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マダム怒りのデス・ロード『漂流劇ひょっこりひょうたん島』

 12月のシアターコクーンは鬼門であった。12月23日(水)マチネ、シアターコクーン。

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』
脚本/宮沢章夫・山本健介 音楽/宇野誠一郎・宮川彬
演出・美術/串田和美
出演 井上芳雄 安蘭けい 山下リオ 小松政夫 白石加代子 ほか

 本来なら、さきにレビューを書かねばならない作品があるのだけれど、これについて書いてしまわないと他のことが何も考えられないので、さきに書いて早く忘れようと思うわ。タイトルを見てもわかるように、マダムは怒り心頭。1本の芝居に対してこれほど呆れ、怒り、金と時間を返せと思ったことは未だかつてない。通路際の席であったなら、間違いなく途中で席を立ったことでしょう。席がど真ん中だったので、周りの観客のことを考え、じっと耐えたの。見ている時間も無駄なので、寝られるものなら寝てしまおうとも思ったけど、そうしようと思うと案外寝られないものね。もちろん、拍手は一度もしなかった。出ている役者さんには気の毒だけれど、拍手どころの話ではない。スタンディングオベーションしてる人はさすがにいなかったけれど、もし立ち上がる人がいたら、ブーイングして止めたかも。

 もちろん、ダメな予感はあった。マダムはブログを始めてから串田和美の芝居、これが3本目だけど(コクーン歌舞伎を除く)、前の2本も散々な出来だった。その経験からもう彼の芝居は観ないことに決め、その姿勢は貫いてきたのよ。
 でも、「ひょっこりひょうたん島」を出されちゃ、迷うでしょう? 井上芳雄や白石加代子も出るって言われたら、見たほうがいいかなって、思うでしょう?
 
 およそストーリーと呼べるような展開は全くなかった。だからあらすじを説明することはできない。「ひょうたん島」を知らない人はもちろん、よく憶えている人すら、どの役者がどの役で、どんな性格で、なんでそこにいるのか、理解できなかった。チラシに、ダンディが井上芳雄、ガバチョが白石加代子、って書いてあるからわかるだけで、ちゃんと彼らのことがわかるような展開はいつまでたっても見えずじまい。衣装も役柄を示しているとはいえなかったし。
 ストーリーがわからなくても、なにか目を引くシーンがあればいいけれど、何一つないの。芝居とはおよそ言えない、ど素人が書いたのかと思うような、台詞のやりとりがぼんやりと続き、そこからはドラマなどは何も生まれず。ただただ退屈で、無駄な時間が流れていくの。
 なにか終末感を漂わせたいらしい、ということだけはわかった。だから全体の印象は、とんでもなく手を抜いて作った「寿歌(ほぎうた)」みたいな感じ。(言っときますが、「寿歌」は名作ですからね。)
 役者は皆出てきては、なんの意味もないくせにちょっと意味ありげに、緊張感なく台詞をつぶやいて、意味のない行動をしたり、意味のない歌をちょっと歌ったりするんだけど、くだらないだけ。こんなもの金を払って観るようなものではない。
 唯一マダムの目を引いたのは、ホリゾントに時折湧き上がる、まるで火砕流のような雲。それだけだったの。それだけを見るためにマダムは11000円払ったのかと思ったら、悔しいやら情けないやら、感動しても滅多に泣かないマダムの目から、怒りの涙がこぼれたよ。

 マダムが一番腹が立った理由は、失敗作だからじゃない。こんなもの、失敗作ですらない。だって、何かやりたいことを必死に伝えようと考えた形跡が全くないもの。演出家の自己満足のために「ひょうたん島」をネタに使い、井上芳雄や白石加代子や安蘭けいを人寄せパンダに使ったことが無茶苦茶許せない。おかげでチケットは完売。どんな酷いものを作っても、興行的には成功したことになるのでしょ? 草葉の陰で井上ひさしがどれほど憤懣やるかたない気持ちでいることか。

