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2018年9月

Oh What a Night!『ジャージー・ボーイズ』チームホワイト 神回の夜

 チームブルーの興奮冷めやらぬまま、チームホワイトへ。9月24日(月)ソワレ、シアタークリエ。

ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』

脚本/マーシャル・ブリックマン&リック・エリス 
音楽/ボブ・ゴーディオ 詞/ボブ・クルー
翻訳/小田島恒志 訳詞/高橋亜子 音楽監督/島健 振付/新海絵理子
演出/藤田俊太郎
出演 チーム・ホワイト
    中川晃教 中河内雅貴 海宝直人 福井晶一
    太田基裕 阿部裕 畠中洋 綿引さやか 小此木まり まりゑ ほか
 

 芝居は生き物で、上演を重ねるごとに変化していくもの。同じセリフを繰り返し口にしても、一度として全く同じ回は無い。それほど豊かなもの・・・と言ったのは、マダムの大好きな風間杜夫御大なのだけれど。
 観る側に立って言えば、毎日観られるわけじゃないので、チケットを買えたその日、その回がすべてなの。だから…毎日観てないマダムがこんなことを言っても、それはただの思い込みなのはわかってる。
 でも言う。
 24日ソワレのチームホワイト、神回だった!
 
 もちろんマダムの席が、向こう5年分くらいのチケット運を使い果たしたであろう、とんでもない良席(2列目ど真ん中)だったこともある。まるで自分の部屋の中でフォーシーズンズが歌ってくれてるようだったの・・・。マダムの長い観劇生活の中でも、こんなことは殆どないこと。みんな、どうぞ羨んでください!嫉妬してください!たぶんマダムのチケット運は、すっからかんですわ。どうとでもなれだー。(しかし誰のファンクラブに入ってるわけでもなく、高額チケットにはびた一文払わないマダムの真っ向勝負で、このようなチケットが手に入ったということは驚き。演劇の神様は、割と公平なのだった。)
 
 神回となったのは、翌日が休演日なので役者さんたち、エネルギー大放出しちゃったのかも、ということもあるね。とにかくすべての条件がこの夜に揃いも揃って、揃ったのよ。そんなわけで、神回。
 
 席があまりにも近かったので、割り引いて聞いてほしいのだけれど、演技も歌も完璧だった!チームホワイトにはやはり一日の長があって、トミー(中河内雅貴)、ボブ(海宝直人)、ニック(福井晶一)、それぞれ皆余裕を持ちつつ台詞を口にし、タイミングを少しも外さずに相手の台詞に反応し、表情を変化させ、そしてたっぷりと歌い上げる。その歌い上げに、ほんの少しずつだけど、チームブルーにまだない余裕というか伸びしろというかコントロールする力のようなものがあって、それがまた相乗効果で出演者全員のノリの良さを生み、観客をどんどん巻き込んでいく。それぞれの人生の機微、喜びも苦さも深かった!
 特に海宝直人のボブ・ゴーディオが素晴らしくて。他の三人とは違うお坊っちゃんで、およそコンプレックスと無縁の男の子で、時折イラっとするくらいアッケラカンとポジティブなボブ。それを屈託ない笑顔とキラキラした目で体現してくれて、つい見惚れてしまったし、なにより歌に凄く説得力があるの。彼が「Oh What a Night!」を歌い出すと、劇場中が彼の豊かな声で満たされて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
 
 そんな周りの充実に押し上げられて、フランキー・ヴァリの中川晃教も俄然、パワーアップしてたの。どの歌も素晴らしかったんだけど、やはり「君の瞳に恋してる」を歌うクライマックス、もうほとんど映画のクローズアップみたいに彼の顔しか見えなくなり彼の声しか聞こえなくなり、歌い終わったら、感極まってマダムはなんだか叫んでた。鳴り止まぬ拍手。これがあの噂のショーストップってもの⁈ それがフランキー・ヴァリのショーストップなのか、中川晃教のショーストップなのか、渾然一体となって、アッキーはちょっと涙ぐみ、マダムも涙がこみ上げたよ。そしてアッキーは(いや、フランキーは)客席を見渡して頷き、身を翻して芝居に戻った。
 そしてなによりも。ラストのフランキーの「やっぱりあの街灯の下で四人で声を合わせた瞬間が最高だった」って、いう台詞に涙溢れる。長ーく歌ってきたフランキーだからこそ言える台詞。これで締めるって、なんて愛おしい芝居かしら。
 
