最近の読書

王道をゆこうよ

 愛よね。愛がなくちゃね。かみしめながら、書き始めるわ。

 かつて、ミュージカルは苦手と公言してたマダム。最近はなんだかんだで、帝劇やら日生劇場やらに行ってしまうようになった。全ては、Starsのリーダー井上芳雄のせいよ。彼らの活動に熱狂しているうちに、ミュージカルにすっかり散財してしまってる。策士だよねー、井上芳雄。
 Starsの武道館コンサートで、キンキラキンの衣装で「最後のダンス」を歌われた日にゃあ、もう降参。思わずマダムは「トート、やってえーっ!」と叫んでしまい、そのあとホントにトートをやることになったんだから、凄いというか偉いというか。マダムのみならず、マダムの周りの友人たちも大挙して帝劇に押し寄せることになったの。
 でも、トートに辿り着いたあと、彼は少し立ちすくんでいるように思える。

 彼が『黒蜥蜴』に出演するという記事を読んで、マダムは唸ったわ。いったいどこへ行こうとしているんだ、貴方は。そのあとも次々、ストレートプレイのラインナップが聞こえてくるけれど、マダムはどうも気が進まない。それはマダムのみならず、まわりにいる、マダムより昔から彼をずっと観てきたファンも同じ様子で。
 はっきり言うけれど、これは彼が結婚したからでは断じてない。もしファンの気持ちが揺れているのを、結婚したからだと考えているなら、その考えこそが、ファンが離れるいちばんの理由なの。ファンはね、結婚しようが離婚しようが、また結婚しようが、実はそんなことはどうでもいい。舞台で輝きを放ってくれればそれでいいの。その輝きに翳りが見えるから、みんな付いていくことに躊躇しているのよ。そこを理解しないなら、それを結婚のせいにしてるなら、今の壁を乗り越えることはできないよ。みんな、彼が壁に直面してるのを感じてる。バカじゃないのよ、ファンは。

 模索しているんだってことは、よくわかるの。でも、やっぱりマダムは彼に歌ってほしい。彼の魅力の80パーセントが歌なの。そこを極めてほしい! もうストレートプレイで修練しなくていい。いまさら修練なんか見たくない。ミュージカルを極めようよ。修練ならミュージカルでしようよ。逃げないで。だって・・・数多いるミュージカル界の王子たち(浦井健治や山崎育三郎、中川晃教や城田優、田代万里生etc、etc)のなかで、井上芳雄こそが皇太子だと思うから。王になることを嘱望されているの。そういう道を歩んできたでしょう?それを王道と言わずしていったい何が王道でしょう?
 だから。
 井上芳雄は・・・・ジャン・バルジャンをやるべきだ、とマダムは思うの。
 言っとくけど、ジャベールじゃダメなの。ジャベールは彼に向いてる役。すぐ出来ちゃうから。それじゃダメなの。自分の殻を破り、壁を乗り越えて、ジャン・バルジャンをやれるミュージカル俳優になってほしい!
 そうしたらまた、マダムたちは大挙して、帝劇に押し寄せるよ。ちょっと悔しいけど。マダムはまだ、日本のミュージカル、認めてないからさ。でも、マダムをミュージカルの世界に誘ったのだから、責任があるのよ、貴方には。
 だから。ジャン・バルジャンを目指せ!
 狭き門より入れ。王道を行こうよ。Climb Every Mountain!
 
 マダムの声が彼に届くかは甚だ疑問だけど、そして何様のつもりだって言われちゃう恐れを乗り越えて尚、マダムは言いたかったの。何も言わずに去るには、愛がありすぎる。

 

『ビッグ・フィッシュ』を観る

 黄色と青の組み合わせは大好き。2月12日(日)マチネ、日生劇場。

『ビッグ・フィッシュ』
脚本/ジョン・オーガスト 音楽・詞/アンドリュー・リッパ
演出/白井晃
出演 川平慈英 浦井健治 霧矢大夢 赤根那奈 藤井隆
   JKim 深水元基 りょうた 鈴木蘭々 ROLLY ほか

 
 とても良いミュージカル。楽しくて、美しくて、ほろ苦くて、じーんとする。
 やっぱり、どんなにきらびやかに作ってあっても、物語の底を流れるテーマがなくては良いものはできないのだわ。