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コメント

わははは〜、明日観るんですけどね、そしてこれが今年の打ち止めなんですけどね、わ〜〜ある意味楽しみだわ。
別の友人が「切ない気分になる」って言ってたんだけど、え、それ話の中身じゃなくて芝居そのもののことだったのかしら? 
んで、おそらく作家さんの意向よりも、演出が相当変えちゃったんじゃないか?とも言ってました。
ま、のんびり観て来ますわ(笑)。

マダムこんにちは。まさかまさかマダムと同じ怒りを共感できるなんて。怒り心頭の帰途、マダムは絶対しないチョイスだろうなあとチラッと思っていたのです。

私は今年の締めの一本でした。はあー、やっちまった感マックスな帰途でした。文学座白鯨で締めておけばよかったです。

井上君最近恵まれない気がします。パッションも重い役でしたが、まだ彼のルックスと美声が生かされていただけ救われたけど、今回のあの六つ子っていったい。。。
ストーリーもなければ笑いもないし、安蘭けいさんとの歌の場面もお芝居と何のつながりもない。締まるような気がするから歌うわって何なんだ?私は人形劇を知らないから楽しめなかったのか。

コクーン相性悪いです。今回もまた悪夢の二階席。白石加代子さんが渡辺えりさんにしか見えず。
でもまあ、1階前列だったら怒りで形相変わっていたので目立たず良かったような。
アルカディアも楽しみにしていたのですが、なんか行く気しなくなってしまった。またまた強気な料金設定だし。

そういえば、帰り、劇場ホールでご高齢の紳士がこの劇場の構造はミス設計じゃないのか?ステージが見えない座席はあり得ないし、見切れどころの質じゃないと怒ってました。たぶんコクーンシートですね。評判は聞いていましたが、そんなにひどいとは。

来年はマダムと感動を共有できるお芝居に出会いたいです。
またお邪魔します。

ぷらむさま。
自分の直感に従わなかったのが、いけなかった。悔しさ100倍でございます。串田和美には金輪際近寄りません。
 
ゆうりこさま。
井上くん、ちょっと考えないといけないですね。言葉は悪いけど、知名度が利用されてしまうような立場になったわけです。義理だけで仕事を受けてはいけない。今までのようにはいかないのです。
こんな酷い芝居に出てる無駄な時間、止めてればStarSでコンサートだってやれたかもしれないのに。ホント悔しいですね。

Viola-san
こんにちは。
私も、今年というより、ここ数年でワーストの芝居が今年の観劇納めになってしまいました。。。

ゆうりこさんと同じく、最近のコクーンS席は2階ばかりです。今回もチケットを取った時にテンション下がり、嫌な予感もあったのに。。。まさかの長塚マクベス以上のひどい舞台を見るとは思いませんでした。あの時はあまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまったけど、今回はあきれて笑うこともできませんでした。エチュードのような場面が続き、稽古を見せられているのかと思ったもの。

井上君の舞台を見て泣けなかったのは初めてです。
(また、ふつふつと怒りがこみ上げて来ました)

早く面白い芝居を見て、口直しをしたい!


Mickeyさま。
予感はありましたけどね。ありましたけど、ここまで想定外の悲惨さを味わうとはね。
2月までこれを続ける井上くんが気の毒です。

今日(もう昨日ね)観てきましたが、けっこう楽しめました。
心構えができていたっていうのも大きかったかも知れませんが、客席も笑っていた人も多かったし、私もクスッてなったところも。
本家、ひょうたん島も、けっこうシュールでワケのわからん回とかあったし、もちろん大傑作!ではないけれど、まあこんなものかと。

ぷらむさま。
いやいや、心広すぎますよ。
3000円だったら、こんなものかで許せるかもしれないけど。
1万以上はぼったくりですよ。

日経の2015演劇回顧、WEBのほうがとても細かく触れていますので
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO95196600W5A211C1000000/
人気俳優で切符を売り、開けてしまえばとんでも駄作というプロデュース公演が多いという話も書かれています。
マダムさま、アンケートに怒りを書かれていらっしゃいましたか?
「ひょっこり」のTVをリアルタイムに観た世代ですが、ぷらむさまもおっしゃっているように、長く放送していたので、必ずしもすべてが良かったわけではないです。ただ、藤村有弘さん、熊倉さんをはじめとした名俳優(声優)さんたちの個性が、支えていた気がします。こまつ座も、いつまでも再演だけではやっていけないと、新作の試みをしているんでしょうが、方向性が違うような気がします。

