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初恋の人

 子供を歯医者に連れて行ったら、思いのほか待ち時間が長くて、ふだんは読まないファッション雑誌を隅々まで見るはめになったの。ブランドに興味のないマダムにはとんと縁のない「STORY」2月号。ぼんやりページをめくってたら、長いこと会ってなかった初恋の人の写真が載っててびっくり。覚醒した。
 マダムが子供の頃、家には小さなテレビがひとつあるきりで、チャンネル権は父にあった。当然、いつも野球か時代劇が選ばれてて、たまに母の希望のホームドラマ。だからマダムはアイドルも全員集合もあんまり記憶にないの。父が見ている時代劇を見るともなしに眺めつつ、父の麦酒のつまみの枝豆を、マダムは麦茶を飲みながらつっついていたのよ。そのうちストーリーにも詳しくなって、カッコいい人を発見してしまった。誰にも内緒で、その人目当てに毎週見るようになった。『大岡越前』の小石川養生所の医師、榊原伊織。(ああ、なにも調べなくてもすらすらとこの役名が出てくるところが、子供ながら、どれほど好きだったかわかるわ)
 今、ムガと言えば塚地武雅なんだろうけど、マダムにとってはムガと言ったら竹脇無我なのよ。『大岡越前』がワンクール終わって『水戸黄門』が始まると、がっかりしたのを思い出す。やがて母のお気に入りの『だいこんの花』にも竹脇無我を発見し、狂喜乱舞(心の中で)。
 当時のアイドルがジュリーだったりフォーリーブスだったりしたことを思い起こすと、このマダムの好みは際立ってヘンだったかもしれない。子供心にヘンなのは自覚していたとみえて、友達にも家族にも話すことなく、とうとうこんな歳になってしまった!
 でも今となっては、子供にしてはなかなかよい趣味であったと、自分を褒めたい。そのときから現在の好みを基礎づける、確固たる方向性があったと分析できる(って、なに言ってんだか)。
 だってね、今も、マダムは、たとえイケメンであっても、「こうしたらカッコいいんじゃないか」と日夜研究に励んでいそうな「アイドルの王道」な人は、苦手。シャイなところがなく、どんどん押し出してくるような人は、苦手。
 イケメンで演技もいいけれど、イケメンであることにも人気があることにもちょっとさめていて、客観性のある人が好きなの。まー、どっちにしても、イケメンがいいのだろうと言われたら否定できませんが。
 でもホント不思議よ。こういう趣味って、生まれつきなものなのかしらん。三つ子の魂百まで。

 竹脇無我の代表作といったら、やっぱり『大岡越前』だろうか。それともマダムは未見の『姿三四郎』?あるいは加藤泰監督の東映映画『人生劇場』?
 マダムのイチオシはTBSドラマ『幸福』(向田邦子脚本)。それと同じくTBSドラマ『岸辺のアルバム』(山田太一脚本)。このふたつの演技で竹脇無我は、マダムにとって、子供の頃の憧れの人という枠から飛び出し、忘れ難い印象を残す役者として一目置く存在になった。
 竹脇無我は1980年代後半からテレビでの露出が減ってゆき、森繁久彌の勧めがあって舞台の仕事を始めた。でもマダムは舞台を観ていない。当時の興味とあまりに違う芝居だったから。いわゆる商業演劇ね。見てもいないでこんなことを言うのはまるっきり憶測だけど、舞台にはあまり向いてない人じゃないかと思う。観客の視線をエネルギーに変えられるようなタイプではなさそうだもの。舞台の演技と映像の演技は、油絵の画家と日本画の画家の違いくらい、違う。かたっぽができるからって、もうかたっぽもできると思ったら、そりゃ大間違い。
 ここ10年くらい、あまり見かけなくて、マダムも忘れていたんだけれど、鬱病をかかえて仕事をセーブしていたようなのね。病が癒え、その闘病記を出版したことから、また露出が増えてきた。
 役者として円熟味を増してきたいい時期に、ドラマの役が得られなかったのが不運だったよね。そしてマダムがここでも思うのは、向田邦子の不慮の死がなかったら・・・ということなの。向田邦子ほど、竹脇無我の役者としての本質を知っていた人はいなかったのよ。それは『幸福』の殿村数夫という役を彼に当てて書いた、ということでわかる。それまでのハンサムでインテリで・・・という竹脇イメージとは真逆の、やる気がなくて人生を投げてて、ぼんやり生きてるような町工場の雇われ職人の役。このどうにも澱んだような男に、二人の美しい姉妹が惚れてしまう。それはどうしてなのか?を語っていくのが、この『幸福』というドラマなのよ。つまり、向田邦子は知ってたわけよ。ハンサムでインテリな医者だの弁護士だのの役をやってても、竹脇無我の中には、どこかめんどくさがりで人見知りで投げやりで不器用なところがあるってことを、ね。そこを掘っていったら面白い役ができるぞ、って。
 竹脇無我の演技としても、向田作品としても、『幸福』はマダムのイチオシです。『幸福』が放映されたのが1980年。向田邦子が飛行機事故で亡くなったのが1981年。
 あの事故がなかったら、マダムは初恋の役者が新境地を拓くのをもっと見られたに違いない。四半世紀がたっても、まだため息が出てしまう・・・。

