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『黒鉄さんの方位磁針』を見る

 深い地下1階へ降りる真っ直ぐな階段にドキドキした。まだ、普通に降りられる年齢だとは思うけど。6月28日(土)マチネ、DDD AOYAMA CROSS THEATER。

劇団AUN 第22回公演
『黒鉄さんの方位磁針(くろがねさんのコンパス)』
作・演出/市村直孝
出演 吉田鋼太郎 大塚明夫 北島善紀 星和利
   坂田周子 林蘭 長谷川志 齋藤慎平 ほか

 1年ぶりのAUN公演。今年もシェイクスピアではなく、去年に引き続き、市村直孝の作品で、しかも今年は書き下ろしなのだそう。
 芝居が始まってしばらくして、何人かの役者の不在に気づいたわ。あ、そうか。谷田歩もいないし、横田栄司もいないのね。谷田歩は「アドルフ」地方公演中だし、横田栄司は「トロイラス」の稽古中。ということは勿論把握してたわけだけれど、芝居が回り始めて改めて、一抹の寂しさをしみじみ感じたの。劇団のファンになるって、こういうことなのね(横田栄司は文学座の人でしょ?っていうツッコミは甘んじて受けます)。

 ストーリーは、夜、ひとりの老人が、古い転車台(機関車の向きを変えるための設備ね)に迷い込むところから始まる。戦前から蒸気機関士として働いてきた彼、鈴木昭一(吉田鋼太郎)にとっては、そこは長年の職場で、懐かしい場所なの。年を取ってボケ始めている昭一が、闇に包まれた転車台に立ち尽くすと、様々な幻がたち現われては消えていく。
 幻は、ボケた老人の記憶で出来ているので、順不同だったり、切れ切れだったりする。子供の頃の幻と一緒になって、現在の昭一も、走ろうとしたり、大声をだしたり、砂利の中に埋もれたりして、危ないこと甚だしい。でも、幻の中に入り込むと、心は子供になってしまうので、老いた身体を置いてきぼりにしちゃう。マダムはまだボケたことはないけれど、なんだか凄く、昭一の身に起きていることが理解できて、納得してしまったの。あー、こうやって、ボケた人はどんどん遠くまで行っちゃうんだ。走ろうとして転んだり、どっかから落ちたり、迷子になったりしちゃうんだ。だけどその人の中では、自然な行動なんだ。(もちろん、それを推奨してるわけじゃあないのよ。ただ、腑に落ちたの。)

 切れ切れの幻が、次々展開して、昭一の来し方が、だんだん形になっていく。1週間しかなかった昭和元年に生まれたから、昭一と名付けられたこと。父は、日露戦争で不具になって以来、飲んだくれていて、生活は苦しかったこと。知り合いに蒸気機関士がいて、憧れていたこと。東京から来たお金持ちの家の子とも友達になり、一緒に蒸気機関士になることを夢見たけれど、彼の父親は職業軍人で、彼もまた軍人となり、やがて戦死してしまったこと。憧れた蒸気機関士のお兄さんも、徴兵されて、戦地へ行くことになったこと。別れの日、昭一たち兄弟は、彼に方位磁針を渡し、生きて帰ってくれることを願う。「これがあれば、何処にいても、日本の方角が分かるから、帰ってこられるね」と言った彼は、しかし、遂に戻っては来なかったこと。その方位磁針を預かった人は帰還を果たし、昭一に返してくれた。だから、ボケ老人となった昭一のウェストバッグの中に、今も方位磁針が入っていること(でも、彼はそれがどんな大事なものだったかが、もう思い出せない・・・切ない!)。
 
 老人の見る幻を繋いで彼の生きた戦争の時代を描く、という狙いはなるほどと思ったし、ひとつひとつのエピソードは温かで、面白く観たわ。昨年よりテーマをストレートに打ち出してきたのは、やはり今だからこその作家の切実さの現れよね。ただ、数珠つなぎのような運びに、途中少し飽きてしまうところもあったのだけれど。
 感動は、ラストにやってきた。念願かなって蒸気機関士となった昭一は、戦争中も、ひたすら機関車を走らせてきた。そして8月15日、終戦を迎えたその夜も、同じように機関車を走らせる。すると、その眼前には、長いこと見ることのなかった光景が広がるの。それは、町の灯り。灯火管制が長かったので、暗闇を走ることに慣れていた彼は、こんなにも沢山の人たちが暮らしてたのか、と気づき、涙しながら運転するの。照明など使わなくてもよかったんじゃないかと思えるほど、役者の台詞だけで、光景が浮かんだのよ。ちょっと、鳥肌だったー。
 
 昨年の『有馬の家のじごろう』と比べてしまうと、少々不満は残る。いちばん違ったのは、人物が皆、いいひとに描かれちゃってること。客観的な、視野の広さが足りないように感じられたの。
 
 最後、記憶のほとんどを失い、「あなたは誰ですか・・・」と立ちすくむ吉田鋼太郎の姿を見たとき、瞬間的に「あ、リア王がいる」と感じたマダム。そう言えば、娘が3人いる設定だったね。
 なので、また吉田鋼太郎のリアが観たいです。マダムの希望を宣言しておくわ。
 

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コメント

こんな大切な事を忘れてたなんて、と嘆く昭一の姿がヒトゴトと思えなくて。生きてると沢山のメモリーがあり過ぎですよね。戦争の事とか父に聞いておくべきでした。
そして次はリア王sign03に賛同です。

市村文学の第二弾、見ごたえがありました。ただ、親の世代と重なる分、観劇していて切なかったです。
今回、鋼太郎さん達と若い劇団員の方たちの演技力が近づいているように感じました。和物も良いけれど、そろそろシェイクスピアを見たいです。私も、『リア王』に賛成です。

かおりママさま、Mickeyさま。
昭一さんは、私たちの親世代と重なる設定でしたね。
観客の年代によっても、受け取り方が違うかもしれません。
AUNも、1年に2回くらい公演できるといいんですけど。
そうしたら、シェイクスピアと和物と交互に見せてもらえますもんね。

こんにちは。初コメントが遅くになりました。私も昨年の「有馬の家のじごろう」方が好きです。「黒鉄さん」は感動さもありますけど、何かが違う。「有馬の家のじごろう」役たちの感情をついていける感じなかった。あと、私はもっと昭一は戦争時の話を見たかったな...すみません、上手く説明でできない。

AUNのシェイクスピアは見たことがないですが、見たいわ!

rosdsongさま、こんにちは。
「有馬の家のじごろう」のような、いろんな伏線が最後にギュッと集まってくる感じが、今回は足りなかったですね。

AUNのシェイクスピアは凄くいいですよ。鋼太郎さんは、シェイクスピア役者として、もちろん素晴らしいんですけど、シェイクスピアの演出家としても一流の人です。
いずれ、一緒に観られるといいですね。

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