるのだけれど、娘は引き取った母親からネグレクトにあっている。引きこもり、過食症になり、壊れそうな娘との電話を、ヨンは切ることができず、ずっと受話器を上げたままにしておく。結局、受話器は、その夜の修羅場を電話線の向こうへ全て筒抜けにすることになる。
 ヨンは精神科の医師らしいのだけど、私生活の人間関係はメチャクチャ。周りにいる人間を一人も助けることができない。娘は過食症だし、2番目の妻シャーロットはアル中気味で、ヨンを愛しているといいつつ激しく罵り続ける。弟のアランは、母親に冷たかったとヨンを責め、骨壷を引き取ると言ってきかない。しっかり者の弟風だけど、実は妻の心が若い男に向いてることで、中身はボロボロだ。
 酒が入ってどんどん遠慮がなくなるむき出しの会話から、それぞれの人物像が見えてきて面白いのだけど、マダムはなぜか、重いとか、刺さるとかはあまりなかった。ものすごく知ってる世界だ、と思ったの。場面がヨンのマンションの無機質なリビングだけなので、外国の感じもまったくなくて、翻訳劇であることを示すのが呼び合う名前だけ。これがもし、洋一郎と沙織と晃と萌子、みたいな名前だったら、そのまま日本の現代劇になりそう。
 というのはね、描かれてる男と女のあり方や、関係性が、日本の状況ととても近いの。男たちは見え方は違えど、結局マザコンで、女に母親になってもらうことしか考えてないし、子供に対しても、親になりきれず、最終責任を女に負わせようとする。女が(妻が)解決してくれると期待してるから、いつまでも自分で問題を向き合うことをしないの。
 一方、女は女で、いつまでも母親役をしなければならないことに絶望してるくせに、男と離れられず、どこにいっても男の精神的ケア役をつい引き受けてしまう。モニカは若い恋人に夢中だけど、その男からも結局精神的母親役を期待されて応えてしまっているのだ。
 アランが海外単身赴任している間に、すっかり夫婦間が冷え切り「俺の帰る(温かい)家庭が、ないよ〜。俺は一体どこに帰ればいいんだ〜!」って泣いてるのなんか、心当たり有りまくりよ。日本のアラン、周りにいすぎで、笑える。
 
 安直な結論に至らない、ある意味、絶望的な終わりかたなのも、すんなり納得した。問題と向き合わない限り、ずっとこのまま。
 
 役者はみんな手練れのうまさで、嫌な奴を見事に体現してた。小さい小屋ならではの緊張感の伝わり。岡本健一がきめ細やかに、自身と同年齢の中年男を演じてるの、新鮮だった。そうだよ、彼、中年だったんだよね。普段、忘れがちだけど。贅沢だなあ、こんな近距離で見つめてて。
 
 一つ疑問点があって。ヨンとシャーロットの間の子供って、小さいんだよね?家の中であんなにわめいてたら、起きてきちゃうのが普通じゃない?それとも、あの子供は、まぼろし?
 疑問を解決するために再見するには、3時間40分はちと長いけどね。 

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コメント

即位礼の日に観てきました。ヨンとシャーロットとの間のニケが起きて来てヨンが戻りなさいと話しかけてるシーンはありました。
でも、シャーロットは下手壁に大書した赤ん坊は二体。堕胎した男の子は居たという台詞があったのだから、ニケも死んでいるかもしれません。シャーロットのつわりの症状は想像妊娠っぽいし。

叡さま。
やっぱり、シャーロットの妄想っぽいですよね。ヨンはそれに付き合っている?
長い芝居の全てを集中して観ることが最近難しくて。いろいろ見落としてるので、みんなで憶えていることを寄せ集めないと、真相にたどり着かない(汗)。

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