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2017年12月

2017年の総括

 今年、劇場で観た芝居は以下の通り。( )内は演出家。

1.  『お気に召すまま』(マイケル・メイヤー)
2.  ミュージカル『フランケンシュタイン』(板垣恭一)
3.  『スパイに口紅』(村田裕子)
4.  カクシンハン『マクベス』(木村龍之介)
5.  『足跡姫 時代錯誤冬幽霊』(野田秀樹)
6.  ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』(白井晃)
7.  『令嬢ジュリー』(小川絵梨子)
8.  ミュージカル『王家の紋章』(荻田浩一)
9.  『エレクトラ』(鵜山仁)
10.劇団チョコレートケーキ『60’エレジー』(日澤雄介)
11.ミュージカル『グレート・ギャツビー』(小池修一郎)
12.『クヒオ大佐の妻』(吉田大八)
13.イキウメ『天の敵』(前川知大)
14.新派公演『黒蜥蜴』(齋藤雅文)
15.『子午線の祀り』(野村萬斎)
16.子供のためのシェイクスピア『リア王』(山崎清介) 
17.『子供の事情』(三谷幸喜)
18.『怒りをこめてふり返れ』(千葉哲也)
19.『ハイバイ、もよおす』(岩井秀人) 
20.AUNワークショップ公演『間違いの喜劇』(長谷川志)
21.ミュージカル『ビリー・エリオット』(スティーブン・ダルドリー)
22.『野田版 桜の森の満開の下』(野田秀樹)
23.ミュージカル『ビューティフル』(マーク・ブルーニ)
24.『ワーニャ伯父さん』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
25.風間杜夫一人芝居『ピース』(水谷龍二)
26.『クライム オブ ザ ハート 心の罪』(小川絵梨子)
27.『デス・ノート THE MUSICAL』(栗山民也)
28.さいたまゴールド・シアター公演『薄い桃色のかたまり』(岩松了) 
29.『オーランドー』(白井晃)
30.『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』スペシャルショー(ヨリコ・ジョン)
31.『リチャード三世』(シルヴィヴ・プルカレーテ) 
32.『オセロー』(イヴォ・ヴァン・ホーヴェ)
33.イキウメ『散歩する侵略者』(前川知大)
34.『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(小川絵梨子)
35.『ペール・ギュント』(ヤン・ジョンウン)
36.花組芝居『浪漫歌舞伎劇 黒蜥蜴』(加納幸和
37.彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』(吉田鋼太郎)
38.『ミュージカル ヘッズ・アップ!』(ラサール石井)
39.彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』(吉田鋼太郎) 
 

 今年もたくさん観てしまったね〜。
 でも、時間と体力と金力があれば、もっと観たいものがあったの。年末の劇団チョコレートケーキや、風姿花伝の公演、行きたかったし、文学座のアトリエ公演も行ってみたかったし、注目していた森新太郎や上村聡史の作品を観に行けなかったのも残念だったし。年頭に『スパイに口紅』を観て、もっと小劇場を発掘したいと思ったけれど、その後あまり探索できなかったしね。
 それでも、充実の39本だった。今年はミュージカルでは飛び抜けたものがなかったけれど、その分、ストレートプレイがすごかったの。
 なんといってもダントツはイキウメの『天の敵』『散歩する侵略者』。劇団として今絶頂期にあり、他の追随を許さない出来栄え。本も、舞台効果の完成度も、役者の演技も全てが最高峰。イキウメの公演を観た後は、しばらく他の芝居を観ないでじっとしていたいと思うほど。
 そして、蜷川御大亡き後、その遺産が生んだ二つの収穫が、とても大きかった。岩松了演出の『薄い桃色のかたまり』と吉田鋼太郎演出の『アテネのタイモン』全く違うジャンルと言っていい二つの芝居だけれど、蜷川御大が残した「場」がなかったら生まれなかっただろう素晴らしい作品。シェイクスピア押しのマダムは吉田鋼太郎に肩入れしてたわけだけど、それを引いても、この収穫の大きさは変わらないと思うのよ。
 それとあと1本挙げておきたいのは『野田版桜の森の満開の下』。野田秀樹と歌舞伎をつないでいた勘三郎がいなくなって5年、歌舞伎の演出はもうしないのかと思っていたわ。だから再び歌舞伎を演出して、こんなに美しい舞台を見せてくれたことが素直に嬉しかった。
 年末には『アテネのタイモン』の稽古場見学もさせてもらい、レポートもできたので、マダムとしてはブログ10周年を記念する特別な活動ができて、とても満足。次に続いたらいいなあと思ってる。
 
