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2018年4月

新国立劇場でオーウェルの『1984』を観る

 新緑が綺麗で、出歩く足も軽い。4月29日(日)マチネ、新国立劇場小劇場。

『1984』
原作/ジョージ・オーウェル 脚本/ロバート・アイク ダンカン・マクミラン
翻訳/平川大作 演出/小川絵梨子
出演 井上芳雄 ともさかりえ 森下能幸 宮地雅子 山口翔悟
   神農直隆 武子太郎 曽我部洋士 ほか

 

 すごく退屈だった。

 『1984』はあまりにも有名なジョージ・オーウェルの小説だけど、マダムはお話を知ってはいても読んでないの。舞台を観るのも初めて。
 で、ブロードウェイ上演時は、拷問シーンのグロさハンパなくて、気分が悪くなって帰る人続出だったらしい。その辺のことは教えてくれる人がいたので、覚悟して行ったの。だけど、グロさ云々の前に、1本の芝居としてメチャクチャ退屈で、拷問シーンの前に帰ろうかと思ったわ。

 小川演出はたいてい、観客の側に多くの予備知識を要求するのだけれど、今回も例外ではなくて、物語の設定について何の説明もないの。核戦争後であるとか、世界が3分割されて統治されてることとか、ビッグブラザーという名の絶対的統治者が君臨していることとか。全世界的に独裁による全体主義に覆われてることとかね。感じさせる工夫が相当足りないよ。

 始まって3分の2くらいまで(つまり拷問シーンの前まで)の緊迫してる風の会話が、あきれるほどつまらなくて、眠くなっちゃう。役者の演技がよくないのか、演出が行き届かないのか、その両方なのか。観客がイメージを受け取りたくても、全然受け取れない。全体主義の空気も描けてないし、主人公ウィンストン・スミス(井上芳雄)はどういう立場の男なのかも、どうしたいのかもわかんないの。怖くもなけりゃ、感情移入もままならない。もう、なんにも伝わってこないのでマダムは、芝居が理解できない恐怖でいっぱい。
 さらに、監視社会を表現するためなのだろうけど、ウィンストン・スミスと恋人ジューリア(ともさかりえ)の逢瀬の様子が映像で、セットの壁に延々映し出される。この映像が恐ろしく陳腐で、出来が悪すぎ。写し方も工夫が足りなくて、テンポがダラダラ。
 今や舞台で映像をどう取り入れるかにおいて、演劇界は成熟の時期に突入しているでしょう?なのに、こんな素人くさい映像を延々と流して良しとするのって、唖然とする。お金がかかることができないなら、映像使用は諦めるべきだったのではないかしら。

 そしてここからは根本的なことだ。
 物語は、ウィンストン・スミスが激しい拷問に耐えられなくなって、恋人ジューリアを守る気持ち(愛)を売り渡し、拷問から逃れ、その後は全体主義の奴隷となって生きて行くことを暗示して終わるんだけど。
 拷問に耐えられずに愛する人さえ売り渡してしまう・・・って、たいていの人間には当たり前のことだ。追い詰められたら人間は弱い。どんな残虐なことだってしてしまう。だからそのことを訴えても、なんにも解決にならないよね。
 グロい拷問シーンをこけおどしのように使って、ウィンストンの変わりようを描いてみても、私たちはその先に進むことはできないじゃない?『1984』はその程度の作品なんだろうか?
 
 拷問シーンについてはグロかったけれど、ショックはなかった。野田秀樹の『THE BEE』の、割り箸を折ることで指が折れるのを表現された時の方が、よっぽど倒れそうだった。演劇的な表現とは何か。そのことをもう一度考え直した方がいいよね。

言葉がなくてもシェイクスピア ロイヤルバレエ『冬物語』

 週末に何を観るか迷ったすえに、東宝シネマズ日本橋に行ってきた。

ロイヤルバレエ『冬物語』(2018年2月28日収録)
振付/クリストファー・ウィールドン 音楽/ジョビー・タルボット
美術/ボブ・クローリー 指揮/トム・セリグマン
出演 ローレン・カスバートソン(ハーマイオニー) 平野亮一(リオンティーズ)
   サラ・ラム(パーディタ) ワディム・ムンタギロフ(フロリゼル)
   マシュー・ポール(ポリクシニーズ) ラウラ・モレーラ(ポーリーナ)ほか

 

 ひさびさに演技の稲妻を浴びた。
 しかも、なまの舞台ではなくシアターライブ、つまり映像からなのだから、まさかの『ビリー・エリオット』体験の再来!なのでは? ヤバいわ〜これは。『ビリー・エリオット』の時は、感極まったあまり結局ロンドンまでなまを見に行ってしまったのだから。まずいぞ・・・。
 
 マダムは殆どバレエを知らない。舞台を観たのは2回しかなく、1度目は記憶にないくらい子供の時だし、憶えているのはトロカデロモンテカルロバレエ団なのよ。なので全くの素人である。
 テレビのドキュメンタリーで、今ロイヤルバレエ団のプリンシパル(主役級)に2人の日本人がいると紹介されていたのね。そこで平野亮一の練習風景などをチラリと見て、何か機会があればこの人の踊りを見てみたいなあと、ちょっと思ってはいたの。
 それでもこの演目でなかったら、見に行かなかっただろう。シェイクスピアの『冬物語』!