 カーテンコールのメドレーが楽しすぎた!こんなに盛り上がるカーテンコールって、ロンドンで観た『ビリー・エリオット』以来じゃないだろうか。こりゃあ、日本で観られるホントに最高のミュージカルを観た夜だったんじゃないだろうか。Oh! What a Night!
 
 もうすぐ東京公演が終わって、全国ツアーに行くけれど、本当に短いなあ。ぜひ、再再演を考えて欲しいし、そのときはちゃんとアンダースタディ対策もして、ロングランに挑んで欲しい。
 そのときは友達を誘って、毎月観に行くから!

待ちに待った『ジャージー・ボーイズ』 チームブルー

 待ちに待った日が来た。9月19日(水)ソワレ、シアタークリエ。

ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』

脚本/マーシャル・ブリックマン&リック・エリス 
音楽/ボブ・ゴーディオ 詞/ボブ・クルー
翻訳/小田島恒志 訳詞/高橋亜子 音楽監督/島健 振付/新海絵理子

演出/藤田俊太郎

出演 チーム・ブルー

    中川晃教 伊礼彼方 矢崎広  spi

    太田基裕 阿部裕 畠中洋 綿引さやか 小此木まり まりゑ ほか

 
 2016年の初演の時の興奮を、まるで昨日のことのように憶えているの。
 読売演劇大賞の作品賞と最優秀男優賞(もちろん、中川晃教)を取って、再演が決まり、また観られる!って狂喜乱舞したのね。でもそれから、待ったこと待ったこと・・・。だけど、待った甲斐があった!やっぱり胸一杯で倒れそうだった〜。
 お話は同じだし、どんな舞台かは初演の記事(これ→降り注ぐ演技の稲妻 中川晃教の『ジャージー・ボーイズ』 )で書いたので、ぜひそちらを読んでね。
 
 初演の時マダムはチームホワイトの方だけ観たの。今回は両方観るんだけど、まずはチームブルー。
 ホワイトに比べ、役者さんが若い(よね?)し、伊礼彼方とspiは初めて加わったこともあって、全体に若々しい、瑞々しい空気が流れていたの。それがとても良かった。フォーシーズンズが若くしてスターになり、トミーの借金問題の発覚でグループが空中分解するまで10年かそこらだから、基本、若者たちのお話なのよね。チームブルーを観たら、そのことに改めて気づいたの。
 チームブルーの役者さんたち、みんな水を得た魚のように生き生きしていた。トミーの伊礼彼方は、有無を言わさぬ態度のデカさが素晴らしくて、これまで見てきたどんな役よりも合っていた。ニックのspiもセリフの少なさをあの容姿でしっかり補って、存在感を示してたし。そしてボブ・ゴーディオの矢崎広。彼だけ、マダムは他で見た憶えがないんだけど、四人の中で一人だけお坊ちゃんで頭のいい男の子をちゃんと体現していて、感心したし、なにより歌声が美しかったの。
 そしてフランキー・ヴァリの中川晃教・・・期待通りの素晴らしさ。フランキー・ヴァリの声あってこそのフォーシーズンズだったわけだから、このミュージカルの成功も彼の役をやる人の声にかかっているわけで。この役と中川晃教が巡り合ったその場所に、居合わせることができた幸せをマダムは再び噛みしめた・・・。クライマックスの「君の瞳に恋してる」の時にはやっぱり、芝居の途中なのにスタンディングオベーションしちゃいそうになる。
 