 ということで、皆様、今年一年、ありがとうございました。
 来年も観劇にうつつをぬかせるような、平和で民主的な世の中でありますように。

『アテネのタイモン』二回目

 二回目の観劇。12月27日(水)マチネ、彩の国さいたま芸術劇場大ホール。

 評判が良く、平日の昼間にもかかわらず満席で、当日券にもたくさんの人が並んでいたわ。
 芝居自体は初日の方が面白かったんだけど、それはやっぱり色々と初めて見る驚きとかドキドキ感が違うからね。二回目は逆にリラックスして観られたの。そうしたら、いくつか細かいことに気づいたりした。例えば、小さな役で台詞を言う人が違っていたり、踊り子たちがタイモンの周りに侍る形が変化してたり、火事の時赤い借用書の紙が舞い散るんだけど、途中から黒い紙に変わっていくのを確認できたり。火事の煙が今日は多いな、と思ったり。アペマンタスの纏う毛皮が熊っぽいのからキツネっぽいのに変わってたり。
 演技も日々、変化していくものなんだね。カッキーは通路での演技にすっかり慣れて、空いてる座席に座ってみたりしてた。マダムは通路脇の席だったので、彼がマントを翻しながら横を通るたび、いい香りがするなあ・・・なんて思ってた。

 プログラムは普通買わないことにしてるんだけど、今回は買ってよかった。凄く素敵な写真と、メインの四人のロングインタビューと、すべての役者さんの一言が載ってる。それと、吉田鋼太郎VS横田栄司、藤原竜也VS柿澤勇人の対談が載ってるんだけど!横田ファンはこの対談を見逃してはならないと思うわ。

 稽古場見学に始まって1ヶ月間マダムは、ほぼこの公演のために生きてきたので、いま、どっと疲れが押し寄せている。でも、心地よい疲れなので、このまま寝正月に突入するのもいいかしらね。

『ミュージカル ヘッズ・アップ!』を観る

 無謀なスケジュールだった。12月16日(土)マチネ、KAAT神奈川芸術劇場大ホール。

『ミュージカル ヘッズ・アップ!』
脚本/倉持裕
演出/ラサール石井
出演 哀川翔 相葉裕樹 橋本じゅん 青木さやか 池田順矢
   中川晃教 大空祐飛 今拓哉 ほか

 久々にアッキーの歌を聴きたくて行ってみた。
 今、レビューを書く時間が取れないので、記録のみ、あげておくね。あとで、書きます。 

祝 第1回芸術監督作品『アテネのタイモン』その2

 これほど1幕と2幕が、まるで別の芝居のようなテイストのシェイクスピア作品って、他にあったかしら?

 2幕は暗い森の中。セットが、ひんやりと湿気を帯びた深緑色で美しい。日本の森とは樹の姿が違うし、想像するアテネの森とも違い、一番近いのはイギリスの森、のような気がした。
 破産して、アテネの街を出て、タイモンは穴蔵暮らし。アペマンタスに似たボロをまとって、木の根を掘っては齧っている。アテネにいた頃の面影はない。そこへ次々と彼を知る人たちがやってきて、禅問答みたいな会話をする2幕が、圧倒的に1幕より面白いんだけど、それも1幕あってこそ。
 タイモンのところへは、アルシバイアディーズの一群が来て、アペマンタスが来て、強盗たちが来て、フレヴィアスが来て、画家と詩人が来て、元老院議員たちが来る。彼らとの長い不毛な対話。誰とも共感しない。台詞の連なりは、読んでも殆ど理解不能なのに、吉田鋼太郎の声で聞くと、タイモンの人間への絶望の深さ、人間的なものへの徹底した拒否がぐんぐん浮かび上がってくる。台詞がどんな感情から生まれているかを正確に読み取る優れた演出家と、それを正確に、しかもパワフルに演じることができる優れた役者。両方が彼の中に同居してる。ちょっと奇跡だ。だから、吉田鋼太郎演出の時、役者吉田鋼太郎も一番いい演技をするのね。
 
