最近の読書

無料ブログはココログ

« 『蜷の綿』または、生きてる者は前に進む | トップページ | serial number 03『コンドーム0.01』を観る »

芝居好きの血が騒ぐ『三億円事件』

 開発をストップさせたいな、下北沢。もういいじゃない、この辺で。らしさを大事にしてほしいよ。10月19日(土)マチネ、シアター711。
 
ウォーキングスタッフプロデュース『三億円事件』
脚本/野木萌葱 演出/和田憲明 
出演 中西良太 加納幸和 福本伸一 若杉宏二 おかやまはじめ
   八代進一 小林大介 石田佳央
 
 スズナリの隣にある小さな劇場。711っていうと711席かと思いきや(いや、思ってないが)、71席かな?っていうくらい小さい。この劇場、来たことあったかなあ・・・と一生懸命考えた。だって席に着いた途端、懐かしくてたまらない気持ちがしたから。
 向かい合うように組まれた座席。真ん中に開いた僅かなスペースが舞台。そこには、コの字に組まれた折りたたみの長机と、それに向かい合う長机ひとつ。パイプ椅子が8脚。傍に小さな台があって、ポットと急須と湯飲みが用意されている。壁に打ち付けられた扇風機。かたわらに、昔アラジンと呼ばれていた筒型のストーブ。
 セットはまあ、それが全て。府中警察の一室。解散間近の「三億円強奪事件特別捜査本部」
 
 現実の「三億円事件」のことを知っている人、事件の衝撃を憶えている人は、マダムと同年代か、それ以上の人よね。知らない人のために少しだけ話しておくと、1968年12月にそれは起こった。銀行の現金輸送車を、一台の白バイが止め、「この車に爆弾が仕掛けられたという情報がある。今すぐ確認する」という偽白バイの警官に、現金を運んでいたガードマン達はあっさり騙された。輸送車ごと、まんまと三億円は強奪されたの。誰も傷つけずに大金を盗んだ手口は、あまりにも見事過ぎ、世間はその話題でもちきりになった。当時の三億といえば、今なら二十億円くらいな感じよ。時価(?)二十億の現金を、たったひとりでさらっていった犯人は、結局捕まらなかった。犯人の、白いヘルメット姿のモンタージュ写真だけが、みんなの記憶にしっかりと焼きついたまま。
 
 その現実の事件をどこまで取材し、どこまでを取り入れたのかは定かではないけれど、野木萌葱の脚本は、虚実ないまぜにした完全なフィクションでありながら、全てこの通りだったのではないか?と思わせるリアリティがあって、ゾクゾクする。事実じゃないかもしれないけれど、ここには限りなくそうであるかもしれない真実があるよ。
 

 1975年12月に時効を迎えるという「三億円強奪事件」なのに、時効3ヶ月前に特別捜査本部は縮小された。100人以上の体制だったのが、たった8人になったのだ。これは、捜査なんかもうやめろという上層部の暗黙のお達しなのか。所轄の府中警察から4人。警視庁捜査一課から4人。お話は、ひたすら、この8人の捜査会議の会話だけで、進んでいく。
 犯人を追い事件を解決する、という大きな目的の中に、沢山の思惑のベクトルが入り乱れていて、一向に解決の方向に進んでいかない様子が、もどかしいんだけど、面白い。