 大袈裟な語りが大好きな父エドワード(川平慈英)と、そんな父を斜めに冷ややかに見ている息子ウィル(浦井健治および子役のりょうた)の物語。
 結婚を控えてウィルは、しばらく離れていた実家に時々行くようになるの。実家は彼にとって少し苦い思い出のあるところ。父エドワードの何事も大袈裟に語るところが、ウィルは苦手なの。
 そこから回想になって、ウィルが幼い頃、エドワードが話してくれたあらゆる体験談が、夢のように次々舞台上で繰り広げられるのが楽しい。若い頃に夜の森で魔女に出会い、自分の一生(特にどんなふうに死を迎えるか)について予言をきいたこと。故郷の村に巨人がやってきて、みんなは恐れたけど自分だけは友達となって一緒に旅したこと。奥さんのサンドラとは、サーカスで働いている時に出会って、一目惚れしたこと・・・だけど、幼い頃は楽しかった父の話も、年を重ねるごとにウィルは、胡散臭さを感じるようになる。実際、大人になったウィルとは、親子の真面目な会話が成立しない。釣り上げた魚の大きさが何倍にも語られるように(ビッグ・フィッシュ!)、全てが嘘くさく、押し付けがましくて、ウィルは本当の父はどんな人なのか、さっぱり理解できない。
 その気持ちを歌った歌「Stranger」が素晴らしいの。自分の父親で、いろんな話をしてくれたけれど、でも「知らない人」なんだ、よくわからないんだ、遠いんだ、って歌ってる。この曲、浦井健治単独コンサートのとき歌ってくれたんだけど、そのときと印象が全然違ってた。コンサートのとき「まだ白井さんの演出を受けてないので譜面通りに歌います」ってヘンな前置きして歌ってくれたんだけど、そしてそのときも、なかなか良い曲だなとは思ったけれども、演出を受けウィルという役になって歌うと、こんなにも切々と胸にくる歌になる。役者歌、ますます健在だー。
 
 結婚したウィルにもうすぐ子供が生まれるという頃、エドワードの病気が見つかり、死期が近いことがわかる。それと同時に、ウィルは父の机の中から、知らない家の権利書を発見して、父には秘密がある、と思うのね。権利書にはエドワードの名前の他に、見知らぬ女性の名もあって、ウィルは、この家があるエドワードの故郷の町に行ってみることにするの。お父さんには、お母さんの他に女がいたんだ、とウィルは考える。お父さんは、それを隠すために、あんなホラ話ばかりしてきたに違いない!
 果たして、権利書の示す住所には小さな家があり、テラスで編み物をしている老女がひとり。ウィルが近づいていくと、彼女ジェニーはひと目でエドワードの息子だとわかり、話してくれるの。エドワードが家族にも話さなかった、故郷の町に起こったこと。エドワードがジェニーにしてくれた全てのことを。
 大袈裟な父が隠していた本当のことは、ウィルのわだかまりを解かすのだけれど、それと同時にエドワードには死が訪れるの。
 父親の隠された秘密がわかってやっと「Stranger」じゃなくなったときには、もうこの世にはいない。それって、人生の真実かもしれないね。
 
 役者さんたちがみんな、なかなか良かった。歌も踊りも演技も上手い人たちが揃ってる。これ、日本のミュージカルだと、まだなかなか無いことなのよ。
 サンドラ役の霧矢大夢、初めて見たけど、老夫婦のときと回想シーンの若いときが交互にやってきても、どちらも自然で、上手いなあって思ったわ。若いときの踊りがとても可愛かった。
 川平慈英は言わずもがなの上手さだったわ。そして、マダムは30年くらい前に初めて彼の名前を憶えた日のことを思い出した。あれは坂東玉三郎初演出の「ロミオとジュリエット」。主演の真田広之を見に行ったんだけれど、劇場を出たときには「誰、このティボルトやってる人。なんなの、このインパクト。かびらじえいっていうのか・・・」ってことで頭がいっぱいだったあの日のことを。
 さらに演出の白井晃。回想シーンが楽しくて美しかったんだけど、ふと、遊機械全自動シアターの円形劇場がよぎった。これももう30年前になるのね・・・。
 遠くまで来ちゃったよ。と思っちゃったマダムでした。
  

野田地図の『足跡姫』

 前のほうの席、歌舞伎座の客層に混じって座ったわ。2月2日(木)ソワレ、東京芸術劇場プレイハウス。

NODA・MAP公演『足跡姫 時代錯誤冬幽霊 ときあやまってふゆのゆうれい』
作・演出/野田秀樹
出演 宮沢りえ 妻夫木聡 古田新太 佐藤隆太 鈴木杏
   池谷のぶえ 中村扇雀 野田秀樹 ほか
 

 年明け以来、かなり無理しながら劇場に行ってたんだけど、無理のしわ寄せがやってきてね。もう、レビュー書けない。ちょっとエネルギー、枯渇しました。
 シェイクスピアについては身を削ってでも書いたんだけど、野田地図については他にもレビューを書く方が沢山おられるだろうし、そちらに委ねることにするわ。
 すまぬ。