 藤原竜也や横田栄司とのがっぷり四つの会話を観たいというマダムの願いは、ついに叶えられたよ。藤原アペマンタスは1幕こそ苦戦していたけれど、タイモンとサシでの演技になった時、逃げることのできない対話の波に飲み込まれ、心を決めて身を任せたようだった。二人の会話は、人間を信じるなんてくだらないという一点で一致するんだけれど、タイモンは、だからこそもう生きないと決め、アペマンタスはそれでも生きると決め、互いを認め合って別れる(と受け取ったのだけれど、違うかしら)。ののしりあい殴り合って、最後に抱きあってしまった時、演技の高みに上り詰めたように見えて、マダムはちょっと、芝居の中身とは違う部分で感じるものがあったの。藤原竜也はこれでもう一度、舞台を面白いと思うようになれるだろうか。そうあってほしいのだけれど。
 横田フレヴィアスとタイモンのシーンは、他のどの対話とも違っていた。他の対話では常時主導権を握ってるタイモンが、ここでは受け身になるんだよね。気が触れたのか触れたふりしているのか、タイモンはフレヴィアスを知らないそぶりで逃げるけれど、横田フレヴィアスはタイモンを逃がさない。強靭な誠実さでタイモンの心をこじ開けるの。そしてタイモンの「正直な男がたった一人だけいる・・・その一人とは、執事だ・・・」という台詞で、こっちはフレヴィアスとともに、心の涙腺決壊だよ・・・。もう、このシーンは一切の雑音なく、芝居の中に入り込んで観た。なんかね、終わってほしくなかった、このシーンが(無理を言うな、無理を)。


 大劇場での演出は初めてだったけれど、よく知っているさい芸の空間をフル活用し、蜷川御大の遺産ともいうべきスタッフの力を借り、ベテランから若手まで共に歩んできた役者さんたちを集めて、隅々まで台詞術の行き届いた、美しくて面白い舞台が出来上がってた。凄く満足。
 最後に極々個人的なことをひとつ。30年来の友達が、初めてさい芸の大舞台を踏み、大事な役を演じるのを見届けたの。感慨ひとしお。長く生きてくると、こんな凄いこともあるのね。嬉しかった。

祝 第1回芸術監督作品『アテネのタイモン』その1

 初日前夜から興奮状態。自分でもよくわからないテンションに。12月15日(金)ソワレ、さいたま芸術劇場大ホール。

彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾『アテネのタイモン』
作/ウィリアム・シェイクスピア 翻訳/松岡和子
演出・主演/吉田鋼太郎
出演 藤原竜也 柿澤勇人 横田栄司 大石継太 間宮啓行 谷田歩
   河内大和 松田慎也 浅野望 松本こうせい 星和利 杉本政志
   坂田周子 千賀由紀子 林佳世子 ほか

 待ったわ。
 待ちくたびれた、と言っていいと思う。
 吉田鋼太郎演出のシェイクスピアは、なんと 劇団AUNの『十二夜』以来、ほぼ6年ぶりなのよ(『十二夜』の翌年の『冬物語』の時は、母が亡くなって、マダムは観に行けず)。ほんとにもう、待ちくたびれたわー。ブログ10年やってんのに、半分以上は待ってたんだからね。
 そのうえ、読んでもよくわからない『アテネのタイモン』だし、劇場もいきなり4倍位大きいし、どうなるんだろう、って期待と不安が渦巻いちゃってこの1ヶ月くらい、マダムの心はさい芸のまわりをグルグル回っていたのよ。
 でも、待った甲斐があったー。面白かったー。吉田演出の真骨頂!
 マダムはずっと言ってたのよ。今、日本語で上演するシェイクスピアで一番面白い演出をするのは、吉田鋼太郎だって。それが証明されたのよ!どうだどうだ〜。

