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生きることの愛おしさ イキウメ『天の敵』

 二日連続の芸劇通いだ〜。5月28日(日)マチネ、東京芸術劇場シアターイースト。

イキウメ2017年春公演『天の敵』
作・演出/前川知大
出演 浜田信也 安井順平 盛隆二 森下創 大窪人衛
   小野ゆり子 太田緑ロランス 松澤傑 有川マコト 村岡希美

 これはね、なんの予備知識もなく観たほうがいい。だから、このネタバレ三昧のブログはもちろんのこと、劇場でもらったチラシのあらすじすら読まないほうがいい。なので、観る予定がある人は、ここで引き返してね。観終わったら、また来て、一緒に盛り上がって。
 
 
 
 美しい芝居だった〜。
 
 後ろの壁一面に並べられたガラス瓶。薬膳用の食材が入っているのだけれど、そのひっそりと並んだ何百という瓶の前に、綺麗に磨かれたキッチンや大きな冷蔵庫やテーブル、ソファなどがある、少しばかり無機質感漂うキッチンアトリエ。
 イキウメのいつもの公演と同じように、休憩や暗転はなくて、唯一つのスタイリッシュなセットに、カーテンを引いたり、部分的に光を当てたりして、場面転換する。それが観る側の意識を一瞬も逸らさない、計算されたなめらかさなの。効果音の入り方、光の筋の表れ方、消え方。それと役者の演技とが、寸分の隙なく組み上がっていて・・・なんて美しい芝居なんだろう!
 
 これは122年生き続けてきた男の一代記。
 菜食の人気料理家、橋本和夫(浜田信也)は、その経歴に謎がある。ジャーナリストの寺泊(安井順平)は、彼が、戦前に食餌療法を提唱していた長谷川卯太郎という医者の孫なのでは?と当たりをつけて、取材に臨むの。
 ところが、橋本は「私は長谷川卯太郎の、孫ではありません」と否定。当てが外れた寺泊に、「私は長谷川卯太郎本人です」と断言するの。もちろん、寺泊は真に受けない。だって、本人だったら122歳ってことになるんだもの。
 信じない寺泊に、話が「長くなりますよ、いいですね?」と念を押して、橋本(というか長谷川卯太郎)の物語が始まる。
 話の運びは、イキウメにしてはやけにシンプルで、まっすぐ。橋本イコール卯太郎なのか、という謎は数分であっさり種明かしされ、時間の流れもほぼ一方向で進む。だけど、この「あるときから一切の食事をとることをやめ、人の血液を飲む(飲血)」ことで、不老不死の身体を得た、奇想天外な男の物語。奇想天外だけど、所謂吸血鬼のお話とは一線を画していて、あくまで彼は人間なのよね。ほんの少しだけ中心線がずれているけど、人間なの。
 血液の入手の仕方も、人間としての道理すれすれ。いちおう病院から手に入れている。もちろんそれは彼を研究材料としている医者たちのどこかヨコシマな欲望に支えられてはいるのだけど。
 話は、戦争中に対ロシア戦線で彷徨い、飢えに苦しんだ若いときに始まり、輸血用の血液を飲み始めて、どんどん健康になり若返ったせいで、年をとった妻も若返りたくなって飲血を始めてしまったり。でも、何も食べることができないことで妻は気が狂って死に至り。研究のため援助してくれていた先輩医師も年老いて死に。卯太郎自身は、若いままなので怪しまれるため、職を転々とし、ついには戸籍も身分も失って。そして放浪の間に、ヤクザの友達ができるけど、友達はすごく若いまま呆気なく命を落とす。
 100歳を過ぎて、卯太郎に転機が訪れる。菜食主義の人の血液を飲んだら、体質に変化が現れ、これまでダメだった太陽光の下も歩けるようになる。そして、菜食主義の若い伴侶、恵(小野ゆり子)を得て、やっと満ち足りた日々を過ごすことができたの。
 こうやって周りはどんどん年をとって死んでいくのに、自分だけは若い姿のまま生き延びて122年。彼はもういいや、って思うのね。もう、終わりにしよう。最後に美味しい鰻を食べて、それで終わりにしようって。
 語り終えた卯太郎はとても清々しいんだけれど、インタビューを終えた寺泊はソファに座り込んだまま、涙する。なぜかといえば、寺泊は不治の病いを得ていて、死と向き合っているから。卯太郎と同じ道に踏み入れれば、死なない選択がある。だけど、卯太郎の物語を聞いて、死があるからこそ、生きることが尊いと知ってしまったから・・・。
 
 役者は10人しか出てないけど、全員が素晴らしい演技だった。イキウメンの5人は勿論のこと、ゲスト出演の5人も、ぴったりとこの世界の住人になっていて、隅々まで行きわたる演出の凄さと、きっちり応える役者の凄さに、ひれ伏したくなっているマダムなの。
 常々「演技の上手い人こそイケメン」と言ってるんだけど、こうみんながみんな素晴らしいと、誰かの名を挙げるのも困っちゃう。と言いつつ、浜田信也の微妙に普通じゃない人感、森下創の完全にイっちゃってる人感、大窪人衛の脳を突き抜けてる声、に魅了されたと白状しておくわ。