 こりゃね、シェイクスピア好き、の中でも役者の人に見せたいっ。
 というのも、台詞がなくても、リオンティーズを表現できるってところを、見た方がいいと思うの・・・(あたりまえだけど、真似しろってことではなくてね)。
 平野亮一のリオンティーズは本当に素晴らしかった。演技の稲妻が出まくり。もちろん、バレエであるから、普通のシェイクスピア劇とは全然違う。これを見るまでは、台詞のないシェイクスピアってなんやねん、くらいに思っていたマダム、完全に倒れた〜。
 リオンティーズは「何の根拠もなく」、愛してやまなかったはずの王妃の浮気を疑い、「何の根拠もなく」疑いは確信となり、嫉妬と怒りの塊となって、まわり中をなぎ倒し、妃と王子を死に追いやってしまうのだけど、シェイクスピアは台詞の嵐で表現している。それをロイヤルバレエの演出は、古典的なダンス(とマダムが思う)とは違う振付で、表現する。疑いのダンス、嫉妬のダンス、怒り心頭のダンス。高い高い技術に裏打ちされた豊かな表現で、平野亮一はリオンティーズの激しい振れ幅をぐんぐん押し広げていく。そして映像ならではの醍醐味は、顔の演技をしっかり見られること。嫉妬で顔が歪むほどの表情や、怒りで人は本当に狂うんだってことを目の演技で見せていて、1幕はひたすら息を呑んで、画面を見つめてたの。
 
 2幕はリオンティーズから捨てられた赤ん坊パーディタが、羊飼いに育てられ、美しい娘となって恋をする様子が描かれるのだけど、1幕の狂おしい暗さを吹き飛ばすような、明るくて美しい群舞。素直に楽しい。(でも、ドラマティックなところはないの。)
 そして3幕。自分の狂気のせいで妃も子供もすべて失って廃人のようになったリオンティーズのもとに、救いがもたらされる終幕。パーディタとの再会、仲違いしたかつての親友との和解。そして最後の最後に、死んだはずのハーマイオニーの彫像が生きたハーマイオニーとなってリオンティーズの前に現われた時の感動といったら!それまでのリオンティーズとハーマイオニーの演技の素晴らしさで、完全に二人がその役の人にしか見えなくなっていて、20年の時を経て許し許される姿に、心の涙腺が決壊よ・・・。
 
 というわけで平野亮一の演技の稲妻に倒れ切ったマダムだった。
 海外のシェイクスピア上演ものを観るたび、言葉の壁は大きいなあと思ってきたマダムだったけれど、思わぬ伏兵現る!なんと、シェイクスピアなのに言葉を使わない演技があったのだったわ。溜息。

劇団新感線『髑髏城の七人 極 修羅天魔』に行く

 おそまきながら回る劇場で、回ってきた。4月9日(月)マチネ、IHIステージアラウンド東京。

劇団新感線『髑髏城の七人 極 修羅天魔』
作/中島かずき 演出/いのうえひでのり
出演 天海祐希 福士誠治 竜星涼 清水くるみ 三宅弘城
   梶原善 山本亨 右近健一 吉田メタル 古田新太 ほか

 本筋の「髑髏城の7人」はWOWOWで小栗旬主演バージョンを観ただけ。うっすらとお話を憶えているだけだったんだけど、今回、十分楽しめたわ。
 あらすじを説明するまでもないだろうし、色々突っ込んでみても詮ない舞台なので、レビューは書かず、感じたことを羅列します。

新感線って、滅茶苦茶ハイスペックで大掛かりな大衆演劇なんだってことを確認。
・古田新太の殺陣は見事で、それ以外は省エネ。絶対に走らないのが可笑しい。
・出てる役者みんなに見せ場を作ってあげるので、どうしても長くなっちゃうし、中だるみはある。
・劇場は、トイレ少なすぎ、ロビー狭すぎ。プレハブ感がいっぱい(本当にプレハブなんでしょ?何年かで解体するんだよね?)。まあ、これはこれで、こんなものかしらね。
・最初は、酔っちゃうかと心配したけど、それほどでもなく。巨大スクリーンを駆使すれば駆使するほど、やっぱりディズニーランド感が増す(マダムはディズニーランドが苦手です)。
・そして、天海祐希、カッコイイなあ!
 