 マダムはこの手のジュークボックス・ミュージカルがとても好き。昨年観た『ビューティフル』もとても良かったし。歌を生で聴く幸せを、たくさん味あわせてくれるから。
 でもそのためには主演の役者が、ただ歌が上手いだけではダメなの。歌が上手くて更に、歌の芝居心がある人でなければ。
 無名のそういう人を探し出してきて(きっとどこかにいる。中川晃教だってモーツァルト!のとき無名だったでしょ)、中川晃教のアンダースタディにつけてほしい。そして、せめて半年くらいのロングランに挑戦してほしい。だって、マダムはなんども観たい(毎月観たい)し、今回チケットが手に入らなかった人をたくさん知ってるし、上演期間短すぎて、観客の需要に全然応えられてない。
 藤田演出『ジャージー・ボーイズ』は、そんな日本初の挑戦にも耐えられるような魅力と実力を兼ね備えているよ。マダムは太鼓判、押します。

無名の人々の御一新を描く AUNの『あかつきの湧昇流』

 スカイツリーを見上げながら、だいぶ歩いて劇場へ。9月16日(日)マチネ、すみだパークスタジオ倉。

劇団AUN第二十四回公演 『あかつきの湧昇流』
作・演出/市村直孝
出演 吉田鋼太郎 大塚明夫 黒沢ともよ 横田栄司 北島善紀 星和利
   長谷川志 岩倉弘樹 松本こうせい 飛田修司 谷畑聡 長谷川祐之
   齋藤慎平 杉本政志 伊藤大貴 坂田周子 悠木つかさ 金子久美子
   長尾歩 工藤晶子 沢海陽子 佐々木絵里奈 山田隼平 松尾竜兵
   橋倉靖彦 河村岳司 近藤陽子 砂原一輝 宮崎夢子

 
 AUNが2014年に初めて『有馬の家のじごろう』を上演して以来、市村作品4作目。マダムは今作がいちばん好きかもしれない。
 1作目の時は、シェイクスピア劇団の人達が日本人の役をやっていることが信じられず、観る側のマダムのほうがついていけてない部分があったのだけれど、もうそんなことが嘘のように市村作品に馴染んでしまった。
 役者さんたちも、始めは着慣れない着物姿だったのが、今ではすっかり似合うようになっていて、不思議なものね。

 あらすじを全部説明するのはあまりに困難なのでやめておくけれど、どんなお話だったか、一言で言えば「無名の人々にとって明治維新とはどんなことだったのか」を描いてる。それは「明治維新」という言葉で普段イメージされるものとはだいぶ違うの。
 私たちは歴史を教科書で勉強したり、大河ドラマなんかを見たり、司馬遼太郎なんかを読んだりして、当時のことを俯瞰してわかった気になってるけれど、その只中に生きた人たちのことを存外知らないものなのだ、としみじみ思った。
 
 武士の格好をして旅をしている弥之助(実は女、黒沢ともよ)と、そのお供をする家臣の伊三次(吉田鋼太郎)はいかにも仇討ちのために旅しているのだけれど、その詳細はなかなか明かされない。二人は道に迷い、山中の廃寺に行き着く。寺は、近くの銅山で働く鉱夫たちの宿に使われていて、訳ありな親子が寺に住み込みで働いている。
 所変わって、江戸の同心の善八(大塚明夫)は手下を使って薩摩方を探らせて、薩摩の精神的支柱である美樹十三郎(松本こうせい)の居所をつきとめ、捕らえて処刑する。薩摩藩士潮甚平(横田栄司)は、十三郎の仇を討つべく、善八の手下を一人一人手にかけていく。善八は死を覚悟し、幼い養女を手下の又吉(松尾竜兵)に託して逃がし、自分は薩摩藩邸に乗り込んでいく。
 というような全く違う場所、時間のふたつの物語が、並行して進んで、やがて弥之助と甚平と又吉の因縁が明らかになる…。
 