 このあと観ることが決まってる人は、ここで引き返してね。予習はいらないから。

 

 芝居は1幕と2幕に分かれているんだけど、お話も真っ二つに分かれている。
 1幕目は、アテネの街で裕福に暮らすタイモン(吉田鋼太郎)が客に贅沢なふるまいをし過ぎて破産し、誰も助けてくれないことを知って怒りが爆発するまで。タイモンの屋敷を舞台に、華やかで賑やかなシーンが続く。
 2幕目はうって変わって暗くて静かな森の中。人間に恨み骨髄のタイモンが森の穴蔵で暮らし、訪ねてくる人間と議論の末、次々追い返し、死んでいく(?)までを描く。

 幕開きが素晴らしいの。開演10分前くらいから舞台に役者さんたちが現れ始めて声を出して歩き回る。蜷川御大の舞台でよくあった、見慣れた、懐かしい光景。それだけで観客は喜んじゃって、吉田鋼太郎が現れたらもう拍手が起きちゃうし、そこへまた「ただいま」だなんて言うもんだから、客席はすでに歓喜の悲鳴。まあ、なんて心憎い演出なの。
 そして彼の「さあ、始めようか」の一声で、役者たち全員が舞台の前面にぎっしりと並び、挨拶とともに音楽がなって、一斉にみんな踊り始める。緊張を一気に解かれて、芝居の世界にサッと引き込まれる瞬間。
 このオープニングのダンス、華やかで本当に楽しい!まずはダントツに、ミュージカル出身の柿澤勇人の素敵さにシビれる。そしてもう一人の注目の人は河内大和。彼の美しい立ち姿と鍛えたキレの良さがなんと、ダンスに生かされるとは。すばらしー。
 役者さんたちによる芝居の幕開けを告げるダンスが、やがてタイモンの屋敷で開かれている宴のダンスとなり、お話が始まるこの出だし、つかみはバッチリだ。
 1幕目はとにかく嘘と追従のオンパレード。金のなる木ならぬタイモンに、びっしりと群がる人々。見え見えのお世辞や追従に、大枚叩いて饗すタイモン。お世辞にも歯が浮くけど、もてなすタイモンの台詞もまた「本気なのか?」と疑うような美辞麗句が並んでて、すごく人間関係が上っ面なの。その中で、浮かれてない人間が3人いるのね。哲学者アペマンタス(藤原竜也)と軍人アルシバイアディーズ(柿澤勇人)と、タイモンの執事フレヴィアス(横田栄司)。
 藤原アペマンタスは1幕目はちょっと苦戦してた。華やかな人々の中たった一人ボロを着て歩き回り、皮肉な言葉を投げるんだけど、ほとんどが相手がいない状態で喋らなくちゃならない。すると、彼の台詞術のクセで詠ってしまうのね。でもアペマンタスは皮肉屋だから、詠うのはちょっと違うとマダムは感じたの。もっと、カラッとドライでいいのではないかしら。
 アペマンタスは哲学者ゆえにタイモンたちと逆の意味で浮世離れしてる。なので、ほんとに真っ当な感覚でいるのは執事フレヴィアスだけ。横田フレヴィアスの台詞は、1幕目のなかで際立つ、心に嘘がない台詞。似合いすぎ。優しい役柄を、演じる役者がさらに優しくする。
 アルシバイアディーズは軍人だから浮かれてない。カッキー、堂々のシェイクスピアデビュー。彼だけ別の展開があって、アテネの元老院と対立して追放を命じられ、怒りまくるシーンがあるんだけど、台詞が見事で、舌を巻いたよ。かっこいいし。ようこそ、シェイクスピア界へ。メッチャ、歓迎する〜!
 