 
 話の運びが、セットと同じように実にスタイリッシュで、聞くとおぞましい「飲血」をめぐる物語なのに、おどろおどろしい感じは全くなくて。本も演出も役者も、惚れ惚れするような上手さで、特別な世界にいとも簡単に巻き込まれてしまう。
 片時も物語から離れることなく観続けたマダムだけれど、途中、2回ほど別のイメージがフラッシュバックしたの。それはね。
 ひとつは。食べることを拒否して即身成仏と化した時枝(森下創。この人にしかできない!)の幻(なのか幽体離脱した心、なのか)と卯太郎が出会うところ。時枝はもう神様みたいだったんだけど。このシーンでマダムの脳裏に、むかーし読んだきりの手塚治虫の「火の鳥」のあるシーンが浮かんだ。火の鳥の生き血を飲んだために不死となった猿田彦が、何千年も生き、もはや身体は朽ちて「意識」だけになっても生きていて、生物(人間は死に絶えてる)に語りかけ、神の声だと思われてしまうシーン。
 ふたつめは。卯太郎が全てを語り終え、「もう終わりにしようと思います」と言ったとき。マダムの脳裏をよぎったのは、佐野洋子の「100万回生きたねこ」だった。自分のことしか愛していない猫が百万回も蘇って生き直してきたのに、自分以外の猫を愛する人生を得て、もう生まれ変わらなかった、というお話。
 
 マダム自身が何を連想したか、ということはさておき、『天の敵』には生きるということはどういうことか、という問いかけがたくさん詰まってる。そんな言葉は一度も出てこないけれど、そして大仰な場面転換も舞台効果もないけれど、イキウメの舞台は「悠久の時」を感じさせてくれる。生きることを愛おしいと感じさせてくれる。

 
 最後に余計なことかもしれないけれど。もう少しチケット代を上げてもいいよ。その代わりもう少し長く上演してください。再見したくても上演期間が短いので、なかなか行けないから。二度、三度と噛みしめたい芝居だからね。

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コメント

お疲れ様でしたー。

ま、なんて言うか、やっぱり生きることが愛おしくなる芝居〜ってのが一番、全体をあらわしているかな。
そして、自分の感想に書きましたけど、あの冷蔵庫ですよ。
舞台に置いてあったのは、普通に現代の最新式の冷蔵庫なんですけれど、
長谷川が、初めて血液パックをしまうのも、100年近くの時を経てパックが備蓄してあるのも、五味沢恵さんが、料理の残りにラップして、しまうのも、あの冷蔵庫なんですよね。
それが、なんかすごいな〜と思ってね。
イキウメだな〜って(笑)。
新版「散歩する侵略者」も、その次の「任侠SF」も、楽しみですね!

ぷらむさま。
受け取ったものを正確に表現したいと思ったら、なかなか書きあがりませんでした。そして、半分も表現できてない(泣)!
確かにあの冷蔵庫はイキウメの芝居を象徴しているかもしれません。なんかタイムマシーンボックス、みたいな。悠久の時を駆ける冷蔵庫、とでもいうか。
「散歩する侵略者」、楽しみすぎます。それと大窪くんのヤクザ、また観たい〜。

いいお芝居でしたね!

イキウメ歴は浅いですが、「天の敵」はイキウメらしい舞台だと感じました。脚本は緻密に構成され、役者さんたちの演技が物語に説得力を与えていました。

橋本は、長い間、自分の正体を見破る人間を待っていたのではないでしょうか。不老不死の人間の告白を聞くのが、死を宣告された寺泊だというのは、すごく皮肉な設定に感じましたが、だからこそ、ラストからの余韻があるのだと思います。

キッチンのセットを見て思い出したのは蜷川さん演出の「KITCHEN キッチン」でした。あの時も銀色に輝くシンクの冷たさが印象的でした。今回はとてもスタイリッシュなキッチンで、芝居のテイストにあっていましたが、やはり冷蔵庫ですね!時を止めるという意味でも、あの冷蔵庫の役割は芝居のテーマと深く結びついているかもしれません。

秋の舞台が今から楽しみです💛

Mickeyさま。
ほんとにいい芝居でした。今のところ、今年のベストワンだと思います(よく考えてみたわけじゃないけど)。
そうですね、橋本は寺泊のような人を待っていた。全てを話せる相手に話せたら、「終わりにできる」と思っていたのですよね。
私もイキウメ歴は長くないけど、もうすっかりイキウメンファンです。5人が、ひとりも似ていない(キャラがかぶらない)ところが絶妙で、大好きです。

このブログでイキウメを知り、行ってきました。前回の作品では、「そうか、私が生きている今も、未来から見れば過去で、時間の流れの一部なんだ。。」みたいなことを考えました。今回は、はっきりと言葉には出来ず、頭が真っ白になっての帰り道でした。このブログでマダムや皆さんの考えを読みながら、また、いろいろ思っています。

さいとうさま。
好きな劇団を観てくださる方が増えて、嬉しいです。ちょっとは宣伝効果があるでしょうか?
イキウメは、観終わった後も、ずっと後を引きます。考えるのがまた楽しくて、一粒で二度三度美味しい劇団ですね。

ひさしぶりにコメントさせていただきます。
「天の敵」すばらしかったです。
私にとっては、今年上半期(まだ終わってませんけれども)1位かもしれません。
とにかく“練り上げられ、洗練されている”という印象。
テーマ性·社会性とエンターテインメント性が、このうえもなくうまく融合していましたね。
現在と過去が同じテーブルの周りでクロスオーバーする様には“これぞ舞台の醍醐味!”と拍手喝采(@内心)しました!

パイワケットさま。
お久しぶりです。
私も今年上半期一位のような気がしています。こんなに完成された芝居、他に見てないです。
衝撃とかそういうのではなく、心の奥底から湧き上がる満足感、という感じでした。

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