最近の読書

« マダム イン ロンドン その2 続『ビリー・エリオット』 | トップページ | 『語る室』を語る »

マダム イン ロンドン その3 続続『ビリー・エリオット』

 主人公のビリーの物語は、才能ある人が困難を切り開いて世に出て行く、まさに王道なお話です。それはさほど、新しい話ではありません。そして、小さな、まだ、いたいけとも言える10代前半の男の子が、亡くなったお母さんの手紙を一番大切なものとして持っている設定などは、王道中の王道と言えます。

 けれど、その設定は、物語の必然の中に入念に練りこまれています。ビリーのバレエの才能に気がついたウィルキンソン先生は、小さな男の子の内面を知ろうとして「自分が大事にしているものを持ってきて、見せて」と言います。ビリーの鞄からは、古びたルービックキューブとかお菓子の袋とかが出てきて、最後に、しわがよった封筒が出てきます。ビリーはそれを見せるのをためらいますが、先生にすぐ取り上げられてしまいます。先生は声に出してその紙を読み始め、そしてすぐ、声の調子が変わります。それが、亡くなった母親から、息子への、最後の手紙であることがわかったからです。

 この辺りの演出は実に細やかです。先生が声に出して読むのを、少しうつむいて聞いていたビリーは、途中から一緒に声を出します。驚いた先生がビリーを見つめると、少年は「僕が大きくなったら読むようにって渡されていたんだけど、開けて読んじゃった。我慢できなくて」と言い訳します。彼はもう何度も何度も読んだのです。だからもう憶えちゃっているのです。先生は手紙の音読を続けます。それがなだらかに歌になります。そして歌になった瞬間、いつのまにか先生の後ろに、ビリーのお母さん(幻ですね)が現れます。このお母さん役のキャスティングも素晴らしい。とりたてて美人とかスタイルがいいとかではなく、どちらかというと中年らしくふくよかな、普通のおばさんです。(でも、この人も、カーテンコールの時にはバレエのチュチュをつけて踊りまくっていました。本番中は踊る場面などないのに、踊れる人だったんです!)

  お母さんの幻は、先生に代わって、手紙の文面を歌います、静かに、穏やかに。「ビリー、大きくなってもずっとあなた自身でいてね」「ビリー、大きくなったあなたを見たかった」・・・・はっきり言って、観客の涙腺が決壊します。涙腺の守りの固い私も、このシーンでは泣いてしまうのでした。

 でも、ビリーは少ししか泣きません。彼は何度もこの手紙を一人で読んで、たくさん泣いてきているので、ウィルキンソン先生の前で号泣したりはしません。「いいお母さんね」と先生が言うと、「別にそんなことはないよ。ただのママだよ」と言って、頬をつたう数粒の涙を手の甲でゴシゴシ拭います。完璧です。子供はお母さんを失って寂しい。けれど、子供は生きるエネルギーに満ちていて、ちゃんと他の家族や先生に愛されて、生きている。だけど、やっぱりお母さんの残した手紙を、こっそり読んでちょっぴり泣くこともある。

  客を泣かそうとかいう、手練手管ではなくて、ビリーという少年の真実を描こうとしていると感じます。真摯なホンと、誠実な演出なのです。

 

 クライマックスで、将来の自分(青年)と一緒に「白鳥の湖」を踊るシーンは、ビリーの才能を父親が認識する大事なシーンです。父は炭鉱夫で、バレエなど関心を持ったことがなく、もちろん見たこともなく、ウィルキンソン先生から「あなたの息子は凄い才能がある」と言われても、全くピンときません。けれど、踊っているうちに昇天してしまいそうなビリーを見て、門外漢の父もビリーには才能があることを悟ります。そして、スト破り(ストライキしている仲間を裏切って、仕事をしてしまうこと)してでも、息子のロンドン行きのお金を用意しようとするのです。

 父親に考えを変えさせるほどの説得力ある「白鳥の湖」のシーン。それが、夢のように美しいんです。陳腐な褒め言葉で恥ずかしいくらいですし、普段のマダムヴァイオラなら、使うことを避けるような表現ですが、このシーンだけは、もうこれ以外に言いようがありません。映像で見た時も息を呑んで見つめましたが、ナマで見ると息をするのも忘れそうでした。ダンスというものを見て、ここまでうっとりと、自分の意識を開放してしまうとは。振付が大胆で、要求が高いけれど、男の子は迷いなく美しく舞う。舞台芸術の白眉の瞬間です。そして、才能ある子が見出される、という物語は、芝居であると同時に、ビリー役の男の子自身の現実でもあります。この役をやるということは、このシーンが踊れる、ということなのです。10代前半にして、主役を張り、劇場中の観客をうっとりさせることができる、ということなのです。そんな少年が常時4人いて、2005年からロングランしているなんて、イギリスっていったいどんな国なんでしょうか。

 ロンドンのバレエ学校の面接のとき、少年は最後に、「踊るとき、どんな気持ち?」と訊かれます。ビリーは、その踊りの才能に見合う程のボキャブラリーはないので、考え考えポツポツと答えます。「うまく説明できないけど・・・自分が誰なのかを忘れちゃって、でも同時に、何かが僕を完璧にしてくれているんだ」・・・・これってつまり、踊っていると何かが降りてくるってことですよね? この台詞は嘘のない、ビリーの気持ちとして受け取れます。観客は「白鳥の湖」のシーンで、少年が踊るとき、演劇の神様が降臨してくるのを目の当たりにしたばかりなのですから。

 以上が私の『ビリー・エリオット』の観劇レポートです。これって、英国観光協会から表彰されてもいいくらいの、大絶賛ですね。

Img_0469

写真がちょっと暗いですが、これがプログラムです。もちろん、全て英語なので、まだ全部は読めていません。これから楽しんでゆっくり読みます。それで、もし、レポートしたことに間違いがあったら、そのときまた、正します。

 

Img_0470_2

 

こちらは、宣伝用のミニパンフレット。劇場や、観光案内所や空港などで、三つ折りになったミニパンフレットがスタンドに並んでいます。日本のようなチラシは、見当たらなかったです。

 

 2本目は、あまりにも有名なあのミュージカルです。

 

« マダム イン ロンドン その2 続『ビリー・エリオット』 | トップページ | 『語る室』を語る »

ロンドン観劇日記」カテゴリの記事

コメント

ビリーの満たされない思いを爆発させる場面を 沢山のビリーが演じたなんてsign03凄過ぎるsign03
この作品に関してはダサい兄さん、お父さん達も凄い。炭鉱夫そのもので食堂のおばちゃん達もカラダに匂いと色があるのよ。
日本にだって北村和夫や俳優座、文学座にクセ者の匂いの役者達がいた。そんな色々がいないと芝居はつまらなくなるよ。小学校で学芸会は必要よ、と思って締めます(笑)

かおりママさま。
ほんとに、私たちが若い頃は、いろんなタイプの役者がいましたよね。なんだか、今、小綺麗な人ばっかりになっちゃって。どうしたんでしょうね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« マダム イン ロンドン その2 続『ビリー・エリオット』 | トップページ | 『語る室』を語る »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

関係するCD・DVD

無料ブログはココログ