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『クヒオ大佐の妻』を観る

 今、芸劇はすごいラインナップなのよね。5月27日(土)マチネ、東京芸術劇場シアターウェスト。

『クヒオ大佐の妻』
作・演出/吉田大八
出演 宮沢りえ 岩井秀人 川面千晶 水澤紳吾

 
 やっぱりこれは映画を見て予習しておくべきだったのかしら?
 芝居を観ながら、そして観終わったあとにも、そんなことを少し思ったの。
 映画「クヒオ大佐」を作った映画監督が、舞台で続編(というのか、スピンオフものなのか)を作ったわけだから、そこは予習したほうがよかったのかも。
 でも、ただただ役者としての岩井秀人が宮沢りえと共演するという、その一点でチケットを買ってしまったマダム。予習など思いもよらなかったし、この後の感想は、予備知識なしで観た人間のものなので、そこんとこよろしく。(ネタバレは、します。)
 
 舞台は東京、阿佐ヶ谷あたりの築50年くらいかという、二間のアパート。今時、大学生の下宿でももう少しきれいだろうというような古くさいアパートで、ミシンで縫い物をしている女(宮沢りえ)。美しいが、つましい生活にやつれているように見える。そこへ宅配屋(岩井秀人)がやってくるのだが、彼は高校の時の同級生を名乗り、上がりこんでしまう。かつて同級生たちの憧れの優等生だった女が、時を経て「クヒオ大佐の妻」として安アパートで暮らしていることに、興味深々で、彼女に食い下がるの。一方的に押されるクヒオ大佐の妻。だけれど、押入れの中から縛られ猿ぐつわをされた若い女(川面千晶)が転がり出てきたところから、形勢逆転する。
 若い女は、「クヒオ大佐」の結婚詐欺に騙されて貢いだ金を取り返しに乗り込んできたのだけれど、睡眠薬入りのお茶を飲まされ、眠っている間に縛られて、押入れに押し込められていたのね。妻は、口では申し訳ないと言いながら、夫の居所を明かさない。明かさないのか、知らないのか、「夫の居場所はアメリカ軍の機密情報だから」言えないなどという。
 若い女は、最初は妻もぐるになって自分を騙し、ごまかそうとしていると思うのだけれど、話していくうちに、妻は妻で、いまだに夫がアメリカ軍のパイロットだと、信じきっていることがわかっていく。同情したり、別れるように諭したり、こちらも形勢逆転するんだけれど、女は一向に「クヒオ大佐の妻」であることをやめようとはしないの。
 ときおり、部屋の電話が鳴り(その音は、妻だけに聞こえる)、妻は遠いサウジアラビアの戦線の夫と話すのだけれど、それも、相手は電話線の向こうにいなくて、彼女の空想でしかない。
 そして、宅配屋の男に言い寄られて逆ギレした「クヒオ大佐の妻」の妄想が舞台の上に炸裂する・・・。
 
 というようなお話だったわ。他に、同じアパートに住む変な少年(年齢不詳)とその父(どちらも水澤紳吾)も登場するんだけど、そこはあまり意味はなさそう。客席の通路を使った追いかけっこも、通路を使ってみたかった、という以上の意味を感じなかったし。
 最後の方で、「主人公の妄想が炸裂する」と書いた(我ながら当たり障りのない表現だな、と苦笑しちゃう)けれど、そこが凄く唐突で、胸を打つというよりも、一気に冷めた気持ちになっちゃって。
 つまりね、クヒオ大佐がアメリカを象徴し、妻や騙されて貢ぎ続ける女たちが日本を象徴する・・・という作者のテーマが、まんまセリフとなって語られ、叫ばれるの。だから、そういうことが言いたかったんだってわかるわけだけれども、それ、セリフで説明しちゃうことで、そこまで積み上げたもの(というほど積み上がってないのかもしれないけど)の意味がなくなってしまったの。セリフも急に詠いあげる感じになるしね。
 いきなり迫り上がってきた機関砲(?)とか、客席を覆うアメリカ国旗とかも、どこかタイミングにずれがあって、気持ちの相乗効果を生まないの。暗転の長さやタイミングも、切れ味が悪い。
 全体的に、隔靴掻痒感がある舞台だったね。
 