 芝居の作りはかなり複雑で、幕末のとある時期(安政の大獄の頃)と、明治五〜十年くらいの、割と近距離のふたつの時間が交錯するのね。さらに場所も、足尾銅山の町、江戸、薩摩や会津に次々と飛ぶ。そして時間と場所についての説明はわざわざしない。ヒントはごく普通の会話の中にこっそり練りこまれていて、こちらが感覚を研ぎ澄ましていないと、捕まえ損ねてしまうわけなの。
 でもこれは台本の失敗ではなくて、作家(そして演出家)の狙いがまさにそこにあるのね。色々な断片が少しずつ集まっていって、最後の大団円で一気にパズルが組み上がって目の前に全容が開ける…それが市村作品のカタルシス。
 なので、観終わった後の友人たちとのお喋り(反省会)でも、「登場人物表と関係図と歴史年表が欲しかった」という意見が出て、マダムも頷いたのだけれど、そこは紙一重で難しいよね。何も知らずまっさらな状態で芝居に導かれていくことも、極上の喜びだし、作家もそれを目指しているのだから。
 
でも、そうはいっても、マダムも脳の中で伏線を全部回収しきれなかった所があって、時間があればもう一度観たかった。再演、しないかな。
 
 役者さんの演技は皆、細かな演出が行き届いていて、とても良かった。武士は武士らしく、芸妓は芸妓らしく、女将は女将らしく、料理人は料理人らしく、番頭は番頭らしく、鉱夫は鉱夫らしく。殺陣、舞、立ち居振る舞い、汗の拭い方、汁物をよそる手元まで、身分と仕事を身体がちゃんと表していて、観ているのが楽しかった。翻訳物だと、なかなか得られない感覚かも。(個人的には横田栄司の着物姿にクラっときた〜。文学座関係者はちゃんと見てるだろうか?「華岡青洲の妻」がやれるよ!)

 
 市村4作品のなかでどうして『あかつきの湧昇流』がいちばん好きかというと、人情を描くのではなく人間を描くことにシフトチェンジしたから。それと、幕末から明治維新にかけての時代は、今の私たちの生き方に密接に関係があることだと最近強〜く思っているので、有名人たちの縄張り争いじゃなく、市井の人たちの人生の芝居であったことも、とてもよかった。
 坂本龍馬にも西郷隆盛にも、飽き飽きしたよ。もう有名人の手柄話はたくさん。

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、メタル「マクベス」予習講座 その2

 その2、遅くなってごめんなさい。

 新感線の「メタルマクベス」は、1980年代のメタルマクベスという名のバンドのお話と、それから300年後の2280年のお話が並行して進むようにできています。
 シェイクスピアの「マクベス」っぽいお話は2280年の方で描かれていきますが、なぜかそっちは、登場人物にエレキギターの名前がついているのです。それでちょっと、ややこしい感じになるんですが、登場人物対照表を作ってみましょう。
 

シェイクスピアの    新感線版の
「マクベス」      1980年 /  2280年    
マクベス        マクベス / ランダムスター    浦井健治
マクベス夫人      ローズ  / ランダムスター夫人  長澤まさみ
バンクォー       バンクォー/ エクスプローラー   橋本じゅん
マクダフ        マクダフ / グレコ        柳下大
ダンカン王       元社長  / レスポール王     ラサール石井
マルカム王子      元きよし / レスポールJr     高杉真宙

 
 名前を憶えておく、というよりも、「これが暗殺される王様」とか「これが逃げた王子を説得に行く貴族」とかっていう「設定」がざっと頭に入っていれば、もう大丈夫。迷いなく芝居の世界に入っていけます。
 宮藤官九郎は自分でもバンドをやってるだけあって、かっこいいギターの名前がいろいろ出てきます。しょぼい役にヤマハとかつけてたり、グレコ(日本製のギター)の息子の役名がローマンで、急にギターと関係なくなったり(グレコ・ローマンってレスリングの言葉じゃなかったっけ?)、ふざけてて楽しいです。
 宮藤官九郎の台本は、原作「マクベス」のツボを心得た上で色々とアレンジして遊んでいるので、原作のあらすじを理解したら、こだわりを捨てて楽しんでくださいね。
 