 ずっと所轄の捜査を指揮してきた馬見塚警部(中西良太)と、警視庁から新しく派遣されてきた荻荘警視(おかやまはじめ)の対立。同僚が捜査機密を漏洩したことを庇い続けている高瀬巡査部長(福本伸一)。公安の刑事なのに、警視庁捜査一課としてやってきた白砂警部補(加納幸和)と部下の宮内巡査部長(石田佳央)には、事件解決とは別の思惑があるし、所轄の天本巡査部長(小林大介)は警視庁からの出向組なので、府中警察内では浮いた存在だ。
 「所轄VS警視庁」というわかりやすい構図の他に、警視庁内でも「捜査一課VS公安」という対立があり、公安の中でも、先輩と後輩で協力してるような牽制しあってるようなところがあり。所轄のなかでも「生え抜きVS警視庁からの出向」、という視線があるし、機動隊上がりにはどこか侮蔑の視線が向けられていたり、誰ひとりとして、完全に立場と意見が一致することはないの。
 そういう彼らの激しい、ぶつかり合うような会話のなかから、事件の真相がじわじわと観客に提示されていく。
 盗まれた現金は、大企業の社員に渡される給料用の金だった。現金輸送車は毎月、違うルートを通って金を企業へ運ぶ。そのルートを漏らした銀行員がいたのではないか。その銀行員には目星がついていた。その家に出入りしている怪しい男を、刑事たちは突き止めていたのだ。あとは証拠だ。物証さえあれば・・・。
 一方で、捜査資料の一部が部外者に流出し、警察を密かに脅している人間もいて、公安は、事件の解決よりも警察のメンツが保たれることを選ぼうと動く。
 刑事たちの動きと会話から浮かんできたのは、恐ろしいカラクリ。盗まれた金には、盗難用の保険が賭けてあり、全額保険から賄われた。つまり誰も損をしていない。誰も損することなく、三億円という巨大な裏金を作る仕掛けとして、事件は起こったのでは・・・?事件の裏にいるのは闇の人間と手を組んだ企業や銀行なのではないのか・・・?銀行は実は被害者ではないのではないか・・・?
 結局、捜査は時効を迎え、真相は闇に葬られて、刑事たちはそれぞれの悔しさや諦めや怒りを抱えながら、解散していく。
 という、物語。
 
 面白かったあ。
 一瞬も気を抜くことなく、8人の会話を聞き続けたの。野木萌葱の台詞の濃さを、堪能した。
 台詞の濃さというのはね、込められた意味が幾重にもあるってことなの。文字通りの意味、皮肉をこめた意味、立場としての建前、誰かをかばうための嘘、本音が言えない忸怩たる思い、保身、そして現状への怒りや意地。一言一言に、その刑事独自の意味が何重にも込められてる。ダブルスタンダードなんて言う言葉があるけど、ダブルどころの話じゃないの。
 3ヶ月の時の移り変わりが、ちょっとした演出でわかるのも、心にくい。外回りから帰ると代わる代わる扇風機の前に行って、顔を冷ます。そこからやがて、ポットから熱いお茶を湯飲みに注いで、美味しそうに飲み、アラジンストーブで手を炙る季節へ。舞台の小ささ、小道具の少なさは、全く演技の妨げにならない。
 
 役者たちは、本当に楽しそうだった。いえ、もちろん、すごく大変そうな会話劇なのよ。だけど、こんなに演技しがいのある芝居は滅多にない。ワクワクしていたのは観客だけじゃないはず。
 申し訳ないのだけれど、観る前から名前をはっきり知っていたのは加納幸和(スーツの着こなしが素敵。うなじが綺麗で)だけだった。だけど、どの役者も、生き生きと役を生き、魅力的で、かっこよかった。普通に皆、おじさんなんだけどさ。一人挙げるのはホントに難しいんだけど、マダムとしては、荻荘警視をやったおかやまはじめかなあ。深くて落ち着いたあの声。落ち着いてるのに、並々ならぬ覚悟を感じさせて、見事。あー、でも、府中署警部の中西良太のダミ声も、かっこよかった。
 野木萌葱の本は、おじさんを輝かす本なのかも。
 
 注目の舞台なのか、マダムが知ってるだけでも3人は、観客席に役者さんがいた。皆、やりたいんじゃないかなあ、野木作品。

« 『蜷の綿』または、生きてる者は前に進む | トップページ | serial number 03『コンドーム0.01』を観る »

芝居レビュー」カテゴリの記事

コメント

『三億円事件』、面白かったですね!
私も、加納さんと福本さんのお名前しか知りませんでしたが、役者さんは皆さん、本当にうまかった!
会話を通して、捜査の進展、8人のバックグラウンドや信念、プライドなどが自然に理解できるなんて、野木さんの脚本は緻密で、ゾクゾクしました。8人の刑事の書き分けも見事でした。まわりの芝居好きが絶賛するのもよくわかります。
それは、きっと同業の役者さんたちも同じなのでしょう。

Mickeyさま。
面白かったですねえ。
そして、誰が演出しても高水準を保つのは、脚本のなせる技ですね。野木作品を年間通してずっとやり続ける劇場、あったらいいのに! 通います。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 『蜷の綿』または、生きてる者は前に進む | トップページ | serial number 03『コンドーム0.01』を観る »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

関係するCD・DVD