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『最貧前線』を観る

 世田パブのチケット取り忘れて、桜木町まで行く羽目になった。8月28日(水)マチネ、神奈川県立青少年センター紅葉坂ホール。
 
『最貧前線』
原作/宮崎駿 脚本/井上桂
演出/一色隆司
出演 内野聖陽 風間俊介 溝端淳平 佐藤誓 加藤啓 蕨野友也 
   福山康平 浦上晟周 塩谷亮 前田旺志郎 ベンガル
 

 SNSで「宮崎駿の最貧前線、初の舞台化」と銘打たれていて、そのことに違和感を持ったのは確かだった。というのも、「最貧前線」を舞台化した上演を既に、高校演劇の大会で観ていたから。
 上演したのは川越高校演劇部。2年くらい前かな。
 高校演劇の大会は、1本の上演時間がだいたい1時間以内(正確には50分?)に決められていて、1分でもオーバーすると失格だから、すごくコンパクトな話にまとめられていたんだけれど、それにしても凄く面白く温かく、ちゃんと戦争のバカバカしさを浮かび上がらせていて、感心した。セットも工夫の賜物で、バラバラの木組みの塊を、いくつか寄せ集めるとちゃんと船になり、これこそ演劇、と感じたの。
 ということで、初の、と言われると少し引っかかったのだけれど、今度のはプロの役者たちが演じるものだし、上演時間も3時間近いので、全然別物よね。比べるつもりはハナからなかった。
 
 それなのに、観終わって、比べてしまう自分がいて。「川越高校の方がおもしろかったな・・・」って。
 知らず知らず、大きな期待をしてたのね。
 

 
 太平洋戦争末期。軍艦がたりなくなった日本海軍は、漁船の徴用を始める。吉祥丸は、乗組員5、6名の小さな船で、近海で漁をしている漁船なのだが、特別監視艇にされ、太平洋上へ乗り出すことになる。乗組員は、艦長(風間俊介)を始めとする海軍の軍人5名と、もともと吉祥丸で漁をしている漁師たちで、船長(内野聖陽)を含め6名。
 軍人たちは軍艦乗りであって、小さな漁船を操るのには慣れていない。だがプライドだけは高いので、漁師たちをアゴで使って命令しようとする。威丈高な軍人たちに、仕方なく従う漁師たちだったけれど、海の上で起こる命のかかった出来事に、やがて漁師たちの経験値に頼るしかなくなっていって、軍人たちと漁師たちの間に、奇妙な信頼関係が出来上がっていく。
 嵐と、敵のB29の来襲とに、はたして吉祥丸は持ちこたえることができるのだろうか・・・?
 というような、あらすじ。
 
 これね。ネタはいくらでも面白くなる話のはずなのに、いろいろと盛り上がらない。本がイマイチなせいもあるけど、セットのせいが大きいのではないか、と感じたの。というか、セットの使い方、かな。もっと言えば、セットというものへの考え方。
 舞台上には船の構造と同じ三段構造のセットが組まれていて、それはもう、立派なセットなんだけど、これが全然舞台向きではない。そりゃあ確かにホンモノの船は縦方向の三段構造かもしれないけど(船底があって、操舵室があって、甲板があってという、ね)、芝居が行われるのは常にどこか一箇所なのよ。縦方向の動きや、各階同士で芝居が呼応したりする演出が、全然ないの。立派なセットの構造がかえって仇になって、舞台上の動きが制約されてしまい、つまらなくなっている。セットはダイナミックだけど、演技はダイナミックにならない。
 このセットを考案した時、どんな演出を考えていたんだろう?とマダムは激しく疑問に思ったので、そこで初めて、名も知らないこの一色隆司という演出家が何者かを調べたの。
 そうしたら、ちょっと、わかった気がした。
 この人は、テレビドラマ(主にNHK)の演出家だったのよ。別にそれはいいんだけど、舞台をテレビドラマと全く同じように演出しちゃったんだよね、きっと。
 そう思うといろいろ納得できた。演出が平面的で、広がりがない。舞台っていうのは、縦にも横にも奥行きにも自由があって、伸びたり縮んだりも可能で、すごく小さなことを拡大することもできるし、宇宙規模の大きさを感じさせることだってできる。二つの場面を重ねて見せることもできる。なのに、それが全然わかってない。だから、船の三段構造をまんまリアルに三段構造で作っちゃって、普通に役者が上り下りしてるだけで、舞台らしい誇張が全く無いの。
 一幕、二幕それぞれの始まりに、宮崎駿の原作の画像を幕に映し出すんだけど、それも画像をただ大きく映し出すだけ。テレビドラマならオープニングはそれでいいのかもしれないけど、舞台効果としては工夫なさすぎ。全然おもしろくない。出さないほうがよかったわ。
 
 セットはそんな風だし、本もいまひとつだから、役者もやりどころがなくて、気の毒な感じだったよ。船長の内野聖陽と、艦長の風間俊介は、それぞれ役の描かれ方が浅くワンパターン。船長はどこまでも愚直で物知りで温かいし、艦長はどこまでも頑なで肩肘張ってて融通が利かない。これじゃ掘り下げようがないわ。内野聖陽をもってしても、描き込まれてない役を面白くすることは無理だったの。
 一人だけ、役が比較的描き込まれていたのが通信長(溝端淳平)。毎日夜になると、彼は船底にある無線部屋に降りて行って、漁船の無線士(佐藤誓)に声をかけ、タバコを吸う。次第に二人の間の隔たりがなくなっていって、通信長は自分が、様々な船に乗り戦闘に参加してきたのに生き残っていて、今や死に場所を探しているだけだということを、無線士に語ってしまう。
 溝端淳平、これまでさほど気にしたことがなかったけど、この通信長の役がとても良かった。一人の人物として筋が通ってて、無理なく存在してたの。どんな瞬間もその役でいるってことを、つかんだ感じ。
 
 いい原作だし、お金をかけてセットも作ったのに、色々もったいなかったなあ。
 もう一度、川越高校の公演、見たくなった。

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コメント

世田パブの二階席から観てきました。この芝居はある程度大きな箱でないと良さが見えないのではないかと思いますが、紅葉坂はどの位の小屋でしたか?

主役は漁船吉祥丸の舞台美術とジブリ風原画を取り込んだ映像技術だったんじゃないでしょうか?

叡さま。
瀬田パブでの上演に合わせて、レビューを書き上げるつもりでしたのに、お待たせしております。今、書いてますんで、もう少々お待ちください。
ま、セット倒れな感、否めませんよね。

叡さま。
紅葉坂も世田パブと、大きさはさほど変わりません。だから、紅葉坂で見たから良くなかったというわけではない、と思います。
おっしゃる通り、主役がセットとジブリの原画になってしまってた、ということでした。

一つびっくり、私の母校にも演劇部が出来てたのか!其れは観てみたい!
ハナから脚本家・演出家知らん人なので期待してなかった分落胆は無かったです。

叡さま。
あら。叡さんの母校だったのですか?
もう2、3年前なので、その時の生徒は卒業してしまってますね。とてもおもしろく出来てて、確か全国大会まで勝ち上がっていたのですよ。

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