 「回る劇場が初めてなのでちょっと心配」という声も聞きましたが、別に360度っていっても観客の後ろでは演技しないので、観客の私たちが努力しなきゃいけないところは何もないです。
 大変といえることがあるとすれば、行くまでが大変。辺鄙な場所だから。それと、ちょっとした飲み物とかお菓子とかは手前の大きな駅などで調達しておかなければなりません。劇場の周りには店などはないから。終演後、友だちとお喋りしたくても、劇場から離れてからでないと、店どころか雨風をしのぐ建物すらありません。
 なので、そのあたりは準備万端おこたらず、劇場に向かいましょう。
 
 マダムは11月中にいちど観て、あとは千秋楽に行くつもりです。楽しみ〜!
 千秋楽報告の記事は来年となるので、まずは11月の記事に皆さんおいでくださいね。まだ少し先ですが、楽しみに待ちましょう。 
 

ミュージカル俳優浦井健治ファンのための、メタル「マクベス」予習講座 その1

 お約束どおり、浦井ファンでメタルマクベスのdisc3しか観ない方のため、予習講座いたします〜。
 disc1をすでにご覧になった方や、シェイクスピアに慣れてる方、劇団新感線に慣れてる方は、読み飛ばしてください。

 
 新感線の「メタルマクベス」は、シェイクスピアの「マクベス」の翻案物ですが、これが実に「マクベス」らしいお話になっています。脚本の宮藤官九郎すごい。「マクベス」に対する理解が深い。
 原作を全然知らなくても楽しめますけれど、原作を知ってると尚いっそう楽しめるので、少し予備知識を仕入れましょう。
 「マクベス」はシェイクスピア作品の中ではいちばんわかりやすい、シンプルな本ですので、まずは読んでみることをお勧めします。マダムは小田島訳に馴染んでいますが、初めて読む方は、注が多い松岡和子訳もいいかと思います。
 でも・・・読んだけどわかんないとか、読む暇がない、という人のために、特別にあらすじを解説しちゃいます。
 ちょっと長いですけど、マダムのあらすじ、かなりわかりやすいと思いますよ〜。

 
✴︎✴︎✴︎✴︎シェイクスピアの「マクベス」あらすじ✴︎✴︎✴︎✴︎

 
 昔々、スコットランドを治めているダンカン王の配下に、マクベスとバンクォーという将軍がいました。二人は戦いに長けた勇敢な軍人で、王からの信頼も厚く、そしてまた親友同士でもあります。
 あるとき、激しい戦で勝ち、二人は戦場から王のもとへ戻ろうとしていて、森の中で、三人の魔女に出会ったことから、運命が変わってしまいます。
 魔女は、マクベスに「今はグラームズの領主だけど、これからコーダーの領主になるし、そのあと王様にもなるよ」と予言します。マクベスは笑って、取り合いません。
 バンクォーが「俺にも何か予言しろよ」と催促すると、魔女は「あんたは王様にはなれないけど、王様の先祖になれる」と予言します。二人はとりあえず機嫌が良くなって森を去ります。
 が、このすぐあとダンカン王から伝令が来て「軍功の褒美として、マクベスにコーダー領を授ける」と言ったことから、マクベスとバンクォーの顔色が変わります。魔女の一つ目の予言が、実現したのです。
 こうなるとマクベスは、次の「王様になれる」という予言が気になって仕方ありません。一方バンクォーも、マクベスの野心が急激に膨らんできたのを察します。
 