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コメント

今春IT開設した初心者です。しばらくは「竹脇無我」でYahoo検索して、「姿三四郎」や「大岡越前」の時の画像見ては、ほぉ~(*^。^*).。o○ っとなっていました。
 その時「マダム ヴァイオラの日記:初恋の人」を知り、驚嘆しました。子供の頃竹脇無我さんをTV画面に見つけた時の記述が、私が書いたんじゃないかと思うくらい、そっくりの体験だったからです。(いえ、マダムの洗練された文章技術は私にはありませんが、物凄く共感したのです。)
 この2009/11/26に私は自分のブログを作りました。素人ゆえ、おぼつかないものですが、ここにマダムのHPをリンク先として貼り付けさせて頂きたくお願い申し上げます。
 11/30に「竹脇無我」で検索して出逢った、南海凡吉さんという方にも同様のお願いをして、了承いただきました。

 リンク先の南海凡吉さんと私のやり取りで、ブログを開設したばかりの私の、四苦八苦しながらの奮闘(?)をお伝えできるのではないかと・・・

琉璃さん、初めまして。

貴女のような方がきっとこの記事を見つけてくださることを、マダムはずうっと、待っていました。
今、竹脇無我について熱く語ったところで、読んでくれる人はあまりいないだろうと知ってはいました。でも、あの頃、マダムと同じように小さな胸ときめかせて竹脇無我を観ていた女の子が、絶対日本のどこかにいただろうと思っていたのです。

インターネットの良いところは、今トレンドでないことであっても、小さなことでも、強いこだわりさえあれば、同じ思いの人と、どんな距離をも越えて、出会えるということです。

出会えましたね、琉璃さん。

どうぞマダムの「初恋の人」の頁にリンクを貼ってください。琉璃さんのブログにも是非、紹介してくださいね。
「幸福」を観るチャンスがあれば、是非、観てみてください。ため息が出ますよ。

コメントのお返事を頂いていたのですね。
このとき、私はインターネットを始めたばかりで、右も左もわからずシッチャカメッチャカでした。
ブログの扱いに四苦八苦していて勝手がわかっておらず、ヴァイオラさんのブログの、私のコメントへのお返事をいただいていることも知りませんでした。
申しわけありません。
「『初恋の人』の頁にリンクを貼ってください」とおっしゃってくださっていたのに、この文章を知るのが1年と9カ月経ってから。・・・竹脇無我さんが逝ってしまわれてからのことでした。
今、私のブログにマダム ヴァイオアさんのリンクを貼らせていただきました。

瑠璃さん、こんにちは。

無我さん、逝ってしまいましたね。
小さい頃に憧れた人が先に逝くのは、順番としては当たり前のことなのですが、これほど寂しいこととは・・・。
こんなに愛されていたことを御本人は知っていたでしょうか。
生きている間に、ぜひとも教えてあげたかったと思いますね。

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