 マダムの観たかった岩井秀人と宮沢りえのセリフの応酬は、さしたる火花も散らなかった。本がもっと、突き抜けていれば、そうなったかもしれないのに。
 
 ここまで書いてきて、今、ひらめいたんだけど!
 これはね、つかこうへいみたいな芝居にしたかったんじゃない?
 最後に、セリフ詠いあげて、効果音最大にして、巨大なアメリカ国旗も降りてきて、観客の興奮を最高潮にもっていく・・・つかこうへい的手法を、やりたかったんじゃないのかしら?そう考えると、妙に納得がいくよ。
 ただ、このテーマにその手法が合っていたのかは疑問だし、詠うためには、詠えるセリフじゃなきゃいけないし、そこまで積み上げておかなきゃいけないのが積み上がってないしね。
 あとは、始めに言ったことに戻るのだけれど。演出家にとっては、これは映画の続編だったのかもしれない。だけど、こちらは初めてなので。映画を見てた人には、もっと伝わるものがあったのか、そこを誰かに訊いてみたい気がする。

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芝居レビュー 」カテゴリの記事

コメント

Viola-san
こんばんは。
私はこれはチケットを取っていないので、マダムの記事を興味津々で読みました。
う~ん、そういう芝居だったのですね。私には難しかったかも。

それにしても、マダム、このところ記事のアップペースが速くない?先月セーブしていたからかしら?劇チョコの時のように、お勧め舞台で筆が滑るといいですね。

Mickeyさま。
それを言うなら、筆が乗る、ですよ〜(笑)
いえね、次の観劇が迫ってる場合、早く書いちゃわないと、書けなくなっちゃうんです。特に、次のが面白かった場合なんて、そっちに頭がいっちゃうのでね。

滑らかに筆が進むと言いたかったの。まさに筆が滑りました🙇

そうか、つかこうへいの舞台をしたかったのか。
なんとなく腑に落ちました。
演出した吉田大作さんは、舞台は2度目らしいですが、やってみたかった感が強い舞台だったなーと改めて思いました。

自堕落さま。
「つかこうへい」については私が閃いただけなので、確たる証拠は何もないのですが。
ただ、みんな、つかこうへいの芝居を見ると、なんだか自分にもできるような気がしてしまうんです。
だけど、本家本元の牙城は、そう簡単にくずれるものではありません。みんな、そこに足をかけただけで、塀を乗り越えることすら難しい。たいていお堀に落ちてしまうんです。
『クヒオ大佐の妻』という題材はとても面白いものだと思うんで、別のアプローチができたんじゃないかと、悔やまれます。

はじめまして、ぷらむさんところに寄らしてる者です。
僕はこの芝居に三島由紀夫の影を感じました。最後に戯曲世界を構築している要素を外すような事をする。鹿鳴館、豊穣の海等々。この本でも、岩井秀人演じる今井がクヒオ大佐の整形鼻について三島由紀夫のボデイビルに喩えたり。宮沢りえ演じる早川夏子へ届け先苗字が平岡だったり。吉田大八さんは三島由紀夫がやりたかったのかな?と思います。
ちなみに映画クヒオ大佐とは無関係です。

叡さま。はじめまして!
まずは、映画と関係ないことを教えていただき、ありがとうございます。この芝居を見て、理解できないことがいろいろあったのですが、映画を見ていないせいなのか、そこがわからなかったものですから。
それと三島由紀夫の件。なるほどです。三島のボディビルへの例えも、私にはとってつけたようにしか感じられなかったのですが、演出家には特別なこだわりがあったかもしれないですね。
なんというか、対象を見つめて掘り下げる前に、やりたいことや言いたいことが先に来てしまって、ドラマの面白さを消してしまったということなのかな、と思います。

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