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『オーランドー』を観る

 横浜まで行くなら、友人と一緒に限る。10月7日(土)マチネ、KAAT神奈川芸術劇場大ホール。

『オーランドー』
原作/ヴァージニア・ウルフ 翻案・脚本/サラ・ルール
翻訳/小田島恒志・小田島則子
演出/白井晃
出演 多部未華子 小芝風花 戸次重幸 池田鉄洋
   野間口徹 小日向文世

 書き始めるまでに1週間もかかってしまったのは、面白くなかったからじゃないの。
 実は・・・最後の一番大事なところで、ちょっと意識が飛んでしまって・・・なので、正直、困っててね。
 すごく適当なので、読み流してください。

 ヴァージニア・ウルフの「オーランドー」を白井晃が芝居にすると聞いて、誰が出るとかはいいから、観ようと決めていたの。原作はちょっと難しい(意識の流れ、とかいう文体で書かれているのだよ)ので読んでないんだけど、1993年の映画『オルランド』(サリー・ポッター監督)の大ファンなので。その時の主役はティルダ・スウィントンで、中性的な魅力がたまらなかったのよ。
 白井晃が映画を知らないわけはなく、映画のイメージをきっぱり断つようなポップな衣装のポスターが、「とりあえず映画を忘れて見てくれ」と言っているようで。わかった、と心の中で頷いて、KAATに向かったの。
 でも、わざと映画のイメージから離れるようなポップな雰囲気は、はじめ強かったけれど、芝居が進んでいくと、それは落ち着いて行った。

 お話は、イギリス、エリザベス一世の時代に始まる。女王(小日向文世)に仕える小姓のオーランドー(多部未華子)は美しい少年で、女王は特にその脚の美しさを愛で、お屋敷や位を与えて、保護する。美しいから、当然モテモテだ。オーランドーは女王の寵愛を受けていることを百も承知で、若い女の子(ロシアから来ている踊り子)とも仲良くする、したたかで積極的な若者なの。
 踊り子とのデートが、凍ったテムズ川をスケートで下ってロンドンまで行くことなんだけれど、移動する桟橋みたいなセットの上で、二人が並んで脚を滑らせるだけなのに、疾走感があって、見惚れた。こんなふうに、シンプルなセットで、ちょっとした工夫と役者の動きで見せていく演出は、随所に見られて、興味深かった。
 踊り子に振られて失意のオーランドーは、王の(いつのまにか女王の御代ではなくなっている)命を受けて、海外赴任に赴く。そこで何日もこんこんと眠り続けたオーランドーは、目覚めて、自分が女になっていることに気づく。
 このシーンの多部未華子の裸の背中が美しかった。そこに長い髪が揺れていると、あー、女になったんだね、と観客も実感する、説得力ある背中。
 イギリスへ帰国する船の上で、美しいドレスに身を包んだオーランドーは、女になってもやはりモテモテなんだけれど、女になってみて初めて気づく。男であった時はなんと自由だったことだろうか、と。帰国し、様々な男に言い寄られ、恋に落ち、かわしながら、男であっても女であっても、自分の感じ方(心)は変わりないことが語られていく。歩んでいくオーランドーの後ろで、時間の方がどんどん先に過ぎていき、お話は遂に現代に至る・・・。
 
 映画ではたしか、エリザベス女王の「美しいお前は、そのまま歳をとらずに生きなければならない。死んではならぬ」という不老不死命令(?)があって、かしこまりました、って答えたからオーランドーは不老不死になった、というファンタジーのお約束があったの。でも芝居にはそういうお約束はなかった。原作にはないのかな? マダムとしては、そういうお約束があった方が、芝居の世界に入って行きやすいと思ったのだけど。
 オーランドー以外は時代とともにどんどん移り変わっていく人物ばかりなので、多部未華子以外はみんな、次々役を替え、コロスのような役割も担っていた。多部未華子以外って5人しかいないので、八面六臂の大活躍ぶり。特に小日向文世はエリザベス女王から、女に変わったオーランドーの夫となる色男まで、変化すること!芸域の広さと演技のしなやかさに感嘆したわ。
 大ホールの広い舞台の上に、板付の舞台装置は何もなく、大きなホリゾントに絶えず雲が流れていく映像が映っているのが、時をどんどん越えていく感をよく表していて、それはとても心地よかったね。
 
 いろいろ感じることはあったんだけれど、現代のところ(それはつまり原作にはない部分。なぜかといえばヴァージニア・ウルフがこれを書いたのは1928年だから)は動きがピタリと止まり言葉だけになって、そこがこちらに届きにくくなった。(寝た言い訳だろと言われればその通りだ・・・)結果として、薙ぎ倒されるような感動みたいなものはなかったのだった。
 見に行ってよかったと思うのは、いよいよ原作を読むべきだと確信したことかな。原作は世に知られている以上に大傑作なのではないだろうか? 時を超えるお話はいろいろあれど、男であることと女であることの本質的な違いがあるのか、をここまで追求した小説は、ないのではないだろうか? しかも1928年に書いているのだから。
 「意識の流れ」に立ち向かわなければならないわ。
 

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コメント

立ち向かってください。
マダムが完了したら、私も頑張ろうかな。かな?

ぷらむさま。
かな?なんですね(笑)
とりあえず図書館で本を予約します。
翻訳がどんなもんかに、けっこうかかっている気がします。

『オーランドー』、ちくまの文庫が読みかけで放置状態です。(泣)

『波』、『燈台へ』はものすごく興奮しながら読んだのですが、
挫折しました。
味わいが違うからか、理由はよくわからないまま。
これはもう一回、挑戦します。

hikaruさま。
私も、ちくま文庫版、入手しました。
他にも挫折した方の情報あり。難敵のようです。
頑張ってみましょう。

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