 お世辞と追従の波のあと、破産寸前のタイモンに対して、手のひらを返したように冷たくなる人々。描写がくり返しになって、本だと退屈に思えるのだけれど、舞台は演出のアイデアがいっぱいで、飽きなくて、わかりやすくて、笑っちゃうところもたくさんあって。タイモンからの借金の申し入れを断る人々は、カウチに寝そべってワイン飲んでたり、風呂入ってたり、酒場でクダ巻いてたりする。演じる谷田歩、杉本政志、松田慎也も皆テンポが良くてノリが良くて、すごく楽しい。
 そして、誰からも援助が得られないとわかって、人々の裏切りにタイモンの怒りが爆発するのだけれど、この怒りのパワーが半端ではない。これはもう、吉田鋼太郎ならでは。そしてこれこそシェイクスピアならでは。日常生活では絶対感じられないような(もし感じたら凡人には到底耐えられないような)感情の振り幅なの。本当に久しぶりに、パワー全開の吉田鋼太郎を見た!
 この怒り爆発のシーンで、まさか屋敷を燃やしてしまうとは思わなかった。そういう台詞は確かにあるけど。燃える屋敷の前でタイモンが吼える。凄まじいシーンだけど、照明がにじむように美しくて。そして赤い借用書の紙切れが轟々と舞って、少しだけ蜷川演出のことを思い出したマダムだった。
 
 やっぱり長くなる。2幕目については、その2で。

流行の『黒蜥蜴』花組芝居版を観る

 黒蜥蜴が流行っているのだ。江戸川乱歩の著作権が切れたらしい。みんな、どんどんやろう黒蜥蜴。12月3日(日)マチネ、あうるすぽっと。
 

花組芝居劇団創立30周年記念講演第5弾
『浪漫歌舞伎劇 黒蜥蜴』
原作/江戸川乱歩 脚本・演出/加納幸和
出演(黒天使組) 谷山知宏 桂憲一 丸山敬之 原川浩明 二瓶拓也
   秋葉陽司 植本純米 大井靖彦 北沢洋 磯村智彦 ほか

 
 あまりの忙しさに、レビューのアップ順序が乱れてしまった。すみません。 
『黒蜥蜴』流行りだ。6月に新派の『黒蜥蜴』を観たら、マダムもちょっとやみつきになって、今回のチケットもほいほいと買ってしまったの。
 花組芝居はすごく昔に何度か通ったことがある。どれくらい昔かっていうと30年くらい前かなぁ・・・と考えながら今回のチラシを見つめたら、なんと「劇団創立30周年」の文字が!ってことは、できたてのほやほやの頃、通ったってことなんだね?確か、タイニイアリスだったと思うの。
 あまりに昔すぎて、憶えていることは殆どないし、当時出ていた役者さんは殆どいないだろうし、まあ、初体験のようなものね。

 三味線のかき鳴らすクリスマスソングで幕が開いた。
 歌舞伎、と銘打ってる通り、三味線の音楽と、合間合間に義太夫を挟んでいくし、役者さんの動きも歌舞伎の型みたいなところがふんだんに盛り込まれてて。女優はいなくて、みんな女形だしね。
 だけど6月に観た新派版と違うのは、基本的に「お笑いテイスト」であるということ。観ながらだんだん、思い出していったの、そうだったなあ30年前も、って。
 当時、花組芝居は男性だけで全てを演じる歌舞伎方式の新しい劇団で、女形はすごくガッチリした男体型の人が務め、すぐ裸(てか褌一丁みたいな)になっちゃうし、まだ演技はさほどうまくないが、パワフルで猥雑でめっちゃ楽しい劇団だったの。歌や踊りがたくさんあってね。
 で、今回観たら、演技も芝居の運びもすごく洗練されてた。パワフルで楽しいところは変わらないけれど、力で押し切るんじゃなくて、技で見せてくれるようになってたの。劇団って積み重ねていくものなのね。
 
