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天才と名人

 久々に、本を読んで、話したいことが山ほど出てきたので、紹介するね。

 
『天才と名人  中村勘三郎と坂東三津五郎』
 長谷部浩 著  (文春新書 2016年2月刊)
 
 3年ほど前に中村勘三郎が57歳という若さで亡くなってしまった時の、あの途方に暮れた気持ち、今も胸に痛いほど、残ってる。振り返るのさえまだ、痛みを伴うわ。
 マダムはさほど歌舞伎を知ってるわけじゃないのに、この深い喪失感はどうしてかしら? 
  疑問は、この本を読み進むにつれ、ゆっくりと解けていったの。
 
 著者の長谷部浩は、あらゆるジャンルの芝居を観ている人で、マダムの拙い知識で言えば、蜷川幸雄や野田秀樹に長いインタビューを試み、本を書いている人。だから意外だったわ。こんなに以前から、しっかり歌舞伎を観てきて、二人の役者を公私ともに知っていたとは。
 勘三郎を天才、三津五郎を名人と呼び、二人の軌跡を、デビュー(ほんの子供だった頃)から、死に至るまで、時間とともに追っていく。歌舞伎についての豊富な知識と、それでも、歌舞伎にべったり肩入れしない、公平な目のようなものをもって、二人の有り様を解説してくれる。門外漢のマダムにも、伝統芸能がどういうものか、今更ながら、理解できたの。
 小さな頃から役者としての才能と「人たらし」な魅力を兼ね備えていた、天才、勘三郎。それに対し、若い頃はかなり日陰の存在で、一歩一歩地道に芸域を広げていった名人、三津五郎。同じ歌舞伎界にあっても、光の当たりようは大きく違っていた。だから、ライバルとしての人間模様をグリグリと追求する・・・というような書き方もあったと思うし、センセーショナルに書けば、もっと一般受けするような本にもなったと思うのに、著者はそうしなかった。愛はあるけど、少しだけ離れたところから俯瞰するような、深入りをしないスタンス。そうでなければ、演劇評論家でいられなかったのかもしれないわ。だって、あまりにも勘三郎は人として魅力的だし、深入りして惚れてしまえば、客観的な劇評などすっ飛んでしまうものね。著者は、そうならないように、踏みとどまってきたのかも。
 
 そして、幅広く演劇を観てきた人が書いた本だからこそ、読むにつれ、マダムの中に猛然と形になった思いがあって。なんの根拠もないのに、なんだか確信めいたものになりつつあるの。それをこのあと、書きます。
 
 勘三郎&三津五郎がこの20年くらい取り組んできた、コクーン歌舞伎や、野田秀樹をはじめとする作家に依頼して作り出した新作ものは、現代演劇ファンのマダムをも歌舞伎に連れ込む力があった。マダムは、必死に抵抗していた。だって、もし、歌舞伎に完全に連れ込まれたら、もう現代演劇ファンでいられなくなっちゃう。お金と時間には限りがあるから、歌舞伎に全部取られちゃうもん。
  一時期、現代演劇で観たいものが極端に減ったことがあって、その時は本当に危なかった。同じ頃、コクーン歌舞伎が凄く盛り上がっていたし、歌舞伎はやらないと言ってた野田秀樹すら、勘三郎に口説かれて、歌舞伎に引き込まれそうになっていた。一緒にマダムも、歌舞伎側に行ってしまいそうだった。
 実際、出来上がった「野田版鼠小僧」とか「野田版研辰の討たれ」とかは、野田節炸裂ながら、受け継がれてきた歌舞伎役者の動きを生かしきった、これぞ現代の新作歌舞伎と言えるようなものだったわ。勘三郎と三津五郎に当て書きしたと思える役柄もあって、野田秀樹も芸劇の新作以上に、熱が入ってる感があったの。歌舞伎役者たちの技術の高さに、惚れてしまったのかもしれない。歌舞伎はね、二人のような主役級の役者だけじゃなく、アンサンブルの役者が凄いハイレベルなの。だから、アンサンブル使いの野田秀樹にとっては、たまらなかったんじゃない?
 勘三郎が逝って、歌舞伎座での新作上演の流れは途絶えて行き、コクーン歌舞伎もひと頃の勢いを失った。野田秀樹ももう、歌舞伎のために新作は書かないでしょう。いえ、書けないでしょう。役者の魅力が書かせたものだったのだから。
 それとともに、マダムには、歌舞伎の呼び声が聞こえなくなった。もう、抵抗する必要もなくなったの。
 だから、だからね。勘三郎と三津五郎とが、70代まで生きていたら、現代演劇史というか、現代演劇地図は今とは違うものになっていったかもしれないと思うのよ。現代演劇の中心が、ぐっと、歌舞伎側に寄ったものになったのでは?
 二人が亡きあとは、歌舞伎はやっぱり古典芸能で、現代演劇との間に、もとどおりの深い川が流れている。二人がいた時、水かさは減り、素足で渡れそうな中州が出来かけていたのに。もう中州はすっかり見えなくなってしまった。マダムは今後、川を渡ろうとは思わないのではないかしら。それこそが、この深い喪失感の正体。
 芝居って、徹頭徹尾、役者の肉体に宿るものなのね。儚い。
 
 とても良い本。歌舞伎ファンでなくとも、読んでみてね。

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