たかちゃんさま。
「人気俳優で切符を売り、開けてしまえばとんでも駄作」ってホントです。
今回は、アンケートに怒りをぶちまけてきました。2階がS席なのも含め。
テレビの「ひょっこりひょうたん島」は何年かに渡り共作で作られていったもので、良くも悪くもテレビ的ですね。登場人物も、何の前触れもなくいなくなったりしてるし。試してみてやめたり、思いつきが膨らんだり、したんですよね。
だから、芝居にするときに、脚本家にはもう少しまともな方針がきっとあったのではないかと推察します。
今回の芝居については、演出家の選択を誤ったことに尽きると思います。

マダム、はじめまして。
実はこれまでも、観劇後に題名から評を検索していて、貴ブログを拝読することがありました。
今年ですと、「再びこの地を踏まず」や最近の「バグダッド動物園…」など。
マダムのシャープな劇評に、いつもうんうんとうなずきながらロムしておりました。

それが、今回、勇気をふるってコメント欄にお邪魔したのは…もう、「ひょっこりひょうたん島」観劇後に私が感じていた怒りと悲しみを、マダムがずばり言葉に表してくださっているからなんです!!よくぞ言ってくださった!
まさか私の今年の観劇納めが、こんなコスパの悪い舞台になるとは…@涙

まるでワークショップの成果が出ないまま、作品を舞台に上げてしまったようでした。
シュールなものとか、不条理劇と言われるものは、私も嫌いではないのですが、観客各人に解釈を任せるというなら、そこには演出家の「私はこういう風に考えてみました、あなたはどうですか?」という提案や問いかけがないと、舞台として成立しないと思うんです。
今回のようなバラバラのスケッチのどこに「時代と文化を独断と愛で切り取る鋭い視点」(コクーン公式サイトより引用)が?!

最後、伝説のテーマ曲が演奏されると、やさしい日本の観客の皆さんは、そりゃあ、手拍子しますよね。それでなんとなく“盛り上がった”かのように終わってしまうのが、哀しかったです。

そしてこれって、客席の大部分を埋めていたであろう、井上さんや亜蘭さんのファンの方々こそ、もっと怒るべきなのではないかと思いました(私はお二人の熱心なファンというわけではないので、人に振ってるみたいな言い方で恐縮ですが)。
「〆になるから歌います」って言いながら、最後に歌わせられてるのって、「収拾つかないけど、この2人に歌わせるから許してね~」みたいな使われ方で、ひどい扱いだと思いました。

初見参で、いろいろ勝手に書き散らかして失礼しました;;;;

パイワケットさま、初めまして。
憤りを共有するというのも、仲良くなる手なのかもしれません。そう考えれば、少しは気分もマシかも。
故井上ひさしさんの夫人が、この企画に反対していて、声明のようなものを出されているのを、今になって読んだのですが、「ひょうたん島」の名前を使うなら、井上ひさしの名前がないのはおかしいし、新しいものを作るというなら、「ひょうたん島」の名前も登場人物も使わずに、全く新しいものを作ったらどうなの?という主旨でした。
結局、「ひょうたん島」の著作権をちゃんとクリアして企画を進めなかったツケが、作品の酷さにつながったことは否めませんね。
それにしても「〆になるかもしれないから歌う」って、史上最悪なセリフでした。

あのう・・・。
「〆になるから歌う」なんて言ってなかったし、それが物語の最後でもなかったと思うのですが。
マシンガン・ダンディーは、自分が死んだことで、自分の「〆=最後」にふさわしい歌を歌いたいって言っただけじゃないですか?
「歌をうたいたいんだが・・・何か、〆になるような歌をね」
というようなセリフだったかと。
物語を〆ようって流れではありませんでした。
なんだか、このセリフが一人歩きしちゃってるみたいなので、念のため。