岐路に立つカクシンハン『マクベス』

 芸劇は、ざわざわしていたわ。1月27日(土)マチネ、東京芸術劇場シアターウェスト。

カクシンハン第10回公演『マクベス』
作/シェイクスピア 翻訳/松岡和子
演出/木村龍之介
出演 河内大和 真以美 岩崎MARK雄大 穂高 白倉裕二
   鈴木智久 鈴木彰紀 鈴木真之介 東谷英人 塚越健一 ほか

 『ジュリアス・シーザー』での出会いから1年、早くもシアターウェストに進出と聞き、おお、やったじゃん、と盛り上がったマダムだったのだけれど、演目がマクベスと聞いて押し黙ったの。マクベスには悪い思い出がある。詳しくは言うまい。そしてマクベスって、演出家が何か色々したくなっちゃう本なのよね。シェイクスピアにしては無駄がなくてやけにストレートな作りだから、なにか仕掛けたくなっちゃう。
 で、もちろん、仕掛けちゃいけないなんてマダムは少しも思ってないの。ただ、シェイクスピアのセリフを大切にしてくれさえすれば。
 
 しかしそれにしても、仕掛けが満載だったー。見たこともないマクベスってホントね。そういう意味では。
 まず興味があったのは、殺陣をどうするだろう?ってことだったの。1年間見てきて、普通の殺陣をやらないことにこだわりがありそうだったし、かといって、この大きさの小屋でマクベスで、殺陣を全くやらないわけにもいかないでしょう? そうしたら、パイプ椅子を使っていたので、おおそう来たか!と思った。使い方はなかなか凝っていて、最後にはパイプ椅子がちゃんと剣に見えたの。面白い!
 他にも、マクベス夫妻以外が全部揃って魔女やったり、岩崎MARK雄大によるシェイクスピア・ラップ講座みたいなのも面白かった。
 仕掛けの良し悪しを言っても、ほとんど好みの問題みたいになっちゃうから、ひとつだけマダムがこりゃダメだと思ったものを挙げると、それはミスチルを延々流したことかな。マクベスとの関係がよくわからなかったし、ミスチルの桜井和寿は、今の日本で一、二を争う吟遊詩人だもん。彼の書いた詩と彼の声は不可分のものだから、そこに被せてマクベス夫人が朗読しても、負けちゃうよ。マクベス夫人だけじゃなくて、芝居全体がミスチルの歌に負けちゃった感じがして、かなり残念な気持ちになった。
 挑戦する気持ち、思いついたことを実現させようとする気持ち、すごく伝わってきた。その一方で、シェイクスピアの書いたセリフを大切にやり取りするところが、おろそかになったなあと感じて。これまでの公演にはちゃんとあったのに。劇場が大きくなった分、勢いだけじゃ埋められない。たくさんあるいいシーンが、よくわからないまま過ぎていって、河内大和だけを見に行ったようになってしまって。河内大和と、周りの役者との間に差ができすぎてしまった。これじゃ、彼もこれ以上先へは行けない。
 
 シェイクスピアの上演はたくさんある。シェイクスピアは、どんなに中身を改変しようともう文句は言わない。だから、筋書きだけもらったような上演もあるし、なんだってOK。
 でも、マダムが好きなのは、台詞から彼の書いた真実を浮かび上がらせようとする上演で、そのためには結局、役者が台詞を自分のものとして発してくれなければ始まらない。他のことはその次なの。日本語に翻訳したら、リズムも失われてしまうんだから、台詞をちゃんとやり取りしなかったら、もうシェイクスピアじゃなくてもよくね? ストーリーなんて、シェイクスピア自身だってどこかから持ってきてるわけだし。
 
 だけど、これは全部こちらの好みの問題。題名の「岐路に立つ」のはカクシンハンのほうじゃなくて、マダムのほう。自分の楽しみが増えるのか、減るのか、マダムは岐路に立ってるわ。

新発見にワクワク『スパイに口紅』

 マダム、小劇場へ回帰、の機運高まる。1月27日(金)ソワレ、花まる学習会王子小劇場。

Live Up Capsules 公演『スパイに口紅』
作・演出/村田裕子
出演 宮原将護 遠藤綱幸 虎玉大介 桂弘 橘颯 杉山雅紀
   高山和之 山田隼平 菊地真之 検崎亮 弓削郎

 全く予備知識なく、突然どうしても観たくなって発作的に行ってしまった芝居。なぜ知ったかについては後で話すね。とにかく何にも知らないで行ったので、当然、役者も全く知らない人ばかり、と思っていたんだけれど。
 始まってみたら、あ、知ってる!と思った役者が二人。一人は劇団AUNの最若手の山田隼平。もう一人は祁答院雄貴で、たぶん去年のカクシンハンの舞台に出ていた(ような気がするんだけど)。