 マクベスは自分の城に帰り、夫人に魔女の予言の話をします。すると夫人はすっかり予言に取り憑かれてしまい、自分たちの城に泊まりに来るというダンカン王を「暗殺しましょう」と言い出します。マクベスはそこまで考えていなかったのでびっくりしますが、夫人に焚きつけられ、結局その気になってしまいます。
 そしてダンカン王は王子のマルカムや大勢の部下を引き連れて、マクベスの城に泊まりにやってきます。マクベスは王の寝室に忍び込み、王を殺害し、眠らせておいた従者たちに、血のついた刀を握らせ、罪をなすりつけます。マクベス夫人も一緒に加担します。
 翌朝、ダンカン王が死んでいるのが発見されると、マルカム王子は身の危険を感じて、いち早く脱出します。マクベスはこれ幸いと、王の暗殺を企てたのは王子だったということにし、まんまと自分が王座に座ってしまうのです。
 
 王となったマクベスは、魔女の自分への予言が当たったので、「バンクォーが王様の先祖になる」という予言が目障りとなってきます。マクベスには子供がいません。こんな思いをしてせっかく王になったのに、バンクォーの子孫に王座をくれてやるのか、と考えると腹がたつのです。そして、かつての親友バンクォーとその息子の暗殺を命じます。暗殺者たちはバンクォーを殺害しますが、息子のフリーアンスには逃げられてしまいます。
 マクベスはバンクォー殺害の報告を受けたあと、なに食わぬ顔で宴会を開き、「バンクォーがいなくて残念だねえ」などとうそぶきますが、空いている席に血みどろのバンクォーの幻が見えて、半狂乱になります。マクベス夫人は必死にその場を取り繕いますが、貴族たちはマクベスが怪しいことに薄々気づき、マクベスへの信頼は崩れていきます。
 
 マクベスはいつ誰が裏切るかも、という疑心暗鬼からどんどん残虐な独裁者になっていきます。マクベスに対して批判的な貴族マクダフは、打倒マクベスの旗を上げるため、イングランドに逃げているマルカム王子のもとへ、説得工作に出かけます。王子は、罠ではないかと警戒し、マクダフをいろいろと試した結果、彼の言葉が真実だと受け入れて、打倒マクベスの旗を上げます。
 しかし、その頃、マクダフの留守宅には、マクベスの刺客が乱入し、マクダフの妻と息子は殺されてしまいます。それを知ったマクダフは、復讐の鬼と化し、マルカム王子を立ててスコットランドに攻め入ります。
 
 マクベスが吹っ切れた独裁者になっていくのに対して、あれほど強い野心があったマクベス夫人のほうは、心が壊れてしまいます。夢遊病になって、夜な夜なベッドから起きだしては、「血の跡が消えない」とつぶやきながら、必死に手を洗うような仕草を繰り返します。夫人を看病していた医師と召使いは、その様子から事の真相(ダンカン王の暗殺)を知ってしまい、震え上がります。やがて、完全に気がふれたマクベス夫人は城の窓から身を投げて死んでしまうのでした。
 
 一方マクベスは、ひとり森へ行き、魔女たちにもう一度予言をもらおうとします。魔女はマクベスに二つの予言を授けます。一つは「バーナムの森が動いてやってくるまで、マクベスは負けない」。もう一つは「女の股の間から生まれた者には、マクベスは負けない」。これを聞いてマクベスは自分は安泰だと思い込みます。「バーナムの森が動く」なんて事はありえないし「女の股の間から生まれてない奴」なんかいない。だから自分は負ける事はない。そう確信して、マクベスは、家臣もほとんどいなくなった城で、悠々と攻撃を待ち受けます。
 が、見張りの者が真っ青になって「バーナムの森が近づいてきます!」と報告したので、マクベスは半狂乱になります。マルカム王子軍は、木の枝を頭上に掲げて森に紛れながら進軍してきたのでそれが、「バーナムの森が攻めてくる」かのように見えたのです。マクベスの周りにわずかに残っていた家来も、恐怖のあまり逃げ出します。王子軍はついに、マクベスの城に攻め入ります。
 それでもマクベスは勇敢に戦い、敵を蹴散らしていきます。復讐に燃えるマクダフが遂にマクベスを見つけます。マクベスは「女の股から生まれた奴には俺は負けないんだ」と自信たっぷりでしたが、マクダフはそれをあざ笑って言い放ちます。「俺は帝王切開で生まれたんだ。女の股の間から生まれちゃいないんだよ!」
 マクベスは愕然となり、魔女の予言に弄ばれてきたことを悟ります。が、時はすでに遅く、マクダフの手によってマクベスは討ち取られます。
 