 一番お笑いテイストを感じたのが緑川夫人=黒蜥蜴(谷山知宏)ってところがなんともおかしい。ドレスの裾さばきとか着物の袖の扱いとか、美しいし素敵なんだけど、笑顔がそこはかとなく下品で、高貴じゃないの。お笑いテイストはいってるの。それが親しみやすくて、面白い。奪った宝石エジプトの星(だっけ?)も、ゲンコツくらいの大きさでミラーボールみたいに光ってて、大笑いした。
 だから、これも黒蜥蜴なんだけど、かぎりなくパロディよりの黒蜥蜴。そして、ガッチリ男体型の美女健在(二瓶拓也の早苗さんとか植本純米の岩瀬夫人とか)。おじさんだけど桂憲一の明智小五郎も不思議に色っぽい。
 途中、明智が撃たれて、しばらく出てこなくて、死んじゃったのかしら?話が違わない?と思ったら、ちゃんと出てきたんだけど、その辺の伏線はちょっと適当だったな。で、普通は、明智と黒蜥蜴の恋物語なんだけど、これは黒蜥蜴の惚れた相手は雨宮だったみたい。そういう切り口もあるんだね。
 話によってはお笑いテイストではない、正面から向かってく作品もあるらしいので、花組芝居、時々チェックしてみようっと。

日韓合同公演『ペール・ギュント』

 今年は三軒茶屋にたくさん通ったな〜。12月10日(日)マチネ、世田谷パブリックシアター。

『ペール・ギュント』
原作/ヘンリック・イプセン 翻訳/クァク ボクロク
上演台本・演出/ヤン・ジョンウン 上演台本翻訳/石川樹里
出演 浦井健治 趣里 マルシア ユンダギョン ソドンオ キムボムジン
   チョウヨンホ 浅野雅博 石橋徹郎 古河耕史 ほか

 
 イプセンの有名な戯曲だけれど、あんまり上演されることがなくて、マダムは初見。ここのところ忙しくて、予習もままならなかったんだけど、見終わって思ったのは、予習しててもしてなくても変わらなかったかなあ、と。
 お話自体が好みじゃなかった。自分探しって言葉は好きじゃないな。演出もマダムが最近苦手としている串田和美に通じる匂いがあって、正直、あまりピンとこなかった。ビジュアルは綺麗で楽しかったのだけれど。
 なので、以下、二、三、感じたことを書いて、短く終わりにするね。

 
 日韓合同公演で、半分が韓国の役者さんだったのだけれど、存在感で日本の役者を圧倒していた。彼らの動きには目を見張ったの。一人一人の身体能力、台詞の強さ、いずれも日本の役者は負けてしまってるなあ、と。
 もちろん演出家が韓国の人だから、感覚的に通じるかどうかで、日本の役者はハンデがある。
 それとね、彼らの台詞は韓国語。舞台の上に字幕が出る。そうすると、耳から聞こえる台詞の音の強さと、目から入ってくる字幕の漢字の強さで、インパクトが2倍になるのよね。日本人の役者は、聴覚だけに訴えているので圧倒的に不利。主演の浦井健治はずっと出ずっぱりで凄くがんばっているのだけれど、早口になると意味が聞き取れない箇所があり、こちらの集中力が切れてしまう。
 演出家は、日本語の台詞の良し悪しまで指摘してはくれないのよね、きっと。外国人演出家には日本人の演出補が必要なんじゃないかと感じたわ(プルカレーテの時の谷賢一のような存在が)。

 ペールって美しいけど、中身はろくでなしなのだろうと思う。浦井ペールにはろくでなし感が足りないと思った。彼本人が持っている人の良さや優しさがにじみ出てしまっていて(それはそれでいいのかもしれないが)、どうしてもろくでなしになってしまう人間の業の深さが表現できていないよ。
 でも演出されれば、彼は表現できるんじゃない? 細かく要求されずに任されると、本人の普段の性格からはみ出たものは表現できないんだよね、きっと。(やっぱり日本人演出補が必要だったんじゃない?)
 一緒に見た友人たちは意外とあれでよかった意見だったんだけど、マダムは腑に落ちなかったの。そこんとこは、好みの問題になってしまうんだろうか?