 第二次世界大戦前夜の満州が舞台。そこで日本人が経営する昭和通商株式会社という小さな怪しい商社のお話。本土(日本)から派遣された大学を出たばかりの坂本(橘颯)が、会社にたどり着いたところから話は始まる。坂本は悪い足をひきずって歩いていて、気弱にも見えるが、真面目でひたむきさを感じさせる。けれど、彼が赴任してきた昭和通商という会社は、一筋縄ではいかない男たちの集まりで、怪しさがいっぱい。
 社長の堀田(宮原将護)が自らバラしているように、中古の(使い物になるか疑問の)武器を買い集めては、どこかに売るような詐欺っぽい商売。そして儲けは日本軍の上層部に資金として渡しているような、そんな会社。所属する人間はみんな、一匹狼みたいな男ばかりで、互いにどんな仕事をしているか全てを語らず、互いに信用していない。唯一彼らがまとまっているとすれば、それはかろうじて堀田の人徳のおかげのようなんだけれど、堀田もまた軍の将校だった過去があり、背景には巨大な闇がありそうなの。
 売るものが調達できなくなって、昭和通商はついにアヘンに手を染めることになり、アヘンを取り仕切っている中国人リー(菊地真之)や日本軍の軍人、憲兵などが入り乱れて、騙し合いながら、アヘンの調達や取引が進んでいく。裏切りや逃亡などが一つ一つ明かされるたびに、あ、この人、軍のスパイだったのか、あ、真面目そうだった坂本も? え、この人中国人ってことになってたけど、実は日本人?えー??じゃあ、社長はどうなの?!という感じで、信じた設定が次々裏返っていき、最後はもう、「そして誰もいなくなった」状態になるの。夢中で見入って1時間半が、あっという間に過ぎた。

 なによりも凄いのは、これだけの若い役者だけで、演出家もたぶん若い人だと思うんだけど、戦前のお話に圧倒的なリアリティを持たせたこと。
 マダムだって戦前を見たことがあるわけじゃないけど、子どもの頃、父がテレビでしきりと見ていた『戦争と人間』(山本薩夫監督)という映画を思い出したくらい。現代の若者が演じる時、立ち姿だけでもう、リアリティなくなってしまいがちなんだけれど、みな、佇まいがちゃんと戦前! 立ち姿も、どこか暴力的な匂いも、互いを信じきらないヒリヒリした目線や怯えも、それから中国語のやりとりも、徹底して演出が行き届いている。
 マダム的好みを言えば、主役のイケメン宮原将護に、目を奪われていたのだけど、それだって、この堀田という役に強烈に惹かれたの。複雑で、かっこいい役!
 そして更に思うのは、『戦争と人間』を思い出させながらも、この芝居は新しい、ということ。古典を再演するのとは違うの。新しい視線がある。それはね。見る側が気持ちを楽にして拠り所にできるような「いい人」が一人も出てこない、ということよ。それは戦前、戦中を描く時、日本人がなかなか脱することができなかった観点で、悪いことをした後ろめたさから逃げたいので、いい人もいました、と描いてしまいたいの。それが楽だから。でも、『スパイに口紅』の作家は、凄く客観的。変な後ろめたさから解放されているの。そこが新しい!
 昨年見た谷賢一の『ウィトゲンシュタイン』とかアマヤドリ広田淳一の『月の剥がれる』とか、見てないけどチョコレートケーキの『治天の君』とかと同じように、古い(マダムを含む)価値観から自由な作家が現れつつあるのでは?と期待が膨らむわ。 村田裕子って誰?調べたけど、全然情報がない。どんな作品描いてるのか、どんな劇団(?)なのか、知りたいんだけど。

 今回この芝居を偶然にも見に行けたのは、高木登さんという方のホームページでこの芝居の評を読んだから。シェイクスピアに詳しい方で、マダムは定期的にそのホームページで評を読んでる。同じものを見た時、どんな感想をお持ちかしら?と興味深く読む。
 でも、シェイクスピア以外の芝居の評を読んで、どうしても観たくなっちゃうなんてことはこれまでなかった。素早く評が載り、タイミングよくマダムが読んで、いてもたってもいられなくなり、まだ公演中で、しかも仕事帰りに間に合うことができたなんて、幸運が重なったわ。
 できることならば、マダムのブログもそうありたい。読んだら劇場に走って行きたくなるような、そんな評が書きたい。

«飽きさせない作り『フランケンシュタイン』

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