 はい、これが「マクベス」のあらすじです。
 何度か読んで、あらすじが頭に入ったら、その2で「メタルマクベス」の登場人物表と見比べてみましょう。では、少し時間をくださいね、その2を書きます。

ハイバイ15周年記念同時上演『て』と『夫婦』 続いて『夫婦』

 夏休み終わって、仕事の初日の夜、観劇。誰がこんなスケジュール組んだの?8月23日(木)ソワレ、東京芸術劇場シアターウェスト。

劇団ハイバイ15周年記念同時上演『夫婦』
作・演出/岩井秀人
出演 山内圭哉 岩井秀人 遊屋慎太郎 瀬戸さおり 渡邊雅廣
   川上友里 八木光太郎 菅原永二

 『夫婦』も再演なので、以前の記事をまず読んでね、と言おうとしたら、記事が無かった。よく考えてみたら初演は、テレビ中継で観たんだったわ。
 なので、少しあらすじを書かなくちゃね。
 
 作家の岩井秀人本人と、その両親の物語。
 『て』でも書かれているように、岩井家の父親は酒乱で、子供達は散々殴られてきて、そのせいもあって岩井秀人は5年間ひきこもっていた、という人なのね。そして、今回は晩年の両親に焦点を当てて『夫婦』を作った。

 父の危篤の知らせを受けて秀人(菅原永二)が病院に駆けつけると、そこには痩せこけて変わり果てた父の姿(人形)があった。看病してきた母(山内圭哉)や姉(瀬戸さおり)の話を聞くと、肺がんの手術が上手くいかず、その後の治療も説明足らずで納得がいかない様子。そうこうするうち父は亡くなり秀人は、医師だった父の皮肉な最期や、母との馴れ初めなどを知っていく。
 と書くと重々しい一代記のようだけど、そこはハイバイだから、一筋縄ではいかない。外面のいい父だけど、家の中では子供に理不尽な暴力を振るう。結婚前はいっぱしの男女平等論を喋っていたのが、結婚後は「釣った魚に餌をやるやつがどこにいる」とか言って母をどこへも連れて行かない。そんな酷いエピソードを、サラッと飄々と乾いたタッチで描きつつ、話は進む。
 再演だけど、母と現在の秀人役以外は、役者が代わっている。前回父親役だった猪股俊明が隣りの劇場で『て』のほうに出演中のため、『夫婦』の父親は岩井秀人が演じる。マダムはこれが、ちょっと怖かったの。いや、殴る父親だから怖いんだけど、猪股俊明の演技がフィクションの名演技だとすると、岩井秀人の演技はノンフィクションの要素が入っていて、それが怖かったんだよね。
 
 あんなに酷い目にあったのに、父の最期の闘病に母は寄り添い、病院の対応に不満を述べ、父が亡くなった今、彼の業績をちょっと誇りにしてるところがあったりする。腹腔鏡手術の草分けの人であったので、母がその手術を受けた時、傷口を見せびらかしたりして嬉しそうなの(ふんわり大らかな母に山内圭哉がすごく似合うんだけど)。
 前回はそんな母の様子に、ちょっと呆れている視線が感じられたのだけれど、今回はその視線が随分と薄れていて、芝居全体が、母の気持ちで覆われていたので、マダムはもやもやしてしまった。
 「家庭内では暴力ふるってたけど、仕事では業績を残したからまあいいよねー」っていうつもりはこの芝居にはないはずだけど、ちょっと感じられてしまったので、当惑しちゃって。
 どうしてそんな風に感じたのか、いろいろと考えて、記事にするまで時間がかかってしまったけど、結局原因は解明できなかった。
 もしかしたら、こんな風にいつまでもモヤモヤさせることが演出家の狙いだったのかな。術中にハマったわ。

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