『アテネのタイモン』稽古場見学日記 その3

 鋼太郎さんが遂に役者として稽古場に立たれたと聞き、再び見学に行ってきました!(ちなみに最初にその情報を得たのは、カッキーのツイートからでした。)
 時期が重なって、ブログ10周年記念企画のようになってますが、嬉しい偶然です。
 その1その2 を読んでから、どうぞ。
 

 12月6日(水)午後、再び大稽古場に伺いました。
 1度目に伺ったときには『NINAGAWAマクベス』のシンガポール公演のため留守だった役者さんたちが、皆もどってきていて、日本のシェイクスピア俳優集合度がさらに増していました。そして、やはりシンガポールから戻られたのでしょうか、故蜷川御大の写真が、真ん中の机の上に置かれています。

 「あとは俺だけなんだよな〜」と言いながら、タイモンの衣装をつけた鋼太郎さんが板の上に上がりました。
 演出家の椅子にいるときにはぴったり隣にいた記録係はもう、いませんでした。その代わり舞台に一番近いところにプロンプター(という呼び名でいいのでしょうか?)が二人ついて、鋼太郎さんの稽古をフォローします。びっしりメモが書かれた台本を手にしていますが、これ、殆ど台詞の流れを暗記していないと務まりません。演技に目を凝らし、台詞が止まって鋼太郎さんと目が合った瞬間に、次の台詞のきっかけを教えてあげなければならないのです。先日の記録係といい今回のプロンプターといい、最重要な、縁の下の力持ちですね。

 「あとは俺だけなんだ」と聞いて私が思い浮かべたのは、周りが完全に出来上がっているところへ鋼太郎さんがピタリと収まる、というような図だったのですが、それは完全に裏切られました。4幕3場はタイモンのところへさまざまな人が訪れては去っていきますが、新しい相手役が現れるたびに鋼太郎さんは稽古を止めて、新しいアイデアをどんどん試すのです。相手役の役者さんたちも、受けて立ちます。
 アルシバイアディーズの一行が通過する場面も、フレヴィアスとの別れも、画家と詩人が訪ねて来る場面も、どんどん変化していきます。鋼太郎さんはまるで、たった今思いついたかのように「こうしてみよう」「ああしてみよう」と言い、やってみると俄然芝居が活気づくので、ちょっと魔法にかかったようになってしまいます。見ているスタッフや役者さんたちも固唾を飲んだり、ドッと笑ったりして、思わず引き込まれていました。
 でも、あとから思い返すと、たった今思いついた訳がないのでした。このお芝居の影の主役は「カネ」なのですね。どの演出も、それぞれの人物の「カネ」に対する態度をくっきりさせることにベクトルが向かっています。そうやってテーマに沿った人物描写をすれば、おのずと面白くなるように本ができているのです。感心して見てるのは私だけじゃなかった。「おもしろいな〜」「よくこんな本、書いたよな〜、シェイクスピア」という声がスタッフの方から漏れたのを、私は聞き逃しませんでしたよ!
 
 長い4幕3場の稽古が終わり、次のシーンに移る時、藤原くんが鋼太郎さんに「大丈夫なの?ヘロヘロに(なってるんじゃない?)」と、わざと心配していない風なそっけない言い方で、実は気遣っていました。そう、ここはタイモンが出ずっぱりなだけでなく、ご自身の演出のせいで更に膨大なエネルギーが必要になっています。で、鋼太郎さんの藤原くんへの返答は「シェイクスピアハイだ(から大丈夫)」ですって。ランニングハイならぬシェイクスピアハイについては、鋼太郎さんのインタビュー記事で見たことがあった気がしますが、こういう時に使うのかと、聞いてにやにやしてしまいました。
 主演と演出を兼ねる時の方法を整理しますと。
① 信頼できる人を代役に立てて、まず他の役者さんたちとスタッフに全体の流れをわかってもらう。
② 頃合いを見計らって、自分も役者の方に加わる。
③ そうしながら細部の演技の演出をどんどん加えていく。全体のバランスを演出補に常にチェックしてもらいながら、進める。
④ プロンプターを立てて、同時に自分の台詞の曖昧さも修正していく。
 特別に効率の良いやり方があるわけではありませんでした。全て計算があって進めているのですが、それでも凄く凄く大変。そして最後の最後にシェイクスピアハイが助けてくれる、ということでしょうか。
 
