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嗚呼、勘三郎

 今日はこのブログを始めてちょうど、まる5年目の記念日。だから、全く違う内容の記事になるはずだったのに。
 中村勘三郎が亡くなった。

 朝のニュースで知った後、今日一日、心ここにない状態でいたわ。歌舞伎ファンとは言えないマダムでさえこれほどの衝撃なのだから、ファンはどれほどの辛さかしら。心がとても痛い。
 これは歌舞伎界のみならず、演劇界全体の大きな、大きな喪失よ。あの躯の動き、あのサービス精神、あの好奇心、あの明るさ、あの人脈、あのプロデュース能力、どれをとっても一流の、最高に魅力的な役者じゃなかった? あと20年は私たちを楽しませ、心を温めてくれるはずじゃなかったの?

 マダムは3年前のクリスマスイブを歌舞伎座で過ごした。子供を連れて『野田版鼠小僧』を観に行ったの(そのときのレビューは→ここ) 。本当に本当に楽しい、面白い舞台だった。幸せだった。あの時のことを思い出して、今日、ニュースを見ながら子供は涙ぐんでいたよ。勘三郎がもうこの世にいないことが信じられない、と言って。
 重篤であるという噂が流れても、きっと帰ってきてくれると思わせる人だったわ。だからマダムは、新歌舞伎座の完成に合わせて戻ってきてくれると、勝手に信じていたのよ。それなのに。
 天が決めたこととはいえ、天はあまりにも無情だ。 

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コメント

昨日から、野田さんのコメントにじんわりしたり、
勘九郎君の魂を絞り出すような口上にウルッとしたり、
いろいろ忙しかったですけど、マダムのブログ読んで、
そう言えば!と思い出したことがありました。

マダムもご覧になった「野田版鼠小僧」の初演で、
少年さん太を演じていた清水大希君。
(再演の時は橋之助さんの息子さんだったみたい)
シメのセリフを言うという大役を見事に演じきった子役さん。
歌舞伎の御曹司でなく、当時は普通の劇団に所属している
普通の子役さんでした。
ほかの演目でも、何度か見かけましたが、上手いんですよね!
勘三郎さんは、ことのほかお気に入りで、大事な興業の
「ここっ!」という子役には、彼を起用していましたが、
2005年から、勘三郎さんのところの部屋子になり、
二代目・中村鶴松のお名前をいただいて、
歌舞伎役者になりました。
勘三郎さんも「3人目の倅」と公言して、息子たちと
同じように英才教育をしていらっしゃったようです。
たぶん、今、高校生くらい・・・・。
役者さんとして、難しい時期に芸の「お父さん」を亡くして、
あの子はどうするのかな〜。
新・勘九郎さんが長男として末っ子の面倒もみてくれるのかな。

それにしても、大きな穴があきましたね。
歌舞伎界にも演劇界にも。
合掌。

今日、京都に行く用事があって、10時すぎに南座の前を通りました。勘九郎と七之助が入った直後らしく、報道陣が大勢いました。

正面看板を見ていたら、いきなり涙が出てしまって。

しかし、最後に交わした会話がシモネタで、思わず笑っちゃう話だったというのは本当に彼らしい。湿っぽいことが嫌いな人だったから、めそめそしてはいけないのでしょうね。

悲しいけど。

昨日の早朝の速報からショックが続いてます。
まさかまさか、です。
歌舞伎を知らない私がコクーン歌舞伎を見、
中村座へ行ったり、本当に楽しませてもらいました。
でもでももっと勘三郎さんの芝居が見たかった!!
惜しい、惜しい!!残念です。

ぷらむさま。
サワキさま。
かおりママさま。

ホントに残念で、悲しくて、がっかりですね・・・。
演劇界に、巨大な穴ぼこがあいちまいました。
私たちの心にも、巨大な穴ぼこがあいちまいました。
どうしたらいいんでしょう・・・?