ぷらむさま。
ホントに?
私が憶えている感じだと、ダンディが「歌を歌いましょうか、〆になるかもしれないから」のようなことを言い、サンデー先生が「そうよね、〆になるような歌をね」みたいに受けていた、と思いますが。ダンディが死んだから、という意味には受け取れませんでした。正直、意味はわからなかったです。
あまりにもつまらないので、この辺で歌をお聞かせして、芝居を終わりの方へ進めましょう、と聞こえてしまったんです。
まさか、そんなつもりじゃなかったかもしれないけど、でも、そう聞こえちゃったんですよね。

ええ、本当に。
もしかしたら、マダムの観劇と私との間にセリフがマイナーチェンジされた可能性もありますが、大意は変わっていないでしょう。
少なくとも「かもしれない」ってセリフは無かったです。
セリフは必ずしも正確ではありませんが、流れとしては

ダ「俺は死んだのか?」
サ「そうよ、死んだのよ」
ダ「(死体を確認して)本当だ、俺だ」
ダ「・・・・歌をうたいたんだが、何か〆になるような歌をね」
サ「そうね、〆になるような歌があるといいわね」

みたな感じだったかと。
マダムがあまりにも「つまらない!」と思っちゃったから、脳内補完されたんだと思いますよ。まあ、そう思わせちゃった作品に問題があると言えばそうですが、私はそこまでつまらなくなかったので・・・・。

ぷらむさま。
うーん、確かに。そこまで正確には覚えていないので、いや、違う!とかは言えないですね。脳内補完は相当されちゃったかもしれないです。見るのに拒否反応出ちゃって、苦痛でしたから。

今さらなんですが、そして、これがわかったからと言って、観てるときに、判らせなかったら意味ないと思うので、蛇足なんですけれど・・・。

私ね、あのマシンガン・ダンディが死ぬところあたりで、これって、全部、死んだ人の話なのかーと思ったんですよ。ドン・ガバチョが新宿の雑踏で、新宿の思い出を語ったりするのも、そういうことか?と。

そして帰って来てから調べたら、井上ひさしさんは、ちゃんと「ひょっこりひょうたん島」は死者の話だって、告白してるんですね。火山の爆発で死んじゃった子供達が死後の世界で漂流する〜という、自分が書く上での裏設定があったんですって。

いや、まあ、それだけのことですけど。

ぷらむさま。
井上ひさしさんがそんな裏設定してたらしいことは、芝居を観る前から、なんとなく知っていました。
でも、芝居の中で、ちゃんとわからせて欲しかったです。演出家は「ほのめかす」だけなのが好きな人なんですよね。それと、著作権をもった井上夫人の許可を得られないで作ったことが、やっぱり致命的だったと思いました。

串田和美さんの作品が好きで、ひょっこりひょうたん島はすごく期待して出かけたのですが、私も席を立ちたくなりました。(やはり真ん中の席だったので立てなかったけれど)

そして今日コクーン歌舞伎見てきました。
この間つまらなかったのはまあそんな事もあるのかな?と、今度こそ〜〜と期待して出かけましたが、結果は残念でした。お尻が痛くなっちゃった。蜷川さんじゃあるまいし、文字の出る画面だしたりして、中村扇雀さんの演技でちゃんとわかるのに、心情説明(ーー;)

どうしちゃったのかしら?でもまた次期待してみにいくんだろうなぁ

ルビーさま、こんにちは。
コクーン歌舞伎は、串田演出といっても、勘三郎のアイデアがあってこそ、だったのではないでしょうか。新しい試みをするにしても、歌舞伎の枠から外れないように、ギリギリのラインを勘三郎が見極めていたのでは?
なので、もう串田演出がおかしくなっても、誰も止められないのかもしれませんよ。役者さん達はみんな、若いしね。

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