 そのほかにも竜星涼が際立っていたとか、三宅弘城がいい味だしてたとか、その他あるけど、マダムはけっこう吉田メタルが気に入ったかも、というどうでもいい情報を書き添えて、今回は終わりにするね。

“いろいろな人“を登場させ得た『Take Me Out 2018』

 劇場はなかなか素敵なのだけど、急な階段が怖い。あと数年すると、マダムは降りられなくなるのではないかしら? 3月31日(土)マチネ、DDD青山クロスシアター。

『Take Me Out 2018』
作/リチャード・グリーンバーグ 翻訳/小川絵梨子
演出/藤田俊太郎
出演 玉置玲央 栗原類 浜中文一 味方良介 小柳心
   陳内将 Spi 章平 吉田健悟 竪山隼太 田中茂弘

 初演を観た人たちが皆褒めていたので、再演を待っていたの。とても面白かったー。
 野球チームの話らしいと聞いていて、野球についてなら人並み以上の知識はあるし、それ以上何の予習もしていかなかった。観終わってわかったのは、これは特にその知識も必要なかったね。
 というのも、野球のシーンは殆どなくて、ロッカールームの人間関係の話であったから。
 大リーグのチーム、エンパイアーズのスター選手ダレン(章平)は、父が白人、母が黒人だったけれど、裕福な家庭に育ち、今は人気選手となっている。これまでに一度も差別を受けることなく生きてきた(と語り手のキッピー(味方良介)が言う)彼は、ある日自分がゲイであることを公表したため、差別と偏見が彼の周りに渦巻き、チームの成績も下降気味。チーム内に不協和音が起き始める。
 チームを立て直すため、補強として押さえのピッチャー、シェーン(栗原類)が加入し、チームは再び上昇するのだけれど、シェーンのゲイに対する差別発言が再びチームの雰囲気をどん底に陥れる。投げやりになったダレンは、若くして引退を考える。でも彼の会計士メイソン(玉置玲央)がダレンをとめる。それは商売上のアドバイスにも見えたのだけれど、ある大事件が起きて、ダレンは自分にはメイソンが必要だと気づく・・・。
 というような物語。

 男の役者ばかり11人。イケメンの男の子が多いので、客席もそのファンらしき若い女の子がいっぱい。イケメンばかり集まると皆同じ顔に見えて物語が平板になるきらいがある昨今だけど、今回は違ったので、おおっ、と思ったよ。
 ダレンを演じた章平をはじめとして、皆、違う顔、違う体型、違う人種、を表現できてた。ダレンの少し浅黒い肌、シェーンのヒョロッとした体つきとロングヘア、メイソンの少し貧弱にさえ見える小柄さと赤毛っぽい髪、キッピーの短い北欧的金髪、他チームのスター選手デイビー(Spi)のハーフの顔立ちを生かしたwaspっぽさ、顔も体も表情を抑えた日本人選手カワバタ(竪山隼太)・・・といったように見た目の違いがちゃんと出ていて。その上に、言葉だけに頼らない演技全体で、一人一人の個性を表現できていたの。その辺りの演出がとてもきめ細かくて、的確。
 人種の問題や、ゲイの人たちが受ける差別の問題。むき出しの差別意識を見せるシェーンには過酷な子供時代が背景にあったことも描かれる。幼い頃に両親を亡くし(父が母を銃殺後、自殺する、という無理心中)その現場にいた記憶にさいなまれながら、ずっと居場所もなく教育も受けずに大人になってしまった、その結果が、短絡的な差別主義者なの。演じる栗原類が素晴らしかった。こんな狭量で短絡的で教育のない人物を演じるのは、精神的な負担が大きいだろうなぁと思うのよ。なのに、パターンの「悪役」や「かわいそうな人」に逃げずに、シェーンを造形しきっていたことに感心した。冷徹な演出も偉い。
 ダレンを演じた章平が、すごく素敵だった。大人の男っぽさ、色っぽさがちゃんとダレンに宿っていて。だから彼がプレイするシーンがないにもかかわらず、人望を集めたスター選手だってことを、見る側もすんなり信じられたし。
 そしてなんといってもメイソン(玉置玲央)の造形だよね。小柄で貧弱で、少し遠慮がちでありながら、気持ちがついあふれて饒舌になってしまうゲイの会計士。最初、観客はダレンと一緒になって「誰だよ、こいつ」と思うのだけれど、最後には愛すべき人として受け入れてしまうのよ。
 
 Take Me Out のあとには当然、 to the Ball Game と続くのだけど、題名の 「Take Me Out 」はダレンの心の言葉なのかな。俺をここから連れ出してくれ、という。あるいは未来へ連れてってくれ、という・・・。 
 面白かったなあと思いながらの帰り道、つらつら考えたのは、どんな問題もタブー視して逃げちゃダメだ、っとことね。芝居も、物語も、人生もね。

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