Viola-san
勘三郎さんの訃報には言葉を失いました。
昨日は仕事をしていても、連獅子、籠釣瓶、四谷怪談、夏祭浪速鑑、砥辰の討たれ、髪結新三等々、今まで拝見した舞台が思い出されて涙が止まらなくなりました。新しい歌舞伎座に勘三郎さんの姿がないなんて、誰が想像したことでしょう。。。

私が最後に拝見したのは5月の平成中村座でした。お元気になってよかったと思っていたのですが。。。これから何十年も活躍できたはずなのに、本当に残念で寂しくてたまりません。

勘三郎さんと同時代に生きて、素晴らしい舞台をたくさん拝見できたことに感謝して、ご冥福をお祈りします。

私も5日の朝のニュースには絶句。一瞬、息ができませんでした。
絶対に元気になると信じて疑わなかったので、未だにカンザさんがいなくなってしまったことを受け入れることができない状態。
歌舞伎はたくさん見てますが、「野田版鼠小僧」とか「野田版研辰の討たれ」とか見て感動した時は、野田秀樹の才能の豊かさに驚いたものでした。でも、考えてみればマダムさまのおっしゃる通り、カンザさんという名プロデューサー、役者、求心力があってこその成功でしたよね。
素晴らしい歌舞伎俳優さんは大勢いらっしゃるけど、勘三郎丈のような方は文字通り唯一無二の存在でしょう。皆さんと一緒に合掌させてくださいませ。

Mickeyさま。
ラズベリーさま。

つかこうへいや井上ひさしが亡くなった時も喪失感がありましたが、作家は書いたものが残っていきます。
でも、舞台の役者は、姿が無くなってしまったら、もう見ることができない。感じることができない。
喪失感があまりにも大きいです。
それと、野田秀樹のことが心配ですね・・・。

勘三郎さんの舞台は、残念ながら観ていませんが、ほぼ同年代、やんちゃな勘九郎ちゃんとして、スター千一夜などで幼い頃からずっと映像では拝見していて、もちろんその後のいろいろな活躍を観ていただけに、無念です。

昨夜のフジテレビの追悼、密着番組での勘三郎さんの手術前のインタで、手術をするべきか、しないで、このまま舞台を続けるかを悩んだという話も、同年代としては、身につまされました。

たかちゃんさま。
フジの追悼番組、録画してあるんですが、まだ見ることができません。覚悟が無くて。

ぷらむさま。
勘九郎さんの口上を全部ちゃんと聞いたら、中村鶴松くんの名前も出していましたね。一緒に進んでいくんだ、と言う気持ちなんだと思いました。

フジテレビも、NHKも追悼番組を見ました。NHKの方は、渡辺えりが泣き崩れてしまって、三津五郎も涙ぐんでいて、切なかったです。

勘三郎は、手術をやめて、数年間舞台にたって死んでいくという選択肢も考えたようです。家族がいるから、と手術を選んだのね。

肺炎にどういう経緯で感染したのか定かではないけれど、抗癌剤と術後の経緯で免疫力が弱っていたところにつけこまれたのでしょう。もし、癌が発見されていなかったら、まだ、勘三郎は元気に舞台に立っていたかもしれないと思うと、医学ってなんなんだろうと。

悲しいです。

サワキさま。
私もNHKのほうは見ました。
私は野田秀樹とのコラボとしての勘三郎を見てきて、古典歌舞伎をみてなかったんです。だから、あの踊りの稽古の凄まじさを見て、ああ、あの躯の自由自在さは、ああやって作られたんだなあって、しみじみ思いました。(で、ちらっとですが、香川照之にはもう無理なんじゃないのかしら、と思わずにはいられなかった。)

6月に手術して、7月にはちょっとだけど舞台に復帰した。これが良くなかったんじゃないのかしら。免疫力は戻ってなかったのでは?半年くらいは養生しなきゃね。
周囲は止めても、本人がせっかちだから、どうしようもなかったのでしょうか・・・。

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