 出番が終わって、タイモンの衣装をその場で脱いで着替え、鋼太郎さんは演出の椅子に戻ります。そこからはセットの移動があるシーンをチェックしていきます。そういう場面になると、どこか蜷川演出テイストが感じられるんですね。意識してそうしている部分もあると思いますが、これはさいたま芸術劇場で作っているから、というのが大きいのではないでしょうか。ゴールドシアターの『薄い桃色のかたまり』のときも同じように感じたのですが、長く蜷川演出を支えてきたスタッフの方達が、同じように真摯に岩松演出や吉田演出を支えようとすると、おのずと芝居の隅々からそのテイストが立ちのぼってくる、そんな気がしました。
 
 稽古場見学は十分すぎるほど刺激的でした。恋愛も権力闘争も嫉妬もなく、離れ離れの家族も間違われる双子も男装する女の子も出てこないんですが、これもまた紛れもないシェイクスピアだったんです。
 来週末にはいよいよ開幕です。ワクワクする気持ちをうんと貯めて、本番を待ちたい。
 皆さんも是非、ご一緒に。予習は特に要らないです(たぶん)!

今日で10周年を迎えました。

 今日で、このブログは10周年を迎えました!
 

 2007年12月5日、専業主婦だった私はペンネームを「マダム ヴァイオラ」に決めて、ブログを書き始めました。「ヴァイオラ」は、私がシェイクスピアに開眼した『十二夜』にちなんでつけたのですが、そこに「マダム」と付け加えたのは、別に私が有閑マダムだったからでは全然なくて、「ヴァイオラの成れの果て」という意味だったんです。
 つまり、かつては私もヴァイオラのように色々夢見る乙女であった(異論のある方もおいででしょうが)けれども、時は流れて今や成れの果てだわ、と思ったので、「マダム ヴァイオラ」となった次第。
 でもこのペンネームがとてもキャッチーだったおかげで、早くから来てくださる方が出始め、私の言いたい放題に共感してくれたり反論してくれたり、コメント欄も賑やかになっていきました。ホンモノの役者さんがコメント欄に現れるというハプニングもあり、いろいろな意見に励まされて、なんだかんだ続けてきたら、10年経っちゃったというわけです。
 はじめは、ただただ、芝居の話がしたかっただけなのです。芝居の話ができる相手がまわりに誰もいなかった。納得できる批評も見当たらないことが多かった。だから、バーチャルであっても自分の意見が言いたかった。誰かと言い合いたかった。それと、本当に面白いものに出会った時には、それに見合うくらいいい文章をひねり出して伝えたかった。それが今や、コメント欄でも語り合い、ツイッターでもおしゃべりし、現実にもどんどん出会いが広がっています。私はとうとう「マダム ヴァイオラ」に乗っ取られた。そっちの方が大きくなってしまった。こんなことってあるかな、運命だったのかな、と感慨深いです。
 これからも、自分のペースで「成れの果て」を続けていきます。
 最近はツイッター上でのやり取りが便利で賑やかですが、ここぞと思ったら、是非、コメント欄へ。何年も残り、いつでも読み返すことができます。ホンモノの役者さん(あの方やこの方)のコメントも残っています。本文よりコメント欄の方が盛り上がったときもありますので、みなさん、爪痕を残すなら、コメントを是非、お寄せください。
 次の10年、とは申しません。体力とお財布の続く限り、ということで。みなさん、一緒に芝居道を進んでいきましょう。

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