『炎の人』との再会
市村正親がこの6月に『炎の人』をやると聞いて、始めは大きな違和感を抱いた。
だって、市村正親は洋物の役者のイメージだもの。ミュージカル出身で、ストレートプレイだってハムレットにリチャード三世にシャイロックにキーン、でしょう?それが『炎の人』?・・・とそこまで考えて、ふと気づく。『炎の人』だって、洋物じゃないの。ゴッホの生涯を描いてるんだからね。
普通ゴッホと聞いて、どんな顔が思い浮かぶかしら。あの、有名な自画像、耳に包帯を巻いてパイプをくわえてる陰気なようで明るい色彩の、あの絵を思う人が多いかしらね。
でもマダムは違うのだった。ゴッホと聞いたら真っ先に滝沢修の顔が浮かんでしまうのよ。だから、違和感があったのね。
『炎の人』(三好十郎・作)は、たしか高校の国語の教科書に載っていたように思う、一部分だったけれど。戯曲を読みなれない当時のマダムにとっては理解の外だった。でもその稚拙な感受性の窓をこじあけてくれたのが、NHKの劇場中継で観た劇団民藝の『炎の人』だったの。今、こじあけたと言ったけど、本当に衝撃的だったのよ。マダムのバカの壁を向こう側からまさかりで木っ端みじんにしてくれたわ、滝沢修のゴッホ。
今から30年くらい前にたった一度、それもテレビで観ただけなので、あらすじすら説明できない。なのに、いくつかの場面ははっきりと思い出せるの。滝沢ゴッホが、出て行ってしまうゴーギャンを必死に引き止めるところや、自分の絵を説明しようと下手な言葉を次々繰り出す場面や、日本の浮世絵(北斎?)を眺めながらどうしたらこんな色を出せるんだと苦悩するところ。ありありと思い浮かぶ。そして胸が痛くなる、今も。ラストはたしか、耳に包帯を巻いたゴッホが(つまりあとわずかで自殺してしまうのだけど)孤独と絶望を抱きながら、それでもキャンバスに向かう姿で終わるの。マダムはテレビの前で、ひとりボロボロ涙を流しました。
ちょうど同じ頃ひとりの若い俳優が『エクウス』という芝居に出て話題になっていた。それが市村正親。所属していた劇団が「歌って踊る」戦略を立てたので、彼も歌って踊ってきたけれど、実は彼の芝居の原点には滝沢修の『炎の人』があったようなのね。
マダムのように、『炎の人』=滝沢修=ゴッホ、という頭になっちゃってる人も多い中で、とうとう市村正親がその役に挑戦することにしたとは。大いなる気概を感じるわ。観客としてもその意気を受けとめないわけにはいかないでしょう?
6月が楽しみ。まあ、まだチケットは入手してないけどさ。
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コメント
本年もよろしくお願いいたします。
「炎の人」何も知らないまま、観劇することに
なりそうなので、その際には、マダム様の
感想をとても楽しみにしております。
滝沢さん、映像でしか存じ上げないので、
声に魅力がある印象が強いです。
「炎の人」滝沢修とインプットされているのが
あたりまえでしょうし、また、その舞台をご覧に
なった方も多い演目は、ハードルが高いと
思います。
市村さんが俳優になろうと思ったのは
滝沢さんの舞台を観たのがきっかけだそうです。
そういう思いと、日本の芝居を大事にしたいという
思い、そして、「氷屋来たる」の出演以来、ストプレを
1年に1回は最低やりたいとお思いとのこと、
市村ファンとして、市村さんがおっしゃっていることから、
少し代弁させて頂きました。
投稿: たかちゃん | 2009年1月11日 (日) 20時03分
こんにちは。
ちょっとミニ情報を。
クロワッサン1月25日号に
仲代さんの特集が載っていて、
その記事のなかで、仲代さんも
三好さんの「炎の人」を舞台で演じる
予定になっているそうです。
今年9月までの予定のあとに
こういうものも演じる予定と書かれていたので
時期、場所などは不明です。
投稿: たかちゃん | 2009年1月12日 (月) 11時32分
たかちゃんさま。
情報、ありがとうございます。今年もどうぞよろしく。
『炎の人』が上演ラッシュになるのは大歓迎ですね。
いくら滝沢修の十八番であったとしても、もう観ることはできないのだから、他の人がやってくれなければ、戯曲は死んでしまいますもの。
ただ、ゴッホは40歳にならずに死んじゃった人なので、ホントはもっと若い人が演じるものかもしれないけど。やっぱり滝沢修が年をとってからも演じていたので、その印象が戯曲を支配しちゃってるところがありますね。
投稿: マダム ヴァイオラ | 2009年1月12日 (月) 11時52分